乳癌診療と手術療法の進展と再建術の最新動向

乳癌診療の最新動向と治療法

乳癌診療の主要ポイント
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疫学的動向

女性の癌罹患率第1位、死亡数第5位。年々増加傾向にあり、早期発見・適切な治療が重要。

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治療アプローチ

手術療法、薬物療法、放射線療法を組み合わせた集学的治療が基本。サブタイプ別の個別化治療が進展。

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最新の進歩

HBOC診療、人工乳房再建の保険適用、新規薬剤(CDK4/6阻害薬、PARP阻害薬、免疫チェックポイント阻害薬)の登場。

乳癌診療は近年目覚ましい進歩を遂げています。日本における乳癌の罹患率は増加の一途をたどり、女性の癌罹患率の第1位となっています。このような状況の中、治療法も多様化し、より個別化された治療が可能になってきました。

特に過去10年間で、HBOC診療(BRCA遺伝学的検査、PARP阻害剤、リスク低減手術)や人工乳房再建の保険適用など大きな進展がありました。また、薬物療法においてもCDK4/6阻害薬やPARP阻害薬、免疫チェックポイント阻害薬などの新薬が登場し、HER2陽性乳癌に対してはADC(抗体薬物複合体)も使用されるようになりました。

これらの進歩により、乳癌診療はますますサブタイプ別の治療が重要となり、患者さん一人ひとりの状態に合わせた最適な治療選択が求められるようになっています。医療従事者は常に最新の知見を取り入れ、エビデンスに基づいた治療を提供することが必要です。

乳癌診療における手術療法の種類と選択基準

乳癌の手術療法は、大きく分けて乳房温存療法と乳房全摘術の2つがあります。乳房温存療法は、病巣とその周囲を部分的に切除する方法で、乳房の形態をできるだけ保つことができます。一方、乳房全摘術は胸の筋肉は残して乳房全体を切除する方法です。

手術方法の選択基準としては、以下のような要素が考慮されます。

  • しこりの大きさと位置
  • しこりが複数存在するかどうか
  • 乳管内進展の程度
  • 患者さんの希望や価値観
  • 放射線治療の可能性

特に、以下のような場合は乳房全摘術が推奨されることが多いです。

  1. しこりが大きい場合
  2. 複数のしこりが存在する場合
  3. しこりは大きくなくても、乳管内に広く進展している場合

また、腋窩リンパ節に対する手術も同時に行われます。現在の標準的な方法は「センチネルリンパ節生検」で、これは最初にがん細胞が流れ着くリンパ節(センチネルリンパ節)を同定して摘出し、転移の有無を調べる方法です。センチネルリンパ節に転移がなければ、それ以外のリンパ節に転移はないと判断できるため、不必要な腋窩リンパ節郭清を避けることができます。

近年では、手術方法の選択においても患者さんの意向を尊重するインフォームドコンセントが重視されており、医師は複数の選択肢を提示し、それぞれのメリット・デメリットを説明することが求められています。

乳癌診療と薬物療法の進化:サブタイプ別アプローチ

乳癌の薬物療法は、この10年で劇的な進化を遂げました。特に重要なのは、乳癌をサブタイプ別に分類し、それぞれに最適な治療法を選択するアプローチです。

乳癌の主なサブタイプは以下の通りです。

  1. ホルモン受容体陽性/HER2陰性
  2. HER2陽性
  3. トリプルネガティブ(ホルモン受容体陰性/HER2陰性)

それぞれのサブタイプに対する薬物療法の進展を見ていきましょう。

ホルモン受容体陽性乳癌

  • 内分泌療法が基本(タモキシフェン、アロマターゼ阻害薬など)
  • CDK4/6阻害薬(パルボシクリブ、アベマシクリブなど)の追加により予後が改善
  • 閉経前後での治療戦略の違いも明確化

HER2陽性乳癌

トリプルネガティブ乳癌

  • 従来は化学療法のみだったが、免疫チェックポイント阻害薬の導入
  • BRCA変異陽性例ではPARP阻害薬の有効性
  • プラチナ製剤の位置づけの明確化

また、術前化学療法(neoadjuvant chemotherapy)の役割も拡大しており、手術前に薬物療法を行うことで腫瘍縮小効果を評価し、治療効果予測や手術方法の選択に役立てることができるようになりました。

さらに、BRCA1/2遺伝子変異を持つ遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)患者に対しては、PARP阻害薬が新たな治療選択肢として確立されつつあります。

これらの薬物療法の進化により、乳癌患者の生存率は着実に向上しています。しかし、薬物療法は日進月歩であり、医療従事者は常に最新のエビデンスに基づいた治療を提供するために、継続的な学習が必要です。

乳癌診療における乳房再建術の最新動向と保険適用

乳房再建術は、乳癌手術後の患者さんのQOL(生活の質)向上に大きく貢献する治療法です。2013年7月より、がん患者を対象にインプラントを用いた乳房再建に保険が適用されるようになり、乳房再建を選択する患者さんが増加しています。

乳房再建の種類

乳房再建術には大きく分けて以下の2種類があります。

  1. 人工乳房(インプラント)による再建
    • シリコンインプラントを用いる方法
    • エキスパンダーを用いて皮膚を徐々に伸ばした後にインプラントに入れ替える方法
    • 比較的手術時間が短く、体への負担が少ない
  2. 自家組織移植による再建
    • 腹部や背中、臀部などの自分の組織を用いる方法
    • 自然な形態・感触が得られる
    • 手術時間が長く、体への負担が大きい

