非アルコール性脂肪肝炎の症状と治療方法で肝硬変を予防する

非アルコール性脂肪肝炎の症状と治療方法

非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の基本知識
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定義と特徴

アルコール摂取が少ないにも関わらず肝臓に脂肪が蓄積し、炎症と細胞障害を伴う慢性肝疾患

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危険性

放置すると肝硬変や肝がんに進行するリスクがあり、早期発見・早期治療が重要

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治療の基本

生活習慣の改善を基本とし、体重減少が最も効果的。合併症に応じた薬物療法も併用

非アルコール性脂肪肝炎(Nonalcoholic Steatohepatitis: NASH)は、アルコール摂取量が少ないにもかかわらず肝臓に脂肪が蓄積し、炎症や細胞障害を引き起こす疾患です。この疾患は、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)の進行型として位置づけられています。NAFLDの患者のうち約10~20%がNASHに進行するとされ、さらに放置すると肝硬変や肝がんへと進展するリスクがあります。

近年、食生活の欧米化や運動不足などにより、日本でもNASHの患者数は増加傾向にあります。医療従事者として、この疾患の特徴を理解し、適切な診断・治療方法を提供することが重要です。

非アルコール性脂肪肝炎の主な症状と特徴的な所見

NASHの特徴的な点は、初期段階ではほとんど症状がないことです。多くの患者は健康診断や他の疾患の検査中に偶然発見されることが一般的です。症状が現れ始める頃には、すでに病状がかなり進行していることが多いため注意が必要です。

進行した場合に現れる主な症状としては以下のようなものがあります。

  • 右上腹部の不快感や痛み
  • 全身の倦怠感(最も一般的な症状)
  • 食欲不振
  • 吐き気
  • 黄疸(進行した場合)
  • 腹水や浮腫(肝硬変に進行した場合)

NASHの診断には、他の肝疾患(アルコール性肝障害、ウイルス性肝炎、自己免疫性肝疾患など)を除外する必要があります。診断基準としては、男性で1日30g以下、女性で1日20g以下のアルコール摂取量であることが条件となります。

血液検査では、肝酵素(AST、ALT)の上昇が見られることが多く、画像診断(超音波検査、CT、MRIなど)で脂肪肝の所見が確認されます。確定診断には肝生検が必要ですが、近年では非侵襲的な検査方法として、エラストグラフィという超音波検査の新機能が開発され、肝臓の硬さや脂肪量を評価できるようになっています。

非アルコール性脂肪肝炎の発症メカニズムと肝硬変への進行過程

NASHの発症メカニズムは「Two-hit theory(二段階仮説)」で説明されることが多いですが、現在ではより複雑な「Multiple parallel hits hypothesis(多重並行ヒット仮説)」が支持されています。

まず第一段階として、インスリン抵抗性や肥満などにより肝臓に脂肪が蓄積します(脂肪肝)。次に、酸化ストレス、炎症性サイトカイン腸内細菌叢の変化、遺伝的要因などの複数の要因が並行して作用し、肝細胞の炎症や障害を引き起こします。

最近の研究では、脂肪組織におけるインスリン抵抗性が重要な役割を果たしていることが明らかになっています。神戸大学と静岡県立大学の共同研究によると、脂肪組織でインスリンの効きが悪くなると、肝臓の炎症と線維化が促進され、NASHが悪化することが示されています。この発見は、特にアジア人に多いとされる「やせ型のNASH」の原因解明につながる重要な知見です。

NASHから肝硬変への進行過程は以下のようになります。

  1. 単純性脂肪肝(NAFL):肝臓に脂肪が蓄積するが、炎症はない
  2. 非アルコール性脂肪肝炎(NASH):脂肪蓄積に加え、炎症と肝細胞障害が生じる
  3. 線維化:炎症が持続することで肝臓に線維化が進行
  4. 肝硬変:線維化が進行し、肝臓の構造が変化して機能が低下
  5. 肝がん:肝硬変を背景に発生することがある

線維化の程度は肝臓の予後に大きく関連するため、早期発見と適切な治療介入が非常に重要です。

非アルコール性脂肪肝炎の効果的な治療法と生活習慣改善のポイント

NASHの治療の基本は生活習慣の改善です。特に体重減少が最も効果的な治療法とされています。日本肝臓学会のガイドラインでは、体重の7%の減量が目標とされていますが、3%の減量でも効果が認められることが多いとされています。

体重減少による効果。

  • 3%の減量:脂肪肝の改善
  • 7%の減量:NASHの改善
  • 10%の減量:肝臓の線維化も改善

食事療法のポイント。

  • 極端な炭水化物制限や脂質制限は必ずしも効果的ではない
  • 3食バランスよく、一日の総摂取カロリーを適正に保つ
  • 管理栄養士による個別指導が効果的
  • 急激な減量ではなく、半年から1年かけてのゆっくりとしたペースでの減量が推奨

運動療法のポイント。

  • 有酸素運動を中心に、週に150分以上の運動を目標とする
  • 筋力トレーニングも併用することで、筋肉量を維持しながらの減量が効果的
  • 無理のない範囲で継続することが重要

