人工心臓弁の種類と機械弁及び生体弁の特徴と選択基準

人工心臓弁の種類と特徴

人工心臓弁の基本情報
💡

主な分類

人工心臓弁は大きく「機械弁」と「生体弁」の2種類に分けられます

🔄

選択の重要性

患者の年齢や生活スタイル、合併症リスクなどを考慮して最適な人工弁を選択します

⚕️

手術適応

症候性の大動脈弁狭窄症など、弁膜症の中で最も手術頻度が高い疾患に使用されます

人工心臓弁は、弁膜症の治療において壊れた心臓弁を新しい弁に置き換えるために使用される医療デバイスです。大動脈弁狭窄症は弁膜症の中で最も手術に至る頻度が高く、65歳以上の2~4%に認められる疾患です。症候性の大動脈弁狭窄症治療の第一選択は手術による大動脈弁置換術であり、予後を改善する確立した内服治療はありません。

人工心臓弁の歴史は1960年に機械弁、1967年には生体弁による初めての大動脈弁置換術が施行されたことに始まり、以来様々な人工弁の開発が進められてきました。特に近年の生体弁開発の進歩により、耐久性が15年程度に伸びたことで比較的若い患者でも生体弁を選択できるようになってきています。

人工心臓弁の機械弁の種類と構造

機械弁(金属弁)は、主にカーボン素材で作られた人工弁で、耐久性に優れているのが特徴です。機械弁は大きく分けて以下のような種類があります。

  1. 二葉弁(バイリーフレット弁):現在最も広く使用されている機械弁のタイプです。2枚の半円形の弁葉が開閉する構造になっています。代表的な製品には以下のものがあります。
    • SJM弁(St. Jude Medical社):30年以上の歴史を持ち、200万個以上の植え込み実績があります。グラファイト素材にカーボンコーティングを施した素材でできており、人工弁リングの突出したピボットガードが形の特徴です。Masters、HP、Regentなどのバリエーションがあります。
    • ATS弁(Medtronic, ATS Medical社):人工弁弁葉を支える人工弁リングのヒンジの凹みを逆に凸にすることでヒンジ部での血液成分滞留や血栓形成を抑制する設計になっています。開閉音が静かであるという特徴があります。
    • Carbomedics弁(Sorin社):カフにカーボンを施し、心臓組織の弁への張り出し予防を期待する設計です。人工弁リングがカーボンのみから成り、耐久性・生体適合性を高めています。
    • Bicarbon弁(Sorin社):2枚の人工弁弁葉が湾曲した形状を有することで、中心流が増え、血流抵抗が減少し、乱流予防を期待する設計になっています。
    • On-X(On-X Life Technologies社):他の機械弁に比して弁高(弁の厚み)があり、弁葉の開放角が広い(最大90°)のが特徴です。ピボットの可動性が良く、リングに高さの厚みがあり、血液の乱流の低減、心臓組織の弁の内側への張り出し予防を目指しています。
  2. 単葉弁(シングルディスク弁):1枚の円盤状の弁葉が傾斜して開閉する構造です。現在はほとんど使用されていません。

機械弁の構造は、主にオリフィス(弁輪)、リーフレット(弁葉)、ロックリング、ロックワイヤー、補強リング、カフなどから構成されています。材質としては、リーフレットとオリフィスにはカーボン、ロックリングとロックワイヤーにはチタン合金、補強リングにはチタン合金やニッケル・コバルト合金、カフには不飽和ポリエステル、カフフィラーにはポリテトラフルオロエチレンなどが使用されています。

人工心臓弁の生体弁の種類と特性

生体弁は、動物の心臓組織を利用して作られた人工弁です。機械弁と比較して血栓形成リスクが低いため、抗凝固療法(ワーファリン)の長期服用が不要であるという大きな利点があります。生体弁には以下のような種類があります。

  1. 異種生体弁:ヒト以外の動物の心臓(ブタまたはウシ)からできた生体弁で、一般的に「生体弁」と言えばこの異種生体弁を指します。
    • ブタ大動脈弁由来の生体弁:ブタの大動脈弁を処理して作られます。例えば、Medtronic社のMosaic弁は、ブタ大動脈弁から作られており、無圧で組織の固定処理(グルタールアルデヒド)が施され、AOA(αアミノオレイン酸)処理という抗石灰化処理が施されています。ステントがポリアセタール樹脂という柔軟性のあるプラスチックでできており、縫合時にステント先端を中心に寄せることで縫合糸を結びやすい設計になっています。
    • ウシ心膜由来の生体弁:ウシの心膜を加工して作られます。1枚のウシ心膜を筒状にステントの外側に巻きつけたデザインで弁口面積が広いという特徴があります。各弁葉同士の縫合がなく、弁葉断裂のリスクを軽減する設計になっています。低圧で組織の固定処理(グルタールアルデヒド)を施し、LinxAC技術による抗石灰化処理(エタノール)が施されています。
  2. 同種生体弁:お亡くなりになった方の心臓から取り出したヒトの心臓の弁です。
  3. 自己生体弁:自分の心臓から取った弁を使用します。