再建のタイミング

乳房再建は、そのタイミングによって以下のように分類されます。

  • 一次再建:乳癌手術と同時に行う再建
  • 二次再建:乳癌手術後、一定期間経過してから行う再建

保険適用前は、インプラントを用いた乳房再建に100万円以上の費用がかかっていましたが、保険適用後は自己負担が約30万〜40万円程度に軽減されました。さらに、高額療養費制度を利用することで、窓口での負担はさらに軽減されます。

この金銭的ハードルの低下により、全摘手術を選択する患者さんが約5割に増加し、そのうち約60%の方が乳房再建を受けるようになってきています。これは、乳癌治療において、根治性を保ちながらも患者さんのQOLを重視する流れが強まっていることを示しています。

また、乳房部分切除後の整容性を改善するための部分再建術や、乳頭・乳輪の再建術なども発展しており、患者さんの選択肢はさらに広がっています。

乳房再建を検討する際には、再建方法のメリット・デメリット、手術のタイミング、費用、術後のケアなどについて、形成外科医を含めた医療チームと十分に相談することが重要です。

乳癌診療ガイドラインの変遷と最新エビデンス

乳癌診療ガイドラインは、最新のエビデンスに基づいた診療の標準化を目的として定期的に改訂されています。日本乳癌学会が作成する乳癌診療ガイドラインは、治療編と疫学・診断編に分かれており、約6ヶ月に1回程度の頻度で部分改訂が行われています。

ガイドラインの変遷

乳癌診療ガイドラインは、医学的エビデンスの蓄積とともに進化してきました。初期のガイドラインでは主に手術療法と補助療法の基本的な推奨が中心でしたが、現在では以下のような幅広いトピックをカバーしています。

  • 非浸潤性乳管癌(DCIS)の治療
  • 早期乳癌(Stage I-IIIA)の治療
  • 局所進行乳癌(Stage IIIB、IIIC)の治療
  • 転移・再発乳癌の治療
  • 特殊な状況(妊娠・授乳期乳癌、高齢者乳癌、男性乳癌など)の治療
  • 遺伝性乳癌(HBOC)の管理
  • 乳房再建
  • 妊孕性(妊娠能力)温存

最新のエビデンスと推奨

2022年版の乳癌診療ガイドラインでは、以下のような最新のエビデンスに基づく推奨が追加されています。

  1. 遺伝性乳癌に関する推奨
    • BRCA病的バリアントを有する乳癌患者の周術期薬物療法
    • リスク低減手術の適応と方法
  2. 特殊な患者群に対する推奨
    • 早期男性乳癌に対する薬物療法
    • 早期高齢者乳癌患者に対する周術期薬物療法
  3. 乳房再建に関する推奨
    • 乳房再建法としての脂肪注入
    • 術前化学療法後の乳房再建
    • リンパ節転移陽性乳癌患者に対する一次乳房再建
  4. 転移・再発乳癌に対する推奨
    • Stage IV乳癌に対する原発巣切除の適応

これらの推奨は、大規模臨床試験の結果や国際的なコンセンサスに基づいて策定されており、日本の医療環境に適した形で提示されています。

医療従事者は、これらのガイドラインを参考にしながらも、個々の患者さんの状況や希望を考慮した上で、最適な治療方針を決定することが求められています。また、ガイドラインは定期的に更新されるため、常に最新の情報を把握しておくことが重要です。

乳癌診療におけるチーム医療と患者中心のアプローチ

乳癌診療においては、複数の診療科や職種が連携して治療にあたる「チーム医療」が不可欠です。特に近年は、患者さん自身も治療方針の決定に積極的に参加する「患者中心のアプローチ」が重視されています。

乳癌診療チームの構成

効果的な乳癌診療チームは、以下のようなメンバーで構成されます。

  • 乳腺外科医:手術療法の実施
  • 腫瘍内科医:薬物療法の計画と実施
  • 放射線治療医:放射線療法の計画と実施
  • 形成外科医:乳房再建術の実施
  • 病理医:組織診断と病理学的評価
  • 遺伝カウンセラー:遺伝性乳癌のリスク評価と遺伝カウンセリング
  • 乳がん看護専門看護師患者教育とケアの調整
  • 薬剤師:薬物療法の管理と副作用対策
  • 臨床心理士:心理的サポート
  • ソーシャルワーカー:社会的・経済的サポート

これらの専門家が定期的にカンファレンスを開催し、個々の患者さんに最適な治療方針を検討します。

インフォームドコンセントの重要性

現在の乳癌診療では、インフォームドコンセント(説明と同意)が非常に重要視されています。患者さんが医師の説明を受け、理解した上で同意しなければ、どんな治療も開始できません。

特に乳癌の場合、治療選択が患者さんの生活の質(QOL)に大きく影響するため、以下のような点について十分な説明と話し合いが必要です。

  1. 手術方法(乳房温存か全摘か)
  2. 乳房再建の選択肢
  3. 補助療法の種類と期間
  4. 副作用とその対処法
  5. 妊娠・出産への影響と対策

患者さんの意思決定支援

乳癌と診断された患者さんは、しばしば気持ちが動転し、冷静な判断が難しい状況に置かれます。そのため、医療チームは以下のようなサポートを提供することが重要です。

  • わかりやすい言葉での説明
  • 視覚的資料(図表やビデオなど)の活用
  • 十分な質問時間の確保
  • セカンドオピニオンの推奨
  • 患者会や体験者との交流機会の提供
  • 意思決定支援ツールの活用

このような患者中心のアプローチにより、患者さんの満足度が高まるだけでなく、治療へのアドヒアランス(継続性)も向上し、結果として治療成績の改善にもつながります。

乳癌診療におけるチーム医療と患者中心のアプローチは、単に複数の専門家が関わるというだけでなく、患者さん自身もチームの一員として尊重され、共に治療方針を決定していくという新しい医療のあり