クロスミキシング試験の基本と実施方法
クロスミキシング試験は、凝固時間延長の原因を追究するための重要な検査です。主に活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)の延長を示す患者の病態鑑別に用いられます。この検査は、患者血漿と正常血漿を様々な比率で混合し、凝固時間を測定することで、凝固因子欠損と凝固因子インヒビターを区別することができます。
クロスミキシング試験は「凝固因子インヒビター定性(クロスミキシング試験)」として保険点数(100点)が認められており、凝固検査を院内で実施している施設であれば比較的容易に導入できる検査です。近年では自動希釈機能を備えた凝固測定装置の普及により、全自動で実施できるようになってきています。
クロスミキシング試験の測定原理と検体調製
クロスミキシング試験の基本原理は非常にシンプルです。APTTなどで延長を示した患者血漿に、各凝固因子活性が正常である健常人(正常)血漿を混合します。
凝固因子欠乏の場合。
- 正常血漿から不足している凝固因子が補充されるため、凝固時間の延長が改善されます
- グラフでは「下に凸」のパターンを示します
インヒビターやLAの場合。
- 正常血漿を加えても凝固時間の延長が改善されない、あるいは少量の患者血漿の混入で正常血漿の凝固時間も延長します
- グラフでは「上に凸」のパターンを示します
検体調製の標準的な方法としては、患者血漿と正常血漿を以下の比率で混合します。
- 即時反応:患者血漿比率 0%, 10%, 20%, 50%, 80%, 100%の6ポイント
- 遅延反応:患者血漿比率 0%, 50%, 100%の3ポイント
遅延反応では、混合血漿を37℃で2時間インキュベーションした後に測定します。この際、凝固因子が失活しないよう、密閉容器を使用しパラフィルムなどで空気との接触を極力避けることが重要です。これは血漿と空気の接触によるCO₂分圧の低下がpHの上昇を引き起こし、凝固因子の失活につながるためです。
クロスミキシング試験の結果判定方法と波形パターン
クロスミキシング試験の結果判定には、主に「波形パターン法」と「数値判定法」の2つのアプローチがあります。
【波形パターン法】
波形パターン法では、横軸に患者血漿の割合(%)、縦軸に凝固時間をプロットしたグラフを作成し、その形状から判定します。
- 下に凸のパターン(欠損パターン)
- 凝固因子欠損を示唆
- 正常血漿の混和により凝固時間が補正される
- 患者血漿比率50%付近で最も補正効果が高い
- 上に凸のパターン(インヒビターパターン)
- 凝固因子インヒビターやLAの存在を示唆
- 少量の患者血漿の混入でも凝固時間が延長する
- 即時反応と遅延反応の両方で上に凸:LAの可能性が高い
- 遅延反応でのみ上に凸:凝固因子インヒビター(例:後天性血友病A)の可能性が高い
判定の際は、被検血漿濃度0%と100%のAPTT値を結ぶ直線を基線(カットオフ)として、グラフが視覚的に上に凸か下に凸かで判定します。全てのポイントが基線より上にあれば上に凸、全てのポイントが基線より下にあれば下に凸と判定します。パターンが基線と交わる場合はインヒビターパターンとします。
【数値判定法】
より客観的な評価のために、以下のような数値判定法も用いられます。
- ICA(Index of Circulating Anticoagulant、Rosner index)
- 国際血栓止血学会で推奨されている方法
- ICA = [(混合血漿のAPTT – 正常血漿のAPTT) ÷ 患者血漿のAPTT] × 100
- ICA > 15%:インヒビター陽性
- ICA < 15%:凝固因子欠損
- その他の数値判定法
- Percent correction
- RC-S
- CMT index
- Was-ALD法 など
複数の数値判定法を併用するとより信頼性が高まります。波形パターン法と数値判定法が乖離した場合は、定量的指標である数値判定法の判定を優先しますが、混和直後のみの数値判定法を用いる場合は加温後の波形パターン変化の結果も考慮し総合的に判定することが推奨されています。
クロスミキシング試験における正常血漿の選択と影響
クロスミキシング試験の結果に大きく影響する要素の一つが、使用する正常血漿の選択です。特に弱陽性のLA陽性検体を評価する場合、用いる正常血漿によって結果が乖離することが報告されています。
Clinical and Laboratory Standards Institute(CLSI)のガイドラインでは、自家製プール血漿が推奨されています。理想的な正常血漿の条件は以下の通りです。
- 健常人20名以上から調整(男女比同等)
- すべての凝固因子が80%以上
- 血小板数が10×10⁹/μL未満
- LA陰性
しかし、倫理面や操作面から自施設での調整が困難な場合も多いため、国際血栓止血学会学術標準化委員会(SSC)ガイドラインでは、以下の選択肢も認められています。
- 自施設で調整したプール血漿
- 市販の凍結正常血漿
- 市販の凍結乾燥正常血漿
市販の正常血漿を使用する場合は、LA検査に適したものを選択することが重要です。一部の市販凍結(乾燥)正常血漿については、クロスミキシング試験用正常血漿としての評価が行われており、それらを参考にすることができます。
正常血漿の調整方法としては、以下の3つの方法が挙げられます。
