認知症の症状と種類による特徴的な変化

認知症の症状と進行段階

認知症の主な症状カテゴリー
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中核症状

脳の神経細胞の障害により直接起こる症状。記憶障害、見当識障害、判断力低下など

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行動・心理症状(BPSD)

不安、妄想、徘徊、暴言など、二次的に現れる症状

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進行性

症状は時間とともに悪化し、日常生活への影響が大きくなる

認知症は単なる老化現象ではなく、脳の疾患によって引き起こされる症候群です。世界保健機関(WHO)によると、2021年時点で世界に5,700万人の認知症患者がおり、毎年約1,000万人が新たに発症しています。認知症は現在、世界の死因の第7位となっており、高齢者の障害や依存の主要な原因の一つです。

認知症の症状は大きく「中核症状」と「行動・心理症状(BPSD)」の2つに分類されます。これらの症状を理解することは、早期発見や適切なケア提供のために非常に重要です。

認知症の中核症状と記憶障害の特徴

中核症状は、脳の神経細胞が障害されることによって直接引き起こされる症状です。認知機能が低下した人であれば、誰にでも現れる可能性がある症状群です。

主な中核症状には以下のようなものがあります。

  • 記憶障害:最も特徴的な症状で、新しい情報を覚えられない、直前の出来事を忘れる、覚えていたはずの記憶が失われるなどの症状が現れます。アルツハイマー型認知症では特に顕著です。
  • 見当識障害:時間、季節、場所、人物などがわからなくなります。今日の日付がわからない、通い慣れた場所へ行けなくなる、知人の顔がわからなくなるなどの症状が現れます。
  • 理解・判断力の障害:考えるスピードが遅くなり、一度に処理できる情報量が減少します。同時に複数のことができなくなり、いつもと違う出来事に対して混乱しやすくなります。
  • 実行機能障害:段取りや計画が立てられなくなり、家電や自動販売機などの操作が困難になります。
  • 失認:感覚器官自体には問題がないにもかかわらず、知覚したものを正しく認識できなくなります。人の顔や遠近感がわからない、犬の鳴き声や電話の音が何の音かわからないなどの症状が現れます。
  • 失語:「聞く・話す・読む・書く」といった言語機能に障害が生じます。他人の話は理解できても自分の言いたいことがうまく話せない「運動失語」や、相手の話が理解できない「感覚失語」、物の名前が思い出せない「呼称障害」などがあります。
  • 失行:服の着方を忘れる、箸の使い方がわからなくなるなど、それまでできていた動作ができなくなります。

これらの中核症状は認知症の種類や進行段階によって現れ方が異なりますが、いずれも脳の器質的変化に直接起因する症状です。

認知症の行動・心理症状(BPSD)と対応方法

行動・心理症状(BPSD: Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)は、中核症状の状態、本人の性格、身体状況、生活環境、人間関係などによって左右される症状です。その現れ方は人によって大きく異なり、ほとんど症状が出ない人もいれば、特定の症状が極端に強く現れる人もいます。

BPSDは大きく「行動症状」と「心理症状」に分けられます。

行動症状(行動異常)

  • 暴言、暴力
  • 焦燥(落ち着きがなくなる)
  • 叫声
  • 介護抵抗
  • 食行動異常(過食、異食、拒食)
  • 徘徊
  • 失禁、不潔行為
  • つきまとい
  • 仮性作業(意味のない動作を繰り返す)
  • 暮れ症候群(夕方になると落ち着かなくなる、「家に帰る」と言って帰り支度をするなど)

心理症状

  • 妄想(物盗られ妄想、嫉妬妄想、被害妄想など)
  • 幻覚(幻視、幻聴)
  • 不眠
  • 抑うつ、不安
  • 無為、無反応
  • 易怒性(怒りっぽくなる)

