抗血栓薬と抗凝固薬の違いとは?作用機序と使い分け

記事の概要:抗血栓薬の使い分け
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抗血小板薬と抗凝固薬

動脈血栓には抗血小板薬、静脈血栓には抗凝固薬を選択

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作用機序の違い

血小板凝集を抑制するか、凝固カスケードを阻害するかの違い

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周術期管理の注意点

DOAC休薬時のヘパリン置換は推奨されないケースが増加中

抗血栓薬と抗凝固薬の違い

抗血小板薬と抗凝固薬の作用機序の違い

 

医療現場において「血液をサラサラにする薬」と患者さんに説明されることの多い抗血栓薬ですが、その実態は「抗血小板薬」と「抗凝固薬」という全く異なる作用機序を持つ2つの薬剤群に大別されます。これらを混同することは、治療効果の不足や出血リスクの増大に直結するため、プロフェッショナルとして厳密な理解が求められます。

まず、抗血小板薬(Antiplatelet drugs)は、止血の第一段階である「一次止血」を担う血小板の機能を抑制します。血管内皮が損傷した際に、血小板が粘着・凝集して血栓(血小板血栓)を作るプロセスを阻害するのです。代表的な薬剤であるアスピリンはシクロオキシゲナーゼ-1(COX-1)を阻害し、トロンボキサンA2の産生を抑制することで血小板凝集を強力に抑えます。また、クロピドグレルなどのチエノピリジン系薬剤は、ADP受容体(P2Y12受容体)を遮断することで同様の効果を発揮します。これらは、血小板が主役となる血栓形成プロセスに特化して作用します。

一方、抗凝固薬(Anticoagulant drugs)は、止血の第二段階である「二次止血」に作用します。これは、凝固因子がカスケード反応を起こし、最終的にフィブリン(線維素)の網を形成して血液を固めるプロセスです。抗凝固薬は、このフィブリン形成を阻害することで、血液がゲル状に固まるのを防ぎます。従来のワルファリンはビタミンK依存性凝固因子(II、VII、IX、X因子)の産生を抑制しますが、近年主流となっているDOAC(直接経口抗凝固薬)は、トロンビン(IIa因子)または活性化第X因子(Xa因子)を直接的かつ選択的に阻害します。このように、抗血小板薬が「血小板の塊」を防ぐのに対し、抗凝固薬は「血液全体の凝固」を防ぐという決定的な違いがあります。

参考:抗血栓薬の現況と合併症対策(日本内科学会)

動脈と静脈の血流速度による血栓の使い分け

抗血小板薬と抗凝固薬の使い分けを決定づける最大の要因は、「血流速度」とそれによって形成される「血栓の種類」の違いです。血管内の環境によって、血栓形成のメカニズムが異なるため、標的とすべきプロセスも変わってくるのです。

  • 動脈系(血流が速い環境):抗血小板薬の適応

    動脈、特に冠動脈や脳動脈などの血流が速い血管では、高い「ずり応力(shear stress)」がかかっています。この環境下で動脈硬化プラークが破綻すると、血小板が急速に活性化され、凝集して血栓を形成します。この血栓は血小板を多く含み、白っぽく見えることから「白色血栓」と呼ばれます。白色血栓の形成には血小板の凝集能が主要な役割を果たすため、虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)やアテローム血栓性脳梗塞(ラクナ梗塞など)の予防・治療には抗血小板薬が第一選択となります。
  • 静脈系・心房内(血流が遅い環境):抗凝固薬の適応

    一方で、静脈や心房細動時の心房内のように血流が緩やかな、あるいはうっ滞している環境では、凝固因子が局所に留まりやすく、凝固カスケードが進行しやすい状態にあります。ここで形成される血栓は、赤血球を多く巻き込んでフィブリンの網で固められるため、赤黒く見え「赤色血栓」と呼ばれます。深部静脈血栓症(DVT)や肺血栓塞栓症(PE)、そして心原性脳塞栓症の原因となる血栓はこのタイプです。この場合、血小板の機能抑制よりも、フィブリン形成を阻害する抗凝固薬が圧倒的に効果的です。

このように、「動脈=速い血流=血小板=白色血栓=抗血小板薬」、「静脈・心房=遅い血流=凝固因子=赤色血栓=抗凝固薬」という図式を理解しておくことが、臨床での使い分けの基本かつ核心となります。

DOACとワルファリンやアスピリンの薬剤特性

具体的な薬剤の特性についても、最新の知見を含めて整理しておく必要があります。特にDOACの登場以降、抗凝固療法の選択肢は劇的に変化しました。

ワルファリン(Warfarin)は、長い歴史を持つ抗凝固薬であり、ビタミンK拮抗作用によって効果を発揮します。安価であり、重度の腎機能障害がある患者や人工弁(機械弁)置換術後の患者に対しても使用できる唯一の経口抗凝固薬です。しかし、効果発現までに時間がかかること、食事(納豆や青汁など)や他の薬剤との相互作用が多いこと、定期的なPT-INRモニタリングによる用量調整が不可欠であることなど、管理の煩雑さが課題です。

