鼻出血ガイドラインに基づく基本対応
鼻出血は耳鼻咽喉科救急疾患の中で最も頻度が高く、救急外来を受診する耳鼻咽喉科患者の約8〜10%を占めます。日本には統一された鼻出血ガイドラインは存在しませんが、各医療機関で実践的な治療プロトコルが確立されています。
参考)鼻出血症
鼻出血は出血部位に応じて「前鼻出血」と「後鼻出血」に分類され、80〜90%が前鼻出血とされます。多くは鼻中隔前方の領域であるキーゼルバッハ部位から発生し、この部位は前篩骨動脈、蝶口蓋動脈、顔面動脈の3つの主要血管が吻合している特徴があります。
参考)鼻出血
救急外来での初期対応として最も重要なのは、気道および循環動態の評価です。大量出血が疑われる場合やバイタルサイン異常がある場合は、問診よりも気道確保と静脈ラインの確保、止血を優先します。全身状態が良好であれば、座位で頭部を前屈させ、用指的に鼻翼を10分以上圧迫することで、キーゼルバッハ部位からの出血の多くは止血可能です。
参考)鼻血の止め方を教えてください。冷やすことやティッシュの使用は…
鼻出血の圧迫止血法の実際
正しい圧迫止血法は、鼻の下1/3部分(小鼻の柔らかい部分)を親指と人差し指で左右から挟んで圧迫することです。鼻の固い部分(鼻骨)を押さえても効果がないため、必ず小鼻をつまむよう指導します。圧迫時間は最低でも10分間、推奨は15〜20分間の持続的圧迫が必要です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9529567/
患者には座位で前傾姿勢をとらせ、口呼吸を指示します。頭を後ろに倒したり仰向けに寝かせたりすると、血液が喉に流れ込み嚥下してしまい、催吐作用により吐き気を引き起こす可能性があるため避けます。喉に流れた血液は口から吐き出すよう指示することが重要です。
参考)鼻血
額や鼻の部分を冷やすことで血管収縮を促し、止血効果を高めることができます。ただし、冷却は補助的手段であり、圧迫止血が最も基本的で効果的な方法です。
鼻出血に対する血管収縮薬の使用方法
用指圧迫で止血が得られない場合、血管収縮薬(アドレナリン液)を含ませたガーゼを鼻腔に詰めて圧迫を行います。具体的な希釈方法として、ボスミン液0.1%を3〜5倍希釈(ボスミン3000〜5000倍希釈)するか、ボスミン液0.1%とキシロカイン液4%を1:2〜4程度で混合する方法があります。
局所麻酔剤(リドカイン液)を併用することで患者の苦痛を大幅に緩和できます。血管収縮薬を含ませたガーゼは、止血が得られたら帰宅前に必ず抜去する必要があり、乾燥後に抜去すると鼻腔粘膜を傷つけるためタイミングが重要です。
出血が落ち着いてきたら、院内で10〜15分程度経過観察を行った後に帰宅とし、翌日の耳鼻科受診を指示します。帰宅後は鼻をかむこと、入浴、飲酒、運動を禁止し、再出血予防を徹底します。
鼻出血の鼻腔パッキングと専門的処置
パッキングしたまま帰宅させる場合は、吸収性または非吸収性の詰め物を使用します。吸収性パッキング材(サージセルやゼルフォーム)は圧迫効果は低いものの、抜去の必要がなく患者の不快感が少ないメリットがあります。
非吸収性パッキング材(メロセルやvisco)を使用する場合、挿入時は潤滑剤として抗菌薬の軟膏を塗布し、鼻腔内を顔面に垂直方向に挿入します。生理食塩水や抗菌薬溶液5〜10ccを含ませて膨張させ圧迫し、救急外来で抜去せず翌日以降の耳鼻科受診を指示します。
上記処置を行っても出血量が変化せず、多量に口から血液を吐き出すような所見が続く場合、後鼻出血が考えられ、焼灼術などを目的とした耳鼻科医へのコンサルトが必要となります。専門医を待つ間、バルーンカテーテルによる後鼻腔圧迫が有用です。
鼻出血の電気凝固と焼灼術の適応
反復する鼻出血や出血点が明確な場合、電気メスやレーザーによる粘膜焼灼術が再出血予防に有効です。止血の基本は出血点を見つけて焼灼することであり、出血点が見つからない場合はまずガーゼパッキングで止血を図ります。
参考)鼻出血(鼻血)|木戸みみ・はな・のどクリニック|神戸市東灘区…
当日の処置としては、局所麻酔後に電気凝固器によって血管を処置し、その後止血剤を処方します。現在ではアルゴンプラズマレーザーなどの高性能機器も導入され、60〜70℃程度のソフト凝固により組織の炭化を防ぐ焼灼法が実施されています。
レーザー焼灼術の主な適応疾患は、アレルギー性鼻炎、鼻出血症、血管腫などです。処置は片側で10〜15分程度かかり、手術後は鼻閉や水様性鼻汁が著しくなりますが、3〜4日間で落ち着きます。費用は保険診療で両鼻9,000〜10,000円程度、鼻粘膜焼灼術単独では約6,000円となります。
参考)レーザー焼灼術|今治市常盤町にある、かとう耳鼻咽喉科|耳鼻咽…
鼻出血における薬剤管理と患者背景の評価
鼻出血患者の評価では、抗血小板薬や抗凝固薬などの内服歴を必ず確認する必要があります。これらの「血液サラサラの薬」は出血しやすい状態を作り、鼻血が止まりにくくなる最も多い副作用です。
