NSAIDs胃炎と予防
NSAIDs胃炎の病態とCOXとPG
NSAIDs胃炎を「胃酸が強いから起きる」とだけ理解していると、予防と患者指導が薄くなる。NSAIDsによる上部消化管傷害の病態は大きく2つで、①粘膜への直接作用、②吸収後にCOX(シクロオキシゲナーゼ)を阻害して内因性PG(プロスタグランジン)を減らし、粘膜防御能を落とす作用に整理できる。
直接作用の要点は、臨床で多い「酸性NSAIDs」が胃内の強酸性環境で非イオン化(脂溶性)となり、細胞膜を通過して上皮細胞内に蓄積し障害を起こしうることだ。
ただし臨床的により重要な機序はCOX阻害で、PGの産生が抑えられ、粘液・重炭酸分泌促進や粘膜血流増加といった防御が弱まる点にある。
COXにはCOX-1とCOX-2のサブタイプがあり、COX-1は胃粘膜・腎・血小板などで構成的に働くため、ここを抑えるほど消化管安全性は悪化しやすい、という説明は患者にもスタッフにも通る。
医療現場で意外に見落とされやすいのは、「粘膜傷害=症状」ではないことだ。NSAIDsは鎮痛作用により疼痛をマスクし、症状が乏しいまま進行しうるため、問診で「胃が痛くないから大丈夫」と言われても安心材料にはならない(特に高リスクの内服継続例)。
参考)https://www.jsge.or.jp/committees/guideline/guideline/pdf/syoukasei2020_2.pdf
さらに、NSAIDs胃炎という言い方は便利だが、実際にはびらん・潰瘍・出血まで連続体であるため、「胃炎の段階で止める」より「出血まで行かせない」設計が重要になる。
したがって、病態理解は最終的に「誰に、何を、どの強度で」予防するか(PPI/VPZ、PG製剤、NSAIDsの選択)へ直結させる必要がある。
NSAIDs胃炎のリスク因子と高齢と併用薬
NSAIDs服用者では、消化性潰瘍と上部消化管出血のリスクが明らかに高まる、という前提をまず共有する。
リスク因子は「患者側」と「処方側」に分けると整理しやすく、患者側では高齢(例:65歳以上)、消化性潰瘍の既往、抗凝固薬・抗血小板薬の併用などが代表例として挙げられる。
処方側では高用量NSAIDs、複数NSAIDs併用が問題になり、ガイドラインでもNSAIDs潰瘍の発生率は投与量に依存するため高用量は避ける、とされている。
臨床で「意外に効く」説明の軸は、ピロリとNSAIDsが相加的(足し算以上)に危険度を上げる点である。海外メタ解析では、潰瘍発生リスクを両者陰性を1とすると、H. pylori陽性18.1、NSAIDs陽性19.4、両者陽性61.1と著明に増大する。
出血リスクも同様に増え、両者が重なると上部消化管出血リスクが上がるため、H. pylori評価(特にNSAID-naïveで開始予定)を「胃薬の前」に置く発想が大切になる。
また、LDA(低用量アスピリン)とNSAIDsの併用は出血リスクを高める、という点は薬剤部門・循環器・整形外科の間で認識差が出やすいので、院内で言語化しておくと事故が減る。
NSAIDs胃炎の予防治療とPPIとVPZ
予防の意思決定は、フローチャートで「潰瘍既往」「出血既往」「LDA併用」などを見て階層化するとブレない。日本消化器病学会のガイドラインでは、NSAIDs潰瘍予防フローチャートが提示され、状況に応じてPPI、VPZ(ボノプラザン)、COX-2選択的阻害薬(CXB:セレコキシブ)などを使い分ける構造になっている。
特に高リスク(出血性潰瘍既往など)では「PPI」や「CXB+PPI」など強めの組み合わせが推奨側に置かれており、漫然とした胃粘膜保護薬のみで済ませない設計が示されている。
一方で、NSAIDsが中止できない状況(たとえば重度炎症や疼痛で代替困難)では、ガイドラインでも「NSAIDsの中止が不可能ならPPIあるいはPG製剤を投与する」とされ、継続前提の治療戦略が明確に書かれている。
