補体(C5)阻害薬 一覧と特徴
補体(C5)阻害薬の作用機序と補体系の役割
補体系は血液中に存在するタンパク質群で、免疫系において重要な役割を担っています。補体には主に「C1」から「C9」までの9つの成分があり、これらが複雑なシステムを構成しています。補体の活性化経路には、古典経路、レクチン経路、副経路(別経路、第二経路)の3つがあります。
補体(C5)阻害薬は、これらの経路の最終段階で重要な役割を果たすC5に作用します。C5が開裂するとC5aとC5bに分かれ、C5bはC6〜C9と結合して膜侵襲複合体(MAC)を形成します。MACは細胞膜に穴を開け、細胞を破壊する作用があります。
補体(C5)阻害薬はC5に特異的に結合し、C5aとC5bへの開裂を阻害することで、MACの形成を抑制します。これにより、赤血球の溶血や組織の炎症・破壊を防ぎます。重要なのは、C5より上流の補体活性化(C3までの活性化)は維持されるため、オプソニン化や免疫複合体の除去などの重要な免疫機能は保たれる点です。
補体(C5)阻害薬 エクリズマブ(ソリリス®)の特徴と適応疾患
エクリズマブ(ソリリス®)は、日本で最初に承認された補体(C5)阻害薬です。2010年4月に「発作性夜間ヘモグロビン尿症における溶血抑制」を効能・効果として製造販売承認を取得しました。その後、非典型溶血性尿毒症症候群、全身型重症筋無力症、視神経脊髄炎スペクトラム障害へと適応が拡大されています。
エクリズマブの主な特徴。
- 補体C5に対するヒト化モノクローナル抗体
- C5に結合してC5活性化を抑制する
- 2週間に1回の静脈注射が基本的な投与スケジュール
- 髄膜炎菌感染症のリスクがあるため、治療開始前に髄膜炎菌ワクチンの接種が必要
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)では、赤血球表面の補体制御因子が欠損しているため、補体系の活性化により赤血球の溶血が過剰に起こります。エクリズマブはC5の活性化を阻害することで溶血を抑制し、貧血や血栓症などの症状を改善します。
視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)では、抗アクアポリン4(AQP4)抗体がアストロサイトに結合して補体系を活性化させ、アストロサイトの損傷、脱髄、神経細胞死を引き起こします。エクリズマブはこの過程を阻害し、再発を予防します。
補体(C5)阻害薬 ラブリズマブ(ユルトミリス®)の長時間作用型の特性
ラブリズマブ(ユルトミリス®)は、エクリズマブの一部にアミノ酸改変を加えた長時間作用型の抗補体(C5)抗体製剤です。2019年6月に「発作性夜間ヘモグロビン尿症」を効能・効果として日本で製造販売承認を取得し、2023年5月には「視神経脊髄炎スペクトラム障害の再発予防」の適応も追加されました。
ラブリズマブの主な特徴。
- エクリズマブと同様に補体C5を特異的に阻害
- pH6.0でC5からの解離およびヒト胎児性Fc受容体(FcRn)への結合親和性を高める設計
- 遊離抗体が初期エンドソームからFcRnにより血管コンパートメントにリサイクルされる
- 終末相消失半減期が延長され、投与間隔を延ばすことが可能
- PNH維持治療期間中は8週毎の投与で治療効果を発揮
ラブリズマブの最大の利点は投与間隔の延長です。エクリズマブが2週間に1回の投与であるのに対し、ラブリズマブは導入期を過ぎると8週間に1回の投与で済むため、患者の負担が軽減されます。作用機序はエクリズマブと同様で、C5の開裂を阻害することでMACの形成を抑制し、赤血球の溶血や組織の炎症・破壊を防ぎます。
エクリズマブと同様に、髄膜炎菌感染症のリスクがあるため、治療開始前に髄膜炎菌ワクチンの接種が必要です。
補体(C5)阻害薬 クロバリマブ(ピアスカイ®)の新しい投与方法と特徴
クロバリマブ(ピアスカイ®)は、中外製薬が開発した抗補体(C5)抗体製剤で、2024年に日本で承認されました。クロバリマブは自社創製の抗C5抗体で、独自のリサイクリング抗体技術を適用しています。
クロバリマブの主な特徴。
- 抗体が繰り返し抗原に結合する独自のリサイクリング抗体技術を採用
- 低用量で持続的な効果を実現
- 皮下投与が可能で、点滴静注が必要なソリリスやユルトミリスと差別化
- 発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の治療薬として承認