抗血小板薬(バイアスピリン、プラビックス、エフィエントなど)は動脈硬化性心血管疾患の予防に使用され、主に血小板の機能を抑制します。抗凝固薬(ワーファリン、プラザキサ、イグザレルトなど)は心房細動や深部静脈血栓症の予防に用いられ、血液凝固因子の働きを抑制します。
興味深いことに、経鼻内視鏡検査における研究では、抗凝固薬や抗血小板薬を服用している患者でも鼻出血の発生率は有意に増加せず、高齢患者でも休薬せずに安全に実施できることが示されています。ただし、これは内視鏡検査の場合であり、自然発生的な鼻出血では抗凝固療法が止血困難化の要因となることがあります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5770266/
鼻出血の再出血予防と患者指導のポイント
鼻出血の予防で最も重要なのは、鼻の中をいじらないことです。鼻の中は入口から1cm程度で皮膚から粘膜に変わり、粘膜は皮膚よりもデリケートで傷つきやすいため、日に何度もいじっていると徐々にただれてきます。
参考)https://www.yabejibika.com/teacol/t0805.html
小児の場合、鼻血の95%がキーゼルバッハ部位からの出血とされ、指先が当たりやすい位置にあるため出血しやすいのです。手の指(特に人差し指)の爪は短く切っておくことが予防の基本となります。
参考)小児の鼻出血について
室内環境の管理も重要で、加湿器を使って室内の湿度を保つこと、鼻の入口にワセリンを塗布して乾燥を予防すること、マスクやガーゼマスクの使用による保湿が推奨されます。アレルギー性鼻炎があると鼻がムズムズして鼻をいじってしまい鼻出血を起こしやすくなるため、抗アレルギー剤の服用でコントロールすることも有効です。
参考)再々..鼻出血について/医療情報/練馬・上石神井 菅家耳鼻咽…
一度止血しても、挿入した綿栓を短時間で抜去すると傷口にできかかっている「かさぶた」をしごき取ることになり再出血するため、少なくとも1時間程度経ってからそっと抜去することが大切です。
鼻出血の難治例と専門的治療の選択肢
ガーゼパッキングで止血できない場合、手術加療を検討します。止血術の術式は想定される出血部位に応じて選択され、蝶口蓋動脈クリッピングや前篩骨動脈クリッピングなどの選択肢があります。
遺伝性出血性毛細血管拡張症(Osler-Weber-Rendu病、HHT)は難治性鼻出血の一因であり、血管内治療の対象となります。HHTでは重篤な合併症として脳や肺などの動静脈奇形が存在し、これらからの出血により鼻出血は頻回に生じ、かつ重症化し患者のQOLを低下させる大きな要因となっています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibiinkoka/118/9/118_1164/_pdf
HHTの鼻出血治療では、軟膏塗布や鼻腔パッキングから始まり、重症例では超選択的塞栓術が有効です。血管撮影を詳細に読影して出血源を同定し、超選択的に塞栓することで再出血予防が可能となり、入院加療や輸血が必要な症例の約1/3程度に有効性が示されています。
参考)302 Found
鼻出血治療では、電気凝固、鼻腔パッキング、止血物質の局所注入、動脈結紮、塞栓術など多様な選択肢があり、症例に応じた適切な治療法の選択が重要です。
参考)鼻出血
医療従事者向けの実践的ガイドラインとしては、聖路加国際病院救急科監修の鼻出血ガイドラインが参考になります。また、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の患者向け情報も基本的な知識の確認に有用です。
鼻出血の分類 | 発生頻度 | 出血部位 | 止血難易度 | 主な治療法 |
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前鼻出血 | 80〜90% | キーゼルバッハ部位 | 比較的容易 | 用指圧迫、血管収縮薬、焼灼術 |
後鼻出血 | 10〜20% | 蝶口蓋動脈領域 | 困難 | パッキング、動脈結紮、塞栓術 |
鼻出血管理において、体系的かつエスカレーション方式での対応が推奨されており、まず15〜20分間の用指圧迫から始め、効果がなければ局所血管収縮薬や焼灼法、さらに効果がなければパッキング、それでも止血できない場合は耳鼻咽喉科への対応依頼や入院管理が必要となります。
参考)救急外来における鼻血対応マニュアル|リスク評価と初期治療法
救急外来での鼻出血対応は、医療従事者にとって頻度が高く重要な症例であり、動画付きマニュアルの作成や院内での周知により、対応時間の短縮と患者・医療者双方の負担軽減が期待できます。
参考)動画を用いた耳鼻咽喉科医以外のための鼻出血対応マニュアル (…