国立感染症研究所の提供情報とサーベイランス業務を活用した医療従事者向け感染症対策

国立感染症研究所の提供情報の活用方法

国立感染症研究所の提供情報とサーベイランス業務を活用した感染症対策
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サーベイランス業務による情報収集

全国の感染症発生状況を週報・月報で提供し、医療現場の判断材料を提供

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病原体検出情報による診断支援

地方衛生研究所からの検出データを集計し、流行株の特定と対策を支援

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国際協力と研究開発機能

WHO等との連携により世界的な感染症動向を把握し、予防策を提供

国立感染症研究所(NIID)は、2025年4月1日に国立国際医療研究センターと統合し、国立健康危機管理研究機構(JIHS)として新たにスタートしました。この統合により、従来の研究機能と臨床機能を一体化し、感染症危機対応能力の強化が図られています。医療従事者にとって、国立感染症研究所が提供する情報は、日常診療から感染症危機対応まで幅広い場面で重要な役割を果たしています。

国立感染症研究所の主要な業務は7つの柱で構成されています。感染症の基礎・応用研究レファレンス業務サーベイランス業務と情報提供国家検定・検査業務国際協力関係業務研修業務アウトリーチ活動です。これらの業務により、医療従事者は科学的根拠に基づいた感染症対策を実施できます。

特にサーベイランス業務では、全国の医療機関や地方衛生研究所から収集された感染症情報を集計・分析し、感染症発生動向調査週報(IDWR)や病原微生物検出情報(IASR)として定期的に発信しています。これらの情報は医療従事者の診断・治療判断に直接活用されています。

国立感染症研究所のサーベイランス業務による情報収集システム

国立感染症研究所のサーベイランス業務は、日本の感染症対策の中核を担っています。感染症法に基づく感染症発生動向調査により、全国約3,150の医療機関から毎週感染症患者情報が収集されています。

サーベイランスシステムの仕組みは階層構造になっています。医療機関で感染症を診断した医師が保健所に届け出を行い、その情報が地方感染症情報センターに報告されます。収集された情報はさらに国立感染症研究所の中央感染症情報センターに集められ、分析を経て全国情報として速やかに提供・公開されます。

このシステムの特徴的な点は、リアルタイム性網羅性です。毎週更新される感染症発生動向調査週報(IDWR)では、1類から5類感染症を中心とした患者発生状況を迅速に把握できます。また、検疫所からの海外からの帰国者・入国者に対する病原体検出報告も含まれているため、海外からの感染症流入も監視しています。

COVID-19パンデミック時には、この既存のサーベイランス体制を活用して新型コロナウイルス感染症の流行状況を詳細に把握し、対策立案に貢献しました。2020年から2021年にかけて、日本では他国と比較して感染者数が少なく推移したことが血清疫学調査により確認されています。

医療従事者は、これらのサーベイランス情報を活用することで、地域の感染症流行状況を把握し、診療方針の決定院内感染対策の強化予防接種スケジュールの調整などに役立てることができます。

国立感染症研究所の病原体検出情報による診断支援体制

病原微生物検出情報(IASR)は、全国の地方衛生研究所と検疫所から送られる病原体検出報告に基づいて作成される重要な情報源です。この情報は医療従事者の診断や治療方針決定において極めて有用な支援ツールとなっています。

病原体検出情報の収集プロセスでは、地方衛生研究所が検体から分離した病原体の遺伝子解析結果や薬剤感受性試験結果などが国立感染症研究所に報告されます。これらのデータは毎日更新されるグラフや集計表として可視化され、月報として特集記事とともに医療従事者に提供されます。

特に注目すべきは、薬剤耐性菌の検出状況です。近年、多剤耐性結核菌やカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)などの薬剤耐性菌が世界的に問題となっており、これらの検出状況をリアルタイムで把握することは適切な治療選択において不可欠です。

ウイルス感染症の検出情報も重要な要素です。例えば、インフルエンザウイルスの型別検出状況により、流行株の変化を早期に把握し、ワクチン効果の予測やタミフル耐性株の出現監視が可能になります。新型コロナウイルスについても、変異株の検出状況が定期的に報告され、医療現場での対応方針決定に活用されています。

食中毒関連病原体の検出情報では、ノロウイルス、サルモネラ、カンピロバクターなどの検出状況が詳細に報告されます。食中毒患者の54%がノロウイルスによるものであり、年間を通した発生パターンの把握が重要です。

医療従事者は、これらの病原体検出情報を活用することで、経験的治療の選択感染管理策の強化アウトブレイク対応抗菌薬適正使用の推進に役立てることができます。特に、地域での特定病原体の検出増加を早期に察知することで、適切な予防策を講じることが可能になります。

国立感染症研究所の感染症流行予測調査の医療活用法

感染症流行予測調査(NESVPD)は、予防接種法に基づく定期接種対象疾病について実施される重要な調査です。この調査により、集団免疫の現況把握病原体検索を行い、長期的視野での疾病流行予測を可能にしています。

