ラジレス代替薬選択指針
ラジレス供給停止の背景と代替薬選択の必要性
2024年7月より、直接的レニン阻害薬であるラジレス錠150mgの供給停止が発表され、医療現場では代替治療への切り替えが急務となっています。オーファンパシフィック社からの公式発表によると、現行の供給元からの供給再開は見込めない状況にあり、新たな供給元の確保も困難な状況です。
ラジレスは国内で唯一の直接的レニン阻害薬として、レニン-アンジオテンシン系(RAS)の最上流であるレニンを直接阻害する独特の作用機序を持つ薬剤でした。この薬剤の供給停止により、現在治療中の患者約2万人が代替治療への移行を余儀なくされています。
代替薬選択において重要なのは、患者個々の併用薬の状況を十分に考慮することです。一概に切り替えの薬剤を提示することはできないため、既に使用している作用機序の薬剤以外を代替薬として検討する必要があります。
ラジレス代替薬としてのARB・ACE阻害薬の特徴
ラジレス以外にRA系阻害薬を服用していない患者の場合、同じRA系阻害薬であるARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)やACE阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)が第一選択となります。
主要なARB製剤:
- アジルサルタン(アジルバ)
- オルメサルタン(オルメテック)
- カンデサルタン(ブロプレス)
- テルミサルタン(ミカルディス)
- バルサルタン(ディオバン)
- イルベサルタン(アバプロ、イルベタン)
- ロサルタン(ニューロタン)
主要なACE阻害薬:
- エナラプリル(レニベース)
- イミダプリル(タナトリル)
- ペリンドプリルエルブミン(コバシル)
- リシノプリル(ゼストリル、ロンゲス)
これらの薬剤は、ラジレスと同様にRA系を阻害することで降圧効果を発揮しますが、作用点が異なります。ラジレスがレニンを直接阻害するのに対し、ARBはアンジオテンシンII受容体を、ACE阻害薬はアンジオテンシン変換酵素をそれぞれ阻害します。
興味深いことに、日本で使用されるARBの最大用量は海外と比較して極めて少ない傾向にあります。現在、日本における7種類のARBとその配合剤の最大用量を海外と比較すると、海外用量と一致しているのは3種類のみで、それ以外の薬剤は海外用量が多くなっています。
ラジレス代替薬選択における併用薬別アプローチ
既にARBやACE阻害薬などのRA系阻害薬を服用している患者の場合、RA系阻害薬以外の作用機序を有する薬剤を代替薬として検討する必要があります。
Ca拮抗薬は血管平滑筋のカルシウムチャネルを阻害することで血管拡張作用を示し、確実な降圧効果が期待できます。特にアムロジピンは長時間作用型で1日1回投与が可能であり、患者のアドヒアランス向上に寄与します。
β遮断薬は心拍数と心収縮力を低下させることで降圧効果を発揮します。特にカルベジロールはα・β遮断薬として血管拡張作用も併せ持ち、心不全合併例にも有用です。
利尿薬:
- トリクロルメチアジド(フルイトラン)
- インダパミド(ナトリックス)
- ヒドロクロロチアジド(ヒドロクロロチアジド)
利尿薬は体内の水分・塩分を減少させることで血圧を下げます。特に高齢者や塩分感受性高血圧患者に有効です。
ラジレス代替薬切り替え時の安全性管理と注意点
ラジレスから代替薬への切り替えにおいて、最も注意すべき点は腎機能と電解質バランスの変化です。
腎機能への影響:
ラジレスはRA系阻害薬の中でも独特の作用機序を持つため、他のRA系阻害薬への切り替え時には腎機能の変化に注意が必要です。特にeGFRが60mL/min/1.73m²未満の腎機能障害患者では、糸球体濾過圧の変化により腎機能が悪化する可能性があります。
高カリウム血症のリスク:
RA系阻害薬はアルドステロン分泌を抑制するため、カリウム貯留作用が増強される可能性があります。特に以下の患者では血清カリウム値の慎重な監視が必要です。
糖尿病患者での特別な配慮:
糖尿病を合併している高血圧患者では、ACE阻害薬やARBとの併用により非致死性脳卒中、腎機能障害、高カリウム血症及び低血圧のリスク増加が報告されています。これは、ALTITUDE試験の結果を受けたもので、ラジレスの使用制限の根拠となった重要な知見です。
切り替え時期の考慮:
手術予定患者では、ラジレスも他のRA系阻害薬と同様に、手術前24時間は投与を避けることが推奨されています。代替薬への切り替えタイミングも、手術予定を考慮して決定する必要があります。
ラジレス代替薬の新規治療選択肢と将来展望
従来のRA系阻害薬に加えて、近年注目されている新規治療薬も代替選択肢として検討されています。
サクビトリルバルサルタン(エンレスト)は、ARBとネプリライシン阻害薬の配合剤として、心不全治療において優れた効果を示しています。高血圧治療においても、従来のARB単剤を上回る心血管保護効果が期待されています。
ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA):
- エサキセレノン(ミネブロ)
- エプレレノン(セララ)
- スピロノラクトン(アルダクトンA)
特にエサキセレノンは、従来のMRAと比較して選択性が高く、女性化乳房などの副作用が少ないことが特徴です。治療抵抗性高血圧に対する追加治療として有用性が報告されています。
SGLT2阻害薬の降圧効果:
本来は糖尿病治療薬として開発されたSGLT2阻害薬ですが、利尿作用による降圧効果も認められており、糖尿病を合併する高血圧患者では一石二鳥の効果が期待できます。
個別化医療の重要性:
最新の研究では、どの薬剤がどの患者に最適かを見極めることの重要性が強調されています。薬理遺伝学的検査や、患者の代謝プロファイルに基づいた治療選択が今後の展望として注目されています。
また、あまり知られていない事実として、ラジレスのPAI-1(プラスミノーゲン活性化因子阻害因子-1)抑制効果は、ACE阻害薬とは異なる機序によるものであることが報告されています。これは、血栓形成抑制という観点から、ラジレスが他のRA系阻害薬とは異なる付加的効果を持っていた可能性を示唆しています。
代替薬選択においては、このような薬剤固有の効果も考慮し、患者の病態に応じた最適な治療選択を行うことが重要です。特に心血管疾患の既往がある患者では、単純な降圧効果だけでなく、心血管保護効果も含めた総合的な評価が必要となります。
医療従事者向けの詳細な代替薬選択指針については、日本高血圧学会のガイドラインや各学会からの最新情報を参照することが推奨されます。
国立国際医療研究センター糖尿病情報センターによるアリスキレン(ラジレス)に関する詳細情報
厚生労働省によるRA系阻害剤の適正使用に関する公式ガイダンス