抗うつ剤一覧と分類
抗うつ剤は現在、多種多様な薬剤が臨床で使用されており、その分類と特徴を正確に理解することは医療従事者にとって極めて重要です。2025年現在、日本で承認されている抗うつ剤は作用機序により大きく新規抗うつ薬、三環系抗うつ薬、四環系抗うつ薬、その他の抗うつ薬に分類されます。
新規抗うつ薬は1980年代以降に開発された薬剤群で、従来の三環系抗うつ薬と比較して副作用が少なく、現在の抗うつ薬治療の主流となっています。一方、三環系・四環系抗うつ薬は古典的な薬剤ながら、新規抗うつ薬で効果不十分な治療抵抗性うつ病において重要な役割を果たしています。
抗うつ剤一覧:SSRI・SNRI・NaSSAの基本特徴
新規抗うつ薬の中核を成すSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)は、セロトニンの再取り込みを選択的に阻害することで抗うつ効果を発揮します。現在日本で使用可能なSSRIは以下の通りです。
- パロキセチン(パキシル・パキシルCR):5-20mg、強力なセロトニン再取り込み阻害作用
- セルトラリン(ジェイゾロフト):25-100mg、ドパミン再取り込み阻害作用も併せ持つ
- フルボキサミン(デプロメール・ルボックス):25-75mg、強迫性障害にも適応
- エスシタロプラム(レクサプロ):10mg、最も選択性が高いSSRI
SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)は、セロトニンに加えてノルアドレナリンの再取り込みも阻害するため、意欲や気力の改善により優れています。
- デュロキセチン(サインバルタ):20-30mg、疼痛改善効果も有する
- ベンラファキシン(イフェクサーSR):37.5-75mg、徐放製剤のみ
- ミルナシプラン(トレドミン):12.5-50mg、日本で最初に開発されたSNRI
NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)は独特な作用機序を持ちます。
- ミルタザピン(レメロン・リフレックス):15-30mg、α2受容体遮断によりノルアドレナリン・セロトニン放出促進
抗うつ剤一覧:三環系・四環系抗うつ薬の効果
三環系抗うつ薬は1950年代に開発された最初の抗うつ薬群で、現在でも治療抵抗性うつ病において重要な位置を占めています。これらの薬剤は強力な抗うつ効果を示しますが、多様な受容体に作用するため副作用も多彩です。
主要な三環系抗うつ薬:
- イミプラミン(トフラニール):10-25mg、最初の三環系抗うつ薬
- アミトリプチリン(トリプタノール):10-25mg、鎮静作用が強く不眠に有効
- クロミプラミン(アナフラニール):10-25mg、強迫性障害にも適応
- ノルトリプチリン(ノリトレン):10-25mg、比較的副作用が軽微
- アモキサピン:10-50mg、抗精神病薬様作用も併せ持つ
四環系抗うつ薬は三环系の副作用軽減を目的に開発されましたが、効果もマイルドになっています。
- ミアンセリン(テトラミド):10-30mg、α2受容体遮断作用
- マプロチリン(ルジオミール):10-25mg、選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害
- セチプチリン(テシプール):1mg、軽度うつ状態に使用
三環系抗うつ薬の特徴的な副作用には、抗コリン作用による口渇・便秘・尿閉、抗ヒスタミン作用による眠気・体重増加、α1受容体遮断による起立性低血圧などがあります。しかし、これらの副作用を逆手に取り、不眠症状には鎮静作用のあるアミトリプチリン、慢性疼痛には三環系抗うつ薬の鎮痛作用を活用するなど、臨床的に有用な場面も多くあります。
抗うつ剤一覧:作用機序と神経伝達物質への影響
抗うつ剤の作用機序を理解するには、うつ病の病態生理における神経伝達物質の役割を把握することが重要です。主要な神経伝達物質であるセロトニン、ノルアドレナリン、ドパミンの機能低下がうつ病の発症に関与しており、各抗うつ剤はこれらの神経伝達物質に対して異なる作用を示します。
神経伝達物質別の作用プロファイル:
薬剤分類 | セロトニン | ノルアドレナリン | ドパミン | 主な適応 |
---|---|---|---|---|
SSRI | +++++ | + | + | うつ病、不安障害 |
SNRI | ++++ | ++++ | + | うつ病、疼痛性疾患 |
