免疫性血小板減少症の診断と治療
免疫性血小板減少症の病態メカニズム
免疫性血小板減少症(ITP)は、かつては特発性血小板減少性紫斑病とも呼ばれていた自己免疫疾患です。この疾患では、GPIIb/IIIaやGPIb/IX/Vなどの血小板膜蛋白に対する自己抗体が生成されることが病態の中心となります。
ITPの病態メカニズムは主に以下の2つの要素から成り立っています。
- 血小板破壊の亢進:自己抗体が血小板表面に結合することで、主に脾臓の網内系細胞によって血小板が認識され、貪食・破壊されます。これにより血小板の寿命が著しく短縮します。
- 血小板産生の障害:従来は血小板破壊の亢進のみが注目されていましたが、近年の研究では血小板に対する自己抗体が骨髄巨核球にも結合し、血小板産生を抑制することも明らかになっています。これにより血小板の産生障害も病態形成に関与していることがわかっています。
このような二重のメカニズムにより、ITP患者では持続的な血小板減少状態が引き起こされます。血小板数が減少すると、皮下出血(点状出血や紫斑)、歯肉出血、鼻出血などの出血症状が現れることがあります。特に血小板数が20×10³/μL未満になると、重篤な出血リスクが高まります。
免疫学的な観点からは、T細胞の異常や調節性T細胞の機能低下も病態に関与していると考えられており、複雑な免疫学的背景を持つ疾患であることがわかっています。
免疫性血小板減少症の診断基準と検査方法
免疫性血小板減少症(ITP)の診断は、現在でも除外診断が中心となります。特異的な診断マーカーがないため、血小板減少をきたす他の疾患を慎重に除外していく必要があります。
診断のポイント
- 血小板数が10万/μL未満であること
- 末梢血液像で赤血球系・白血球系に異常がないこと(Evans症候群などの合併症がある場合を除く)
- 骨髄検査で巨核球数の低下がないこと
重要な鑑別診断
ITPの診断において、特に再生不良性貧血などの低形成性血小板減少症との鑑別が治療選択の観点から重要です。また、血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)や薬剤性血小板減少症、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)なども鑑別すべき疾患です。
有用な検査指標
最近の研究では、以下の検査がITPの診断に有用であることが示されています。
- 網状血小板比率(RP%):ITPでは上昇することが多い
- 幼若血小板比率(IPF%):ITPでは上昇することが多い
- 血漿トロンボポエチン(TPO)濃度:ITPでは正常~軽度上昇
これらの指標を組み入れた新たなITP診断基準が近年提唱されており、診断精度の向上が期待されています。
免疫学的検査
血小板表面に結合しているIgGを測定する血小板結合性IgG(PAIgG)は、ITP患者で増加することがありますが、疾患特異性は高くありません。また、血小板数が著しく減少している場合には測定自体が困難なこともあります。
血清中の抗血小板抗体(PBIgG)もITPの診断に利用されますが、PAIgGと比較して感度は低いとされています。
これらの検査結果を総合的に判断し、他疾患を除外することでITPの診断に至ります。
免疫性血小板減少症の治療選択肢と最新薬剤
免疫性血小板減少症(ITP)の治療は、患者の血小板数、出血症状の有無、年齢、生活様式などを考慮して個別化されます。治療の目標は、生命を脅かすような出血を防ぐことであり、必ずしも血小板数を正常化することではありません。一般的に血小板数を3万/μL以上に維持することを目指します。
急性期治療(早急な介入が必要な場合)
- ステロイド療法:第一選択薬として用いられます。比較的大量の経口投与またはパルス/セミパルス療法を行います。
- 免疫グロブリン大量静注療法(IVIg):網内系のFcレセプターを占有することで効果を発揮します。効果は一過性ですが、重篤な出血時や緊急手術前など、迅速な血小板増加が必要な場合に有用です。
- 血小板輸血:重篤な出血時や緊急手術時に考慮されますが、輸血された血小板は速やかに破壊されるため、効果は限定的です。
慢性期治療
- ピロリ菌除菌療法:ピロリ菌陽性のITP患者では、除菌により血小板数が回復することがあります。日本人ITP患者では特に有効率が高いことが報告されています。
- 脾臓摘出術:ステロイド療法に反応しない場合や、ステロイドの減量・中止が困難な場合に考慮されます。約60-70%の患者で長期寛解が得られますが、侵襲的な治療であるため、慎重な適応判断が必要です。
- トロンボポエチン受容体作動薬(TPO-RA):最近注目されている治療法で、巨核球の成熟を促進し血小板産生を亢進させます。日本では現在、エルトロンボパグとロミプロスチムが使用可能です。ステロイド療法無効例や脾摘後再発例に用いられます。
- 新規治療薬。
- ホスタマチニブ:脾臓チロシンキナーゼ(Syk)阻害薬で、2024年には保険適用となっています。
- エフガルチギモド:胎児性Fc受容体(FcRn)阻害薬で、近い将来使用可能になる見込みです。
これらの新規治療薬の登場により、ステロイド不応性・依存性ITPに対する治療選択肢が増えてきています。治療選択にあたっては、効果だけでなく副作用プロファイルや患者の生活の質も考慮することが重要です。
免疫性血小板減少症と妊娠・出産の管理
免疫性血小板減少症(ITP)を持つ女性の妊娠・出産は、母体と胎児の両方に影響を及ぼす可能性があるため、慎重な管理が必要です。ITPと妊娠が合併する場合の主な課題と管理方法について解説します。
