陰性症状と統合失調症の薬と評価と治療

陰性症状 統合失調症 薬

陰性症状の臨床で迷いやすい3点
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まず「一次性」か「二次性」か

薬の副作用、抑うつ、陽性症状、環境要因で“陰性っぽく見える”ことがあるため、鑑別が治療の起点になります。

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評価尺度の選び方で結論が変わる

PANSSだけで追うと「陰性症状の純度」が落ちる場面があり、目的に応じた尺度選択が重要です。

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薬だけで完結しにくい領域

ガイドラインでも包括的治療(心理社会的療法やリハビリ等)の必要性が明記され、機能回復を狙うなら併用設計が要になります。

陰性症状の定義と一次性二次性の鑑別

 

陰性症状は「情動表出の減少(表情・視線・抑揚・ジェスチャーの低下など)」と「意欲欠如(自発的な目的行動の減少)」が中核で、DSM-5の診断基準にも陰性症状が明示されています。

臨床の難所は、陰性症状が“本体(一次性)”なのか、“別要因で二次的に見えているだけ(二次性)”なのかを見分ける点です。

二次性陰性症状の原因としては、抑うつ陽性症状による回避、薬剤性錐体外路症状や過鎮静、社会的孤立、環境ストレスなどが絡みやすく、ここを外すと「薬を増やしたのに意欲がもっと落ちる」などの悪循環が起きます。

鑑別の実務で押さえたい観点を、医療従事者向けに要点化します。

  • 抑うつ:希死念慮・罪責感・日内変動など“うつらしさ”が前景なら、陰性症状単独と決め打ちしない。
  • 陽性症状:被害妄想や幻聴で対人回避が強いと「引きこもり=陰性」に見えるため、症状の時間的前後関係を確認する。
  • 薬剤性:アカシジアやパーキンソニズム、過鎮静があると発語や活動が落ちるため、用量・併用・頓用も含めてレビューする。

統合失調症薬物治療ガイドライン2022でも、抗精神病薬は必要量を“上手に使う”こと(効果と副作用のバランス、長期の有害作用への配慮)が強調され、過量投与が機能回復を妨げ得る視点が明確です。

陰性症状の評価尺度とPANSSの落とし穴

陰性症状の経過観察ではPANSS(Positive and Negative Syndrome Scale)が広く使われ、面接と観察で陽性・陰性を含む症状を評価できる点が実地で有用です。

一方で、陰性症状を「一次性としてどれだけ純度高く測るか」という目的になると、PANSS陰性尺度だけでは不十分になり得るという指摘があり、一次性陰性症状の評価にSANSやBNSSなどを用いる発想が重要になります。

陰性症状研究の流れではBNSS(Brief Negative Symptom Scale)などの研究用尺度が整備され、一次性・二次性の鑑別可能性を含めて議論が進んできたことがまとめられています。

臨床での「評価の使い分け」を、現場向けに整理します。

  • PANSS:全体像(陽性・陰性・総合精神病理)を同時に追えるため、薬の反応性や全体の病勢把握に向く。
  • SANS/BNSS:陰性症状の領域(意欲・快感・社会性など)をより精密に扱いたい時、一次性陰性症状の“純度”を上げたい時に検討する。
  • 認知機能評価:陰性症状と機能転帰の関係を見るなら、BACS-J等の導入も選択肢(リハ・就労支援の目標設定にも直結)。

「陰性症状が改善したのか、それとも鎮静が減って“動けるように見えた”だけか」を区別するには、評価尺度の点数だけでなく、服薬状況・副作用・生活文脈を同時に記録するのがコツです。

参考)https://www.jsnp-org.jp/csrinfo/img/togo_guideline2022_0817.pdf

陰性症状に対する薬のエビデンスと限界

統合失調症の薬物治療の基本は抗精神病薬であり、急性期では抗精神病薬が陰性症状スコアの改善も含めて有効性を示す一方、体重増加や鎮静、錐体外路症状などの有害事象が増えることが示されています。

しかしガイドラインは、一次性の陰性症状や認知機能障害は薬物治療での改善が乏しく、生活機能の障害が残りやすい点を明確に述べています。

つまり「陰性症状がある=薬を強化」ではなく、陰性症状のタイプ(一次性/二次性)、病期(急性期/維持期)、副作用プロファイル、心理社会的介入の併用設計まで含めて治療計画を組む必要があります。

また、抗精神病薬の比較に関する大規模ネットワークメタ解析では、薬剤間の有効性差は“連続的で大差ではない”一方、副作用プロファイルの差はより目立つ、という解釈が提示されています。

参考)https://www.thelancet.com/article/S0140-6736(19)31135-3/fulltext

陰性症状に焦点を当てた臨床研究としては、cariprazine(D3/D2部分作動薬)の試験で陰性症状評価指標がrisperidoneより改善した報告が知られています(陰性症状主体の集団を対象)。

