二日酔いと頭痛とカロナール
二日酔い頭痛のメカニズムとアセトアルデヒド・酢酸の関与
医療従事者の皆様であれば、二日酔い(veisalgia)の主症状である頭痛が単一の機序で説明できないことはご存知のことと思います。一般的にはアセトアルデヒドによる血管拡張作用が主犯とされていますが、近年の研究ではそれ以外の代謝産物や神経伝達物質の関与が注目されています。
まず、アルコール代謝の過程で生じるアセトアルデヒドは、ALDH(アルデヒド脱水素酵素)によって酢酸(Acetate)へと分解されます。興味深いことに、動物モデルを用いた研究において、この酢酸そのものが頭痛の増悪因子として働いている可能性が指摘されています。酢酸は血流に乗って脳内に到達し、脳内のアデノシン受容体を刺激することで痛覚過敏を引き起こすと考えられています。アデノシンは血管拡張作用を持つ強力なメディエーターであり、カフェイン(アデノシン拮抗薬)が二日酔い頭痛に一定の効果を示すのも、この機序を考慮すれば合点がいきます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3013144/
また、アルコール摂取後に血中で増加する炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-αなど)も無視できません。これらは三叉神経血管系を刺激し、無菌性の髄膜炎症に近い状態を引き起こすことで、拍動性の頭痛を誘発します。したがって、二日酔いの頭痛マネジメントにおいては、単なる鎮痛だけでなく、抗炎症作用や血管収縮作用、さらには水分代謝の補正といった多角的なアプローチが必要となります。
参考)二日酔い頭痛の科学と対策:イブプロフェンの効果と最新研究を深…
Acetate Causes Alcohol Hangover Headache in Rats (酢酸が二日酔い頭痛の原因となることを示したラットの研究論文)
カロナールの代謝経路とアルコール併用によるCYP2E1誘導のリスク
臨床現場において、「頭痛があるならとりあえずアセトアミノフェン(カロナール)」という処方は定石ですが、二日酔いという状況下においては、その代謝経路の特性上、慎重な判断が求められます。
通常、アセトアミノフェンはその大部分が肝臓でグルクロン酸抱合または硫酸抱合を受け、無毒な代謝物として排泄されます。しかし、一部はシトクロムP450、特にCYP2E1によって代謝され、肝毒性を持つNAPQI(N-アセチル-p-ベンゾキノンイミン)という中間代謝産物を生成します。通常であれば、このNAPQIは速やかにグルタチオン抱合を受けて解毒されます。
参考)https://www.yoshida-pharm.co.jp/files/interview/296.pdf
問題は、アルコール(エタノール)がこのCYP2E1を強力に誘導するという点です。日常的な飲酒や、二日酔いを引き起こすような大量飲酒直後の状態では、肝臓のCYP2E1活性が亢進しています。この状態でアセトアミノフェンを投与すると、通常よりも多くの割合がNAPQIへの代謝経路に回ることになります。
参考)https://www.maruishi-pharm.co.jp/media/acetaminophen-hachi_ea_20231012.pdf
さらに、アルコール代謝自体が肝臓のグルタチオンを消費するため、解毒能が低下している「二重の苦しみ(Double Whammy)」の状態に陥りやすくなります。これにより、蓄積したNAPQIが肝細胞のタンパク質と共有結合し、肝細胞壊死を引き起こすリスクが、通常時と比較して格段に跳ね上がります。米国では「Therapeutic Misadventure(治療上の不運な事故)」として知られるこの現象は、常用量のアセトアミノフェンであっても、アルコール常用者や空腹時(グルタチオン枯渇時)には起こり得るため、二日酔い患者への第一選択薬としてカロナールを推奨することは薬理学的に理にかなっていません。
参考)Acetaminophen and alcohol: Saf…
薬物性肝障害の診断・治療ガイドライン(アルコールとアセトアミノフェンの相互作用に関する記述あり)
ロキソニンとカロナールの比較:炎症性サイトカインと鎮痛効果のエビデンス
では、二日酔い頭痛に対してはどの薬剤を選択すべきでしょうか。ここで比較対象となるのが、NSAIDsの代表格であるロキソプロフェン(ロキソニン)です。
前述の通り、二日酔い頭痛の病態には炎症性サイトカインによる神経炎症やプロスタグランジンの産生が関与しています。アセトアミノフェン(カロナール)は中枢性の作用機序が主であり、末梢組織での抗炎症作用はNSAIDsに比べて極めて弱いです。対して、ロキソプロフェンはCOX(シクロオキシゲナーゼ)を阻害することで、プロスタグランジンの産生を強力に抑制し、抗炎症作用を発揮します。