DOAC(Direct Oral Anticoagulants)は、ダビガトランリバーロキサバンアピキサバンエドキサバンの4剤が現在利用可能です。これらは食事の影響をほとんど受けず、固定用量で投与可能であり、モニタリングが不要であるため、非弁膜症性心房細動(NVAF)や静脈血栓塞栓症の第一選択薬として定着しています。特に、ワルファリンと比較して頭蓋内出血のリスクが有意に低いことが大規模臨床試験で示されています。ただし、腎排泄型の薬剤であるため、腎機能(クレアチニンクリアランス)に応じた厳密な用量調節や、高度腎機能障害患者への禁忌・慎重投与の判断が求められます。

アスピリン(Aspirin)などの抗血小板薬は、抗凝固薬とは異なり、心房細動による脳卒中予防効果は限定的です。かつては低リスクの心房細動患者にアスピリンが処方されることもありましたが、現在では出血リスクを不必要に高めるだけで脳梗塞予防効果は不十分(有害無益)であるとして、心房細動単独の患者に対する抗血小板薬の使用はガイドラインでも推奨されていません。このパラダイムシフトは重要であり、「とりあえずアスピリン」という処方は、現代の医療準では不適切とされるケースが多いことに注意が必要です。

周術期の休薬とヘパリン置換の意外な落とし穴

臨床現場で最も判断に迷うのが、手術や内視鏡処置の際の抗血栓薬の取り扱いです。特に「ヘパリン置換(ヘパリンブリッジ)」に関する常識は、近年大きく変化しています。かつては、抗凝固薬を休薬する際には血栓症リスクを懸念して、半減期の短いヘパリンを入院管理下で持続点滴する置換療法が標準的でした。しかし、最新のエビデンスとガイドラインは、この慣習に警鐘を鳴らしています。

最新の『2020年改訂版 不整脈薬物治療ガイドライン』や関連する周術期管理ガイドラインにおいて、DOAC服用中の患者に対する休薬時のヘパリン置換は、原則として「推奨されない」(クラスIII:有害である可能性がある)または、行うべき根拠がないとされています。これは、DOACの半減期が比較的短く(約12時間程度)、手術の24〜48時間前(出血リスクと腎機能による)に休薬すれば抗凝固作用が消失し、術後も止血確認後に速やかに経口投与を再開すれば効果がすぐに発現するためです。ヘパリン置換を行うことで、血栓塞栓症の予防効果は上乗せされず、逆に出血イベントのリスクのみが有意に増加することが複数の研究で示されています。

ワルファリン服用者の場合でも、血栓塞栓症のリスクが低い・中等度の症例ではヘパリン置換を行わず、単に休薬のみで対応するケースが増えています。機械弁置換患者や高リスクの心房細動患者など、ごく一部の症例を除き、漫然としたヘパリン置換は患者に不要な入院負担と出血リスクを強いることになります。また、DOACの休薬期間は、薬剤の種類と患者の腎機能(CCr)によって「1日休薬」「2日休薬」などが細かく規定されています。例えばダビガトランは腎排泄率が高いため、腎機能低下例ではより長い休薬期間が必要です。この「腎機能に応じた休薬期間の調整」を見落とすと、術中出血のトラブルに直結します。

参考:弁膜症治療のガイドライン(日本循環器学会)

抗血栓薬の併用療法における出血リスク管理

最後に、抗血小板薬と抗凝固薬を併用せざるを得ないケース、例えば「心房細動を有する患者がPCI(経皮的冠動脈インターンション)を受けた場合」などの管理について触れます。このような状況では、ステント血栓症予防のための抗血小板薬(DAPT:抗血小板薬2剤併用)と、脳梗塞予防のための抗凝固薬が必要となり、一時期は3剤併用(Triple Therapy)が行われていました。しかし、これは出血リスクを極めて高くします。

近年の「WOEST試験」や「J-ROCKET AF試験」などの結果を受け、現在の主流は、PCI施行後のごく短い期間(周術期〜1ヶ月程度)のみ多剤併用を行い、その後早期に抗凝固薬単剤、あるいは抗凝固薬+抗血小板薬1剤の2剤療法(Dual Therapy)へ移行する戦略です。これを「De-escalation(減薬)」戦略と呼びます。

特に、安定期の冠動脈疾患を合併した心房細動患者においては、抗凝固薬単剤(DOAC単剤)でも冠動脈イベントの予防効果はある程度期待でき、かつ出血リスクを大幅に低減できることが示されています。「抗血栓薬は多ければ多いほど安心」ではなく、「出血リスクは生命予後を悪化させる」という認識を持ち、必要最小限の薬剤構成と期間を選択することが、現代の抗血栓療法の基本原則です。


ここが知りたい 理屈がわかる 抗凝固・抗血小板療法