スウェーデンの大規模研究によると、長期ケア施設に入居している認知症患者の92.3%が何らかのBPSDを示し、75.5%が臨床的に有意なBPSDを示していました。最も頻度の高い症状は、異常行動(38.4%)、興奮(33.4%)、易刺激性(29.7%)でした。

BPSDへの対応は、薬物療法と非薬物療法を組み合わせて行います。非薬物療法としては、環境調整、コミュニケーション方法の工夫、適切な活動の提供などが重要です。薬物療法は、非薬物療法で効果が不十分な場合や、症状が重度で本人や周囲に危険が及ぶ場合に検討されます。

認知症の進行段階と症状の変化

認知症は進行性の疾患であり、時間の経過とともに症状が悪化していきます。進行の速度は個人差がありますが、一般的に以下のような段階に分けられます。

前兆(軽度認知障害:MCI)

  • 物忘れが増える
  • 記憶障害が現れる
  • 判断力がやや低下する

この段階では日常生活に大きな支障はなく、「年齢のせい」と軽視されがちですが、認知症への移行リスクが高い状態です。

初期

  • 直前の出来事を忘れる
  • 勘違いや同じことを繰り返す
  • 時間の感覚や日付・曜日がわからなくなる
  • 判断力が低下し、できないことが増える
  • 意欲が減退し、物事を面倒くさがる
  • 物盗られ妄想が現れることがある

初期では「記憶障害」や「実行機能障害」が見られ、日常生活にも少しずつ支障が出始めます。時間に関する見当識障害も特徴的です。

中期

  • 場所・時間・季節などがわからなくなる
  • 徘徊・妄想が増える
  • 家事の手順・買い物の段取りがわからなくなる
  • 言葉の意味がわからなくなる
  • 食事・入浴・着替えなどに介助が必要になる
  • 失禁などの不潔行為が見られる
  • 衝動的な行動を起こすことがある

中期になると「人物や場所を認識できない」「言語使用や簡単な行為ができない」などの症状も現れ、日常生活に大きな支障をきたします。家族や介護者のサポートが必要になります。

末期

  • 家族の顔がわからなくなる
  • 表情が乏しくなり反応が少なくなる
  • 会話による意思疎通ができなくなる
  • 尿・便の失禁が常態化する
  • 歩行・座位が保てなくなり寝たきりになる

末期では記憶障害がさらに悪化し、コミュニケーションが困難になります。運動障害も進行し、寝たきりの状態になることが多く、免疫力低下により感染症のリスクが高まります。

認知症の進行段階を理解することで、現在の状態に合わせた適切なケアや支援を提供することができます。また、家族や介護者も心の準備ができ、先を見据えた対応が可能になります。

認知症の種類別にみられる特徴的な症状

認知症にはいくつかの種類があり、それぞれ原因や症状の特徴が異なります。主な認知症の種類と特徴的な症状を理解することは、適切な診断やケア方針の決定に役立ちます。

アルツハイマー型認知症

  • 最も一般的な認知症で、全体の60-70%を占める
  • 記憶障害が初期から顕著(特に最近の出来事の記憶が障害される)
  • 見当識障害(時間、場所、人物の認識障害)
  • 徐々に進行する
  • 言語機能の低下(言葉が出てこない、会話の理解が困難)
  • 判断力・問題解決能力の低下
  • 実行機能障害(計画立案や遂行が困難)
  • 物盗られ妄想などの妄想が現れやすい

血管性認知症

  • 脳梗塞や脳出血などの脳血管障害が原因
  • 症状は障害された脳の部位によって異なる
  • 階段状に進行することが多い(急に悪化し、その後一定期間安定する)
  • 記憶障害よりも注意力や集中力の低下が目立つことがある
  • 感情のコントロールが難しくなる「感情失禁」(突然泣き出したり怒り出したりする)
  • 歩行障害や麻痺などの身体症状を伴うことが多い
  • 抑うつ症状が現れやすい