- 一回遠心処理:凝固採血管を1500G、15分間以上で遠心分離し、バフィーコートより5mmまでの上清を採取
- 二重遠心処理:凝固採血管を1500G、15分間以上で遠心分離し血漿を分離したのち、再度1500G、15分間以上で遠心分離し採取
- フィルター法:所定のフィルター(ポアサイズ0.22μm)を用いて残存血小板を除去
特にLA検査を考慮する場合は、残存血小板数を10,000/μL以下にすることが推奨されています。
クロスミキシング試験で使用するAPTT試薬の選択と感度
クロスミキシング試験の結果は、使用するAPTT試薬によっても大きく影響を受けます。APTT試薬は、活性化剤の種類やリン脂質の濃度が大きく異なるため、凝固因子感受性やLA感受性などに対する感度・特異度に試薬間差があります。
【凝固因子感受性】
- 第VIII因子、第IX因子:試薬間差はそれほど大きくない
- 第XII因子、第XI因子、プレカリクレイン(PK)、高分子キニノーゲン(HMWK):試薬間差が大きい
【LA感受性】
- 試薬間差が大きい
- 一般的に合成リン脂質を用いた試薬の方が、ウサギ脳由来のリン脂質を用いた試薬よりもLA感受性が高い
- 日本血栓止血学会標準化委員会が推奨しているのはPTT-LA®(ロシュ・ダイアグノスティックス)
LA感受性の違いは、クロスミキシング試験の反応パターンや結果判定に影響を与える可能性があるため、使用する試薬の特性を理解しておくことが重要です。特に弱陽性のLAを検出する場合、試薬の選択が結果に大きく影響することを認識しておく必要があります。
クロスミキシング試験の臨床応用と症例解釈のポイント
クロスミキシング試験は、以下のような臨床状況で特に有用です。
- 原因不明の出血傾向を示す患者のスクリーニング
- 後天性血友病Aの診断(第VIII因子に対するインヒビター)
- 先天性凝固因子欠損症の診断
- 血栓傾向を示す患者のスクリーニング
- 抗リン脂質抗体症候群の診断(LAの検出)
- 原因不明のAPTT延長の鑑別診断
- 偽陽性(検体採取の問題など)の除外
- 臨床的意義の評価
結果解釈のポイントとしては、以下の点に注意することが重要です。
- 即時反応と遅延反応の両方を実施し、結果を総合的に判定する
- 即時反応のみで判定すると、時間依存性のインヒビターを見逃す可能性がある
- 遅延反応のみで判定すると、LAを過大評価する可能性がある
- 波形パターン法と数値判定法を併用する
- 視覚的な判定だけでなく、客観的な数値評価も行う
- 複数の数値判定法を用いるとより信頼性が高まる
- 臨床情報と合わせて総合的に判断する
- 年齢、性別、出血傾向や血栓傾向などの臨床症状
- 他の凝固検査結果(PT、フィブリノゲン、各凝固因子活性など)
- 既往歴や家族歴
- 典型的でないパターンの理解
- 波形パターンが下に凸でもインヒビター陽性の場合がある
- 複合的な異常(凝固因子欠損とインヒビターの共存など)の可能性
判定に迷う場合は、より詳細な検査(凝固因子活性測定、インヒビター力価測定、LA確認試験など)を追加することが推奨されます。
クロスミキシング試験は比較的簡便な検査ですが、その結果解釈には経験と専門知識が必要です。検査技師と臨床医の緊密な連携が、正確な診断と適切な治療方針の決定につながります。
クロスミキシング試験の標準化への取り組みと今後の展望
クロスミキシング試験は臨床的に非常に有用な検査ですが、検査手順が標準化されておらず、結果の判定方法が明確でないなどの課題があります。これらの課題を解決するため、様々な標準化への取り組みが行われています。
【現在の課題】
- 患者血漿と正常血漿の混合比率とポイント数の統一
- 最適な試薬の選択基準の確立
- 正常血漿の標準化
- 判定方法の統一
- 施設間差の低減
日本検査血液学会やコアプレスタミキシングテスト研究会などでは、クロスミキシング試験の標準化に向けた研究が進められています。2014年の報告では、LAの検出を目的とした場合、即時反応では患者血漿比率0, 10, 20, 50, 100%の5ポイントで、遅延反応は患者血漿0, 50, 100%の3ポイントで行うことが推奨されています。
また、凝固因子欠乏の検出には80%のポイントが有用であることから、即時反応では0, 10, 20, 50, 80, 100%の6ポイントでの測定が推奨されています。
【今後の展望】
- 自動化の進展
- 全自動凝固測定装置の普及により、より多くの施設でクロスミキシング試験が実施可能に
- 自動希釈機能を用いた標準化されたプロトコルの確立
- AI技術の応用
- 波形パターンの自動解析
- 複合的な異常の検出精度向上
- 新たな判定アルゴリズムの開発
- 複数の数値判定法を組み合わせた総合的評価システム
- 臨床情報を加味した診断支援ツール
- 国際的なガイドラインの統一
- 国際血栓止血学会(ISTH)を中心とした国際的な標準化
- エビデンスに基づいた推奨プロトコルの確立
クロスミキシング試験の標準化が進むことで、施設間の結果比較が容易になり、より正確な診断と適切な治療選択につながることが期待されます。特に、後天性血友病Aなどの稀少疾患の早期診断や、抗リン脂質抗体症候群の適切な管理において、その意義は大きいと考えられます。
関西圏におけるクロスミキシング試験の院内実施率は2021年12月時点で53.4%(63/118)と報告されており、今後さらなる普及が望まれています。標準化された手法と明確な判定基準の確立は、この検査の普及と臨床応用の拡大に不可