皮下輸液の基本と高齢者への活用
皮下輸液(hypodermoclysis; HDC)とは、皮下組織に針を刺して輸液を行う方法です。1950年代までは手術前後や経口摂取が不可能な場合に広く使用されていましたが、その後、経静脈栄養の発展と普及によって一時期ほとんど行われなくなりました。しかし、1980年以降、高齢者の輸液や緩和ケア領域での有用性が見直され、安全性を立証する報告が増えたことで、現在では在宅医療や緩和ケアの現場で再び注目されています。
特に静脈点滴ラインの確保が困難な高齢者や終末期患者において、皮下輸液は安全かつ苦痛の少ない投与経路として重要な役割を果たしています。皮下輸液を適切に活用することで、「点滴が漏れたが静脈確保ができない」「終末期のせん妄で自己抜去してしまった」といった医療現場での問題を解決でき、患者の在宅ケアへの移行可能性を高めることができます。
皮下輸液の利点と欠点を理解する
皮下輸液には多くの利点があります。まず、静脈内投与と比較して、ルート確保が簡便であり、針を刺す際の痛みが少なく、自己抜去されても出血が少ないという安全性があります。また、静脈内投与のように直接静脈に投与しないため、静脈炎を起こさず敗血症の発生リスクが低減されます。
さらに、皮下からの吸収過程があるため過剰投与になりにくく、在宅療養中の患者や不穏のリスクが高い患者でもより安全に実施できるという特徴があります。特に進行がん患者においては、末梢静脈ルートの確保が困難であることや、患者が末梢静脈ルートの留置を不快に感じることが多いため、皮下輸液は患者の負担軽減に大きく貢献します。
一方で、皮下輸液にはいくつかの欠点も存在します。
- 静脈内投与と比較して薬剤を急速に体内へ注入できない
- 重度の脱水など急性期での対応が難しい
- 皮下投与できる輸液が限られる
- 浮腫があると吸収しにくい
- 人によっては痛みを伴うことがある
- 皮膚障害が発生することがある
- 出血傾向がある場合は禁忌
注入部位における疼痛や組織刺激が起きやすいことも知られており、刺激を回避するためには投与製剤のpHや浸透圧を体液に近づけることが推奨されています。
皮下輸液の種類と適応について
皮下投与の種類としては、大きく分けて以下の3つがあります。
- 単回皮下注射:一回限りの薬剤投与
- 持続皮下注射:主に緩和ケア領域で使用され、モルヒネ塩酸塩などの薬剤を持続注入ポンプを用いて持続的に注入する方法
- 皮下点滴:さらに以下の2つに分類される
- 薬剤投与のための皮下点滴
- 皮下輸液(水分補給目的)
持続皮下輸液(HDC)は、時間をかけて皮下に輸液を行う方法であり、持続注入ポンプは使用しません。従来の皮下輸液や皮下注射とは目的・用法・使用できる薬剤が異なります。
皮下輸液が特に適している状況
- 静脈確保が困難な患者(特に高齢者)
- 在宅医療の現場
- 終末期医療
- 高齢者の脱水治療
- せん妄などで自己抜去のリスクが高い患者
- 医療者が常に見ているわけにはいかない環境
皮下輸液は、体にとって必要な分だけ吸収されるというイメージで、過剰輸液の心配が少ないという特徴があります。また、医療知識に乏しい家族であっても比較的簡単に管理できるため、在宅医療の現場で特に有用です。
皮下輸液の投与部位と実施方法
皮下輸液の投与部位は、皮下脂肪が厚く、生活に支障がなく、固定しやすい部位を選びます。主な投与部位
- 腹部(臍周囲5cmとズボンやパンツのゴムが締めつけるところは避ける)
- 前胸部(気胸のリスクに注意)
- 大腿部
- 上腕外側
患者のADLに合わせて投与部位を選択することが重要です。例えば、トイレで排泄する患者の場合は大腿部以外を選択するなど、事故抜去が起こりやすい部位は避けるようにします。また、薬液の吸収効率を考慮し、浮腫がある部位はできるだけ避けます。
せん妄のため自己抜去のリスクがある場合は、比較的自己抜去の頻度が少ない上腕を選択します。それでも防ぐことができない場合、まれではありますが褥瘡に注意しながら背部に刺す場合もあります。
実際の皮下輸液の実施方法は以下の通りです。
- 刺入する部位をアルコール綿で拭き、刺入する部位の手前にあらかじめテープを貼っておきます。
- 皮膚を軽くつまみあげて、22Gのサーフロー針を浅い角度で刺します。
- 接続部がテープの上にくるようにします。刺入部には感染していないかの確認ができるように、透明のフィルムを貼ります。
- ラインはループを作るようにして固定します。
- ラインの途中に着脱可能な接続部(セーフタッチプラグ®など)をかませると、点滴が終わった後の管理が容易になります。
発赤・硬結がみられた場合は、まず留置針の刺し替えを行います。疼痛やせん妄が急に悪化した場合、刺入部位の硬結による薬液の吸収不良が原因となっていることがあり、他の部位に留置針を刺し替えることで改善することがあります。
皮下輸液の投与速度と使用可能な薬剤
皮下輸液の投与速度は、一般的に1mL/分を目安としています。投与部位1か所あたり約1,500mL/日の投与が可能とされていますが、実際には個人差が大きく、投与速度は皮下組織の状態により痛みの出現に注意して20~100mL/時で調整することが多いです。