生体弁は、ステント(弁を支える骨組み)の有無によっても分類されます。

  • ステント付き生体弁:金属やプラスチックのステントに生体弁組織を取り付けたもので、手術が比較的容易です。
  • ステントレス生体弁:ステントがなく、より自然な血流パターンを実現できますが、手術手技が複雑です。

生体弁の最大の課題は耐久性です。一般的に10~15年程度で劣化する可能性があり、若年者では再手術が必要になることがあります。しかし、近年の技術進歩により耐久性が向上し、15年程度まで延びてきています。

人工心臓弁の機械弁と生体弁の選択基準

人工心臓弁の選択は、患者さんの年齢、生活スタイル、合併症リスク、妊娠希望の有無などを総合的に考慮して決定されます。以下に主な選択基準を示します。

機械弁が推奨される場合

  • 65歳未満の比較的若い患者
  • 長期的な耐久性が求められる場合
  • 抗凝固療法ワーファリン)の服用に問題がない患者
  • すでに他の理由で抗凝固療法が必要な患者
  • 生体弁の劣化による再手術リスクを避けたい患者

生体弁が推奨される場合

  • 65歳以上の高齢者
  • 抗凝固療法に伴う出血リスクが高い患者
  • 抗凝固療法のコンプライアンスが困難な患者
  • 妊娠を希望する女性(ワーファリンは胎児に悪影響を及ぼす可能性がある)
  • 活動的なライフスタイルや接触スポーツを行う患者
  • 出血リスクの高い職業や趣味を持つ患者

機械弁と生体弁の主な違いを表にまとめると以下のようになります。

特性 機械弁 生体弁
耐久性 非常に高い(一生涯) 限定的(10~15年程度)
抗凝固療法 必要(ワーファリン) 基本的に不要
血栓塞栓症リスク やや高い 低い
出血リスク 抗凝固療法により高い 低い
再手術の可能性 低い 比較的高い
カチカチ音がする 音はしない
適した年齢層 若年~中年 高齢者

人工心臓弁のTAVI(経カテーテル的大動脈弁植込み術)の登場

高齢者では、加齢に伴う周術期リスクの上昇により従来の開胸手術ができない症例が少なからず存在することが問題となっています。80歳以上での手術リスクは8~15%とも言われ、特に70~80歳に発症することの多い大動脈弁狭窄症では、動脈硬化に伴う他の臓器不全が合併していることも珍しくありません。

この問題に対応するために開発されたのが、カテーテルによる大動脈弁留置術(Transcatheter Aortic Valve Implantation: TAVI)です。TAVIの歴史は2002年にCribierらにより初めての自己心拍下で心房中隔から順行性アプローチで行われたことに始まります。カテーテルによる治療であるため開胸手術に比して低侵襲であり、その後PARTNERトライアルを初めとする多くの臨床研究により良好な成績が報告されています。

TAVIは主に以下のような患者に適応されます。

  • 従来の外科的大動脈弁置換術(SAVR)が高リスクと判断される高齢患者
  • 重度の大動脈弁狭窄症を有する患者
  • 複数の合併症を持つ患者

TAVIの利点は、開胸手術を必要としない低侵襲性、入院期間の短縮、回復期間の短縮などが挙げられます。一方で、血管アクセスの問題、弁周囲逆流、伝導障害のリスク、長期耐久性に関するデータの不足などの課題もあります。

近年では、TAVIの適応が中等度リスク患者や低リスク患者にも拡大されつつあり、今後さらなる技術革新と長期成績の蓄積により、人工弁置換術の選択肢として重要な位置を占めていくことが予想されます。

人工心臓弁の種類と抗凝固療法の関係性

人工心臓弁、特に機械弁を使用する場合、血栓形成を予防するための抗凝固療法が重要となります。抗凝固療法の必要性と管理方法は、選択する人工弁の種類によって大きく異なります。

機械弁と抗凝固療法

機械弁を使用する場合、血栓形成リスクが高いため、基本的に生涯にわたる抗凝固療法(ワーファリン)が必要となります。ワーファリンの投与量は、プロトロンビン時間国際標準比(PT-INR)という血液検査の値を目標範囲内に維持するように調整されます。