妊娠中のITP管理
妊娠中のITP患者では、妊娠自体によって血小板減少が悪化することがあります。また、妊娠中は一部の治療薬が使用できないため、治療オプションが限られます。
妊娠中に安全に使用できる治療法。
- ステロイド療法(プレドニゾロンなど)
- 免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)
- 血小板輸血(重篤な出血時のみ)
一方、トロンボポエチン受容体作動薬や免疫抑制剤の多くは、妊娠中の安全性が確立されていないため、原則として使用を避けます。
分娩時の管理
分娩時には、母体の出血リスクと胎児の血小板減少リスクの両方を考慮する必要があります。
- 母体の血小板数:分娩時には少なくとも5万/μL以上、帝王切開の場合は8万/μL以上を目標とします。
- 胎児の血小板数:母体のITP抗体が胎盤を通過し、胎児の血小板減少を引き起こす可能性があります。
新生児同種免疫性血小板減少症(NAIT)との鑑別
妊娠性血小板減少症に合併した抗HPA抗体による新生児同種免疫性血小板減少症(NAIT)は、ITPとは異なる病態です。母体が妊娠中に血小板減少を示し、出産後に自然回復する場合でも、新生児が血小板減少を示す場合には、NAITの可能性を考慮する必要があります。
NAITでは、母親の血清中に父親と児の血小板と反応する抗HPA抗体(例:抗HPA-4b抗体)が検出されることがあります。このような場合、次回妊娠時にはより重症化する可能性があるため、適切な診断と管理が重要です。
妊娠・出産後のフォローアップ
出産後は母体のITPが悪化することがあるため、定期的な血小板数のモニタリングが必要です。また、新生児の血小板数も出生後数日間は注意深く観察する必要があります。
妊娠・出産を希望するITP患者さんは、妊娠前から産婦人科医と血液内科医による連携した管理を受けることが望ましいでしょう。
免疫性血小板減少症と自己免疫疾患の関連性
免疫性血小板減少症(ITP)は単独で発症することもありますが、他の自己免疫疾患と合併することも少なくありません。ITPと他の自己免疫疾患との関連性について詳しく見ていきましょう。
Evans症候群
最も代表的なITPの合併症として、自己免疫性溶血性貧血(AIHA)とITPが同時に発症するEvans症候群があります。この症候群では、血小板に対する自己抗体と赤血球に対する自己抗体の両方が産生されます。
Evans症候群の特徴。
- 血小板減少と溶血性貧血が同時に認められる
- 直接抗グロブリン試験(直接クームス試験)が陽性になることが多い
- 血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)との鑑別が重要(ADAMTS13活性測定が有用)
- 治療抵抗性であることが多く、複合的な免疫抑制療法が必要となることがある
全身性エリテマトーデス(SLE)とITP
SLEの経過中に約10-20%の患者がITPを合併するとされています。SLEに合併するITPは、単独のITPと比較して以下の特徴があります。
- 抗核抗体や抗DNA抗体などの自己抗体が陽性になることが多い
- 補体値の低下を伴うことがある
- 腎障害や中枢神経障害などの他の臓器病変を合併することがある
- 治療にはSLEの活動性のコントロールも重要
その他の関連自己免疫疾患
ITPは以下のような自己免疫疾患とも関連することがあります。
- 抗リン脂質抗体症候群
- 自己免疫性甲状腺疾患(バセドウ病、橋本病など)
- 関節リウマチ
- シェーグレン症候群
- 原発性免疫不全症
これらの疾患を合併する場合、治療方針は複雑になることが多く、各疾患の活動性や重症度を考慮した総合的なアプローチが必要です。
免疫学的背景
ITPと他の自己免疫疾患の合併には、共通の免疫学的背景が存在すると考えられています。
- T細胞の機能異常
- 調節性T細胞(Treg)の減少または機能低下
- B細胞の活性化と自己抗体産生の亢進
- サイトカインネットワークの異常
これらの免疫学的異常が複合的に作用し、複数の自己免疫疾患の発症に関与していると考えられています。
ITPを診断した際には、他の自己免疫疾患の合併の可能性も念頭に置き、適切なスクリーニング検査を行うことが重要です。また、治療においても、合併する自己免疫疾患を考慮した総合的なアプローチが求められます。
免疫性血小板減少症の長期予後と生活の質向上
免疫性血小板減少症(ITP)は慢性疾患であることが多く、長期的な経過観察と管理が必要です。ここでは、ITPの長期予後と患者さんの生活の質(QOL)向上のためのポイントについて解説します。
ITPの自然経過と長期予後
ITPの経過は患者によって大きく異なります。
- 小児ITPの約70-80%は発症後6ヶ月以内に自然寛解するとされています
- 成人ITPでは慢性化する傾向が強く、約70%が慢性経過をたどるとされています
- 治療に対する反応性も個人差が大きく、完全寛解する例から難治性を示す例まで様々です
長期予後に影響する因子としては、年齢、初発時の重症度、治療反応性、合併症の有無などが挙げられます。特に高齢者や他の自己免疫疾患を合併する場合は、予後が不良となる傾向があります。
生活の質(QOL)への影響
ITPは直接生命を脅かす疾患ではないことが多いものの、以下のような要因によりQOLに大きな影響を与えることがあります。
- 出血への不安:特に血小板数が低値の場合、日常生活での出血リスクに対する不安が大きくなります