デュベリシブ日本における承認状況
ヤクルト本社は2022年9月、承認申請後の治験結果で死亡リスクが上昇した可能性が判明しています。
デュベリシブ日本での承認申請取り下げの経緯
ヤクルト本社は2022年3月24日、PI3K-δ/γ二重阻害剤デュベリシブ水和物(開発コード:YHI-1702)について、再発・難治性の慢性リンパ性白血病(CLL)および小リンパ球性リンパ腫(SLL)を対象とした製造販売承認申請を厚生労働省に提出しました。この申請は、少なくとも1ラインの前治療歴を有する再発・難治性CLL/SLL患者319人を対象としたDUO試験のデータに基づくものでした。
しかし、申請後に医薬品医療機器総合機構(PMDA)との協議が行われた結果、同年9月28日に承認申請の取り下げが発表されました。ヤクルト本社は、DUO試験に基づく申請内容では製造販売承認の取得は困難と判断したと説明しています。
つまり規制当局との協議で承認のハードルをクリアできないと判断されたということですね。
取り下げの背景には、DUO試験の長期追跡調査(中央値63カ月)における全生存期間(OS)の最終結果が大きく影響しています。この試験では、デュベリシブをモノクローナル抗体医薬品のオファツムマブと比較しました。全集団における死亡リスクのハザード比は1.09(95%信頼区間:0.79~1.51)であり、デュベリシブ群で死亡リスクが上昇する可能性が示されました。特に、デュベリシブ群では160人中80人(50%)が死亡したのに対し、オファツムマブ群では159人中70人(44%)の死亡にとどまっていました。
全生存期間の中央値を比較すると、デュベリシブ群は52.3カ月、オファツムマブ群は63.3カ月でした。約11カ月の差は、東京ドーム5つ分に相当するほど大きな開きではありませんが、医療従事者にとっては患者の生存を左右する重要な数字です。
少なくとも2ラインの前治療歴を有する患者のサブグループ(FDA承認適応に該当)でも、ハザード比は1.06(95%信頼区間:0.71~1.58)と同様の傾向が見られました。有効性の主要評価項目である無増悪生存期間(PFS)では良好な結果を示していたものの、最終的な生存率で劣る結果となったことが、日本での承認を困難にした最大の要因と考えられます。
ヤクルト本社の承認取り下げに関する詳細情報(ミクスOnline)
この事例は、無増悪生存期間だけでなく全生存期間の評価が抗がん剤承認において極めて重要であることを示しています。医療従事者は、臨床試験の主要評価項目だけでなく、長期的な生存データにも注目する必要があります。
デュベリシブの海外承認状況と米国での警告
デュベリシブは2018年9月24日、米国食品医薬品局(FDA)から承認を取得しました。適応症は、少なくとも2ラインの前治療を受けた再発・難治性のCLL/SLL成人患者の治療です。同時に、少なくとも2つの前治療歴のある再発・難治性の濾胞性リンパ腫(FL)に対しても迅速承認を受けています。
米国での商品名はCopiktra(コピクトラ)で、1日2回25mgを経口投与する形で販売されました。2022年3月時点では、米国、欧州を含む32カ国で承認されており、世界的に使用されている薬剤でした。
これは使えそうですね。
しかし、2022年6月30日、FDAは重要な安全性に関する警告を発表しました。DUO試験の長期追跡調査の結果から、デュベリシブを使用した場合、オファツムマブと比較して死亡リスクが上昇する可能性が示されたためです。FDAは、デュベリシブによる治療を継続する際には、死亡および重篤な有害事象のリスク上昇の可能性を患者に伝え、他の治療選択肢と比較してリスク・ベネフィットを慎重に検討するよう医療従事者に勧告しました。
FDAによるデュベリシブの安全性警告(米国FDA公式サイト)
さらにFDAは、この安全性問題について公開会議の開催を予定し、患者に引き続きデュベリシブを処方すべきかについて検討することを表明しました。国立医薬品食品衛生研究所(NIHS)も2022年8月18日付の医薬品安全性情報で、この警告内容を日本の医療従事者向けに翻訳・周知しています。
厳しいところですね。
デュベリシブは末梢性T細胞リンパ腫、濾胞性リンパ腫、成人T細胞白血病・リンパ腫を対象とした臨床試験も実施されており、日本でも成人T細胞白血病・リンパ腫に対する第2相試験(jRCT2071210133)が登録されていました。しかし、CLL/SLLでの安全性の課題が明らかになったことで、他の適応症での開発にも影響が及ぶ可能性があります。
デュベリシブの作用機序とPI3K阻害剤の特徴
デュベリシブは、ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)のδアイソフォームとγアイソフォームを同時に阻害する経口PI3K二重阻害薬です。PI3Kは細胞の増殖、生存、分化、代謝などに関与する重要なシグナル伝達経路であり、がん細胞でしばしば異常に活性化しています。
PI3K-δとPI3K-γは、特に悪性のB細胞およびT細胞の増殖と生存を支援することが知られています。B細胞受容体(BCR)シグナル伝達経路を介して、これらのアイソフォームはリンパ球のがん化や生存に深く関わっています。デュベリシブは、これら2つの酵素を選択的に阻害することで、悪性B細胞とT細胞の増殖を抑制し、アポトーシス(細胞死)を誘導すると考えられています。
結論はB細胞とT細胞の両方に作用するということです。