参考)https://www.m3.com/clinical/journal/17378

さらに、抗酸化・抗炎症などの機序に注目した補助療法の報告もあり、スルフォラファン併用でPANSS陰性症状スコアが有意に低下したとする二重盲検試験の記事が紹介されています(臨床的意義は追加検討が必要という位置づけ)。

参考)統合失調症の陰性症状に対する抗精神病薬+スルフォラファンの有…

薬の選択で現場がハマりやすいポイントを、あえて「落とし穴」として書きます。

  • 過鎮静:陰性症状のように見える(発語減少・活動低下)ため、用量調整や薬剤変更で“陰性症状が改善したように見える”ことがある。
  • 錐体外路症状:パーキンソニズム等が表情・動作を乏しくし、陰性症状評価を押し上げ得る。
  • 多剤化:反応不十分で多剤併用に流れると、有害事象増加→活動性低下→陰性症状悪化のような見え方になり得るため、原則(単剤・至適用量)に立ち返る。

陰性症状に効かせる薬以外の治療設計

ガイドラインは、統合失調症の治療は薬物治療のみではなく心理社会的療法と組み合わせる包括的治療が大前提であり、機能的回復・個人的回復まで見据える必要を述べています。

この文脈で、陰性症状の介入は「症状を下げる」だけでなく、「生活機能・社会機能を上げる」手段の組み合わせとして設計すると破綻しにくくなります。

具体的には、認知リハ(CRT)、SST、作業療法、就労支援、ACTなどが整理され、薬物治療と組み合わせることでさらなる改善が期待されると記載されています。

臨床で使いやすい形に、陰性症状に対する“併用設計”の例を挙げます。

  • 服薬の最適化:過鎮静・EPS・高プロラクチンなどの副作用を点検し、生活リズムが崩れているならまずそこを立て直す。
  • 作業療法・デイケア:活動量を安全に増やし、成功体験の頻度を上げる(意欲欠如に対して「行動→動機」の順で介入できる)。
  • 認知機能への介入:認知機能のボトルネックが強い場合、就労や対人機能の改善戦略が立てやすくなる。

ここで意外に見落とされがちなのが「身体合併症・代謝リスクの管理」です。ガイドラインは、抗精神病薬が体重増加や糖脂質代謝異常、心血管系リスクを高め得るためモニタリングが重要で、生活習慣の支援も治療の土台になると述べています。

陰性症状の独自視点:敗北的信念と服薬支援の接点

検索上位の一般的な解説は「陰性症状=意欲低下」「薬は効きにくい」で止まりがちですが、臨床の手触りとして重要なのは、陰性症状を“症状”としてだけでなく「認知(信念)と行動の連鎖」として扱う視点です。

統合失調症の心理社会的介入研究では、cognitive-behavioral social skills training(CBSST)における陰性症状・機能改善が、defeatist performance attitudes(敗北的な遂行信念)の改善によって媒介され得る、という解析が報告されています。

つまり、陰性症状が強い患者で「どうせ無理」「やっても失敗する」という信念が固定化している場合、薬を変えるより先に“成功確率を上げる環境調整+小さな行動課題+認知的再評価”をセットにする方が、治療が前に進む場面があります。

この独自視点を薬の臨床に接続すると、服薬支援の言葉かけが変わります。たとえば「飲めていない=意欲がない」と短絡せず、「副作用がつらい」「飲むと眠くて一日が終わる」「飲んでも変わらない」という敗北的信念を丁寧に拾い、SDM(共同意思決定)で“目標を機能に置く”形にするとアドヒアランスが改善しやすい、という設計が立てられます。

薬剤師の現場でも、統合失調症の服薬は「指導」より「支援」という観点が重要で、陰性症状では薬での改善が難しい現状が述べられています。

参考)【特集】統合失調症を理解し、 服薬指導ではなく服薬支援を

ここまでを踏まえ、陰性症状主体のケースでの「最小限チェックリスト」を提示します。

  • 陰性症状は一次性か二次性か(抑うつ・陽性症状・薬剤性・環境要因)。
  • 評価尺度は目的に合っているか(PANSSで全体、BNSS/SANSで陰性の純度)。
  • 薬の方針は単剤・至適用量を守れているか(過鎮静・EPS・代謝副作用も含めて)。
  • 心理社会的介入を“別枠”にせず、薬の調整と同時に設計できているか。
  • 敗北的信念・小さな成功体験の設計が入っているか(CBSSTの示唆)。

権威性のある日本語の参考(薬物治療の推奨とCQの構造、包括的治療の前提を確認できる)

Minds:統合失調症薬物治療ガイドライン2022(基本情報と本文リンク)

一次性陰性症状の考え方、BNSSなど評価尺度の整理(陰性症状概念のアップデート)

精神神経学雑誌:「陰性症状」再考―統合失調症のリカバリーに向けて

関連論文(敗北的信念が陰性症状改善の媒介となり得る:心理社会的介入の“効かせどころ”)

Granholm E, et al. Schizophrenia Bulletin. 2018;44(3):653-661. Mediation by Defeatist Performance Attitudes…

精神分裂病の陰性症状