目標PT-INR値は、弁の種類と位置によって異なります。

  • 大動脈弁位の機械弁:2.0~3.0
  • 僧帽弁位の機械弁:2.5~3.5
  • 複数弁置換や血栓塞栓症の既往がある場合:3.0~4.0

ワーファリン服用中は、以下の点に注意が必要です。

  • 定期的な血液検査によるPT-INRの測定
  • 食事(特にビタミンKを多く含む緑黄色野菜)の摂取量を一定に保つ
  • アルコール摂取の制限
  • 他の薬剤との相互作用に注意
  • 外傷や出血に注意
  • 手術や歯科処置の際には、事前に医師に相談

生体弁と抗凝固療法

生体弁の場合、血栓形成リスクが比較的低いため、長期的な抗凝固療法は基本的に不要です。ただし、手術後の初期(通常3~6ヶ月間)は、弁周囲の組織が内皮化するまでの間、一時的に抗凝固療法や抗血小板療法が行われることがあります。また、心房細動などの他の理由で抗凝固療法が必要な場合は、生体弁でも抗凝固療法が継続されます。

新しい抗凝固薬の可能性

近年、直接経口抗凝固薬(DOAC)と呼ばれる新しいタイプの抗凝固薬が開発されています。これらは、ワーファリンと比較して定期的な血液検査が不要で、食事制限も少なく、他の薬剤との相互作用も少ないという利点があります。しかし、現時点では機械弁患者へのDOACの使用は推奨されておらず、依然としてワーファリンが標準治療となっています。一部の臨床試験では、特定の条件下での機械弁患者へのDOACの使用可能性が検討されていますが、さらなる研究が必要です。

日本循環器学会による弁膜症治療のガイドライン – 人工弁選択と抗凝固療法の詳細な推奨事項が記載されています

人工心臓弁の種類と将来的な技術革新の展望

人工心臓弁の分野は、材料科学、生体工学、医療技術の進歩とともに急速に発展しています。現在の課題を解決し、より理想的な人工弁を開発するための様々な研究が進行中です。

生体弁の耐久性向上

生体弁の最大の課題である耐久性を向上させるための研究が進められています。新しい抗石灰化処理技術、組織固定方法の改良、新素材の開発などにより、生体弁の寿命を延ばす試みが行われています。例えば、グルタールアルデヒドに代わる新しい組織固定剤の開発や、ナノテクノロジーを応用した抗石灰化コーティングなどが研究されています。

機械弁の血栓形成リスク低減

機械弁の最大の課題である血栓形成リスクを低減するための設計改良が進められています。流体力学に基づいた弁葉の形状最適化、血液との接触面の表面処理技術の向上、新しい抗血栓性材料の開発などが行われています。これにより、抗凝固療法の必要性を減らすか、その強度を下げることを目指しています。

ポリマー製人工弁

従来の機械弁や生体弁とは異なる、合成ポリマーを使用した新しいタイプの人工弁の開発が進められています。これらは、機械弁のような耐久性と生体弁のような血栓形成リスクの低さを兼ね備えることを目指しています。例えば、ポリウレタンやシリコーンなどの生体適合性の高いポリマーを使用した弁が研究されています。

組織工学による人工弁

患者自身の細胞を用いて培養した組織から人工弁を作製する技術の開発が進められています。これにより、免疫拒絶反応がなく、成長能力を持ち、抗凝固療法が不要な理想的な人工弁の実現を目指しています。特に小児患者では、成長に伴って弁のサイズが自然に大きくなる「成長する弁」の開発が重要な課題となっています。

経カテーテル的治療の進化

TAVIに代表される経カテーテル的治療は、今後さらに発展すると予想されます。現在は主に大動脈弁に対して行われていますが、僧帽弁や三尖弁に対する経カテーテル的治療も開発が進んでいます。また、すでに植え込まれた生体弁が劣化した場合に、開胸手術を行わずにカテーテルで新しい弁を植え込む「valve-in-valve」治療も普及しつつあります。

人工知能(AI)と3Dプリンティングの応用

AIを用いた画像診断技術の進歩により、個々の患者の心臓弁の形状や機能をより正確に評価し、最適な人工弁の選択や植え込み位置の決定が可能になりつつあります。また、3Dプリンティング技術を用いて、患者ごとにカスタマイズされた人工弁の製作も研究されています。

これらの技術革新により、将来的には患者の年齢や状態に関わらず、耐久性が高く、抗凝固療法が不要で、低侵襲に植え込み可能な理想的な人工弁の実現が期待されています。

日本心臓血管外科学会雑誌 – 人工弁の最新技術と将来展望に関する総説