プロトンポンプ阻害薬 一覧と特徴
プロトンポンプ阻害薬(PPI:Proton Pump Inhibitor)は、消化性潰瘍や逆流性食道炎などの治療に広く使用されている薬剤です。胃の壁細胞に存在するプロトンポンプ(H+/K+-ATPase)を非競合的に阻害することで、胃酸の分泌を強力に抑制します。
PPIは酸分泌抑制薬の中でも特に強力な効果を持ち、H2受容体拮抗薬(H2ブロッカー)と比較して、より持続的かつ強力に胃酸分泌を抑制することができます。特に食後の胃酸分泌抑制効果が高いことが特徴です。
現在、日本で使用可能なPPIには主に4種類あり、それぞれ特徴が異なります。医療従事者として、これらの違いを理解し、患者さんの状態に合わせた適切な薬剤選択が重要です。
プロトンポンプ阻害薬の種類と商品名一覧
日本で現在使用可能なプロトンポンプ阻害薬は主に以下の4種類です。それぞれの一般名と主な商品名を一覧にまとめました。
- オメプラゾール
- 先発品:オメプラゾン®、オメプラール®
- 後発品:オメプラゾール錠「ケミファ」、オメプラゾール錠「アメル」など
- 注射薬:オメプラゾール注用20mg「NP」など
- ランソプラゾール
- 先発品:タケプロン®(カプセル、OD錠、注射用)
- 後発品:ランソプラゾールOD錠「トーワ」、ランソプラゾールカプセル「サワイ」など
- ラベプラゾールナトリウム
- 先発品:パリエット®
- 後発品:ラベプラゾールNa錠「サワイ」、ラベプラゾールNa錠「トーワ」など
- エソメプラゾール
- 先発品:ネキシウム®
- 後発品:エソメプラゾールカプセル「サワイ」など
これらのPPIは同じ作用機序を持ちますが、薬物動態や代謝経路、効果発現の速さなどに違いがあります。また、それぞれ錠剤、カプセル、OD錠(口腔内崩壊錠)、注射剤など様々な剤形が存在し、患者さんの状態に応じて選択することが可能です。
プロトンポンプ阻害薬の作用機序と効果の特徴
プロトンポンプ阻害薬は、胃酸分泌の最終段階を担うプロトンポンプ(H+/K+-ATPase)を阻害することで胃酸分泌を抑制します。その作用機序と効果の特徴は以下の通りです。
作用機序:
- PPIはすべて酸によって活性化を受けるプロドラッグです
- 経口薬は腸溶性製剤として設計されており、胃内で分解されることを防ぎます
- 小腸で吸収された後、血流を介して胃壁細胞に到達します
- 壁細胞内の酸性環境で活性型に変換され、プロトンポンプと共有結合します
- プロトンポンプを不可逆的に阻害し、胃酸分泌を抑制します
効果の特徴:
- H2ブロッカーより強力な酸分泌抑制効果があります
- 特に食後の胃酸分泌を強く抑制します
- 効果が最大になるまでに数日かかることがあります
- 一度結合したプロトンポンプは新たに合成されるまで機能しないため、効果が持続します
- 共有結合できなかったPPIは数分程度で分解されるため、体内に蓄積しにくく安全性が高いとされています
PPIの効果は服用のタイミングにも影響されます。プロトンポンプは食事刺激によって細胞膜表面に現れるため、食前30分程度の服用が推奨されています。これにより、食事によって活性化するプロトンポンプを効率よく阻害することができます。
プロトンポンプ阻害薬の代謝と個人差による効果の違い
プロトンポンプ阻害薬の効果には個人差があり、その主な要因は肝臓での代謝酵素の活性の違いにあります。特に重要なのは、CYP2C19という薬物代謝酵素です。
CYP2C19の遺伝的多型と効果への影響:
PPIは主に肝臓のCYP2C19という酵素によって代謝されますが、この酵素の活性には遺伝的な個人差があります。日本人を含むアジア人では特にこの個人差が顕著で、以下のように分類されます。
- 急速代謝型(EM: Extensive Metabolizer):約30-40%の日本人
- CYP2C19の活性が高く、PPIを速やかに代謝します
- 特にオメプラゾールやランソプラゾールの効果が出にくい傾向があります
