リトナビルニルマトレルビルの作用機序と重症化予防効果
リトナビルニルマトレルビル配合薬の分子レベル作用機序
リトナビルニルマトレルビル配合薬(パキロビッドパック)は、SARS-CoV-2の複製を阻止する革新的なプロテアーゼ阻害薬として開発された 。ニルマトレルビルは、SARS-CoV-2のメインプロテアーゼ(Mpro:3CLプロテアーゼまたはnsp5)を選択的に阻害し、IC50値19.2nmol/Lの強力な阻害活性を示す 。このメインプロテアーゼ阻害により、ウイルスのポリタンパク質切断が阻止され、ウイルス粒子の成熟に必要な構造タンパク質や酵素の形成が妨げられる。
参考)https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00070195
リトナビルは、SARS-CoV-2に対する直接的な抗ウイルス活性は示さないが、ニルマトレルビルの薬物動態を大幅に改善する重要な役割を担っている 。リトナビルは強力なCYP3A阻害薬であり、消化管と肝臓のCYP3Aを阻害することでニルマトレルビルの代謝を遅延させ、血中濃度を有効治療域に維持する 。健常人におけるニルマトレルビルとリトナビルの併用時の半減期は、それぞれ6.05時間である 。
参考)https://www.pharm.hokudai.ac.jp/alumni/special/houkou_073-7.pdf
リトナビルニルマトレルビルの重症化予防効果と臨床成績
リトナビルニルマトレルビル配合薬の臨床試験では、発症5日以内に投与された場合、プラセボと比較して入院または死亡のリスクを88%減少させることが示された 。この高い重症化予防効果は、重症化リスクを有する軽症から中等症のCOVID-19患者において確認されている。適応対象は、12歳以上かつ体重40kg以上の患者で、成人では1回につきニルマトレルビル2錠とリトナビル1錠の合計3錠を1日2回、5日間継続投与する 。
実臨床データでは、治験結果と比較して有効性がやや低下することが報告されている。米国のクリーブランド・クリニックでの観察研究では、入院または死亡の予防効果が37%にとどまったが、これは研究対象がワクチン接種済み患者や以前の感染歴を有する患者を含んでいたことが影響している可能性がある 。また、臨床試験は変異株のデルタ株が主流だった時期に行われたのに対し、実臨床データはオミクロン株が主流の時期のものであり、ウイルス株による効果の差も示唆されている。
参考)https://forbesjapan.com/articles/detail/66211
リトナビルニルマトレルビルの副作用プロファイルと安全性
リトナビルニルマトレルビル配合薬の主な副作用として、味覚不全(3.7%)と下痢・軟便(1.9%)が報告されている 。味覚不全は1%以上5%未満の頻度で発現し、多くの患者が金属様の味覚異常を経験する 。これらの副作用は一般的に軽度から中等度であり、投与終了後に可逆的に改善する。
重大な副作用として、肝機能障害、中毒性表皮壊死融解症(TEN)、皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群)、アナフィラキシーが報告されているが、いずれも頻度不明の稀な有害事象である 。肝機能障害では、疲労感、食欲不振、悪心、皮膚・眼球結膜の黄染などの症状に注意が必要であり、投与中止に至った副作用として悪心(4例)、嘔吐(3例)、動悸、胸部不快感、呼吸困難などが報告されている 。
リトナビルニルマトレルビルの薬物相互作用と禁忌薬
リトナビルが強力なCYP3A阻害薬であることから、リトナビルニルマトレルビル配合薬は広範囲の薬物相互作用を示す 。併用禁忌薬には、カルバマゼピン、フェニトイン、フェノバルビタールなどの抗てんかん薬、ピモジド、ブロナンセリン、ルラシドンなどの抗精神病薬、アンピロキシカム、ピロキシカムなどの鎮痛薬が含まれる 。
参考)https://www.okiyaku.or.jp/item/3363/large/20220228.pdf
CYP3A誘導薬との併用では、パキロビッドの血中濃度低下により抗ウイルス作用の消失と耐性出現の恐れがあるため、COVID-19に対する代替薬の考慮が必要となる 。一方、CYP3A基質薬との併用では、被併用薬の血中濃度が大幅に上昇し、不整脈、血液障害、痙攣等の重篤な副作用のリスクが高まる。中等度の腎機能障害患者では、ニルマトレルビルの減量投与が必要である 。
リトナビルニルマトレルビル治療後のリバウンド現象
リトナビルニルマトレルビル治療後に観察される「COVID-19リバウンド」は、臨床的に重要な現象として注目されている。マサチューセッツ総合病院の研究では、パキロビッドを使用した患者の21%に、一度陰性となった検査結果が陽性に転じるリバウンドが発生したと報告されている 。無治療患者でのリバウンド発生率は2%であったのに対し、有意に高い頻度である。
参考)https://square.umin.ac.jp/~massie-tmd/paxlovid_rebound.html
リバウンドを経験した患者では、増殖可能なウイルスが14日程度にわたって検出され、リバウンドしなかった患者の3日間より長期間であった 。再燃した患者の93%は治療終了から5日後の時点で陽性であり、他者への感染性を有していた 。発症日から翌々日までに治療を開始した患者にリバウンドが多く、初期からの強力なウイルス抑制により十分な免疫応答が誘導されず、ウイルス根絶に至らなかった可能性が示唆されている。