高齢者の場合、維持液500~700mL/日で必要十分の水電解質が補充されると言われているため、500mL/日を目安とすることが多いようです。投与速度の目安としては、500mlを5~10時間で入れることを目安にします。
皮下投与が可能と考えられる薬剤には以下のようなものがあります。
- 等張液:生理食塩液、5%ブドウ糖液、1・3号液、各種リンゲル液など
- ビタミン類:ビタミンC、B1、B2、B6、B12、K、葉酸、ニコチン酸など
- 抗菌薬:βラクタム系、モノバクタム系、クリンダマイシン、アミノグリコシド系など
注意すべき点として、高張輸液は投与部位の腫脹や疼痛を生じる恐れがあるため皮下投与に適さないことが挙げられます。例えば、ビーフリードは浸透圧比約3の高張輸液であり、皮下投与には適していません。
また、緩和領域で汎用される向精神薬でも皮下投与の報告があります。
これらの薬剤の皮下投与は保険適用がなく、皮膚障害の有無や過鎮静などの副作用にも注意が必要です。
皮下輸液の臨床的意義と食欲回復効果
皮下輸液の臨床的意義は、単に水分や電解質を補給するだけでなく、患者のQOL向上にも寄与する点にあります。特に注目すべき点として、皮下輸液を連日続けていると、食欲が回復し、食べられるようになって皮下輸液が不要になるといった事例がしばしば報告されています。
これは、適切な水分・電解質バランスが回復することで、全身状態が改善し、食欲中枢の機能も正常化するためと考えられています。特に高齢者では、軽度の脱水状態でも食欲不振を引き起こすことが知られており、皮下輸液による適切な水分補給が食欲回復の鍵となることがあります。
また、皮下輸液は静脈内投与と比較して、薬物動態にも違いがあります。静脈点滴に比べて皮下点滴の薬物代謝は、最高血中濃度到達時間が遅く最高血中濃度も低いですが、半減期が長く長時間安定した血中濃度を得やすいという特徴があります。
この特性は、特に時間依存性抗菌薬の投与に適しており、セフトリアキソンをはじめとするセファロスポリン系抗菌薬の使用報告が多く見られます。他のβ-ラクタム系抗菌薬であるペニシリン系やカルバペネム系も、筋肉注射での使用報告は多く、皮下点滴でも効果が期待されますが、臨床報告例はまだ少ない状況です。
さらに、皮下輸液の大きな利点として、医療者が常に見ているわけにはいかない在宅医療の現場でも安全に実施できる点が挙げられます。せん妄などで抜去されても出血しないため安全であり、医療知識に乏しい家族であっても比較的簡単に管理できます。
慣れてくれば、点滴とラインを渡し、家族だけで毎日点滴することも可能になります。サーフロー針の差し替えは1週間に1回程度で大丈夫とされており、左右を変えて差し替えることで長期間の管理が可能です。
点滴が落ちなくなった場合には、腫れた皮下組織をマッサージすると落ちるようになることもあります。このような簡便な対処法も、在宅医療における皮下輸液の利点の一つと言えるでしょう。
皮下輸液は、特に高齢者医療や在宅医療、緩和ケアの現場において、患者の苦痛を最小限に抑えながら必要な水分・電解質を補給する重要な手段として、今後もさらに活用が広がっていくことが期待されます。
終末期がん患者の輸液療法に関するガイドラインでは皮下輸液の適応や実施法について詳しく解説されています
皮下輸液の最新研究と今後の展望
皮下輸液の臨床応用については、近年さまざまな研究が進められています。特に注目すべき点として、従来は皮下投与に適さないとされていた薬剤についても、適切な条件下での投与可能性が検討されています。
例えば、抗菌薬の皮下投与に関する研究では、セファロスポリン系抗菌薬だけでなく、他の系統の抗菌薬についても皮下投与の有効性と安全性が検討されています。特に高齢者施設や在宅医療の現場では、静脈確保が困難な患者に対する抗菌薬投与の選択肢として、皮下投与の重要性が高まっています。
また、皮下輸液の吸収効率を高める方法についても研究が進んでいます。例えば、ヒアルロニダーゼという酵素を皮下輸液に添加することで、皮下組織での吸収を促進し、より効率的な水分・電解質の補給が可能になるという報告もあります。この方法は、特に緊急性のある脱水状態の改善に有用とされています。
さらに、皮下輸液の投与デバイスについても革新が進んでいます。より痛みが少なく、安全に長期間留置できるカテーテルや、在宅での管理がより簡便になるデバイスの開発が進められています。これにより、患者や家族の負担がさらに軽減されることが期待されます。
皮下輸液の適応範囲も拡大しつつあります。従来は主に高齢者や終末期患者に限定されていましたが、近年では小児患者や、一時的な脱水状態にある患者など、より幅広い患者層への適用が検討されています。特に、静脈確保が困難な小児患者への応用は、臨床的に大きな意義を持つ可能性があります。
今後の展望としては、皮下輸液のエビデンスの蓄積と標準化が進むことで、より多くの医療現場で安全かつ効果的に活用されることが期待されます。また、在宅医療の推進に伴い