血管内治療の種類と適応疾患
血管内治療とは、足の付け根などから細いカテーテルを血管内に挿入し、病変部位まで到達させて治療を行う低侵襲な治療法です。従来の開頭手術などと比較して、体への負担が少なく、回復も早いという大きな利点があります。現在では脳血管疾患、心臓疾患、末梢血管疾患など、様々な疾患に対して広く用いられています。
血管内治療における脳梗塞急性期の血栓回収術
脳梗塞急性期治療において、血栓回収術は革命的な治療法として確立されています。この治療法は、主幹動脈(脳内の太い血管)が詰まった大きな脳梗塞に対して、カテーテルを用いて詰まった血栓を体外に取り出し、血管を再開通させる方法です。
2015年に世界各地から発表された研究により、その有効性が科学的に証明され、現在では重篤な脳梗塞に対する最も効果的な治療法として位置づけられています。特に発症から8時間以内の患者に対して適応があるとされており、時間との戦いが重要です。
血栓回収術の大きな特徴は、従来の血栓溶解薬(t-PA)による治療と比較して、より大きな血栓に対しても効果を発揮できる点です。また、血栓溶解薬が使用できない患者(手術後や抗凝固薬服用中など)にも適応可能という利点があります。
ただし、この治療には時間的制約があります。脳梗塞発症後、時間が経過すると脳組織は不可逆的なダメージを受けるため、早期に救急車を要請し、適切な医療機関で治療を受けることが極めて重要です。発症から時間が経ちすぎると、血管を再開通させても症状の改善が見込めず、むしろ壊れかけた血管からの出血リスクが高まる可能性があります。
最新の研究では、広範囲脳虚血病変を伴う脳主幹動脈閉塞症患者においても、一定の条件下では血管内治療が有効であることが示されています。特にASPECTS(Alberta Stroke Program Early CT Score)が4-5の患者群では、従来のガイドラインで推奨されている対象患者(ASPECTS≧6)と同等の有効性と安全性が確認されています。
血管内治療による脳動脈瘤に対するコイル塞栓術
脳動脈瘤に対するコイル塞栓術は、カテーテルを通じて動脈瘤内にプラチナ製のコイルを充填し、破裂を防ぐ治療法です。この治療は、くも膜下出血の原因となる脳動脈瘤の破裂を予防するために行われます。
コイル塞栓術の大きな利点は、開頭手術(クリッピング術)と比較して、手術時間が約半分の2時間程度に短縮できることや、術中の出血量が少ないため身体への負担が軽減されることです。特に糖尿病や高血圧などの合併症がある患者にも比較的安全に治療を行えます。
しかし、すべての脳動脈瘤がコイル塞栓術の対象となるわけではありません。動脈瘤の部位、サイズ、形状によって適応が異なります。例えば、「巾着型」の動脈瘤はコイルを充填しやすく治療に適していますが、「お椀型」の動脈瘤はコイルが逸脱する恐れがあるため、開頭クリッピング術が選択されることが多いです。
日本では脳動脈瘤に対するコイル塞栓術の選択率は約3割にとどまっていますが、欧米諸国では7〜8割を占めており、今後日本でも普及が進むと考えられています。近年では、ステントを併用した治療法も認可され、従来は治療が困難だった大きな動脈瘤や複雑な形状の動脈瘤に対しても治療の選択肢が広がっています。
未破裂の脳動脈瘤が見つかった場合、「70歳以下で瘤の大きさが5mm以上」が手術を検討する目安とされていますが、個々の患者の状態や動脈瘤の特性を考慮した上で、治療方針を決定することが重要です。
血管内治療を用いた頚動脈狭窄症へのステント留置術
頚動脈狭窄症は、血中のコレステロールが血管内壁に蓄積してプラークを形成し、頚動脈が狭くなる疾患です。この疾患に対する血管内治療として、ステント留置術が広く行われています。
ステント留置術では、カテーテルを用いて金属製の網状の筒(ステント)を狭くなった血管内に留置し、血管を拡張させて血流を改善します。従来の内頚動脈内膜剥離術(頚動脈を切開してプラークを直接摘出する方法)と比較して、体への負担が少なく、高齢者や合併症を持つ患者にも安全に実施できるという利点があります。
特に、以下のような患者にステント留置術が有効とされています。
一方で、ステント治療が難しいケースもあります。
- 動脈硬化が進行し血管が石灰化している場合
- 血管を狭めている血栓の性質が柔らかすぎる場合
日本における頚動脈狭窄症に対するステント留置術の割合は過半数に及んでおり、その有効性と安全性が認められています。治療前には、MRIや頸部エコーなど多角的な検査を行い、患者の状態を正確に把握した上で、最適な治療法を選択することが重要です。
血管内治療の最新動向と末梢動脈疾患への応用
血管内治療は脳血管疾患だけでなく、末梢動脈疾患にも広く応用されています。2025年版の末梢動脈疾患ガイドラインでは、いくつかの重要な改訂点が示されています。
急性下肢動脈閉塞に対する治療では、動脈硬化性病変の合併により血栓除去カテーテルの挿入が困難な場合、ハイブリッド治療(外科的血栓塞栓除去術+血管内治療)での血行再建が強く推奨されるようになりました。このクラス分類はClass IIaからClass Iに引き上げられ、その重要性が高まっています。