注意点として、肥満がない方(BMI 25未満)や高齢者は、一律に7~10%の減量を目指すのではなく、個別に目標設定をする必要があります。体重の超過がなくても、体脂肪率が高い方や筋肉量が少ない方など、個人差があるため、主治医や管理栄養士と相談しながら適切な体重管理を行うことが重要です。

また、睡眠時無呼吸症候群を合併している場合は、無呼吸時の低酸素がNASHを悪化させるとの報告もあるため、睡眠時無呼吸症候群の治療も必要になります。

非アルコール性脂肪肝炎に対する薬物療法の最新アプローチ

生活習慣の改善だけでは効果が不十分な場合や、合併症がある場合には薬物療法が検討されます。現在、NASHに特化した承認薬はまだ限られていますが、いくつかの薬剤が使用されています。

  1. インスリン抵抗性改善薬
    • ピオグリタゾン2型糖尿病合併例において、肝酵素の改善や肝組織の改善効果が報告されています。
    • SGLT-2阻害薬:糖尿病治療薬ですが、NAFLDに対する効果も期待されています。体重減少効果や肝機能改善効果が報告されています。
  2. 抗酸化剤
    • ビタミンE:酸化ストレスの軽減により脂肪の酸化を防ぎ、肝臓の炎症を鎮める効果があります。非糖尿病のNASH患者に対して効果が示されています。
  3. 脂質異常症治療薬
    • スタチン:脂質異常症を合併するNASH患者に使用されます。肝機能異常があっても、慎重な観察のもとで使用可能です。
    • エゼチミブ:小腸からのコレステロール吸収を抑制する薬剤で、肝機能や肝組織の改善効果が報告されています。
  4. 肝線維化抑制薬
    • 現在、複数の薬剤が臨床試験中です。FXR作動薬、CCR2/CCR5拮抗薬などが期待されています。

最近の研究では、脂肪組織から分泌されるアディポカインと呼ばれるタンパク質がNASHの病態に関与していることが明らかになっています。これらのアディポカインを標的とした新しい治療法の開発も進められています。

薬物療法の選択は、患者の病態(肝線維化の程度)や合併症(糖尿病、脂質異常症など)に応じて個別化する必要があります。また、薬物療法単独ではなく、生活習慣の改善と併用することが重要です。

非アルコール性脂肪肝炎と肥満の関係性:日本人特有の「やせ型NASH」の謎

NASHは一般的に肥満との関連が強いとされていますが、興味深いことに日本を含むアジア諸国では、BMIが正常範囲内(25未満)のいわゆる「やせ型NASH」が比較的多く報告されています。これは欧米人と比較して特徴的な現象です。

この「やせ型NASH」の原因については、いくつかの仮説が提唱されています。

  1. 隠れ肥満(正常体重肥満)
    • 体重は正常範囲内でも、体脂肪率が高く、特に内臓脂肪が多い状態
    • 日本人は欧米人と比較して、同じBMIでも体脂肪率が高い傾向がある
  2. 遺伝的要因
    • PNPLA3やTM6SF2などの遺伝子多型が、アジア人に多く見られる
    • これらの遺伝子変異は、肥満がなくてもNAFLD/NASHのリスクを高める
  3. 脂肪組織のインスリン抵抗性
    • 最近の研究では、脂肪組織におけるインスリン抵抗性が「やせ型NASH」の重要な要因である可能性が示されている
    • 脂肪組織でインスリンの効きが悪くなると、脂肪組織から肝臓に遊離脂肪酸が流れ込み、肝臓の脂肪沈着や炎症、線維化が促進される
  4. 食事要因
    • 炭水化物の摂取比率が高い日本の食事パターン
    • 果糖(フルクトース)の過剰摂取も肝臓での脂肪合成を促進する要因となる

「やせ型NASH」の患者に対しては、単純な減量だけでなく、体組成の改善(筋肉量の増加と体脂肪率の低下)を目指した運動療法や、炭水化物・果糖の適正化を含めた食事指導が重要になります。

また、「やせ型NASH」は自覚症状に乏しく、健康診断でも見逃されやすいため、ALT値が基準値内でも、他のリスク因子(糖尿病脂質異常症など)がある場合は、積極的に画像検査を行うことが推奨されます。

日本人の「やせ型NASH」の特徴を理解し、適切なスクリーニングと介入を行うことが、肝硬変や肝がんへの進行を防ぐために重要です。

肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれるように、かなり障害が進行するまで症状が現れにくい特徴があります。そのため、定期的な健康診断と、異常値が見られた場合の早期受診が非常に重要です。特に、アルコールをあまり飲まない方でも肝機能異常が見られる場合は、NASHの可能性を考慮する必要があります。

非アルコール性脂肪肝炎に関する詳細情報は、日本肝臓学会のウェブサイトで確認できます。

日本肝臓学会 NAFLD/NASH診療ガイドライン

また、国立国際医療研究センター肝炎情報センターでも、わかりやすい情報が提供されています。

非アルコール性脂肪性肝疾患 – 肝炎情報センター

医療従事者として、患者さんに対して適切な情報提供と生活指導を行い、この「静かな疾患」の早期発見・治療に貢献していくことが重要です。特に、「お酒をあまり飲まないから大丈夫」という誤った認識を改め、生活習慣全体の見直しを促すことが、NASHの予防と治療において鍵となります。