参考)ロキソニンとカロナールどう違う?どっちを選ぶ?〜よく使う解熱…
実際に、日本臨床研究学会が行った試験において、二日酔いの頭痛に対してロキソプロフェン投与群はプラセボ群と比較して有意な症状改善効果(VASスコア等の改善)を示したというデータがあります。アセトアミノフェンに関しては、二日酔い特有の病態に対する優位性を示すエビデンスは乏しく、むしろ前述の肝リスクがベネフィットを上回る懸念があります。
参考)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000051408.html
ただし、NSAIDsには胃粘膜障害のリスクがあります。アルコール自体が胃粘膜を直接障害している状況下でのNSAIDs投与は、急性胃粘膜病変(AGML)のリスクを助長する可能性があるため、空腹時投与を避ける、あるいは胃粘膜保護薬を併用するといった配慮は不可欠です。しかし、「肝毒性」と「胃粘膜障害」という二つのリスクを天秤にかけた際、アルコール代謝中の肝臓への負担を避けるという意味で、消化管リスクをコントロールしながらNSAIDsを選択する方が、病態生理学的には合理的と言えるでしょう。
五苓散による水毒の改善と血管拡張へのアプローチ
西洋医学的な鎮痛薬とは異なるアプローチとして、漢方薬の五苓散も有力な選択肢となります。二日酔いの病態を漢方医学的に解釈すると、摂取した水分が偏在している「水毒(すいどく)」の状態であると考えられます。
参考)医師が選ぶのは五苓散…二日酔い・悪酔い対策の漢方薬 – 日本…
アルコールの利尿作用による脱水と、血管内脱水の一方で細胞外液や消化管内に水分が停滞している状態(むくみや胃内停水)が混在しています。五苓散に含まれる猪苓(チョレイ)、沢瀉(タクシャ)、白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)は利水作用を持ち、桂皮(ケイヒ)は血管拡張を調整します。
特筆すべきは、五苓散がアクアポリン(水チャネル)に作用して脳浮腫を軽減する作用を持つという基礎研究の結果です。アルコールやアセテートによる血管拡張に伴い、軽度の脳浮腫や頭蓋内圧の変動が生じている可能性があり、これが頭痛の一因となっている場合、五苓散による水分分布の是正(ハイドロ・マネジメント)は、NSAIDsやアセトアミノフェンでは届かない病態へのアプローチとなります。
参考)【漢方】五苓散の効果・副作用を医師が解説【二日酔いや天気痛に…
「頭痛があるから鎮痛薬」という対症療法だけでなく、「なぜ頭痛が起きているのか(水分の偏在、アセトアルデヒドの貯留)」という根本原因に目を向けた際、五苓散は非常に理にかなった選択肢です。特に、嘔気(水逆)を伴う二日酔いにおいては、NSAIDsやアセトアミノフェンよりも優先して考慮されるべき薬剤の一つです。
【独自視点】アセテート(酢酸)が引き起こす頭痛の新たな病態生理
最後に、あまり一般的には語られないアセテート(酢酸)の役割について深掘りします。二日酔い研究の多くはアセトアルデヒドに焦点を当ててきましたが、アセトアルデヒドの血中半減期は比較的短く、二日酔いの症状がピークに達する頃には既に低値となっていることも少なくありません。ここで「犯人」として浮上するのが酢酸です。
エタノールはアセトアルデヒドを経て酢酸に代謝されますが、血中の酢酸濃度は飲酒後長時間にわたって高値を維持します。ある研究では、片頭痛持ちではない健康なラットに酢酸を投与したところ、痛覚過敏反応が引き起こされたと報告されています。これは、酢酸代謝の過程で細胞内のATPがAMP、そしてアデノシンへと分解され、細胞外アデノシン濃度が上昇することに起因すると推測されます。
アデノシンはA2A受容体を介して強力な血管拡張作用と痛覚過敏を引き起こします。これは片頭痛の病態とも一部共通しており、二日酔い頭痛が「遅発性の血管性頭痛」としての側面を持つことを示唆しています。
この視点に立つと、単にCOXを阻害するNSAIDsや、中枢性鎮痛のアセトアミノフェンだけでなく、アデノシン作用を拮抗するカフェインの併用や、ATP産生をサポートするような代謝賦活剤(ビタミンB群など)の重要性が見えてきます。また、酢酸の代謝を促進するためには、クエン酸回路を回すための糖分補給も重要であり、低血糖による頭痛(ケトン体の関与も含め)との鑑別も念頭に置く必要があります。
医療従事者として、単に「お酒のせい」で片付けるのではなく、「今、患者の体内ではCYP2E1が誘導され、酢酸によるアデノシン蓄積が起き、サイトカインストームが生じている」というミクロな視点を持つことで、より的確で安全な薬剤選択(例えば、カロナールの回避と五苓散やNSAIDsの推奨)が可能になるはずです。