NaSSA | +++ | ++++ | ++ | うつ病、不眠症 |
三環系 | +++ | ++++ | + | 治療抵抗性うつ病 |
セロトニンは気分調節、不安の制御、睡眠・覚醒リズムの調整に関与し、その機能亢進により抗うつ・抗不安効果が期待されます。ノルアドレナリンは意欲・気力・集中力の向上に関与し、疼痛の下行性抑制系においても重要な役割を果たします。ドパミンは報酬系や運動機能に関与し、その機能亢進により意欲の改善や精神運動制止の改善が期待されます。
特に注目すべきは、各受容体への親和性の違いです。例えば、ミルタザピンはα2受容体遮断によりノルアドレナリン・セロトニンの放出を促進し、5-HT2A・5-HT2C・5-HT3受容体遮断により睡眠改善・食欲亢進・悪心軽減効果を示します。このような複雑な受容体相互作用により、各薬剤固有の臨床プロファイルが形成されています。
抗うつ剤一覧:副作用プロファイルと注意点
抗うつ剤の副作用は作用機序と密接に関連しており、適切な薬剤選択のためには各薬剤の副作用プロファイルを正確に理解する必要があります。
SSRI・SNRIの主要副作用:
- 消化器症状:悪心・嘔吐・下痢(5-HT3受容体刺激)
- 中枢神経系:頭痛・めまい・不眠・振戦
- 性機能障害:射精遅延・性欲減退(セロトニン過剰)
- 電解質異常:低ナトリウム血症(高齢者で注意)
NaSSAの特徴的副作用:
- 鎮静・眠気:抗ヒスタミン作用による
- 体重増加・食欲亢進:5-HT2C受容体遮断
- 口渇・便秘:軽度の抗コリン作用
三環系抗うつ薬の主要副作用:
- 抗コリン作用:口渇・便秘・尿閉・霧視
- 循環器系:起立性低血圧・頻脈・QT延長
- 中枢神経系:眠気・せん妄・けいれん閾値低下
重要な注意点として、すべての抗うつ剤において治療初期(特に25歳未満)でのセルフハーム・自殺念慮の増加リスクがあります。また、セロトニン症候群のリスクもあり、特にMAO阻害薬、トリプタン系片頭痛薬、リネゾリドとの併用時には十分な注意が必要です。
抗うつ剤の中断時には離脱症状(中断症候群)が出現する可能性があり、特に半減期の短いパロキセチンで顕著です。症状には電撃様感覚、めまい、インフルエンザ様症状などがあり、漸減中止が推奨されます。
抗うつ剤一覧:臨床での選択基準と処方戦略
抗うつ剤の選択は患者の症状プロファイル、併存疾患、年齢、薬物相互作用の可能性、過去の治療歴などを総合的に考慮して行う必要があります。
症状別の薬剤選択指針:
🎯 不安症状が顕著な場合
- 第一選択:SSRI(パロキセチン、エスシタロプラム)
- 理由:強力な抗不安作用、パニック障害・社会不安障害への適応
😴 不眠症状が主体の場合
- 第一選択:ミルタザピン、トラゾドン
- 第二選択:鎮静系三環系(アミトリプチリン少量)
- 理由:5-HT2A受容体遮断による深睡眠促進
⚡ 意欲低下・精神運動制止が著明
- 第一選択:SNRI(デュロキセチン、ベンラファキシン)
- 第二選択:ミルタザピン
- 理由:ノルアドレナリン・ドパミン系への作用
🔥 慢性疼痛の併存
- 第一選択:デュロキセチン
- 第二選択:三環系抗うつ薬(アミトリプチリン)
- 理由:下行性疼痛抑制系の賦活
年齢・状況別の考慮事項:
高齢者では肝腎機能低下、薬物相互作用、転倒リスクを考慮し、エスシタロプラム、セルトラリンなどの比較的安全性の高いSSRIから開始することが推奨されます。妊娠可能年齢の女性では催奇形性を考慮し、妊娠カテゴリーの確認が重要です。
治療抵抗性うつ病では、十分量・十分期間の治療後に効果不十分な場合、薬剤変更(switching)、併用療法(combination)、増強療法(augmentation)が検討されます。リチウム、甲状腺ホルモン、非定型抗精神病薬による増強療法は実臨床で広く用いられています。
最新のトピックとして、ケタミンやエスケタミンなどのNMDA受容体拮抗薬が治療抵抗性うつ病に対する新たな選択肢として注目されており、従来の抗うつ剤とは全く異なる作用機序による速効性の抗うつ効果が期待されています。
日本うつ病学会による治療ガイドライン参考情報
https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/mood_disorder/depression.html
抗うつ剤の適正使用に関する詳細な情報
https://www.pmda.go.jp/safety/info-services/drugs/calling-attention/properly-use/0002.html