クロバリマブの大きな特徴は皮下投与が可能な点です。これにより、患者は病院での長時間の点滴を受ける必要がなく、自宅での投与も可能になります。また、リサイクリング抗体技術により、低用量でも持続的な効果が期待できます。
クロバリマブは日本より先に中国で申請され、2022年8月に当局によって受理されました。欧米でも日本とほぼ同じタイミングで申請が行われています。非典型溶血性尿毒症症候群の適応でもグローバル臨床第3相試験が行われているほか、海外ではスイス・ロシュが鎌状赤血球症とループス腎炎を対象に開発を進めています。
補体(C5)阻害薬以外の補体標的薬の開発動向と将来展望
補体(C5)阻害薬以外にも、補体系の様々な部分を標的とした薬剤の開発が進んでいます。特に注目されているのが、C5より上流の補体成分を標的とした薬剤です。
ファビハルタ(イプタコパン)は、補体C3の活性化に関与しているB因子を選択的に阻害する薬剤で、国内初のB因子阻害薬です。単剤かつ経口で治療可能で、1日2回の経口投与が特徴です。C5阻害薬よりも上流の部分で活性化を阻害するため、より広範な補体活性化を抑制できる可能性があります。
エムパベリ(ペグセタコプラン)は、C3を阻害するペグ化ペプチドで、2023年3月に発作性夜間ヘモグロビン尿症の治療薬として日本で承認されました。ソリリスを投与してもヘモグロビン値が十分改善しない患者でも有効性が確認されており、C5阻害薬で十分な効果が得られない患者に対する選択肢となります。
ボイデヤ(ダニコパン)は、古典経路およびレクチン経路を阻害する経口のPNH治療薬で、C5阻害薬と併用して使用します。
さらに、RNA干渉(RNAi)技術や遺伝子治療、アンチセンス核酸医薬など、様々なモダリティを用いた補体標的薬の開発も進んでいます。例えば、米アルナイラム・ファーマシューティカルズは、C5に対するRNAi治療薬cemdisiranを開発しており、IgA腎症などの補体介在疾患を対象に臨床試験を進めています。
また、加齢黄斑変性は補体標的薬の開発が盛んな領域の一つで、C3阻害薬「SYFOVRE」が米国で承認されるなど、眼科領域での応用も広がっています。
今後は、より特異的な作用を持つ薬剤や、投与の利便性を高めた製剤、さらには複数の補体成分を同時に標的とする薬剤など、多様な補体標的薬の開発が期待されています。
補体(C5)阻害薬の副作用と安全性に関する重要な注意点
補体(C5)阻害薬は、補体系の終末経路を阻害することで治療効果を発揮しますが、同時に特定の感染症に対する感受性が高まるなどの副作用リスクがあります。
最も重要な副作用は髄膜炎菌感染症のリスク上昇です。MACには病原菌の細胞膜を破壊する作用があり、髄膜炎菌などの莢膜をもつ菌に対する免疫機能を担っています。補体(C5)阻害薬の作用により、髄膜炎菌に対する免疫機能が低下すると、髄膜炎菌感染症の発症リスクが上昇します。日本でも髄膜炎菌性髄膜炎での死亡例が報告されているため、治療開始前に髄膜炎菌ワクチンを接種することが必須となっています。
一方、補体(C5)阻害薬は近位補体(C3まで)には作用しないため、C3が関与する一般的な細菌に対する免疫機能には影響がないと考えられています。しかし、感染症の兆候や症状には常に注意が必要です。
また、補体(C5)阻害薬の投与中止に伴う溶血の悪化(リバウンド現象)も重要な注意点です。特に発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の患者では、治療中止後に急激な溶血が起こることがあります。そのため、治療の中止や変更は慎重に行う必要があります。
その他の一般的な副作用としては、頭痛、悪心、発熱、上気道感染などが報告されています。また、抗体製剤であるため、アナフィラキシーなどの過敏反応のリスクもあります。
補体(C5)阻害薬の使用に際しては、これらの副作用リスクと治療のベネフィットを十分に検討し、適切な患者モニタリングと感染症予防策を講じることが重要です。特に髄膜炎菌ワクチンの接種は必須であり、ワクチン接種後少なくとも2週間経過してから治療を開始することが推奨されています。
内科医が知っておきたい補体関連疾患(補体の基礎知識と臨床応用について詳しく解説)
補体(C5)阻害薬の適応疾患と治療効果の臨床エビデンス
補体(C5)阻害薬は、様々な補体関連疾患に対して有効性が示されています。主な適応疾患とその治療効果について、臨床エビデンスに基づいて解説します。
