ピロリ菌の除菌
ピロリ菌の感染経路と胃がんリスク
ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)は胃の粘膜に生息するらせん状の細菌で、強い胃酸の環境でも生存できる特殊な能力を持っています。この細菌はウレアーゼという酵素を分泌し、胃酸を中和することで生き延びています。
ピロリ菌の主な感染経路は以下のとおりです。
- 幼少期の経口感染(特に親子間、母子感染が多い)
- 汚染された水や食べ物からの感染
- 不衛生な環境での生活による感染
日本では高齢者の感染率が高く、これは昔の衛生環境が現在より劣っていたことが原因と考えられています。若い世代では感染率が低下していますが、依然として多くの日本人がピロリ菌に感染しています。
ピロリ菌と胃がんの関係は科学的に明らかになっており、1994年にWHO(世界保健機関)はピロリ菌を「確実な(definite)発がん因子」と認定しました。ピロリ菌感染者は非感染者と比較して胃がんリスクが約2〜6倍高くなるとされています。
ピロリ菌除菌の方法と成功率
ピロリ菌の除菌治療は、基本的に「1日2回の飲み薬を1週間続ける」という比較的シンプルな方法で行われます。具体的な除菌方法は以下の通りです。
1次除菌療法
- 使用薬剤:PPI(プロトンポンプ阻害剤)またはP-CAB(カリウムイオン競合型アシッドブロッカー)+クラリスロマイシン+アモキシシリン
- 内服期間:1週間(1日2回)
1次除菌の成功率は約70〜90%とされていますが、最新のP-CABであるボノプラザン(タケキャブ®)を使用した場合、成功率は92.6%まで向上するという報告があります。
2次除菌療法(1次除菌が失敗した場合)
- 使用薬剤:PPI(またはP-CAB)+メトロニダゾール+アモキシシリン
- 内服期間:1週間(1日2回)
2次除菌まで行うと、成功率は99.85%に達するとされています。
ペニシリンアレルギーがある場合の選択肢
- PPI+クラリスロマイシン+メトロニダゾール(地域によっては保険適用外)
- PPI+シタフロキサシン+メトロニダゾール(自費診療)
除菌治療は専門医のいるクリニックで受けることが推奨されています。日本ヘリコバクター学会では「H. pylori(ピロリ菌)感染症認定医」という専門医を認定しており、こうした専門医のもとで治療を受けることで、より適切な治療が期待できます。
ピロリ菌除菌の副作用と治療中の注意点
ピロリ菌の除菌治療中には、いくつかの副作用が現れる可能性があります。主な副作用とその発生頻度は以下の通りです。
副作用 | 発生頻度 |
---|---|
下痢・軟便 | 10-30% |
味覚異常・舌炎・口内炎 | 5-15% |
皮疹 | 2-5% |
その他、頻度は低いものの、腹痛、おならの増加、便秘、頭痛、肝機能障害、めまいなどの副作用が報告されています。
治療中止が必要となるような強い副作用(腹痛を伴う頻回の下痢、下血、皮疹、咽頭浮腫、発熱など)は2-5%程度と多くはありませんが、これらの症状が現れた場合は直ちに薬の服用を中止し、医師の診察を受けるべきです。
一方、軽微な副作用の場合は、治療が終了すれば自然に改善することが多いため、可能な限り薬の内服を継続することが推奨されています。
高齢者における副作用の頻度は約10%と報告されており、大きな持病がなければ、高齢であることを理由に除菌を控える必要はありません。
除菌治療中の生活上の注意点
除菌治療中は、特に以下の点に注意が必要です。
- 喫煙について。
ガイドラインでは除菌薬を内服している期間は「禁煙」が推奨されています。ただし、禁煙しなくても除菌の成功率に差はないという研究結果もあります。
- 飲酒について。
特に2次除菌療法中は絶対に飲酒を避けるべきです。2次除菌で使用するメトロニダゾールはジスルフィラム様作用(嫌酒薬)を引き起こすことがあり、アルコールと併用すると頭痛、嘔吐、腹痛などの症状が現れることがあります。1次除菌中もアルコールの摂取は推奨されません。
ピロリ菌除菌の費用と保険適用
ピロリ菌の除菌治療にかかる費用は、保険適用かどうかによって大きく異なります。
保険適用の場合(3割負担の方)。
- 除菌薬を処方する際の診察料:約390円
- 薬剤の代金(薬局支払い):約470円