レビー小体型認知症

  • 幻視(実際にはないものが見える)が特徴的
  • パーキンソン症状(筋肉のこわばり、振戦、歩行障害)を伴う
  • 注意力や覚醒度の変動が大きい(調子の良い時と悪い時の差が激しい)
  • 睡眠中の異常行動(レム睡眠行動障害)
  • 抗精神病薬に対する過敏性(少量でも強い副作用が出やすい)
  • 妄想(特に被害妄想)が現れやすい

前頭側頭型認知症

  • 初期から人格変化や行動異常が目立つ
  • 社会的規範を無視した行動(万引き、信号無視など)
  • 感情の平板化や無関心
  • 同じ行動を繰り返す常同行動
  • 食行動の変化(過食、偏食など)
  • 記憶障害は初期には目立たないことが多い
  • 言語障害(特に進行性非流暢性失語)が現れることがある

各認知症タイプの症状の出現頻度を比較した研究によると、アルツハイマー型認知症と比較して、レビー小体型認知症では幻覚や妄想のリスクが高く、前頭側頭型認知症では脱抑制や食行動異常のリスクが高いことが示されています。

認知症の種類によって症状の特徴が異なるため、適切な診断に基づいた個別化されたケアが重要です。また、同じ種類の認知症でも個人差があり、すべての症状が必ず現れるわけではないことに注意が必要です。

認知症の症状と若年性認知症の特徴

若年性認知症とは、65歳未満で発症する認知症を指します。高齢者の認知症と比較して発症率は低いものの、就労や家庭生活への影響が大きく、社会的・経済的な問題を引き起こしやすいという特徴があります。

若年性認知症の特徴的な症状

  • 頭痛やめまい、不眠などの身体症状が初期に現れることがある
  • 不安感や自発性の低下、抑うつ状態などの精神症状
  • 自己中心的になる、頑固になる、他人への配慮が減少するなどの人格変化
  • 仕事上のミスや約束忘れなど、職業生活に支障をきたす症状
  • 進行が早く、症状が重く出ることが多い
  • 家族の顔や名前、自分自身のことがわからなくなるまで進行する

若年性認知症は、働き盛りの年齢で発症するため、本人だけでなく家族全体に大きな影響を与えます。経済的な問題(収入の減少、医療費の負担増)、家族の役割変化(主たる稼ぎ手の喪失、介護負担)、子どもへの影響(教育費の問題、心理的影響)など、多岐にわたる課題が生じます。

若年性認知症の早期発見のためには、以下のような初期症状に注意することが重要です。

  • 仕事のパフォーマンス低下(ミスの増加、判断力の低下)
  • 段取りが立てられなくなる
  • 新しい機器や手順の習得が困難になる
  • 性格変化(無関心、怒りっぽくなるなど)
  • 抑うつ症状
  • 言語障害(言葉が出てこない、会話がかみ合わないなど)

若年性認知症は早期診断が難しく、うつ病や更年期障害、過労などと誤診されることも少なくありません。しかし、早期に適切な診断を受けることで、適切な治療やサポートを早期に開始でき、QOL(生活の質)の維持につながります。

若年性認知症の方への支援には、医療的ケアだけでなく、就労支援、経済的支援、家族支援など、多面的なアプローチが必要です。専門的な相談窓口や支援サービスの利用も検討すべきでしょう。

認知症の症状に対する効果的なケアと家族支援

認知症の方への効果的なケアには、症状の理解と適切な対応が不可欠です。また、家族や介護者へのサポートも重要な要素となります。

認知症の方への基本的な対応

  1. 尊厳を守る: 認知症があっても一人の人間として尊重する姿勢を持つ
  2. 安心感を与える: 穏やかな態度で接し、不安を軽減する環境を作る
  3. コミュニケーションの工夫:
    • 簡潔でわかりやすい言葉で話す
    • 一度に複数の質問や指示を避ける
    • 非言語コミュニケーション(表情、ジェスチャー)も活用する
  4. 環境調整:
    • 混乱を招く刺激を減らす
    • 生活リズムを