三環系抗うつ薬一覧
三環系抗うつ薬の基本的な種類と分類
三環系抗うつ薬は、化学構造中に3つの環状構造を持つことから名付けられた抗うつ薬の一群です。現在日本で使用可能な三環系抗うつ薬は以下のように分類されます。
第1世代三環系抗うつ薬
- アミトリプチリン(商品名:トリプタノール)
- イミプラミン(商品名:トフラニール、イミドール)
- クロミプラミン(商品名:アナフラニール)
- トリミプラミン(商品名:スルモンチール)
- ノルトリプチリン(商品名:ノリトレン)
第2世代三環系抗うつ薬
- アモキサピン(商品名:アモキサン)※2023年2月出荷停止
- ドスレピン(商品名:プロチアデン)
- ロフェプラミン(商品名:アンプリット)
第1世代と第2世代の主な違いは、第2世代では副作用の軽減を図りながら抗うつ効果を維持するよう改良されている点です。しかし、その分効果もマイルドになる傾向があります。
興味深いことに、アモキサピンは2023年2月22日をもって出荷停止となり、事実上の販売中止となりました。これは製造上の問題によるもので、臨床現場では代替薬への切り替えが必要となっています。
三環系抗うつ薬の副作用プロファイル比較
三環系抗うつ薬の副作用は、主に以下の3つの受容体への作用により生じます。
抗コリン作用による副作用
- 口渇(口の乾き)
- 便秘
- 排尿障害(尿閉、頻尿)
- 眼圧上昇
- 目の渇き
抗コリン作用が特に強いのは、トリプタノール(アミトリプチリン)、アナフラニール(クロミプラミン)、トフラニール(イミプラミン)です。これらの薬剤は効果が高い一方で、副作用も強く現れやすい特徴があります。
抗ヒスタミン作用による副作用
- 眠気
- 倦怠感
- 体重増加
- ふらつき
抗α1作用による副作用
- 起立性低血圧(立ちくらみ)
三環系抗うつ薬は、これらの副作用により日常生活に支障をきたすことがあり、特に高齢者では転倒リスクの増加や認知機能への影響が懸念されます。副作用の強さは薬剤により異なり、ノリトレン(ノルトリプチリン)やアモキサンは比較的副作用が軽減されていました。
三環系抗うつ薬の薬価と医療経済性の検討
三環系抗うつ薬の薬価は、新しい抗うつ薬と比較して非常に安価であることが特徴です。2025年6月現在の薬価を比較すると。
10mg製剤の薬価比較
- スルモンチール錠10mg:6.4円/錠
- ノリトレン錠10mg:5.9円/錠
- トリプタノール錠10mg:10.1円/錠
- トフラニール錠10mg:10.1円/錠
- アナフラニール錠10mg:9.9円/錠
25mg製剤の薬価比較
- スルモンチール錠25mg:10.8円/錠
- ノリトレン錠25mg:10.4円/錠
- トリプタノール錠25mg:10.1円/錠
- トフラニール錠25mg:10.4円/錠
- アナフラニール錠25mg:11.1円/錠
これらの薬価は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)と比較すると約1/10から1/20の価格です。
医療経済学的観点から見ると、三環系抗うつ薬は薬剤費を大幅に削減できる可能性があります。ただし、副作用による受診回数の増加や、副作用対策のための追加薬剤費用も考慮する必要があります。
特に、アナフラニール点滴静注液25mgは225円/管と高価格ですが、これは重症例での急速な効果発現を期待する場合の選択肢として重要な位置づけにあります。
三環系抗うつ薬の適応と使い分けのポイント
三環系抗うつ薬の使い分けは、各薬剤の受容体親和性の違いと臨床的特徴に基づいて行われます。
イミプラミン(トフラニール)
- バランス型の作用プロファイル
- うつ病全般に適応
- パニック障害にも使用される
アミトリプチリン(トリプタノール)
クロミプラミン(アナフラニール)
- セロトニン再取り込み阻害作用が強い
- 強迫性障害の第一選択薬
- アメリカFDAでも強迫性障害に承認されている
ノルトリプチリン(ノリトレン)
- ノルアドレナリン系に選択性が高い
- 比較的副作用が少ない
- 高齢者にも使いやすい
トリミプラミン(スルモンチール)
- 鎮静作用が特に強い
- 不安や焦燥が強いうつ病に適している
日本うつ病学会のガイドラインでは、緊急入院を要する重症例では三環系抗うつ薬が有効性に勝るのではないかという専門家の意見があります。これは、三環系抗うつ薬の強力な抗うつ効果によるものと考えられています。
三環系抗うつ薬の現在の臨床的位置づけと処方戦略
現在の精神科臨床において、三環系抗うつ薬は第一選択薬ではなく、SSRI/SNRIで効果不十分な場合の治療選択肢として位置づけられています。
現在の処方戦略
- 第一選択:SSRI/SNRI(副作用が少ない)
- 第二選択:効果不十分時に三環系抗うつ薬を検討
- 特殊適応:強迫性障害(クロミプラミン)、慢性疼痛(アミトリプチリン)
処方時の注意点
- 少量から開始し、効果と副作用を確認しながら漸増
- 高齢者では特に慎重な投与が必要
- 過量服薬時の毒性が高いため、自殺リスクの高い患者では注意が必要
あまり知られていない臨床的事実
三環系抗うつ薬は、抗うつ効果以外にも多様な薬理作用を持ちます。例えば、アミトリプチリンは線維筋痛症や神経障害性疼痛に対して、うつ病治療量より少ない量で鎮痛効果を示します。また、トリミプラミンは特異的に睡眠構築を改善する作用があり、レム睡眠を抑制することで悪夢の治療にも使用されることがあります。
クロミプラミンは、セロトニン再取り込み阻害作用が他の三環系抗うつ薬より100倍以上強く、実質的にはSSRIに近い作用プロファイルを示します。このため、強迫性障害に対する唯一の三環系抗うつ薬として特別な位置を占めています。
三環系抗うつ薬の血中濃度モニタリングは、他の抗うつ薬では一般的ではありませんが、三環系では治療域が比較的明確であり、特にイミプラミンやアミトリプチリンでは血中濃度測定が治療効果の予測に有用です。
現在、製薬会社の統廃合や製造コストの問題により、三環系抗うつ薬の選択肢は徐々に減少しています。アモキサピンの販売中止もその一例であり、今後さらに選択肢が限定される可能性があります。しかし、その強力な抗うつ効果と低コストという特徴から、精神科治療において重要な位置を維持し続けると考えられます。