バイオシミラーとジェネリックの違い
バイオシミラーの基本的な定義と特徴
バイオシミラーとは、バイオ医薬品の特許期間が満了した後に、異なる製薬会社によって開発・製造される医薬品です。日本では「バイオ後続品」という正式名称が使われています。バイオシミラーという名称は「生物(バイオ)」と「類似の(シミラー)」を組み合わせた言葉で、その名の通り先行バイオ医薬品と類似した特性を持つ医薬品を指します。
バイオシミラーの最大の特徴は、先行バイオ医薬品と完全に同一ではなく、「同等/同質」であることが求められる点です。これは、バイオ医薬品の有効成分であるタンパク質の構造が非常に複雑であり、製造工程の違いによって微妙な差異が生じるためです。しかし、この差異が臨床効果や安全性に影響を与えないことが、様々な試験によって証明されています。
バイオシミラーは2009年に日本で初めて承認されて以来、市場規模は着実に拡大しています。最初に承認されたのはヒト成長ホルモン製剤のソマトロピン、続いて2010年にはエリスロポエチン製剤、2013年にはG-CSF製剤フィルグラスチムのバイオシミラーが発売されました。現在では、様々な疾患領域でバイオシミラーが使用されるようになっています。
ジェネリック医薬品との製造方法の違い
バイオシミラーとジェネリック医薬品の最も根本的な違いは、その製造方法にあります。ジェネリック医薬品は化学合成によって製造される低分子医薬品であるのに対し、バイオシミラーは生物を利用したバイオテクノロジーによって製造される高分子医薬品です。
ジェネリック医薬品の場合、化学合成によって先発医薬品と全く同じ構造の有効成分を作ることが可能です。例えば、分子量が数百程度の比較的単純な構造の化合物であれば、同一の化学反応を用いることで同一の分子を作り出すことができます。
一方、バイオシミラーの有効成分は分子量が数万から数十万に及ぶ複雑なタンパク質です。これらは遺伝子組換え技術を用いて、生きた細胞内で生産されます。生産に使用する細胞株や培養条件、精製方法などが異なると、タンパク質の高次構造や糖鎖修飾などに微妙な違いが生じることがあります。そのため、先行バイオ医薬品と完全に同一のものを製造することは技術的に困難なのです。
この製造方法の違いから、バイオシミラーは「後発医薬品」ではなく「後続品」と呼ばれています。これは単なる言葉の違いではなく、開発・承認のアプローチが根本的に異なることを示しています。
バイオシミラーとジェネリックの承認プロセスの相違点
バイオシミラーとジェネリック医薬品は、承認に必要な試験の種類と範囲が大きく異なります。この違いは、両者の製造特性の違いに起因しています。
ジェネリック医薬品の承認には、主に「生物学的同等性試験」が求められます。これは、健康な成人に先発医薬品とジェネリック医薬品を投与し、血中濃度の推移が同等であることを確認する試験です。有効成分が同一であることが前提となるため、臨床試験(有効性・安全性を確認する試験)は通常免除されます。
一方、バイオシミラーの承認には、新薬に準ずる多くの試験データが必要です。具体的には以下のような試験が求められます。
- 品質特性に関する試験:物理的化学的性質、生物学的活性など
- 非臨床試験:薬理作用、毒性など
- 臨床試験:薬物動態、有効性、安全性など
特に臨床試験は、バイオシミラーと先行バイオ医薬品の同等性/同質性を証明するために不可欠です。これは、製造方法の違いによる微妙な構造の違いが、免疫原性などの安全性や有効性に影響を与える可能性があるためです。
承認申請に必要な資料の数を比較すると、ジェネリック医薬品が最大4種類であるのに対し、バイオシミラーは最大20種類もの資料が求められます。これは、バイオシミラーの開発が新薬開発に近い厳格さで行われていることを示しています。
バイオシミラーの同等性/同質性と品質管理の重要性
バイオシミラーの開発において、「同等性/同質性(Biosimilarity)」の証明は最も重要な課題です。これは単に有効成分の化学構造が似ているというだけでなく、品質特性、生物学的活性、安全性、有効性のすべてにおいて先行バイオ医薬品と同等/同質であることを意味します。
バイオシミラーの品質管理は特に厳格で、以下のような多角的な評価が行われます。
- 一次構造(アミノ酸配列):先行バイオ医薬品と同一であることが必須
- 高次構造(立体構造):可能な限り類似していることが求められる
- 糖鎖修飾パターン:生物活性に影響を与えない範囲での類似性が必要
- 不純物プロファイル:安全性に影響を与えないことの確認
これらの品質特性は、最先端の分析技術を用いて詳細に評価されます。例えば、質量分析法、円二色性分光法、表面プラズモン共鳴法などの高度な分析手法が用いられます。
また、バイオシミラーの製造では、製造工程の一貫性と再現性が極めて重要です。わずかな製造条件の変化が最終製品の品質に影響を与える可能性があるため、厳格な工程管理が行われています。
