プロテウスミラビリスの感染症病態
プロテウスミラビリスの基本的特性と分類
プロテウスミラビリスは腸内細菌科(Enterobacteriaceae)に属するグラム陰性桿菌で、通性嫌気性細菌として分類されています 。この細菌は土壌および水中に広く存在し、健康なヒトの糞便細菌叢の一部としても検出されます 。プロテウス属の中でも、プロテウスミラビリスはヒト感染症の原因として最も高頻度に分離される菌種であり、全プロテウス属分離株の約90%を占めています 。
この細菌の最も特徴的な性質の一つは、固体培地表面での「スウォーミング」と呼ばれる遊走運動です 。この現象により、プロテウスミラビリスは培地表面に薄く広がって増殖し、他の多くの細菌よりも迅速に培地を覆うことができます 。インドール産生試験では陰性を示すことから、プロテウスバルガリス(P. vulgaris)との鑑別が可能です 。
参考)https://www.kameda.com/pr/infectious_disease/post_350.html
プロテウスミラビリスは本来多くの抗菌薬に感受性を示す細菌として知られていますが、近年では基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)を産生する耐性株の報告も増加しています 。特に医療機関においては、不適切な抗菌薬使用により常在菌叢が根絶された患者で検出頻度が高まることが知られています 。
参考)https://www.yoshida-pharm.co.jp/infection-control/letter/letter36.html
プロテウスミラビリス感染症の臨床症状と診断
プロテウスミラビリス感染症の診断は、病変部または障害を受けた器官から本菌を分離することによって行われます 。この細菌による感染症は多岐にわたりますが、最も頻繁に遭遇するのは尿路感染症です。特に膀胱留置カテーテルが挿入されている患者や、尿路の機能的・解剖学的異常を有する患者において高い頻度で分離されます 。
参考)https://www.jax.or.jp/randd/sheet/detail/41
カテーテル関連尿路感染症(CAUTI)では、プロテウスミラビリスの産生するマンノース耐性プロテウス様(MR/P)線毛が重要な役割を果たします 。これらの線毛は初期付着とカテーテル表面でのバイオフィルム形成に必須であり、感染の持続化に深く関与しています 。感染が成立すると、単純な膀胱炎から腎盂腎炎、さらには敗血症へと進展する可能性があります 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC529131/
尿路以外の感染症としては、腹腔内感染症(消化管穿孔による二次性腹膜炎など)、熱傷や手術部位関連感染症、肺炎、膿胸、骨髄炎、新生児髄膜炎、脳膿瘍などが報告されています 。新生児においては、プロテウスミラビリスによる細菌性髄膜炎が多発性脳膿瘍を合併する重篤な症例も報告されており、抗菌薬治療と外科的治療の併用が必要となる場合があります 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jspn/47/4/47_389/_pdf/-char/ja
診断において特徴的な所見として、プロテウスミラビリスによる尿路感染症では尿pHが7以上にアルカリ化することが挙げられます 。この所見は、本菌が産生するウレアーゼ酵素によるものであり、診断の重要な手がかりとなります。
プロテウスミラビリスのバイオフィルム形成機序
プロテウスミラビリスのバイオフィルム形成能力は、特にカテーテル関連感染症において重要な病原性因子となっています 。このバイオフィルムは他の細菌とは異なり、結晶性の特徴を有することが知られています 。この独特な性質は、プロテウスミラビリスが産生するウレアーゼ酵素によって説明されます。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fcimb.2020.00414/pdf
ウレアーゼは尿素を加水分解してアンモニアと二酸化炭素を生成し、これにより尿がアルカリ化されます 。アルカリ性環境下では、カルシウム結晶とリン酸マグネシウムアンモニウム(ストルバイト)の沈殿物が生成され、これらが細菌の多糖カプセルに取り込まれてカテーテル表面に結晶性バイオフィルムを形成します 。
バイオフィルム形成には複数の病原因子が関与しています。MR/P線毛は表面への初期付着に必須であり、その後のバイオフィルム成熟に重要な役割を果たします 。また、リン酸特異的輸送システム(Pst system)もバイオフィルム形成と病原性に重要であることが示されています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2889415/
