チキサゲビマブ・シルガビマブの作用機序
チキサゲビマブとシルガビマブのSARS-CoV-2受容体結合ドメイン標的化
チキサゲビマブ及びシルガビマブは、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)上の各抗体が互いに重複しない部位に同時に結合する特異的な作用機序を持つ 。この二重標的化により、ウイルスが宿主細胞受容体であるACE2との相互作用を阻害し、ウイルスの宿主細胞への侵入を効果的に阻害する 。
参考)医療用医薬品 : エバシェルド (エバシェルド筋注セット)
従来の単一抗体療法と比較して、2種類の抗体が同時に異なるエピトープに結合することで、ウイルスの変異による耐性獲得を困難にする設計となっている 。この仕組みにより、野生型のSARS-CoV-2臨床分離株に対して、50%有効濃度(EC50)10ng/mLという高い中和作用を示す 。
参考)https://www.mhlw.go.jp/content/11123000/000982472.pdf
両抗体はチャイニーズハムスター卵巣細胞により産生される遺伝子組換え抗SARS-CoV-2スパイクタンパク質モノクローナル抗体であり、ヒトIgG1に由来し、特定のアミノ酸置換により最適化されている 。
チキサゲビマブ・シルガビマブの中和活性メカニズムと変異株対応
両抗体の中和活性メカニズムは、スパイクタンパク質の受容体結合ドメインへの特異的結合により、SARS-CoV-2に対する濃度依存的な中和作用を発揮することが確認されている 。野生型株に対する優れた効果に加え、alpha株、beta株、gamma株、delta株などの主要変異株に対しても中和活性を維持している 。
参考)エバシェルド筋注セット(チキサゲビマブ/シルガビマブ)の作用…
オミクロン株に対する効果については、BA.2系統に対してカシリビマブ・イムデビマブ、ソトロビマブと共に中和活性を維持していることが複数の研究で報告されている 。しかし、BA.4/BA.5株に対してはエバシェルドの中和活性のEC50が野生型の33~65倍に増加することが示されており、変異株による影響を受けることが判明している 。
参考)オミクロン株BA.2系統に対する新型コロナ治療薬の効果検証結…
最新の研究では、オミクロン株BA.4.6系統に対してソトロビマブと同様に中和活性の著しい低下が報告されており 、BQ.1.1系統やXBB系統に対しても中和活性が顕著に低下することが確認されている 。
参考)臨床検体から分離した新型コロナウイルス・オミクロン株 BA.…
チキサゲビマブ・シルガビマブの半減期延長技術とYTE置換
エバシェルドに含まれる両抗体には、血中半減期を延長させるYTE置換(M252Y/S254T/T256E のアミノ酸置換)が導入されている 。このYTE置換により、胎児性Fc受容体(FcRn)に対する抗体の親和性が高まり、抗体の再循環が促進され、通常の抗体と比較して約3倍の半減期延長を実現している 。
参考)https://www.shinryo-to-shinyaku.com/db/pdf/sin_0059_11_0677.pdf
さらに、TM置換(L234F/L235E/P331S のアミノ酸置換)も同時に導入されており、これによりFcγR及び補体C1qへの結合が減少し、COVID-19の病態に寄与する可能性がある抗体依存性感染増強(ADE)や免疫応答の不適切な活性化のリスクが制限されている 。
参考)https://www.pmda.go.jp/drugs/2022/P20220902001/670227000_30400AMX00225_D100_2.pdf
この技術により、エバシェルドは単回投与で約6か月にわたる感染予防効果を実現し、頻繁な投与が困難な患者に対しても継続的な保護を提供できる長時間作用型抗体(LAAB)として設計されている 。
参考)【薬剤師向け】新型コロナの中和抗体薬「エバシェルド筋注セット…
チキサゲビマブ・シルガビマブによるACE2結合阻害の分子機構
両抗体の分子レベルでの作用機構は、SARS-CoV-2スパイクタンパク質のRBD領域への特異的結合により、ウイルスが宿主細胞表面のACE2受容体と相互作用することを物理的に阻害することにある 。この阻害により、ウイルスの細胞内侵入プロセスの最初のステップが遮断される 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/26/9/26_9_79/_pdf
通常、SARS-CoV-2の感染はスパイクタンパク質のS1ドメインがACE2受容体に結合し、続いてTMPRSS2による構造変化を経て細胞膜融合が起こるプロセスで進行する 。エバシェルドの2種類の抗体は、このプロセスの開始段階であるRBD-ACE2結合を効果的に阻害することで、感染成立を防ぐ 。
参考)新型コロナ、ヒト細胞への結合を阻害するタンパク質を唾液中に発…
興味深いことに、自然免疫応答においても同様のメカニズムが存在し、健常者の唾液中に含まれる好中球関連ヒストンH2Aやエラスターゼなどのカチオン性タンパク質が、負に帯電したACE2の分子表面を覆うことでS1-ACE2結合を阻害することが報告されている 。
チキサゲビマブ・シルガビマブの臨床的抗体依存性と耐性回避戦略
従来の単一抗体治療では変異により耐性が生じやすいという課題があったが、エバシェルドでは2種類の抗体が異なるエピトープに同時結合することで、理論的には耐性の発生を困難にする独自の戦略を採用している 。この設計は、ウイルスが両方の結合部位に同時に変異を獲得することの困難さに基づいている。
ただし、実際の臨床現場では、オミクロン株の登場により従来の抗体治療薬の多くが効果を失ったように、エバシェルドも完全に耐性を回避できるわけではない 。特に、オミクロン株のBQ.1.1やXBB系統などの高度変異株に対しては、両抗体とも中和活性の著しい低下が報告されている 。
参考)オミクロン株BQ.1.1とXBBに対するコロナ治療薬の効果を…
この課題に対応するため、新たな研究では、従来の変異株で変異していない保存領域を中心に結合する広域中和抗体の開発が進められており 、将来的にはより耐性を受けにくい次世代抗体治療薬の開発が期待されている 。現在も、あらゆる新型コロナ感染を阻止できるユニバーサル中和抗体の研究が活発に行われている 。
参考)新型コロナウイルスに対するユニバーサル中和抗体の開発について…