PI3K阻害薬クラスには他にも複数の薬剤が存在します。例えば、イデラリシブ(日本未承認)はPI3K-δ選択的阻害薬として2014年に米国で承認されましたが、重篤な副作用の問題があります。コパンリシブも濾胞性リンパ腫に対して2017年に米国FDA承認を受けましたが、日本では承認されていません。
デュベリシブの特徴は、δとγの両方を阻害する二重阻害作用にあります。γアイソフォームは炎症細胞や免疫細胞にも発現しているため、二重阻害により腫瘍微小環境への作用も期待されていました。しかし、この広範な作用が、後述する重篤な副作用の発現にも関連している可能性があります。
医療従事者は、PI3K阻害薬クラス全体に共通する安全性の課題を理解し、患者管理において慎重な観察とモニタリングが必要であることを認識すべきです。特に感染症、消化器症状、肝機能障害などのリスクに注意が必要です。
デュベリシブの副作用プロファイルと重篤な有害事象
デュベリシブの最も深刻な問題は、高頻度で発現する重篤な副作用です。承認用量のデュベリシブで治療を受けた血液悪性腫瘍患者442人のうち、実に65%に重篤な副作用が認められました。これは患者10人中6~7人が重篤な副作用を経験する計算になり、非常に高い頻度です。
最も頻度が高かった重篤な副作用は以下の通りです。
📌 感染症: 免疫抑制作用により、細菌、ウイルス、真菌などによる重篤な感染症のリスクが上昇します。肺炎、敗血症などが報告されており、致死的となる場合もあります
📌 下痢および大腸炎: 治療中に非常によく見られる副作用で、重篤化して死に至ることもあります。腸の炎症(大腸炎)は、腹痛、血便、発熱を伴い、消化管穿孔のリスクもあります
📌 肺炎(肺の炎症): 感染性肺炎だけでなく、薬剤性の間質性肺炎も報告されています。呼吸困難、咳嗽、発熱などの症状に注意が必要です
📌 皮膚反応: 重度の皮膚反応や発疹が発現することがあり、中毒性表皮壊死融解症(TEN)やスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)などの重篤な皮膚障害の可能性もあります
📌 血中肝酵素値の上昇: 肝機能障害を示すAST、ALTなどの肝酵素の上昇が見られ、定期的なモニタリングが必須です
痛いですね。
DUO試験においても、デュベリシブ群では有害事象による死亡、重篤な有害事象、グレード3以上の有害事象、および有害事象による治療変更の発生率がすべてオファツムマブ群より高い結果となりました。これらの安全性に関する結果は、PI3キナーゼ阻害薬クラスに属する他の医薬品と同様の傾向であり、クラス全体の問題として認識されています。
よく見られる副作用としては、疲労、発熱、咳嗽、悪心、上気道感染、骨・筋肉痛、赤血球数低値などがあります。これらは重篤ではないものの、患者のQOL(生活の質)を大きく低下させる要因となります。
医療従事者は、デュベリシブを含むPI3K阻害薬を使用する際には、これらの副作用リスクを患者に十分説明し、早期発見のための徹底したモニタリング体制を構築する必要があります。特に感染症の予防、消化器症状の管理、定期的な血液検査と肝機能検査の実施が重要です。
日本における慢性リンパ性白血病治療の現状と今後
デュベリシブの承認取り下げにより、日本でのCLL/SLL治療におけるPI3K-δ/γ二重阻害薬の選択肢は失われました。しかし、CLL/SLLに対する他の治療選択肢は複数存在しています。
現在、日本で承認されているCLL/SLL治療薬には、BTK(ブルトン型チロシンキナーゼ)阻害薬のイブルチニブ(イムブルビカ®)やアカラブルチニブ(カルクエンス®)、BCL-2阻害薬のベネトクラクス(ベネクレクスタ®)などの分子標的薬があります。これらは海外でも標準治療として広く使用されており、高い有効性が示されています。
特にBTK阻害薬は、B細胞受容体シグナル伝達経路の別のポイントを阻害することで、CLL/SLLに対して優れた効果を発揮します。2025年3月には、ザヌブルチニブ(ブルキンザ®)も承認され、治療選択肢がさらに広がりました。
一方で、成人T細胞白血病・リンパ腫(ATL)などの疾患では、日本発のモノクローナル抗体薬であるモガムリズマブ(ポテリジオ®)や、2022年に承認されたバレメトスタットトシル酸塩(エザルミア®)などの新規治療薬が登場しています。デュベリシブが臨床試験段階にあったATLに対しても、他の治療選択肢が充実してきています。
これは使えそうです。
デュベリシブの承認取り下げは、医薬品開発における安全性評価の重要性を改めて示した事例と言えます。無増悪生存期間(PFS)という有効性指標で良好な結果を示しても、全生存期間(OS)で劣る場合、承認には至りません。医療従事者は、臨床試験データを評価する際、主要評価項目だけでなく、長期的な生存データや安全性プロファイルを総合的に判断する必要があります。
国立がん研究センター「慢性リンパ性白血病/小リンパ球性リンパ腫」治療情報ページ
今後、日本でのCLL/SLL治療は、既存の分子標的薬を中心に進められることになります。患者の年齢、併存疾患、遺伝子変異の有無(17p欠失やTP53変異など)に応じて、最適な治療法を選択することが求められます。デュベリシブの事例は、新規薬剤の導入において、有効性だけでなく安全性と生存率への影響を慎重に評価する必要性を医療従事者に再認識させる重要な教訓となりました。