汎発性腹膜炎とガイドライン
汎発性腹膜炎の診断基準とガイドライン
汎発性腹膜炎の診断では、急性腹症診療ガイドライン2015が推奨する2 step methodsが有効です。このアルゴリズムはlife-threateningな病態を見逃さないことを目的としており、Step1でバイタルサインの異常を確認し、敗血症性ショックを合併した汎発性腹膜炎などの緊急疾患を鑑別します。Step2では出血、臓器虚血、汎発性腹膜炎、臓器の急性炎症といった緊急手術が必要な病態を判断します。
診断時には血液検査とCT検査が緊急に実施され、白血球数の増加やCRPの上昇をチェックして炎症の有無を確認します。腹部CT検査では腹腔内の状態を詳細に観察し、消化管穿孔の部位や腹腔内の空気貯留を同定できます。腹膜刺激症状として圧痛、筋性防御、ブルンベルグ徴候などの身体所見が特徴的で、これらは診断を容易にします。
参考)汎発性(はんぱつせい)腹膜炎 (はんぱつせいふくまくえん)と…
複雑性腹腔内感染症の国際的な診療指針として、SIS/IDSA(米国外科感染症学会・米国感染症学会)のガイドラインが広く参照されています。このガイドラインでは適切な感染巣コントロールの重要性が強調されており、汎発性腹膜炎では直ちに緊急の外科処置を施行すべきとされています。
参考)https://www.hosp.kagoshima-u.ac.jp/ict/koukinyaku/hukukuunaikansensyou.htm
汎発性腹膜炎の原因と症状
汎発性腹膜炎の原因には細菌因子と化学因子が存在します。細菌因子として最も多いのは急性虫垂炎で、腹腔内臓器の炎症が腹膜へ波及することで発症します。化学因子では消化管穿孔による胃液や腸内容物の腹腔内漏出が主要な原因となり、外傷や消化管疾患、腸間膜虚血によって引き起こされます。
参考)汎発性腹膜炎(ハンパツセイフクマクエン)について 【病院検索…
代表的な原因疾患として、胃潰瘍穿孔、十二指腸潰瘍穿孔、虚血性小腸壊死、大腸憩室炎、絞扼性腸閉塞、壊死性胆のう炎などがあります。特に肝硬変患者では腹水中に細菌が侵入して発症する特発性細菌性腹膜炎が認められます。解熱鎮痛薬を常用している患者では消化管防御機構が障害されるため、消化管穿孔のリスクが高まります。
主な症状は持続性の激痛、吐き気・嘔吐を伴う下痢、発熱、頻脈、速く浅い呼吸です。腹痛は腹部全体に広がり、腹部を押さえると痛みが走ることで腹部の筋肉が緊張し、板状硬と呼ばれる腹部のこわばりが出現します。進行すると血圧低下、尿量減少がみられ、細菌が血管内に侵入すると敗血症から多臓器不全に至る危険があります。
汎発性腹膜炎の手術と治療方法
汎発性腹膜炎の治療では感染巣コントロールが最も重要であり、原則として緊急手術が必要です。SIS/IDSAガイドラインでは汎発性腹膜炎に対して全身状態を安定させる処置を継続中であっても、直ちに緊急の外科処置を施行すべきとされています。手術では穿孔部位の縫合閉鎖や臓器切除を行い、同時に腹腔を大量の生理食塩水で洗浄します。
抗菌薬治療は腹腔内感染症と診断した時点で開始すべきで、敗血症性ショックでは直ちに投与が必要です。市中感染の低リスク患者では第2世代セファロスポリンとメトロニダゾールの併用、またはアモキシシリン・クラブラン酸が選択されます。医療関連感染症では多剤耐性菌を考慮し、メロペネム、イミペネム/シラスタチン、ピペラシリン/タゾバクタムなどの広域抗菌薬が推奨されます。
高齢者や心肺疾患のある患者など全身状態が悪く手術困難な場合は、超音波やCTガイド下で経皮的ドレナージを施行し、腹腔内の膿汁を体外に排出します。ガイドラインでは経皮的ドレナージが可能な膿瘍や境界明瞭な液体貯留であれば外科処置より経皮的ドレナージが推奨されています。抗菌薬投与期間は臨床症状が改善するまで最低3日間継続し、感染巣が適切にコントロールされた後は4~7日間で終了することが一般的です。
参考)第64回 意外と悩ましい腹腔内膿瘍に対する抗菌薬治療期間|ジ…
汎発性腹膜炎の検査方法
汎発性腹膜炎が疑われる場合は速やかに検査を実施し、診断と原因の特定を行います。血液検査では白血球数の増加、CRP上昇、プロカルシトニンの上昇などの炎症マーカーを評価し、全身性炎症反応の有無を判断します。動脈血ガス分析では代謝性アシドーシスや乳酸値の上昇を確認し、臓器障害の程度を評価します。
画像検査では腹部CT検査が最も有用で、消化管穿孔による腹腔内遊離ガス、腹水貯留、腸管壁の肥厚や造影不良などを検出できます。腹部X線検査では横隔膜下の遊離ガス像(free air)が穿孔の診断に役立ちます。腹部超音波検査は放射線被曝を避けるため小児や妊婦に有用で、腹水の有無や臓器の状態を評価できます。
腹水が貯留している症例では腹水検査を実施し、腹水の性状や細胞数、細菌培養を行います。細菌検査では好気性菌と嫌気性菌の培養を行い、原因菌を同定して適切な抗菌薬を選択します。市中腹腔内感染症でも大腸菌の第3世代セフェム耐性率が20%以上あるため、ルーチンで培養と感受性検査を実施すべきとされています。検体は液体であれば最低1mL以上、組織であれば0.5g以上を採取し、嫌気性菌検査専用容器を用いて速やかに検査室へ搬送します。
汎発性腹膜炎の予後と注意点
汎発性腹膜炎の予後は早期診断と迅速な治療介入によって大きく左右されます。数時間の治療遅延が致命的な状況を招くことがあるため、発熱を伴う腹痛、突然発症した腹痛、歩行困難なほどの腹痛がみられた場合は直ちに救急病院を受診することが重要です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsicm/24/Supplement2/24_24S0007/_pdf/-char/ja
高リスク因子として初期治療の24時間以上の遅れ、APACHEスコア15点以上、高齢、臓器障害、低アルブミン血症、低栄養、広範囲な腹膜炎、十分な感染巣コントロールができない状態、悪性腫瘍の存在などが挙げられます。これらのリスク因子を持つ患者では特に厳重な経過観察と集中治療管理が必要になります。
再手術の適応については、重症腹膜炎でも腸管の不連続性、腹壁閉鎖困難、腹腔内高血圧がない限り、ルーチンで再開腹すべきではないとガイドラインで推奨されています。一方で身体症状が極めて軽微で、傍虫垂領域や傍大腸領域の限局した感染では、厳密な経過フォローが可能であれば抗菌薬のみで治療できる症例もあります。
付き添いの家族からの詳細な病歴聴取が診断に重要で、症状の発症時期、痛みの部位と性状、便通状態、食事状況、随伴症状などの情報が治療方針の決定に役立ちます。開腹手術の既往がある患者では絞扼性腸閉塞のリスクが高く、腸管虚血から腹膜炎に進展する可能性があるため注意が必要です。