萎縮性胃炎の症状と治療方法:胃粘膜とピロリ菌

萎縮性胃炎の症状と治療方法

萎縮性胃炎の基本知識
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定義

胃の粘膜が慢性的な炎症により徐々に萎縮し、胃の機能が低下する疾患

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主な原因

ヘリコバクター・ピロリ菌の感染(B型)と自己免疫反応(A型)

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診断方法

内視鏡検査による胃粘膜の観察とピロリ菌検査が最も確実

萎縮性胃炎の主な症状と胃粘膜の変化プロセス

萎縮性胃炎は、初期段階では無症状であることが特徴的です。多くの患者さんは、胃の粘膜がすでにかなり萎縮してから初めて症状を自覚することになります。この無症状期間が診断の遅れにつながり、進行を許してしまう原因となっています。

胃粘膜の萎縮が進行すると、以下のような症状が現れるようになります。

  • 胃痛:上腹部に痛みを感じることがあります。特に食後や空腹時に痛みが強くなることが特徴です
  • 胃もたれ:食べた後に胃が重く感じる症状です。特に油っこい食事や大量の食事の後に悪化します
  • 吐き気や嘔吐:特に朝方に症状が現れやすく、日常生活に支障をきたすことがあります
  • 食欲不振:食べる量が減り、それに伴って体重が減少することもあります
  • 貧血:胃の粘膜が萎縮することで胃酸の分泌が低下し、鉄分の吸収が悪くなることが原因で起こる場合があります

萎縮性胃炎の進行過程では、胃の粘膜組織に特徴的な変化が見られます。健康な胃粘膜は厚みがあり、胃酸や消化酵素を適切に分泌する機能を持っていますが、慢性的な炎症により徐々に粘膜が薄くなり、胃の固有腺が減少または消失します。

さらに進行すると、胃粘膜の円柱上皮が変質して腸上皮に置き換わる「腸上皮化生」という状態になることがあります。この変化は特に注意が必要で、胃がん発症リスクの上昇に関連しています。

重要なのは、これらの症状は萎縮性胃炎に特異的なものではなく、他の上部消化管疾患でも同様の症状が現れるため、内視鏡検査による正確な診断が非常に重要だということです。

萎縮性胃炎とピロリ菌の関係:感染メカニズムと除菌効果

萎縮性胃炎の最も一般的な原因は、ヘリコバクター・ピロリ菌(H. pylori)の感染です。この細菌は強い胃酸環境下でも生存できる特殊な能力を持ち、胃粘膜に定着して長期間にわたり炎症を引き起こします。

ピロリ菌感染による萎縮性胃炎は以下のメカニズムで進行します。

  1. 初期感染:ピロリ菌が胃粘膜に定着し、局所的な炎症反応を引き起こします
  2. 慢性炎症:長期間の感染により慢性胃炎の状態が継続します
  3. 粘膜萎縮:持続的な炎症により胃粘膜が徐々に萎縮していきます
  4. 腸上皮化生:一部の症例では胃粘膜が腸粘膜様に変化し、胃がんリスクが上昇します

ピロリ菌による萎縮性胃炎(B型胃炎)は、胃の前庭部(十二指腸に近い方)から萎縮が始まり、徐々に胃体部(食道に近い方)へと広がっていくのが特徴です。

一方、自己免疫性の萎縮性胃炎(A型胃炎)は、胃酸分泌に関わる細胞に対する自己免疫反応が原因で起こり、B型とは反対に胃体部から萎縮が始まります。この2つのタイプは発症メカニズムが異なるため、治療アプローチも異なります。

ピロリ菌の除菌治療は萎縮性胃炎の進行を止める上で非常に効果的です。研究によれば、ピロリ菌除菌に成功した場合、胃がん発症リスクを約1/4(25%)まで低減できるとされています。このリスク低減効果は特に早期に除菌を行った場合に顕著です。

ただし重要なのは、いったん萎縮した胃粘膜を完全に元の状態に戻すことは現在の医学では難しいという点です。そのため、萎縮が進行する前にピロリ菌感染を発見し、早期に除菌治療を行うことが最も効果的な予防策となります。

萎縮性胃炎の効果的な治療法と薬物療法の実際

萎縮性胃炎の治療は、原因と症状の程度によって異なりますが、基本的な治療方針は以下の通りです。

1. ピロリ菌の除菌治療

ピロリ菌が原因の萎縮性胃炎では、除菌治療が最も重要です。標準的な除菌療法は以下の組み合わせで行われます。

この3剤を朝・夕2回、7日間服用することで除菌を行います。除菌成功率は約70~80%とされており、1回目(一次除菌)で失敗した場合は、薬剤を変更して2回目(二次除菌)を行います。

除菌治療の医療費目安(3割負担の場合)

  • 一次除菌:約850~900円
  • 二次除菌:約850円
  • 三次除菌:約5,500円(自費診療)

2. 胃粘膜保護と症状緩和のための薬物療法

除菌治療と並行して、あるいは自己免疫性胃炎の場合には、以下の薬剤が用いられます。

薬剤の種類 主な効果 代表的な薬剤
プロトンポンプ阻害薬(PPI) 胃酸分泌を強力に抑制 オメプラゾール、ランソプラゾールなど
H2受容体拮抗薬 胃酸分泌を抑制 ファモチジン、ラニチジンなど
粘膜保護薬 胃粘膜のバリア機能を強化 テプレノン、レバミピドなど
制酸薬 胃酸を中和 水酸化アルミニウムゲルなど

