吐き気止め処方薬と制吐療法
吐き気止め処方薬の悪心・嘔吐の定義と急性期・遅発期
医療現場では「吐き気止め」と一括りにされがちですが、制吐療法を組み立てるうえでは、まず悪心・嘔吐を定義と時間軸で分けるのが出発点です。がん薬物療法の領域では、悪心は「嘔吐しそうな不快な感じ」、嘔吐は「胃内容の強制排出運動」と区別され、さらに抗がん薬投与後24時間以内の急性期、24~120時間程度の遅発期などの枠組みで整理されます。これは化学療法以外の外来一般診療でも、症状の出方(いつ強いか・何で増悪するか)を聴取して薬理標的を合わせる、という基本に直結します。
重要なのは、悪心・嘔吐の入力刺激が複数系統に分かれる点です。大脳皮質(不安や精神・感情)、化学受容体(薬物・毒素・代謝異常)、前庭器(回転・姿勢変化)、末梢(咽頭~消化管など)からの刺激が最終的に嘔吐中枢に集約されます。日本癌治療学会のガイドライン総論でも、5-HT3受容体とNK1受容体など複数受容体が関与し、セロトニン、サブスタンスP、ドパミン、ヒスタミン、ムスカリンなどが関係すると整理されています。
この「複数受容体・複数経路」が、単剤で効き切らない理由であり、逆に言えば“原因と時間軸が読めれば効かせやすい”領域でもあります。例えば、急性期優位なら5-HT3系、遅発期や持続性が強いならNK1やステロイド、食後膨満・胃排出遅延が強いなら消化管運動の観点、というように設計が変わります。
吐き気止め処方薬の5-HT3受容体拮抗薬とNK1受容体拮抗薬
化学療法関連の悪心・嘔吐(CINV)で中心的なのが、5-HT3受容体拮抗薬とNK1受容体拮抗薬です。日本癌治療学会の制吐療法ガイドラインでは、基本的な制吐薬として5-HT3受容体拮抗薬、NK1受容体拮抗薬、デキサメタゾン、オランザピンの4剤を挙げ、催吐性リスクに応じて使い分ける枠組みを提示しています。
5-HT3受容体拮抗薬は急性期悪心・嘔吐の予防に重要で、第1世代(例:グラニセトロン、オンダンセトロン、ラモセトロン)と、第2世代で半減期が長いパロノセトロンがある、という整理がされています。遅発期の抑制が課題になりやすい背景から、レジメンや併用薬(ステロイド短縮など)によっては第2世代を優先する、という判断がガイドライン内で議論されています。
NK1受容体拮抗薬は、特に遅発期の悪心・嘔吐抑制で鍵を握る薬剤クラスです。日本癌治療学会ガイドラインでは、中等度催吐性リスクのうちカルボプラチン(AUC≧4)を含むレジメンでは、NK1受容体拮抗薬の追加が制吐効果を有意に高めることが複数のランダム化比較試験やメタ解析で示され、標準治療として3剤併用が位置付けられています。
一方で、ここが臨床の落とし穴にもなります。一般診療の「吐き気」に対しても、5-HT3系を“とりあえず”で連用したくなる場面がありますが、機序と時間軸が合っていないと、患者は「効かない薬を飲まされた」という体験になりがちです。特に遅発期の悪心が主体なのに、急性期向けの設計に偏ると満足度が下がるため、症状日誌や問診でピークを掴む姿勢が重要になります(がん領域では患者日誌などの自己評価が推奨されています)。
参考(制吐療法の総論、急性期/遅発期の定義、受容体機序、基本4剤の位置づけ)
吐き気止め処方薬のD2受容体拮抗薬と原因別の使い分け
一般内科・救急・在宅でも遭遇頻度が高いのは、D2受容体拮抗薬(いわゆるドパミン遮断系)です。がん・緩和領域のレビューでは、原因がはっきりしない嘔気・嘔吐に対してD2受容体拮抗薬(例:プロクロルペラジン、ハロペリドール、メトクロプラミドなど)をまず用いる、という海外ガイドライン要約が紹介されており、さらに原因が消化管運動低下/閉塞寄りならメトクロプラミドやドンペリドンを選ぶ、という整理がされています。
この「原因別」の視点は、吐き気止め処方薬の選択ミスを減らす実務的なコツです。患者が訴える「吐き気」は同じでも、背景はさまざまで、たとえば以下のように分けられます。
・消化管運動低下(胃排出遅延、オピオイド、糖尿病性自律神経障害など)
・化学的刺激(薬剤、電解質異常、尿毒症など)