このような厳格な品質管理により、バイオシミラーは先行バイオ医薬品と同等の有効性と安全性を持つことが保証されています。実際、これまでに承認されたバイオシミラーは、臨床使用においても先行バイオ医薬品と同等の治療効果を示しています。
バイオシミラーの経済的メリットと医療費削減への貢献
バイオ医薬品は高い治療効果を持つ一方で、その開発・製造コストの高さから薬価も高額になりがちです。これに対し、バイオシミラーは先行バイオ医薬品よりも低価格で提供されるため、医療経済的に大きなメリットがあります。
日本では、バイオシミラーの薬価は先行バイオ医薬品の約70%に設定されています。例えば、ある先行バイオ医薬品の薬価が10万円だとすると、そのバイオシミラーは約7万円で提供されることになります。この価格差は、患者負担の軽減だけでなく、医療保険財政の改善にも貢献します。
バイオシミラーの普及による医療費削減効果は、以下のように試算されています。
- 2020年度のバイオシミラーによる医療費削減効果:約500億円
- 今後10年間で期待される削減効果:約1兆円以上
このような経済的メリットから、厚生労働省はバイオシミラーの使用促進を政策的に進めています。2023年度には「バイオシミラーの使用促進のための政策パッケージ」が策定され、2027年度末までにバイオシミラーの数量シェアを25%以上にするという目標が設定されました。
医療機関にとっても、バイオシミラーの使用は経営改善につながる可能性があります。例えば、DPC(診断群分類包括評価)対象病院では、入院中に使用する高額な医薬品をバイオシミラーに切り替えることで、収支改善効果が期待できます。
バイオシミラーの名称表記と患者への説明ポイント
バイオシミラーの名称は、先行バイオ医薬品や他のバイオシミラーと区別するために、特定のルールに基づいて表記されています。この命名規則を理解することは、医療従事者にとって重要です。
バイオシミラーの一般名は、先行バイオ医薬品の一般名の末尾に「後続1(2,3,…)」を角括弧書きで追加します。例えば、フィルグラスチム(遺伝子組換え)のバイオシミラーは「フィルグラスチム(遺伝子組換え)[フィルグラスチム後続1]」となります。
製品名(販売名)では、「後続1」の代わりに「BS」と記載し、その後に剤形、含量、会社名(または屋号)を付けます。例えば「フィルグラスチムBS注75μgシリンジ「F」」のような形式になります。
患者さんにバイオシミラーについて説明する際のポイントとしては、以下の点が挙げられます。
- 効果と安全性の同等性:バイオシミラーは先行バイオ医薬品と同等の効果と安全性が確認されていることを説明
- 価格メリット:患者負担が軽減される可能性があることを伝える
- 製造と品質管理:厳格な基準で製造・品質管理されていることを強調
- 先行品との違い:完全に同一ではないが、臨床的に意味のある違いはないことを説明
特に、バイオシミラーに対する不安や誤解を持つ患者さんには、承認までの厳格なプロセスや、世界中で多くの患者さんに使用されている実績などを説明することが重要です。
バイオシミラーの今後の展望と医療現場での活用戦略
バイオシミラー市場は今後も拡大が見込まれています。特に、2025年までに多くの主要バイオ医薬品の特許が満了するため、新たなバイオシミラーの登場が予想されます。これは「バイオシミラー2.0時代」とも呼ばれ、より複雑な抗体医薬品のバイオシミラーが中心となる見込みです。
日本におけるバイオシミラーの普及率は、欧州諸国と比較するとまだ低い水準にあります。例えば、ノルウェーやデンマークではバイオシミラーの普及率が80%を超える製品もありますが、日本では20〜30%程度にとどまっている製品が多いのが現状です。
医療現場でバイオシミラーを効果的に活用するための戦略としては、以下のようなアプローチが考えられます。
- 院内バイオシミラー導入委員会の設置:医師、薬剤師、看護師、事務職などの多職種で構成される委員会を設置し、導入計画を策定
- スイッチングプロトコルの整備:先行バイオ医薬品からバイオシミラーへの切り替え(スイッチング)に関するプロトコルを整備
- 医療スタッフへの教育:バイオシミラーに関する正確な知識を医療スタッフに提供
- 患者教育プログラムの実施:バイオシミラーに関する理解を深めるための患者向け教育プログラムの実施
また、バイオシミラーの使用促進に向けた政策的な取り組みも進んでいます。例えば、バイオシミラー使用体制加算の新設や、DPC制度におけるインセンティブの付与などが検討されています。
バイオシミラーは単なるコスト削減の手段ではなく、限られた医療資源を効率的に活用し、より多くの患者さんに高度な医療を提供するための重要な選択肢です。医療従事者には、バイオシミラーの特性を正しく理解し、適切に活用していくことが求められています。