- 中間代謝型(IM: Intermediate Metabolizer):約40-50%の日本人
- CYP2C19の活性が中程度です
- 遅延代謝型(PM: Poor Metabolizer):約15-20%の日本人
- CYP2C19の活性が低く、PPIの血中濃度が高く維持されます
- 少ない用量でも効果が強く現れる傾向があります
各PPIの代謝特性:
- オメプラゾール:CYP2C19による代謝の影響を強く受けます。急速代謝型の患者では効果が減弱する可能性があります。
- ランソプラゾール:オメプラゾールと同様にCYP2C19の影響を受けますが、その程度はやや低いとされています。
- ラベプラゾール:CYP2C19以外の代謝経路も持ち、CYP2C19の遺伝的多型の影響を受けにくいとされています。
- エソメプラゾール:オメプラゾールのS体異性体で、オメプラゾールよりもCYP2C19による代謝の影響が少なく、効果の個人差が小さいとされています。
このような代謝特性の違いから、オメプラゾールやランソプラゾールで十分な効果が得られない患者さんでも、ラベプラゾールやエソメプラゾールが有効な場合があります。特に日本人を含むアジア人では、CYP2C19の遅延代謝型の割合が欧米人より高いため、この点を考慮した薬剤選択が重要です。
プロトンポンプ阻害薬の適応症と投与制限
プロトンポンプ阻害薬は様々な消化器疾患の治療に使用されますが、薬剤によって適応症が異なる場合があります。また、一部の疾患では投与期間に制限があることも重要なポイントです。
主な適応症:
- 胃潰瘍・十二指腸潰瘍
- 全てのPPIで適応があります
- 胃潰瘍では8週間、十二指腸潰瘍では6週間の投与制限があります
- 逆流性食道炎
- 全てのPPIで適応があります
- 維持療法も可能ですが、定期的な評価が必要です
- 非びらん性胃食道逆流症(NERD)
- オメプラゾール、ランソプラゾール、ラベプラゾール、エソメプラゾールで適応があります
- ボノプラザン(P-CAB)では適応がありません
- ヘリコバクター・ピロリ感染症の除菌
- 全てのPPIで適応があります
- 抗菌薬(アモキシシリン、クラリスロマイシンなど)との併用療法が基本です
- Zollinger-Ellison症候群
- 一部のPPIで適応があります
- 低用量アスピリン投与時の胃潰瘍または十二指腸潰瘍の再発抑制
- 一部のPPIで適応があります
- 非ステロイド性抗炎症薬投与時の胃潰瘍または十二指腸潰瘍の再発抑制
- 一部のPPIで適応があります
投与制限と注意点:
- 消化性潰瘍の治療では、胃潰瘍で8週間、十二指腸潰瘍で6週間の投与制限があります
- 長期投与が必要な場合は、定期的な内視鏡検査による評価が推奨されます
- 高齢者や腎機能障害のある患者では、用量調整が必要な場合があります
- 肝機能障害のある患者では、代謝が遅延する可能性があるため注意が必要です
PPIの適応症は薬剤によって異なり、また規格(用量)によっても適応症が異なる場合があるため、処方前に添付文書を確認することが重要です。特に、非びらん性胃食道逆流症(NERD)の適応がないボノプラザン(P-CAB)などは注意が必要です。
プロトンポンプ阻害薬の副作用と長期使用の注意点
プロトンポンプ阻害薬は比較的安全性の高い薬剤ですが、短期および長期使用に関連する副作用があります。医療従事者はこれらを理解し、適切な使用と患者モニタリングを行うことが重要です。
主な副作用:
- 短期使用での副作用
- 発疹・アレルギー反応(アナフィラキシーを含む)
- 下痢・便秘などの消化器症状
- 頭痛・めまい
- 口内炎・口内乾燥
- 肝機能障害
- 白血球減少
- 長期使用に関連する懸念事項
長期使用の注意点:
- 1年間を超えるPPI使用では、定期的な内視鏡検査による胃粘膜の評価が必要です
- 漫然とした長期投与は避け、定期的に必要性を再評価することが重要です
- 最小有効用量での使用を心がけます
- 高齢者では特に副作用のリスクが高まるため、慎重な投与が必要です