短期投与でも「短いから大丈夫」とは言い切れず、短期投与(3か月未満)での一次予防としてPG製剤やPPIが有効、と整理されている点は現場に有用だ。
長期投与(3か月以上)でも、PG製剤、PPI、あるいは高用量H2RAが有効とされるが、高リスクではPPI/PG製剤が軸になりやすい。
なお、COX-2選択的阻害薬は従来型NSAIDsに比べ潰瘍発生が軽減されるとされ、消化管毒性を下げる戦略として位置づけられている。
参考:消化性潰瘍診療ガイドライン2020(NSAIDs潰瘍予防フローチャート、PPI/VPZ/CXBの位置づけ)
https://www.jsge.or.jp/committees/guideline/guideline/pdf/syoukasei2020_2.pdf
NSAIDs胃炎の治療と中止と再発
治療の原則はシンプルで、「NSAIDsは中止し、抗潰瘍薬を投与する」が基本になる。
それでも中止が不可能なケースは現実に存在し、その場合はPPIまたはPG製剤を用いて治癒を狙う、という実務的な逃げ道がガイドライン上明記されている点が重要だ。
Minds要約でも「潰瘍のある場合、NSAIDsは禁忌であるが、中止不能で止むを得ず投与する場合がある」旨が注記されており、例外運用をするなら根拠と監視計画が必要になる。
ここでの落とし穴は「治療」と「再発予防」を混同することだ。症状が軽くなったからNSAIDsを再開する、あるいはPPIを自己中断する、という行動が再燃を招きやすい。
また、H. pylori除菌はNSAID-naïveの開始予定者では潰瘍予防効果が明白とされる一方、NSAIDs継続投与中では予防効果が期待できずPPIの方が有用、と結論づけるメタ解析の整理があり、「いつ除菌するか」のタイミング設計が大事になる。
現場の説明としては「NSAIDsを続ける限り、胃酸を抑えるだけでなく粘膜防御の穴を埋め続ける必要がある」という言い方が、服薬継続の納得につながりやすい。
NSAIDs胃炎の独自視点と説明
検索上位の解説は「PPIを出す」「胃薬を併用する」になりがちだが、医療従事者向けには「説明の設計」がアウトカムに直結する。NSAIDs胃炎の予防は処方だけで完結せず、患者行動(市販NSAIDsの追加、飲酒、空腹内服、自己判断の中断)で簡単に崩れるため、情報提供書・薬剤指導・診察室で同じ言葉を繰り返す価値がある。
特に「NSAIDs坐薬は胃に優しい」という誤解は根強いが、経口と坐薬で潰瘍発生率の差が論点になっているように、投与経路だけで安全とは言い切れないため、患者が自己判断で剤形を変えるのを防ぐ説明が必要になる。
また、COX-2選択的阻害薬は消化管安全性の利点が語られやすい一方、心血管イベントリスクに注意を要する、とガイドライン側で整理されているため、「胃だけ良くても全身では最適でない」視点をチームで共有しておきたい。
医療者間コミュニケーションの独自ポイントとして、NSAIDs胃炎のハイリスク患者は整形外科・循環器・内科・薬剤部をまたぐことが多い。ガイドラインのフローチャート(潰瘍既往、出血既往、LDA併用の分岐)を院内の共通言語にすると、紹介状・病棟指示・外来フォローが統一されやすい。
そのうえで、患者に渡す説明は次の3点に圧縮すると抜けが減る。
- ⚠️「痛くなくても進む」:NSAIDsは痛みを抑えるため、出血まで気づかないことがある。
- 🧾「併用は自己申告」:抗血栓薬、ステロイド、市販薬(同系統)を必ず伝える。
- 🛡️「予防薬は途中で止めない」:NSAIDsを続ける間は予防の柱(PPI/VPZ等)も継続する。
最後に、医療従事者のチェックリストとして、初回処方時に「潰瘍既往・出血既往」「H. pylori」「LDA/抗凝固/抗血小板の併用」「高齢」「高用量/多剤NSAIDs」を一度に確認し、フローチャート通りの予防へ落とし込む運用が、最も再現性が高い。