下肢静脈瘤 血管内焼灼術について
下肢静脈瘤の病態と血管内焼灼術の適応
下肢静脈瘤は、足の静脈、特に表在静脈系に属する伏在静脈の弁が壊れることで発症します。正常な静脈には血液が重力で足先へ逆流しないよう弁が備わっていますが、これが機能不全を起こすと血液の逆流が生じます。その結果、うっ血による血管の拡張や蛇行が起こり、皮膚表面にコブ状の静脈瘤が形成されます。
血管内焼灼術の適応は、日本静脈学会が定める「下肢静脈瘤に対する血管内焼灼術の実施基準」に明記されており、「伏在静脈に弁不全を有する1次性下肢静脈瘤」が対象となります。すべての静脈瘤に適応があるわけではなく、特に以下のような症例では注意が必要です。
- 非常に大きな静脈瘤
- 極端に曲がりくねった静脈瘤
- 深部静脈血栓症の既往がある場合
- 妊娠中の患者
治療前には必ず超音波検査による詳細な血管評価が行われ、血管内焼灼術が適切かどうか判断されます。
下肢静脈瘤 血管内焼灼術の種類と特徴
血管内焼灼術には主に2種類あり、それぞれ特徴が異なります。
- 血管内レーザー焼灼術(EVLA: Endovenous Laser Ablation)
- 波長980~2000nmのレーザーを使用
- レーザーファイバーを通して血管壁へ全周性に照射
- 照射範囲が狭いため、カテーテルを引き抜きながら焼灼を行う
- 日本では2011年1月に保険適用開始
- 高周波(ラジオ波)焼灼術(RFA: Radiofrequency Ablation)
- 460kHzの高周波電流を使用
- 約7cmのコイル部分で熱を発生させ血管壁を焼灼
- 20秒ずつ焼灼し、位置をずらしながら数回実施
- 日本では2014年6月に保険適用開始
- 均一な焼灼が可能で、まだらになりにくい
両治療法とも、焼灼された静脈は固く縮み、治療後約半年かけて体内に吸収され消失します。治療効果や安全性に大きな差はなく、医療機関の設備や医師の経験に基づいて選択されることが多いです。
アメリカでは高周波治療の実施率がレーザー治療を上回っていますが、日本ではレーザー治療が主流となっています。
下肢静脈瘤 血管内焼灼術の手術手順とTLA麻酔の重要性
血管内焼灼術は、局所麻酔下で行われる日帰り手術です。一般的な手術の流れは以下の通りです。
- 術前準備
- 超音波検査による血管評価
- 弾性ストッキングの着用指導
- 必要に応じて血液検査
- 局所麻酔の実施
- カテーテル挿入部位(多くは膝下内側)に局所麻酔
- 2~3mm程度の小さな切開
- カテーテル挿入
- 超音波ガイド下でカテーテルを伏在静脈に挿入
- 深部静脈との合流部付近まで進める
- TLA麻酔の注入
- 焼灼処置
- レーザーまたは高周波による静脈の焼灼
- 足の付け根から膝下まで段階的に実施
- 患者の痛みを確認しながら慎重に進行
- 術後処置
- 切開部の縫合(多くは不要)
- 絆創膏とガーゼによる圧迫
- 弾性ストッキングの装着
TLA麻酔は血管内焼灼術の成功に不可欠な要素です。適切なTLA麻酔により、患者の痛みを最小限に抑えるだけでなく、静脈周囲の組織を熱から保護し、合併症のリスクを大幅に低減します。また、静脈を圧迫することで焼灼効率を高める効果もあります。
手術時間は片足あたり約30~40分程度で、術後30分程度の休憩の後、患者自身で歩いて帰宅可能です。
下肢静脈瘤 血管内焼灼術のメリットとデメリット
血管内焼灼術は従来のストリッピング手術と比較して多くの利点がありますが、いくつかの欠点も存在します。治療法選択の参考として、メリットとデメリットを詳細に解説します。
メリット:
- 低侵襲性
- 小さな切開(2~3mm)のみで実施可能
- 傷跡がほとんど残らない
- 審美的な面でも優れている
- 短い回復期間
- 日帰り手術が可能
- 多くの場合、翌日から通常の日常生活に復帰可能
- 長期入院が不要
- 少ない術後合併症
- ストリッピングと比較して大腿部の腫れ、痛み、皮下出血が少ない
- 神経損傷のリスクが低い
- 感染リスクが低減
- 局所麻酔で実施可能
- 全身麻酔や脊椎麻酔が不要
- 麻酔関連の合併症リスクが低い
- 高齢者や基礎疾患のある患者にも適応可能な場合が多い
- 保険適用
- 日本では2011年(レーザー)、2014年(高周波)に保険収載
- 患者の経済的負担が軽減
デメリット:
- 適応制限
- すべての下肢静脈瘤に適応できるわけではない
- 極めて大きな静脈瘤や複雑な形状の静脈瘤には不向き
