分化能と全能性
分化能の全能性とは何か
分化能とは、細胞が異なる種類の細胞へと変化する能力を指します。この分化能の中でも最も高い能力を持つのが「全能性(totipotency)」です。全能性を持つ細胞は、人体を構成するあらゆる細胞に分化できるだけでなく、胎盤などの胚体外組織にも分化できる特別な能力を備えています。
全能性幹細胞の代表例は受精卵です。受精卵は1つの細胞から完全な個体を形成できる唯一の細胞であり、最初の細胞分裂を経た後の2細胞期においても、それぞれの細胞が独立して1個体を形成する能力を持ちます。これが一卵性双生児が生まれるメカニズムの基礎となっています。
参考)iPS・ES・体性幹細胞とは?再生医療における幹細胞について
全能性は受精卵から3回の細胞分裂を経た8細胞期までの細胞が保持する能力とされています。この時期を過ぎると、細胞は次の段階である「多能性」へと移行し、個体全体を形成する能力は失われます。
参考)胚盤胞の分化を再現
分化能における全能性と多能性の違い
全能性と多能性の最大の違いは、胚体外組織への分化能力の有無にあります。多能性幹細胞は、内胚葉、中胚葉、外胚葉の三胚葉すべてに由来する細胞に分化できますが、胎盤などの胚体外組織には分化できません。つまり、多能性細胞は「体を構成するあらゆる細胞」には分化できても、「個体そのもの」を作ることはできないのです。
分化能の種類 | 分化可能な範囲 | 代表的な細胞 | 個体形成能力 |
---|---|---|---|
全能性 | 胚体と胚体外組織の両方 | 受精卵、8細胞期まで | あり |
多能性 | 三胚葉すべて(胚体外組織を除く) | ES細胞、iPS細胞 | なし |
単能性 | 特定の1種類の細胞のみ | 造血幹細胞など | なし |
ES細胞(胚性幹細胞)とiPS細胞(人工多能性幹細胞)は、どちらも多能性を持つ幹細胞です。これらは体のあらゆる組織や臓器の細胞に分化できるため「万能細胞」と呼ばれることもありますが、学術的には「多能性」が正確な表現です。両者の主な違いは作製方法にあり、ES細胞は受精卵の胚盤胞から取り出した内部細胞塊を培養して作られるのに対し、iPS細胞は皮膚や血液などの体細胞に特定の遺伝子を導入して作製されます。
分化能の全能性を持つ細胞の特徴
全能性細胞の最大の特徴は、完全な個体発生能力です。受精卵は分裂を繰り返し、胚盤胞と呼ばれる袋状の構造を形成します。この段階で、将来胎盤となる栄養外胚葉と、胎児の体となる内部細胞塊という2種類の組織に分化が始まります。
全能性を持つ細胞の数は発生過程で急速に減少します。マウスの場合、4~8細胞期までの細胞が全能性を保持しますが、それ以降は多能性へと段階的に移行していきます。この時期の細胞は、胚体と胚体外組織のいずれにも分化できる能力を維持しています。
🔬 参考リンク:理化学研究所の研究では、多能性幹細胞を初期化した後に分化させることで、着床可能な胚盤胞様の構造を誘導することに成功しています。全能性の分子機構解明に関する最新研究として参考になります。
胚盤胞の分化を再現-多能性幹細胞から全能性の謎に迫る-|理化学研究所
分化能における全能性幹細胞と多能性幹細胞の分類
幹細胞は分化能の違いによって大きく3つに分類されます。第一の分類は全能性幹細胞で、受精卵と初期卵割期の細胞がこれに該当します。第二は多能性幹細胞で、ES細胞やiPS細胞が代表例です。第三は組織幹細胞(体性幹細胞)で、造血幹細胞や神経幹細胞など、特定の組織内で限られた種類の細胞にのみ分化できる細胞群です。
多能性幹細胞は、内胚葉(消化管、肺など)、中胚葉(筋肉、骨、血液など)、外胚葉(表皮、神経系など)の三胚葉すべてに分化できます。この分化能により、様々な臓器や組織の細胞を作り出すことが可能となり、再生医療への応用が期待されています。
参考)iPS細胞とは? | よくある質問 | もっと知るiPS細胞…
体性幹細胞は多能性幹細胞よりも分化能が制限されており、複能性、寡能性、単能性などに細分化されます。例えば造血幹細胞は、血液を構成するあらゆる細胞には分化できますが、神経細胞や筋肉細胞には分化できません。これらの幹細胞は、各組織の恒常性維持と修復に重要な役割を果たしています。
参考)https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9405/9405_yomoyama.pdf
分化能の全能性が医療にもたらす可能性
全能性や多能性を持つ幹細胞の研究は、再生医療の発展に大きく貢献しています。特にiPS細胞は、患者自身の体細胞から作製できるため、拒絶反応のリスクが低く、倫理的な問題も少ないという利点があります。現在、iPS細胞を用いた神経疾患、心筋梗塞、糖尿病などの治療研究が進められています。
参考)https://www.med.or.jp/dl-med/nichiionline/gakusui_r0405.pdf
再生医療では、病気や怪我で失われた機能を回復させることを目的としています。例えば、糖尿病であれば血糖値を調整する膵臓の細胞を、神経損傷であれば神経細胞を移植するといった応用が考えられます。iPS細胞から目的の細胞へ分化誘導する技術が確立されれば、多くの難治性疾患の治療に道が開かれます。
参考)iPS細胞とは?期待される分野や実用化に向けた課題、今後の展…
さらに、患者由来のiPS細胞から病変部の細胞を作製し、疾患のメカニズムを解明する研究も活発に行われています。脳内の神経細胞など、直接観察が困難な部位の疾患研究において、iPS細胞を用いた疾患モデルは画期的な手法となっています。また、創薬研究においても、人体では実施できない薬剤の有効性や副作用の評価にiPS細胞由来の細胞が活用され、新薬開発の加速が期待されています。
🧪 参考リンク:京都大学iPS細胞研究所の公式サイトでは、iPS細胞の作製技術や再生医療・創薬への応用について詳しく解説されています。