レニン阻害薬一覧とアンジオテンシン系降圧薬の特徴

レニン阻害薬一覧と作用機序について

レニン阻害薬の基本情報
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作用機序

レニン-アンジオテンシン系の最上流で作用し、レニン活性を直接阻害することで降圧効果を発揮します

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代表薬

アリスキレンフマル酸塩(商品名:ラジレス)が日本で唯一承認されている直接的レニン阻害薬です

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特徴

長時間作用型で血中半減期が約40時間と長く、服薬中止後も2週間程度降圧効果が持続します

レニン阻害薬とは?アンジオテンシン系における役割

レニン阻害薬は、レニン-アンジオテンシン系(RAS)の最上流に位置するレニンの酵素活性を直接阻害する降圧薬です。レニンは腎臓の傍糸球体細胞から分泌される酵素で、アンギオテンシノーゲン(AGT)からアンジオテンシンI(AngI)への変換を触媒します。この反応はRAS系の最初のステップであり、最終的にはアンジオテンシンII(AngII)の産生につながります。

レニンは340のアミノ酸で構成される糖タンパク質で、アスパラギン酸プロテアーゼ類に属します。その特徴的な立体構造はL字型タンパク質が左右対称に向かい合い、その間に長く深い溝(cleft)を形成しています。この溝の底部に存在する2つのアスパラギン酸残基が酵素活性中心となり、アンギオテンシノーゲンを切断してアンジオテンシンIを産生します。

直接的レニン阻害薬(DRI)はこの酵素活性中心に結合することで、アンギオテンシノーゲンの結合を阻害し、その結果としてRAS系全体の活性を抑制します。これにより血管収縮作用や水・ナトリウム再吸収促進作用を持つアンジオテンシンIIの産生が抑制され、降圧効果が得られます。

レニン阻害薬一覧:日本で承認されている薬剤

現在、日本で承認・販売されている直接的レニン阻害薬は、アリスキレンフマル酸塩(商品名:ラジレス錠150mg)のみです。この薬剤は2009年10月1日にノバルティス ファーマ(現在はオーファンパシフィック)から発売されました。

アリスキレンは、レニンのS3SPポケットと呼ばれる特徴的な構造に結合するように設計された化合物です。この特異的な結合により、ヒトレニンを選択的に阻害する効果を発揮します。アリスキレンの主な特徴は以下の通りです。

  • 用法・用量:通常、成人には1日1回150mgから開始し、効果不十分な場合は1日1回300mgまで増量可能
  • 薬価:ラジレス錠150mg(先発品)は約200円/錠
  • 適応症:高血圧
  • 禁忌:妊婦、アリスキレンフマル酸塩に対し過敏症の既往歴のある患者など

アリスキレンは海外では「テクターナ」の商品名でも販売されていますが、日本国内では「ラジレス」の名称のみで流通しています。

レニン阻害薬アリスキレンの薬理学的特徴と臨床効果

アリスキレンは他のレニン-アンジオテンシン系阻害薬と比較して、いくつかの特徴的な薬理学的性質を持っています。

1. ヒトレニン特異性

アリスキレンはヒトレニンに特徴的なS3SPポケットに結合するよう設計されており、ヒトやマーモセットのレニンに対してはナノモルレベルで阻害効果を示します。一方、イヌやラットのレニンに対しては100〜10,000倍の高濃度が必要となります。また、レニン以外のアスパラギン酸プロテアーゼへの作用は弱いため、選択性が高く副作用が少ないという特徴があります。

2. 長時間作用性

アリスキレンの血中半減期は約40時間と非常に長く、カルシウム拮抗薬アムロジピン(30〜50時間)に匹敵します。この特性により、服薬を1回忘れても24時間自由行動下血圧は上昇せず、降圧効果が持続することが臨床試験で確認されています。さらに、服薬中止後も2週間程度は降圧効果が持続するという特徴があります。

3. 臓器保護効果

アリスキレンは組織親和性が高く、特に腎臓への親和性が強いことから、腎保護効果が期待されています。RASを最上流で抑制することで、他のRAS阻害薬(ACE阻害薬ARB)では完全に抑制できないアルドステロンブレイクスルー現象を抑制できる可能性があります。

4. 併用療法の有用性

アリスキレンは他のRAS阻害薬との併用により、より強力な降圧効果が期待できます。特にARBとの併用では相加的な効果が報告されています。ただし、糖尿病患者や腎機能障害患者での併用には注意が必要です。

アンジオテンシン変換酵素阻害薬との比較

レニン阻害薬とアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬は、同じレニン-アンジオテンシン系に作用しますが、その作用点と特徴は大きく異なります。

作用機序の違い

  • レニン阻害薬:レニンの酵素活性を直接阻害し、アンジオテンシンIの産生を抑制
  • ACE阻害薬:アンジオテンシンIからアンジオテンシンIIへの変換を触媒するACEを阻害

臨床的特徴の比較

特徴 レニン阻害薬(アリスキレン) ACE阻害薬
作用点 RAS系の最上流 RAS系の中間
半減期 約40時間(長時間) 薬剤により異なる(多くは短時間)
空咳 発生しない 発生頻度が高い(10-20%)
血管性浮腫 発生頻度が低い 発生頻度が比較的高い
薬剤数 1剤のみ 多数(カプトプリル、エナラプリルなど)
価格 比較的高価 後発品が多く比較的安価