- 初診で胃カメラ検査、ピロリ検査、除菌薬処方を全て行った場合の総額:約7,250円
ただし、胃カメラやピロリ検査の費用は別途かかります。
保険適用となる条件。
特に5番目の「ピロリ菌感染胃炎」は2013年2月から保険適用となり、これにより多くの方が保険でピロリ菌除菌を受けられるようになりました。
自費診療の場合。
3次除菌も含めて、自費での除菌はトータルで15,000〜25,000円が一般的です。これには検査費用も含まれます。胃カメラ検査まで含む場合は、2万円前後が相場とされています。
ピロリ菌の検査・除菌は健康保険が適用される場合が多いため、経済的な負担は比較的軽減されています。ただし、自費診療となる場合もあるため、事前に医療機関に確認することをお勧めします。
ピロリ菌除菌後の胃がんリスクと定期検査の必要性
ピロリ菌の除菌により胃がんの予防が可能なことは、多くの研究結果から明らかになっています。しかし、重要なのは「除菌後も胃がんのリスクは完全にゼロにはならない」という点です。
研究によれば、除菌によって減る胃がんの発生リスクは約1/3程度とされています(Ford AC, et al: BMJ 348:g3174, 2014)。つまり、「もう除菌したから胃がんにはならない」という考えは誤りなのです。
除菌後も胃がんリスクが残る理由としては、以下のような要因が考えられます。
- 除菌時点ですでに前がん病変が存在している可能性
- 長年のピロリ菌感染による胃粘膜の不可逆的な変化
- 除菌後も持続する慢性炎症
特に、萎縮性胃炎が進行している場合は、除菌後も胃がんリスクが残ることが知られています。
除菌後の定期検査の重要性
除菌後も胃がんリスクが残るため、定期的な胃カメラ検査が非常に重要です。バリウム検査と比較して、胃カメラによる胃がん検診は発見率が約4倍高いとされています。
除菌後の胃カメラ検査の頻度については、胃の状態によって異なりますが、一般的には以下のような目安が考えられます。
- 萎縮性胃炎が軽度の場合:2〜3年に1回
- 萎縮性胃炎が中等度〜高度の場合:1年に1回
- 腸上皮化生がある場合:1年に1回
除菌後の胃カメラ検査では、通常の胃がん検診よりも丁寧な観察が必要です。除菌後胃がんは発見が難しいことがあり、特に注意深い観察が求められます。
ピロリ菌除菌が推奨される疾患と家族感染予防の重要性
日本ヘリコバクター学会のガイドラインでは、「除菌治療は胃・十二指腸潰瘍の治癒だけでなく、胃がんをはじめとするピロリ関連疾患の治療や予防、さらに感染経路の抑制に役立つことから推奨する」と明記されています。
具体的に、ピロリ菌の除菌が強く推奨されている疾患は以下の通りです。
- ピロリ感染胃炎(萎縮性胃炎・鳥肌胃炎など)
- 胃潰瘍・十二指腸潰瘍
- 早期胃がんに対する内視鏡治療後の胃
- 胃MALTリンパ腫
- 胃過形成性ポリープ
- 機能性ディスペプシア
- 胃食道逆流症(逆流性食道炎)
- 特発性血小板減少性紫斑病
- 鉄欠乏性貧血
これらの疾患がある場合、ピロリ菌の除菌治療を受けることで症状の改善や病気の進行を防ぐことができます。
家族感染予防の重要性
ピロリ菌の主な感染経路は「幼少期の家庭内感染」であることが分かっています。特に母子感染が多いとされており、感染者が家族内にいると、他の家族にも感染するリスクが高まります。
そのため、「大切な家族にうつさないためにピロリ菌の除菌をする」という考え方も重要です。特に小さなお子さんがいる家庭では、親がピロリ菌に感染している場合、除菌治療を検討する価値があります。
家族内感染を防ぐための具体的な方法
- 感染者の早期発見と除菌治療
- 食器の共用を避ける
- 調理器具の清潔保持
- 手洗いの徹底
などが挙げられます。
ピロリ菌は現在、比較的簡単に除菌治療を行うことができます。除菌をせずに放置して上記の病気になったり、家族に感染させてしまったりする事態は避けたいものです。
日本消化器病学会「H. pylori感染の診断と治療のガイドライン2016改訂版」
まとめると、ピロリ菌の除菌は胃がんの予防だけでなく、様々な胃腸疾患の治療・予防、そして家族への感染予防という観点からも非常に重要です。ピロリ菌感染が疑われる場合は、早めに医療機関を受診し、適切な検査と治療を受けることをお勧めします。