調査対象疾患は広範囲にわたり、ポリオ、インフルエンザ、日本脳炎、風疹、麻疹、ヒトパピローマウイルス感染症、水痘、B型肝炎、インフルエンザ菌感染症、肺炎球菌感染症、百日咳、ジフテリア破傷風、ロタウイルス感染症、新型コロナウイルス感染症が含まれています。

感受性調査では、年齢層別に抗体保有率を測定し、予防接種の効果や追加接種の必要性を評価します。例えば、麻疹の抗体保有率が低下している年齢層があることが判明した場合、その年齢層を対象とした予防接種キャンペーンの実施が検討されます。

感染源調査では、流行している病原体の型や遺伝子型を詳細に解析し、ワクチン株との一致度を評価します。インフルエンザワクチンの株選定や効果予測において、この情報は極めて重要です。

COVID-19パンデミック期間中には、この調査システムが新型コロナウイルス感染症の疫学的特徴の把握にも活用されました。日本における小児感染症の発生動向の変化が詳細に分析され、感染対策の効果が科学的に評価されました。

医療従事者は、感染症流行予測調査の結果を活用することで、予防接種スケジュールの最適化ハイリスク患者の特定集団感染対策の立案ワクチン効果の評価に役立てることができます。特に、地域の抗体保有率データは、個別の患者に対する予防接種推奨や感染リスク評価に直接活用できます。

国立感染症研究所のレファレンス機能を活用した高度診断支援

国立感染症研究所のレファレンス業務は、感染症診断において最も高度な技術支援を提供する機能です。この業務は、病原体等の保管・分与診断・検査用試薬の標準化標準品の製造・分与専門技術者教育検査精度評価情報交換などを包含しています。

確定診断支援では、地方衛生研究所や医療機関では判定困難な症例について、詳細な検査や解析を実施します。例えば、稀少な病原体の同定、薬剤耐性遺伝子の詳細解析、病原体の遺伝系統解析などが行われます。これにより、医療従事者は確実な診断に基づいた治療を提供できます。

標準品・参照品の提供機能では、診断用試薬の品質管理や検査精度向上のために必要な生物学的参照品を全国の検査機関に提供しています。これにより、全国の医療機関での検査結果の標準化と信頼性確保が図られています。

国際連携によるレファレンス機能も重要な特徴です。世界保健機関(WHO)やOIE(国際獣疫事務局)との連携により、国際的な感染症動向の把握と対応策の共有が行われています。特に、新興感染症や人獣共通感染症について、国際的な知見を集約し、日本の医療現場に迅速に提供しています。

アウトブレイク調査支援では、医療機関や地域で発生した集団感染事例について、疫学調査や病原体解析による支援を行います。COVID-19パンデミック時には、病院内クラスターの調査分析により、効果的な感染制御策の立案に貢献しました。

医療従事者がレファレンス機能を活用する場面として、診断困難症例の相談院内感染アウトブレイクの調査依頼新しい診断法の導入支援検査精度の向上などがあります。特に、稀少感染症や新興感染症の診断においては、このレファレンス機能が医療の質向上に直結しています。

国立感染症研究所の国際協力による世界的感染症動向の把握

国立感染症研究所の国際協力機能は、グローバル化が進む現代において、海外からの感染症流入リスクや世界的な感染症動向を把握する上で不可欠な役割を担っています。

WHO等国際機関との連携では、世界保健機関、米国疾病予防管理センター(CDC)、欧州疾病予防管理センター(ECDC)などとの情報交換や共同研究が活発に行われています。これにより、海外での新興感染症発生情報や対策技術の共有が可能になっています。

胃腸炎疾患被害実態研究の国際協力では、2004年に設立された国際的な研究枠組みに日本も参加し、食品由来感染症の国際比較研究を実施しています。この研究により、各国のサーベイランス手法の統一化や被害実態推定の精度向上が図られています。

アジア太平洋地域との協力では、特に感染症が多発する東南アジア諸国との技術協力や人材交流が重要な位置を占めています。日本の感染症対策技術やサーベイランス手法を途上国に移転することで、地域全体の感染症対策能力向上に貢献しています。

新興感染症対応の国際協力では、SARS、MERS、COVID-19などの新興感染症発生時に、国際的な情報共有ネットワークを活用した迅速な対応を行っています。特に、ウイルスの遺伝子解析結果や臨床所見の共有により、効果的な対策立案を支援しています。

医療従事者にとって、国際協力による情報は海外渡航者の診療輸入感染症の診断新興感染症への備え国際的な感染症動向の把握に直接活用できます。特に、海外で流行している感染症の潜伏期間や症状の特徴を事前に把握することで、適切な診断と治療を提供できます。

国立健康危機管理研究機構の公式サイトでは、最新の感染症情報と国際協力活動の詳細が提供されています