また、下肢閉塞性動脈硬化症(LEAD)に対する抗血栓療法においても変更があり、下肢バイパス術後の治療として低用量リバーロキサバンをアスピリンに追加することが考慮されるようになりました(Class IIa)。
包括的高度慢性下肢虚血(CLTI)に対する血行再建としては、外科的バイパス術と血管内治療(EVT)の選択に関する新たなエビデンスが追加されています。最新の研究結果から、良質な静脈が得られる場合はバイパス術の方が主要有害下肢事故リスクを低減できますが、そうでない場合は血管内治療の方が良好な結果をもたらす可能性が示唆されています。
これらの知見から、個々の患者の状態に合わせた最適な治療選択が重要であり、血管内治療と外科的治療の両方に精通した医療チームによる総合的な判断が求められています。
血管内治療の効果と安全性に関する最新研究
血管内治療の効果と安全性に関する研究は日々進展しています。特に注目すべき最新の研究成果として、発症前から身体機能に障害を有する脳梗塞患者に対する血管内治療の有効性が示されています。
国立循環器病研究センターを含む国内多施設共同研究チーム(RESCUE-Japan Registry 2)は、大規模登録研究のデータベースをもとに、発症前から身体機能に障害を有する脳梗塞患者に対する血管内治療が、内科治療のみと比較して脳梗塞後の障害を軽減させる可能性を示しました。この研究成果は、Journal of the American Heart Association誌に掲載され、血管内治療の適応拡大に貢献しています。
また、広範囲脳虚血病変を伴う脳主幹動脈閉塞症患者における血管内治療の有効性と安全性に関する研究も進んでいます。兵庫医科大学の研究グループは、相対的に脳虚血範囲が大きい群(ASPECTS≦3)と脳虚血範囲が限られている群(ASPECTS 4-5)を比較分析し、ASPECTS≦3の患者では血管内治療の有効性が明らかではなく、症候性頭蓋内出血のリスクが上昇することを示しました。
一方、ASPECTS 4-5の患者群では、ガイドラインで推奨されている対象患者(ASPECTS≧6)と同等の有効性と安全性が確認されています。この研究結果は、血管内治療の適応を決定する上で重要な指標となり、「ASPECTSが3である患者」を血管内治療の適応基準とするか否かについては、さらなる検討が必要であることを示唆しています。
これらの研究成果は、血管内治療の適応範囲を拡大し、より多くの患者が恩恵を受けられる可能性を示すものですが、同時に適切な患者選択の重要性も強調しています。今後も継続的な研究によって、血管内治療のさらなる発展が期待されています。
血管内治療の種類と他の血管形成術との比較
血管内治療には様々な種類があり、それぞれ特徴や適応疾患が異なります。ここでは、主な血管内治療の種類と、他の血管形成術との比較について解説します。
- 血管形成術
- 経皮的血管形成術(PTA):バルーンカテーテルを用いて狭窄した血管を拡張する方法で、下肢閉塞性動脈硬化症や腎血管性高血圧などに用いられます。
- ステント留置術:金属製の網状の筒(ステント)を留置して血管を拡張・維持する方法です。
- ロータブレーター:硬化した血管内壁を削ることで拡張する方法です。
- 塞栓術・閉塞術
- コイル塞栓術:脳動脈瘤内にコイルを充填して破裂を防ぐ治療法です。
- 腫瘍塞栓術:血管に富む腫瘍の摘出前に、細かい粒子を注入して血管を塞ぐことで出血を抑える方法です。
- 硬膜動静脈瘻塞栓術:異常な血管短絡を塞ぐことで、脳への負担を軽減する治療法です。
- 血栓除去術
- 機械的血栓回収術:特殊なデバイスを用いて血栓を捕捉し、体外に取り出す方法です。
- 血栓溶解療法:薬剤を用いて血栓を溶かす方法で、血栓回収術と併用されることもあります。
- その他の特殊な治療
- 経頚静脈的肝内門脈肝静脈シャント形成術(TIPS):肝硬変などで上昇した門脈圧を改善するために、門脈と肝静脈の間に短絡路を作製する方法です。
- 下大静脈フィルター留置術:深部静脈血栓症から生じる肺動脈血栓塞栓症を予防するために、フィルターを下大静脈に留置する方法です。
これらの血管内治療は、従来の外科的手術と比較して、以下のような利点があります。
- 体への侵襲が少なく、回復が早い
- 全身麻酔が不要な場合が多い
- 入院期間が短縮できる(約1週間程度)
- 高齢者や合併症を持つ患者にも比較的安全に実施できる
一方で、血管内治療にも限界があり、すべての症例に適応できるわけではありません。病変の部位、性状、患者の全身状態などを総合的に判断し、最適な治療法を選択することが重要です。
また、血管内治療と外科的治療を組み合わせたハイブリッド治療も増えており、個々の患者に合わせた最適な治療戦略が求められています。
国立循環器病研究センターによる発症前から身体機能に障害を有する脳梗塞患者に対する血管内治療の研究
血管内治療は日々進化しており、新たなデバイスや技術の開発によって、その適応範囲は拡大しています。特に日本では、脳血管内治療の普及率はまだ欧米に比べて低いものの、今後さらなる発展が期待されています。患者一人ひとりの状態に合わせた最適な治療選択と、血管内治療と外科的治療の両方に精通した医療チームによる総合的なアプローチが、治療成績の向上につながるでしょう。