ACE阻害薬は日本国内で多くの種類が承認されており、代表的なものには以下があります。

  • カプトプリル(カプトリル)
  • エナラプリルマレイン酸塩(レニベース)
  • イミダプリル塩酸塩(タナトリル)
  • リシノプリル水和物
  • ペリンドプリルエルブミン(コバシル)

ACE阻害薬の主な副作用として空咳が知られていますが、これはACE阻害によりブラジキニンの分解が抑制されることが原因です。一方、レニン阻害薬ではこの副作用はほとんど見られません。

レニン阻害薬とアンジオテンシンII受容体拮抗薬の使い分け

レニン阻害薬(DRI)とアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)は、どちらもレニン-アンジオテンシン系に作用する降圧薬ですが、その作用機序と臨床的特徴には違いがあります。

作用機序の違い

  • レニン阻害薬:レニンの酵素活性を阻害し、アンジオテンシンIの産生を抑制
  • ARB:アンジオテンシンII受容体(AT1受容体)に結合し、アンジオテンシンIIの作用を阻害

臨床的特徴と使い分け

ARBは日本の高血圧治療ガイドラインでも第一選択薬として推奨されており、多くの種類が承認されています。代表的なARBには以下があります。

  • ロサルタンカリウム(ニューロタン)
  • カンデサルタンシレキセチル(ブロプレス)
  • バルサルタン(ディオバン)
  • オルメサルタンメドキソミル(オルメテック)
  • テルミサルタン(ミカルディス)
  • アジルサルタン(アジルバ

ARBは空咳などの副作用が少なく、忍容性が高いことが特徴です。一方、レニン阻害薬は長時間作用型であり、服薬コンプライアンスが悪い患者に適しています。

使い分けのポイント

  1. 高齢者:ARBは高齢者でも比較的安全に使用できる
  2. 腎保護効果:両薬剤とも腎保護効果があるが、特に糖尿病性腎症にはARBの有効性が確立されている
  3. 服薬コンプライアンス:服薬遵守が難しい患者にはレニン阻害薬の長時間作用が有利
  4. 副作用歴:ACE阻害薬で空咳が出現した患者にはARBまたはレニン阻害薬が適している
  5. 費用:ARBは後発品が多く、経済的負担が少ない

なお、レニン阻害薬とARBの併用は、単独療法で効果不十分な場合に考慮されることがありますが、糖尿病患者や腎機能障害患者では併用による高カリウム血症などのリスクが高まるため注意が必要です。

レニン阻害薬の将来性と新規開発薬の動向

現在、日本で承認されているレニン阻害薬はアリスキレン1剤のみですが、世界的には新たなレニン阻害薬の開発研究が進められています。レニン阻害薬の将来性と開発動向について考察します。

レニン阻害薬の臨床的可能性

レニン阻害薬は理論的には以下のような利点が期待されています。

  1. 完全なRAS阻害:RAS系の最上流で作用するため、より完全なRAS阻害が可能
  2. 臓器保護効果:特に腎保護効果が期待される
  3. 長時間作用:服薬コンプライアンス向上に寄与
  4. 副作用の少なさ:ACE阻害薬のような空咳がない

しかし、アリスキレンの大規模臨床試験(ALTITUDE試験)では、糖尿病患者におけるACE阻害薬やARBとの併用療法で腎イベントや心血管イベントの増加が報告され、一部の患者での併用に制限が設けられました。

新規レニン阻害薬の開発動向

現在研究中の新規レニン阻害薬には以下のようなものがあります。

  • 非ペプチド性レニン阻害薬:アリスキレンよりも生物学的利用率が高く、組織移行性に優れた化合物
  • デュアル作用型阻害薬:レニン阻害作用とARB作用を併せ持つ化合物
  • プロレニン受容体拮抗薬:プロレニンおよびレニンの受容体への結合を阻害する薬剤

これらの新規薬剤は、現在のアリスキレンの欠点を克服し、より効果的なRAS阻害を実現することが期待されています。特に、バイオアベイラビリティの向上や、より選択的な阻害作用を持つ化合物の開発が進められています。

また、レニン阻害薬と他の作用機序を持つ降圧薬(カルシウム拮抗薬やサイアザイド系利尿薬など)との配合剤の開発も進められており、服薬アドヒアランスの向上が期待されています。

日本の高血圧治療ガイドラインでは、レニン阻害薬は第一選択薬としては位置づけられていませんが、今後の臨床研究の蓄積により、その位置づけが変わる可能性もあります。特に、特定の患者集団(例:若年高レニン性高血圧患者など)での有用性が明らかになれば、治療アルゴリズムでの位置づけが変わる可能性があります。

日本高血圧学会による高血圧治療ガイドライン2019の詳細情報

レニン阻害薬は、理論的には理想的なRAS阻害薬ですが、現時点では臨床的エビデンスの蓄積がARBやACE阻害薬に比べて少ないことが課題です。今後の研究開発により、より安全で効果的なレニン阻害薬が開発されることが期待されています。