これらの薬物療法は通常3~6ヶ月程度継続し、胃粘膜の回復を図ります。治療期間は個々の患者さんの症状や内視鏡所見の改善状況によって調整されます。

3. 治療の副作用と注意点

萎縮性胃炎の治療薬には、以下のような副作用の可能性があります。

  • 消化器症状:下痢、便秘、吐き気など
  • 全身症状:頭痛、めまいなど

特に長期的なPPI使用では、カルシウム吸収低下、ビタミンB12欠乏、骨折リスク上昇などが報告されているため、必要最小限の投与期間と投与量を心がけることが重要です。

市販薬で一時的に症状が改善することもありますが、胃がんなど他の疾患でも類似した症状が出現する可能性があるため、自己判断せずに専門医による適切な検査と治療を受けることが推奨されています。

萎縮性胃炎による胃酸分泌の変化と長期的健康リスク

萎縮性胃炎が進行すると、胃粘膜の萎縮により胃酸を分泌する壁細胞が減少あるいは消失します。これにより、以下のような重要な生理機能に変化が生じます。

1. 胃酸分泌の低下とその影響

胃酸は食物の消化・殺菌作用に重要な役割を果たしています。胃酸分泌が低下すると。

  • 食物消化の効率が低下し、胃もたれや消化不良を引き起こします
  • 栄養素(特に鉄やビタミンB12)の吸収が低下し、貧血などの栄養障害につながります
  • 腸内細菌叢のバランスが変化し、小腸内細菌過剰増殖(SIBO)を引き起こす可能性があります

2. 内因子分泌の低下

萎縮した胃粘膜からは、ビタミンB12の吸収に必要な内因子の分泌も低下します。これにより。

  • 悪性貧血(巨赤芽球性貧血)が発症するリスクが高まります
  • 神経系の機能障害(しびれや認知機能低下など)が現れることがあります

3. 長期的な健康リスク

萎縮性胃炎を放置した場合、以下の長期的なリスクが報告されています。

  • 胃がんリスクの上昇:特に腸上皮化生を伴う広範囲な萎縮性胃炎では、胃がん発症リスクが有意に上昇します
  • 消化吸収障害:栄養素の吸収低下により、骨粗鬆症や貧血などの全身疾患リスクが高まります
  • 生活の質(QOL)の低下:慢性的な消化器症状により、日常活動や食事の楽しみが制限されます

これらのリスクに対処するためには、萎縮性胃炎と診断された後も定期的な内視鏡検査によるフォローアップが重要です。特にピロリ菌の除菌に成功した患者さんであっても、胃がんリスクは完全には消失しないため、年1回程度の内視鏡検査が推奨されています。

萎縮性胃炎と漢方治療:伝統医学からのアプローチ

萎縮性胃炎の治療では、西洋医学的アプローチが主流ですが、補完的治療として漢方薬を用いるケースも少なくありません。漢方医学では、胃の不調を「脾胃の虚弱」や「気滞」といった観点から捉え、体質改善を目指した治療を行います。

1. 萎縮性胃炎に用いられる主な漢方薬

萎縮性胃炎の症状や体質に応じて、以下のような漢方薬が使用されることがあります。

  • 柴胡桂枝湯(さいこけいしとう):腹部の膨満感や胃部の不快感に効果があり、特に自律神経の乱れを伴う症状に適しています
  • 六君子湯(りっくんしとう):胃もたれや食欲不振、胃粘膜の修復促進に効果があるとされています
  • 半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう):胃の熱感や胸やけ、胃痛などの症状に用いられます

2. 漢方治療の特徴と利点

漢方治療は西洋医学的治療と並行して行うことができ、以下のような特徴があります。

  • 体質改善を目指した全人的アプローチで、症状だけでなく体質そのものに働きかけます
  • 副作用が比較的少なく、長期服用が可能なケースが多いです
  • 胃腸機能の調整や自律神経バランスの改善により、QOL向上に寄与することがあります

3. 漢方治療の科学的根拠と限界

一部の漢方薬については、胃粘膜保護作用や抗炎症作用などの実験的証拠が報告されていますが、萎縮性胃炎に対する大規模な臨床試験は限られています。

萎縮性胃炎の基本治療であるピロリ菌除菌や薬物療法に取って代わるものではなく、あくまで補完的な位置づけとして考えるべきです。漢方治療を検討する際は、必ず消化器専門医に相談し、適切な診断と基本治療を受けた上で、総合的な治療計画の一部として組み入れることが重要です。

研究事例として、掌蹠膿疱症に関節症状を合併する例に柴胡桂枝湯が有効だったという報告があり、炎症性疾患への応用可能性が示唆されています。この知見は、萎縮性胃炎における炎症プロセスへの応用も期待できるかもしれません。

萎縮性胃炎の治療において最も重要なのは、早期発見と適切な基本治療であることを忘れずに、漢方薬は補助的な治療オプションとして位置づけることが望ましいでしょう。