最近の研究では、プロテウスミラビリスと腸球菌(Enterococcus faecalis)との間で代謝的相互作用が生じ、これが多菌種バイオフィルムの形成を促進し、抗菌薬耐性と病原性の増強につながることが明らかになっています 。オルニチンを介した相互作用を阻害することで、多菌種バイオフィルム形成を防ぎ、重症疾患のリスクを低減できる可能性が示唆されています。
参考)https://journals.asm.org/doi/10.1128/mbio.02164-24
プロテウスミラビリスによる尿路結石形成のメカニズム
プロテウスミラビリスによる尿路感染症の最も特徴的な合併症の一つが尿路結石の形成です 。この現象は、細菌が産生するウレアーゼ酵素の活性に直接関連しています。ウレアーゼは尿中の尿素を加水分解してアンモニアを産生し、これにより尿pHが上昇してアルカリ性となります 。
参考)https://www.kameda.com/pr/infectious_disease/post_77.html
アルカリ性環境下では、リン酸マグネシウムアンモニウム結石(ストルバイト結石)の析出が促進されます 。このタイプの結石は「感染結石」とも呼ばれ、プロテウスミラビリス感染症に特徴的な合併症として知られています。ストルバイト結石の形成は尿路閉塞を引き起こし、感染の持続化と治療の困難化をもたらします。
興味深いことに、プロテウスミラビリスは酸性尿酸アンモニウム(AAU)結石の形成にも関与することが報告されています 。AAU結石は先進国では稀な結石成分で、本邦での発生頻度は0.38-0.66%と報告されています 。93歳女性の症例では、プロテウスミラビリス感染がAAU結石形成の原因と考えられています。
参考)https://www.keiju.co.jp/wp/wp-content/uploads/magazine_2016_04_10hinoue.pdf
尿路結石形成のメカニズムは単純な化学的反応にとどまらず、バイオフィルム内での複雑な生化学的プロセスが関与しています。ウレアーゼによる溶解性バイオミネラル化は、尿路結石の形成と留置カテーテルの閉塞の主要な原因となっています 。この過程では、シプロフロキサシンなどの抗菌薬による治療効果も限定的となることが知られています。
参考)https://bibgraph.hpcr.jp/abst/pubmed/26953206
プロテウスミラビリスによる結石形成を予防するためには、感染の早期発見と適切な抗菌薬治療が重要です。また、カテーテル管理の改善や定期的な尿pH監視も予防策として有効とされています。
プロテウスミラビリスの薬剤耐性機序と治療戦略
プロテウスミラビリスは、腸内細菌科の中でも野生株では染色体性β-ラクタマーゼを有しない数少ない菌種の一つです 。このため、アンピシリン(ABPC)による治療が可能な株が存在することが特徴的です。腸内細菌科でABPCによる治療が可能なのは、大腸菌、プロテウスミラビリス、サルモネラ属、赤痢菌に限られています 。
参考)https://sakaiinfection.exblog.jp/30593021/
一方で、プロテウスバルガリスは誘導性のCumAというclass Aβ-ラクタマーゼを有しており、3世代以上のセファロスポリンでの治療が推奨されています 。プロテウスミラビリスにおいても、近年では後天性ESBL産生遺伝子を有する株が増加傾向にあるため、セファロスポリン系薬による治療には注意が必要です 。
薬剤耐性メカニズムの詳細な解析によると、ESBL産生プロテウスミラビリス株では、blaSHV(83.3%)、blaAmpC(80%)、blaVIM-1(50%)が最も多く検出される耐性遺伝子として報告されています 。多剤耐性(MDR)菌の頻度は41.4%に達しており、特にST-トリメトプリム/スルファメトキサゾールに対する耐性率が62.1%と最も高く、イミペネムに対する耐性率が12.1%と最も低いことが示されています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9552493/
治療選択においては、第三世代・第四世代セファロスポリン系薬、フルオロキノロン系、アミノグリコシド系、β-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン系薬(ピペラシリン・タゾバクタムなど)、セファマイシン系薬が一般的に使用されます 。プロテウスミラビリスは内因性のefflux pumpによりテトラサイクリンに自然耐性を示すことも知られています 。
カテーテル関連感染症における多剤耐性プロテウスミラビリスの出現は深刻な問題となっており、適切な感染制御対策の実施が急務とされています 。integron遺伝子、特にintI1遺伝子とblaTEM遺伝子の高い保有率が報告されており、院内感染対策における重要な監視対象となっています。