免疫力とは、私たちの体を細菌やウイルスから守り、健康を維持するための防御システムです。この免疫力を高めるために運動が効果的なのは、以下のようなメカニズムが働くためです。
まず、運動によって筋肉が動くと体温が上昇します。この体温上昇は免疫細胞の活性化に直結しています。体温が1℃上がると、免疫力はなんと5〜6倍にも高まるという研究結果があります。これは風邪をひいたときに熱が出るのと同じ原理で、体が免疫細胞とウイルスの戦いを助けるために体温を上げているのです。
また、運動によって血行が促進されると、全身に酸素や栄養が行き届きやすくなります。これにより白血球に含まれる免疫細胞が体内をスムーズに巡回できるようになり、ウイルスや細菌を発見して排除する能力が高まります。
さらに、適度な運動はストレス解消にも効果的です。私たちの体には「交感神経」と「副交感神経」という2つの自律神経があり、免疫機能はこれらがバランスよく働くことで正常に機能します。運動によって血管が拡張すると副交感神経が優位になり、リラックス状態になることでストレスが軽減され、免疫力の向上につながるのです。
免疫力を高めるためには、じんわりと軽い汗をかく程度の有酸素運動が最も効果的です。具体的におすすめの運動をいくつか紹介します。
ウォーキング
最も手軽に始められる有酸素運動がウォーキングです。歩いているうちに徐々に体温が上がり、血行が促進されて免疫力アップにつながります。効果的なウォーキングの目安は1日8,000〜10,000歩程度。距離にして約6km、時間にして90分程度のウォーキングが理想的です。ただ歩くだけでなく、軽く汗をかく程度の運動量を意識しましょう。
なわとび
室内でも気軽にできる運動として、なわとびもおすすめです。実際の縄を使わなくても、サランラップの芯などを両手に持って「エアなわとび」として行うこともできます。数十秒間の縄跳びを何回か繰り返す程度で十分効果が期待できます。足音が気になる場合は、かかとが浮く程度に体を上下させるだけでも良いでしょう。
ヨガやストレッチ
上半身の筋肉をほぐす運動も免疫力アップに効果的です。ヨガやストレッチにはリラックス効果もあるため、副交感神経を優位にして免疫力を高めることができます。
厚生労働省ではストレッチをする際の注意点として以下の5つを挙げています:
免疫力を高めるためには有酸素運動だけでなく、適度な筋トレも効果的です。筋肉は単なる運動器官ではなく、免疫系にも深く関わっていることが研究で明らかになっています。
免疫系はエネルギー源としてブドウ糖とアミノ酸を使用しますが、体内でアミノ酸がプールされている場所が筋肉なのです。つまり、筋肉はアミノ酸という栄養素を蓄える貯蔵庫として、免疫系に重要な役割を果たしています。特に高齢者は運動不足によって筋肉が減少しやすく、サルコペニア(加齢性筋肉減少症)のリスクが高まるため、筋トレによる予防が重要です。
免疫力アップに効果的な筋トレとしては、下半身の大きな筋肉を鍛えるスクワットがおすすめです。ただし、スポーツ選手のような高負荷の運動は必要ありません。両足を肩幅程度に開いて立ち、4秒くらいかけてゆっくりと腰を落としていきます。膝が90度の角度まで曲がったら、再び4秒くらいかけてゆっくりと元の姿勢に戻します。
スクワットを行う際の注意点:
運動は免疫力を高める効果がありますが、どんな運動でも良いというわけではありません。実は過度な運動は免疫力を低下させることがあるため注意が必要です。
激しい運動やトレーニングを行うと、コルチゾールやカテコールアミンという「ストレスホルモン」が分泌されます。これらのホルモンには免疫抑制作用があり、免疫機能を低下させてしまいます。また、激しい運動中は骨格筋への血流は増えますが、粘膜や内臓への血流が抑制され、免疫バリア機能が低下します。
さらに、過度な運動によって体内の免疫細胞の活動が抑制されます。特に影響を受けるのは以下の免疫細胞です:
また、唾液に存在するIgA(免疫グロブリンA)の分泌も減少し、粘膜免疫が低下して風邪をひきやすくなります。
マラソンランナーが大会後に風邪をひきやすくなるという現象は、この免疫低下が原因と考えられています。つまり、「運動すればするほど免疫力がアップする」というわけではなく、適度な運動を心がけることが重要なのです。
免疫力を高めるための「適度な運動」とは、具体的にどのくらいの頻度と時間で行えばよいのでしょうか。研究結果に基づいた目安を紹介します。
日常生活での運動目安
定期的な運動の目安
ある研究によると、18〜85歳の男女1,002人を対象に、冬期12週間の風邪の症状と運動頻度の関係を調査したところ、「運動するのは週に1日未満」と答えた運動習慣の少ない人214人は風邪をひいた日数が平均8日を超えたのに対して、「週に1〜4日運動している」「週に5日以上運動している」と答えた人が風邪をひいた日数は5日前後でした。このことから、運動習慣のある人は風邪をひきにくいと考えられます。
また、高齢者を対象とした研究では、週2回の運動教室に参加し、自重を使ったスクワットなどの筋力トレーニングとエルゴメーター(自転車漕ぎ)などの有酸素運動を組み合わせて行った結果、免疫力の向上が確認されています。
運動の強度については、「隣で友人と短い会話をしながら歩くことができるくらい」が目安です。つまり、軽く息があがるかあがらないか程度の運動が免疫力アップには最適なのです。
免疫力を高めるためには、適切な運動と合わせて食事にも気を配ることが重要です。特に注目すべきは、腸内環境と免疫力の関係です。
腸内には、免疫細胞の60〜70%が集中していると言われており、免疫細胞の働きをサポートする有用菌(いわゆる善玉菌)も存在しています。そのため、暴飲暴食や偏った食事などの食生活の乱れによって有用菌が減ると、腸内環境が悪化し免疫力の低下につながります。
免疫力を高める食事のポイント:
運動後は筋肉の修復と免疫力の回復のために、良質なタンパク質とビタミン類を含む食事を摂ることが効果的です。例えば、ウォーキングやヨガの後に、鶏肉と野菜のスープや、ヨーグルトとフルーツを組み合わせた軽食などがおすすめです。
また、運動前後の水分補給も重要です。十分な水分を摂ることで、体内の老廃物の排出がスムーズになり、免疫細胞の働きをサポートします。
厚生労働省:日本人の食事摂取基準
免疫力を高めるためには、適度な運動と栄養バランスの良い食事を組み合わせることが最も効果的です。どちらか一方だけでなく、両方をバランスよく取り入れる生活習慣を心がけましょう。
がん患者さんにとって、免疫力を高めることは特に重要です。がん治療中や治療後の適切な運動は、免疫機能の改善だけでなく、全体的な生活の質の向上にも貢献します。
がん患者さんが運動を行うメリットとして、以下のような点が挙げられます:
ただし、がん患者さんが運動を行う際には、以下の点に注意が必要です:
がん患者さんにおすすめの運動としては、ウォーキングやヨガ、軽い水中運動などがあります。特にヨガは、身体的な効果だけでなく、呼吸法によるリラクゼーション効果も期待できるため、がん患者さんの間で人気があります。
国立がん研究センター:がん患者さんの運動
がん患者さんにとって、免疫力を高める運動は単なる体力づくりではなく、治療の一環として捉えることが大切です。主治医や専門家のアドバイスを受けながら、自分に合った運動プログラムを見つけていきましょう。