- 他の薬剤との相互作用に注意が必要です(特にクロピドグレルなどの抗血小板薬)
民医連副作用モニターの報告によると、2011年から2015年の5年間でPPI全体で119件の副作用が報告され、そのうち発疹(全身発疹、アナフィラキシーを含む)が42例、下痢が31例と、この2つの副作用で過半数を超えていました。その他にも、白血球減少、肝障害、便秘などが報告されています。
PPIの長期使用については、リスクとベネフィットを慎重に評価し、必要な場合には定期的なモニタリングを行うことが推奨されます。特に高齢者や複数の合併症を持つ患者では、より慎重な対応が求められます。
プロトンポンプ阻害薬とP-CABの比較と使い分け
近年、従来のプロトンポンプ阻害薬(PPI)に加えて、新しいタイプの酸分泌抑制薬であるカリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-CAB:Potassium-Competitive Acid Blocker)が登場しました。日本では2014年にボノプラザン(タケキャブ®)が承認され、臨床で使用されています。PPIとP-CABの特徴を比較し、適切な使い分けについて解説します。
PPIとP-CABの作用機序の違い:
- PPI(プロトンポンプ阻害薬)
- プロトンポンプと共有結合し、不可逆的に阻害します
- 酸性環境で活性化される必要があります
- 効果発現までに数日かかることがあります
- 新たなプロトンポンプが合成されるまで効果が持続します
- P-CAB(カリウムイオン競合型アシッドブロッカー)
- プロトンポンプのカリウム結合部位に可逆的に結合し、競合的に阻害します
- 酸による活性化を必要としません
- 服用後数時間で効果が発現します
- 胃内pHの影響を受けにくく、効果の個人差が小さいです
- 夜間の酸分泌抑制効果もPPIより強力です
PPIとP-CABの臨床的な違い:
特徴 PPI P-CAB(ボノプラザン) 効果発現 数日かかる 数時間で発現 胃内pH依存性 あり(酸性環境で活性化) なし 個人差 CYP2C19多型の影響あり 少ない 夜間酸分泌抑制 比較的弱い 強力 食事の影響 食前服用が原則 食事の影響を受けにくい 適応症 幅広い(NERDを含む) 一部制限あり(NERDの適応なし) 使い分けのポイント:
- 重症の逆流性食道炎
- P-CABは速やかで強力な酸分泌抑制効果があり、難治性の逆流性食道炎に有効です
- ヘリコバクター・ピロリ除菌療法
- P-CABを用いた除菌療法はPPIを用いた従来の除菌療法よりも高い除菌率を示しています
- 夜間の症状が強い患者
- P-CABは夜間の酸分泌抑制効果が強く、夜間の胸やけや咳などの症状に有効です
- PPI不応性の患者
- CYP2C19の急速代謝型でPPIの効果が不十分な患者にはP-CABが有効な場合があります
- 非びらん性胃食道逆流症(NERD)
- 日本ではP-CAB(ボノプラザン)にNERDの適応がないため、PPIが選択されます
P-CABは従来のPPIの限界を克服する可能性を持つ新しい薬剤ですが、長期使用における安全性については結論が出ていません。また、PPIと同様に消化性潰瘍治療においては投与期間の制限があります(胃潰瘍で8週、十二指腸潰瘍で6週)。
患者の状態、症状、既往歴などを考慮し、PPIとP-CABを適切に使い分けることが重要です。また、漫然とした長期投与は避け、定期的に必要性を再評価することが推奨されます。
韓国や中国ではテゴプラザンという新しいP-CABも承認されており、韓国ではP-CABとして世界初の非びらん性食道逆流症(NERD)の適応を取得しています。今後、日本でも新たなP-CABが承認される可能性があり、酸関連疾患の治療選択肢がさらに広がることが期待されます。
日本内科学会雑誌:プロトンポンプ阻害薬の適正使用について
日本消化器病学会:胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン2021(第3版)