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)
PNHは、造血幹細胞のPIG-A遺伝子変異により、赤血球表面の補体制御因子(CD55、CD59)が欠損し、補体による溶血が起こる疾患です。エクリズマブ(ソリリス®)の臨床試験では、溶血の抑制、輸血依存性の低減、血栓症リスクの減少、生活の質の改善などが示されました。ラブリズマブ(ユルトミリス®)の臨床試験(301試験:補体阻害薬未治療、302試験:ソリリス既治療)でも、エクリズマブと同等の有効性が確認されています。
非典型溶血性尿毒症症候群(aHUS)
aHUSは、補体制御因子の異常により、微小血管内で補体が過剰に活性化し、血小板の消費、微小血管内溶血、臓器障害を引き起こす疾患です。エクリズマブの投与により、血小板数の回復、溶血の改善、腎機能の改善が見られます。aHUSの致死率は約25%と予後不良でしたが、エクリズマブの登場により予後が大きく改善しています。
視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)
NMOSDは、抗アクアポリン4(AQP4)抗体が関与する自己免疫性疾患で、視神経や脊髄の炎症を特徴とします。エクリズマブの第III相試験(PREVENT試験)では、プラセボ群と比較して再発リスクが94.2%減少しました。ラブリズマブも同様の有効性を示しています。
全身型重症筋無力症(gMG)
gMGは、神経筋接合部のアセチルコリン受容体に対する自己抗体により、筋力低下を引き起こす自己免疫疾患です。エクリズマブの第III相試験(REGAIN試験)では、プラセボと比較して有意な症状改善が認められました。ジルコプランナトリウム(ジルビクス®)も全身型重症筋無力症に対して有効性が確認され、皮下注製剤として承認されています。
これらの疾患に対する補体(C5)阻害薬の治療効果は、補体系の過剰な活性化が疾患の病態に深く関与していることを示しています。また、これらの治療薬の登場により、これまで有効な治療法がなかった難治性疾患の予後が大きく改善されています。
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補体(C5)阻害薬の費用対効果と医療経済学的側面
補体(C5)阻害薬は高額な薬剤であり、その費用対効果や医療経済学的側面は重要な検討課題です。
エクリズマブ(ソリリス®)は、世界で最も高価な薬剤の一つとして知られています。日本での薬価は、300mg1瓶あたり約60万円で、PNHの成人患者の場合、導入期には週1回、維持期には2週に1回の投与が必要となります。年間の薬剤費は約4,000万円に達することもあります。
ラブリズマブ(ユルトミリス®)も高額ですが、投与間隔が長いため、長期的にはエクリズマブよりも総費用が抑えられる可能性があります。維持期には8週間に1回の投与となるため、患者の通院負担も軽減されます。
新しく承認されたエムパベリ(ペグセタコプラン)の薬価は1回(1080mg)48万8121円で、週2回の皮下投与が必要です。年間では通常のケースで104回の投与が必要となり、薬剤費は5,000万円を超えます。
これらの高額な薬剤費に対して、日本では難病医療費助成制度が適用され、患者負担は軽減されています。しかし、医療保険財政への影響は大きく、費用対効果の評価が重要となっています。
費用対効果の観点からは、これらの薬剤が対象とする疾患の多くが致命的または重度の障害をもたらす希少疾患であることを考慮する必要があります。例えば、PNHでは血栓症による死亡リスクが高く、aHUSでは腎不全に至るリスクが高いため、これらの合併症や死亡を予防することによる医療費削減効果も考慮されます。
また、患者のQOL(生活の質)の改善や社会復帰の可能性も重要な要素です。補体(C5)阻害薬の使用により、輸血依存からの脱却、入院回数の減少、就労能力の向上などが期待され、間接的な社会経済的利益ももたらされます。
今後は、より費用対効果の高い投与方法の開発や、バイオシミラーの登場による薬価の低下なども期待されています。また、適切な患者選択や治療効果の予測因子の特定により、より効率的な治療提供が可能になるかもしれません。
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