- 再発の可能性
- 長期的にはストリッピング手術と同程度の再発率
- 完全に再発を防ぐことは困難
- 術後管理の必要性
- 治療後1ヶ月間は弾性ストッキングの着用が必要
- 定期的な経過観察が重要
- 稀な合併症のリスク
- 深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群)の可能性
- 皮膚の色素沈着
- 一時的な神経障害
- 実施医療機関と医師の経験による差
- 治療成績は医師の経験や技術に依存する部分がある
- 実施可能な医療機関が限られる場合がある
治療法の選択に際しては、これらのメリット・デメリットを踏まえ、患者の状態や希望に応じた総合的な判断が重要です。医師との十分な相談を通じて、最適な治療法を選択することをお勧めします。
下肢静脈瘤 血管内焼灼術の実施基準と専門医の重要性
血管内焼灼術は専門的な技術を要する治療法であり、日本静脈学会により厳格な実施基準が設けられています。これらの基準は患者の安全と治療の質を確保するために非常に重要です。
実施施設基準:
- 設備機器
- 血管観察可能な超音波検査装置の保有
- 伏在静脈のストリッピングおよび高位結紮術が行える設備
- 専門医の常勤
実施医基準:
- 学会資格
- 日本静脈学会、日本脈管学会、日本血管外科学会、日本インターベンショナルラジオロジー学会、日本皮膚科学会、日本形成外科学会のいずれかの会員であること
- 基礎経験
- 下肢静脈瘤の診断と治療を20例以上経験
- 伏在静脈のストリッピング、高位結紮術または血管内治療を術者として5例以上経験
- 超音波検査を術者として5例以上経験
- 深部静脈血栓症の診断と治療に精通
- 研修義務
- 下肢静脈瘤血管内治療の研修プログラムを受講
専門医による治療は合併症の予防と適切な対応において極めて重要です。特に、下肢静脈瘤血管内焼灼術実施・管理委員会に登録された指導医は、20例以上の血管内焼灼術の経験を持ち、高度な専門知識と技術を有しています。
患者が血管内焼灼術を検討する際は、これらの基準を満たした医療機関と専門医を選択することが、安全で効果的な治療のために不可欠です。医療機関のウェブサイトや診察時に、担当医の資格や経験について確認することをお勧めします。
日本静脈学会による下肢静脈瘤に対する血管内焼灼術の実施基準の詳細はこちら
下肢静脈瘤 血管内焼灼術後のケアと経過観察の重要性
血管内焼灼術の成功には、適切な術後ケアと定期的な経過観察が不可欠です。治療効果を最大化し、合併症を予防するための重要なポイントを解説します。
術後ケアの基本:
- 弾性ストッキングの着用
- 術後約1ヶ月間の着用が推奨
- 朝起きてから夜寝るまで常時着用
- 圧迫により血流改善と静脈瘤再発防止に効果
- 正しい着用方法の習得が重要
- 適度な運動と活動
- 術後すぐから軽い歩行を推奨
- 長時間の立ち仕事や座り仕事は避ける
- 定期的な足首の運動(足首の屈伸)が効果的
- 過度な運動や重い物の持ち上げは避ける
- シャワーと入浴
- 術後24時間後からシャワー可能な場合が多い
- 入浴(湯船につかる)は医師の指示に従う
- 傷口を清潔に保つ
- 熱いお湯は避ける(血管拡張を促進するため)
- 水分摂取と食事
- 十分な水分摂取で血液粘度を下げる
- 塩分控えめの食事で浮腫予防
- 食物繊維の摂取で便秘予防(静脈圧上昇を防ぐ)
経過観察のスケジュール:
典型的な経過観察スケジュールは以下の通りですが、医療機関や患者の状態により異なる場合があります。
- 術後1日~2日
- 初回の診察と超音波検査
- 治療部位の確認と合併症チェック
- 術後1週間
- 傷口の治癒確認
- 初期合併症の評価
- 弾性ストッキングの着用状況確認
- 術後1ヶ月
- 超音波検査による治療効果の評価
- 焼灼静脈の閉塞確認
- 弾性ストッキングの継続必要性の判断
- 術後3ヶ月
- 中期的な治療効果の評価
- 残存症状の確認
- 必要に応じて追加治療の検討
- 術後6ヶ月~1年
- 長期的な治療効果の評価
- 再発の有無の確認
- 生活習慣指導
注意すべき術後合併症と対応:
- 深部静脈血栓症(DVT)
- 症状:ふくらはぎの痛み、腫れ、発赤、熱感
- 対応:すぐに医療機関を受診
- 予防:十分な水分摂取、適度な運動、弾性ストッキングの着用
- 表在性血栓性静脈炎
- 症状:治療した静脈に沿った発赤、腫れ、痛み
- 対応:医師に相談、