・前庭系(体動で増悪、めまいを伴う)
・中枢性(頭蓋内圧亢進、不安、予期性)
日本癌治療学会ガイドラインでも、悪心・嘔吐の原因として腸閉塞、前庭機能障害、脳転移、電解質異常、オピオイドなど「がん薬物療法に関連しない要因」も列挙し、そこを見落とさないことが強調されています。外来一般診療でも、吐き気止めを追加する前に、原因の棚卸し(便秘、脱水、低血糖、薬剤追加直後など)を行うだけで、処方の“勝率”が上がります。
また、D2遮断系は「効けば速い」一方で、錐体外路症状、鎮静、乳汁分泌、QT延長など副作用の論点が残りやすいのも事実です。特に多剤併用の現場では、同じ受容体系に偏ってしまうと副作用が増幅するため、作用点の重複を避ける設計(例:D2系同士の重ねすぎを避ける)を意識すると説明もしやすくなります。
参考(原因別の薬剤選択、D2拮抗薬の位置づけがまとまった日本語PDF)
https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/gastro_2011/03_01.pdf
吐き気止め処方薬のオランザピンとデキサメタゾンの併用
「吐き気止めに抗精神病薬?」という印象を持つスタッフがいる施設では、オランザピンの位置づけを説明できるとチームの共通理解が進みます。日本癌治療学会ガイドラインでは、オランザピンは公知申請を経て、抗悪性腫瘍剤投与に伴う消化器症状(悪心・嘔吐)で、他の制吐薬との併用において成人5mgを1日1回(最大10mg)・最大6日間を目安に本邦で保険適用となった、と整理されています。
臨床上のポイントは「遅発期にも効く」「多受容体に作用する」ことと同時に、「患者背景で使い分けが必要」な点です。ガイドラインでは、糖尿病患者への投与は本邦では禁忌であること、血糖上昇や傾眠など有害事象への注意が明記され、75歳以上など使用実績の乏しい集団では慎重に検討すべき、とされています。
デキサメタゾンは制吐療法の中核ですが、全例で同じ日数を続けると“益より害が目立つ”ケースも出ます。日本癌治療学会ガイドラインでは、デキサメタゾン投与期間短縮(いわゆるステロイドスペアリング)について、エビデンスのある範囲と、まだ確立していない範囲を分けて記載しています。現場では「吐き気止め=足す」発想になりやすい一方、支持療法は“減らす設計”がQOLに効く場合もあるため、治療レジメン・患者背景・過去サイクルの症状から過不足を調整する視点が重要です。
参考(オランザピンの位置づけ、禁忌、4剤併用、ステロイド短縮の論点)
吐き気止め処方薬の妊娠とドンペリドンの胎児リスク(独自視点)
検索上位は「薬の一覧」や「どれが安全か」に寄りがちですが、医療従事者向けに意外性と実務性が高いのは、“禁忌表記と実データのギャップ”をどう説明するかです。代表例がドンペリドンで、国立成育医療研究センターの発表では、妊婦禁忌とされてきたドンペリドンについて、妊娠初期曝露519例と対照1,673例を比較し、奇形発生率に有意差が見られず、胎児へのリスクが認められなかったと報告されています。
ここで臨床的に大事なのは、「だから安全」と短絡しない一方で、「禁忌だから絶対に終わり」と患者を追い詰めない説明設計です。成育医療研究センターの発表文自体が、つわりと知らずに服用した後に妊娠継続を悩む女性が少なくない、という現場の困りごとに触れており、情報提供の重要性を示しています。薬剤選択の是非は症例ごとに別としても、曝露後相談では、(1)内服時期、(2)用量・期間、(3)他の併用薬、(4)基礎疾患、(5)今後のフォロー計画、を淡々と整理するだけで患者の不安は下がります。
さらに、これは医療安全の観点でも“効きます”。禁忌薬の曝露は医療者側の心理的負担も大きく、説明が曖昧だとクレーム・不信につながりやすい領域です。一次情報(研究データ)に基づいた言語化テンプレートを用意しておくと、夜間救急や多忙外来でも対応品質を平準化できます。
論文情報と背景説明(妊娠初期曝露と奇形発生率の比較、世界初の大規模データベース結合研究の位置づけ)