止痢薬の一覧と分類
止痢薬の作用機序による分類
止痢薬は作用機序の違いにより、以下の5つの主要カテゴリーに分類されます。
収斂薬
- タンニン酸アルブミン(タンナルビン)
- 次硝酸ビスマス
収斂薬は腸管内でタンパク質と結合し保護膜を形成することで、腸管粘膜を保護し炎症を抑制します。タンニン酸アルブミンは膵液によって分解されタンニン酸が遊離され、腸管内のタンパク質と結合して保護膜を作ります。この保護膜により腸管粘膜が刺激から守られ、過剰な腸の運動が抑えられます。
次硝酸ビスマスも同様に腸内のタンパク質と結合し皮膜を形成し、腸への刺激を抑えることで二次的に蠕動を抑制します。さらに腸内での異常発酵により生じる硫化水素に結合し、無毒化する働きも持っています。
吸着薬
- 天然ケイ酸アルミニウム(アドソルビン)
- 薬用炭
吸着薬は胃・腸管内における異常有害物質、過剰の水分、粘液などを吸着・除去し、有害物質が腸管から吸収されるのを防ぎます。天然ケイ酸アルミニウムは腸内でゲル化して腸粘膜を保護する作用もあり、消化液や消化酵素も吸着するため、他の薬剤との併用時は1〜2時間の間隔を空ける必要があります。
腸運動抑制薬
- ロペラミド塩酸塩(ロペミン)
腸管に作用し蠕動運動を抑えることで、腸管からの水分吸収を促進し下痢や軟便を改善します。腸壁内のオピオイドμ受容体に作用してアセチルコリンの遊離を抑え、腸管の蠕動を抑制します。
殺菌薬
- ベルベリン塩化物水和物(キョウベリン)
- ベルベリン塩化物水和物+ゲンノショウコエキス(フェロベリン)
細菌性下痢に対して殺菌作用を示し、腸内の病原菌を減少させることで下痢症状を改善します。
止痢薬の副作用と注意点
各止痢薬には特有の副作用と注意点があり、適切な服薬指導が重要です。
タンニン酸アルブミンの注意点
タンニン酸アルブミンは牛乳由来のアルブミン(乳性カゼイン)を使用しているため、牛乳アレルギー患者には禁忌となっています。また、タンニン酸が鉄と結合しタンニン酸鉄となり相互に作用が低下するため、鉄剤との併用は禁忌です。
ビスマス製剤の神経障害リスク
次硝酸ビスマスなどのビスマス製剤では、神経障害の副作用が現れることがあります。ビスマス塩類1日3〜20gの連続経口投与(1ヶ月〜数年間)により、間代性痙攣、昏迷、錯乱、運動障害等の精神神経系障害が報告されており、1ヶ月に20日程度の投与にとどめることが推奨されています。
天然ケイ酸アルミニウムの服用方法
アドソルビンは無味・無臭ですが砂のようなザラザラした感覚が残り、非常に飲みにくい薬剤です。水には溶けず、ジュースに混ぜても飲みにくいため、アイスやヨーグルト、ゼリーに混ぜると服用しやすくなります。透析患者には長期投与によりアルミニウム脳症、アルミニウム骨症のリスクがあるため禁忌です。
ロペラミド塩酸塩の運転制限
ロペラミド塩酸塩では眠気・めまいの副作用があることから、自動車の運転等危険を伴う機械の操作には注意が必要です。
止痢薬の使い分けと適応
下痢の原因と病態に応じて、適切な止痢薬を選択することが重要です。
感染性下痢への対応
細菌性腸炎が疑われる場合は、ベルベリン塩化物などの殺菌薬が第一選択となります。ただし、腸管出血性大腸菌(O157等)による出血性大腸炎では、止痢薬の使用により毒素の排出が遅れ、溶血性尿毒症症候群(HUS)のリスクが高まる可能性があるため注意が必要です。
機能性下痢への対応
過敏性腸症候群(IBS)などの機能性下痢では、腸運動抑制薬であるロペラミド塩酸塩が有効です。IBSの治療では食事療法の効果が薬物療法を上回る場合もあり、食物繊維の摂取調整と併用することで効果的な治療が期待できます。
炎症性腸疾患での注意
潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患では、病態を悪化させる可能性があるため、止痢薬の使用は慎重に判断する必要があります。
小児への投与
小児には年齢に応じた製剤の選択が重要です。ロペミン小児用細粒0.05%は小児専用の製剤として用意されており、適切な用量調整が可能です。
止痢薬の薬価と商品名一覧
医療経済の観点から、各止痢薬の薬価情報は処方時の判断材料として重要です。
分類 | 一般名 | 商品名 | 薬価 |
---|---|---|---|
腸運動抑制薬 | ロペラミド塩酸塩 | ロペミンカプセル1mg | 9.80円 |
ロペミン小児用細粒0.05% | 14.30円/g | ||
ロペラミド塩酸塩錠1mg「あすか」 | – | ||
収斂薬 | タンニン酸アルブミン | タンナルビン | – |
タンニン酸アルブミン「ニッコー」 | 9.60円/g | ||
次硝酸ビスマス | 次硝酸ビスマス | – | |
次没食子酸ビスマス | 次没食子酸ビスマス「ケンエー」 | – | |
吸着薬 | 天然ケイ酸アルミニウム | アドソルビン原末 | – |
薬用炭 | 薬用炭「日医工」 | – | |
殺菌薬 | ベルベリン塩化物 | キョウベリン錠100 | 7.20円/錠 |
複合薬 | ベルベリン+ゲンノショウコ | フェロベリン配合錠 | – |
ジェネリック医薬品の選択肢
多くの止痢薬でジェネリック医薬品が利用可能であり、医療費削減に貢献します。特にロペラミド塩酸塩では複数のメーカーから後発品が発売されており、患者の経済的負担軽減に寄与しています。
薬価差の活用
同一成分でも製剤や用量により薬価が異なるため、患者の状態と経済性を考慮した処方選択が重要です。小児用製剤は一般的に単価が高めに設定されているため、適応と用量を慎重に検討する必要があります。
止痢薬の相互作用と併用禁忌
止痢薬の処方時には、他剤との相互作用を十分に検討する必要があります。
タンニン酸アルブミンと鉄剤
タンニン酸アルブミンの添付文書では鉄剤との併用は禁忌とされています。タンニン酸が鉄と結合してタンニン酸鉄を形成し、相互に作用が低下するためです。一方、鉄剤の添付文書では「タンニン酸を含有するもの」として併用注意の扱いとなっており、添付文書間での記載に違いがあることに注意が必要です。
天然ケイ酸アルミニウムの薬物吸着
アドソルビンは消化液や消化酵素も吸着するため、他の薬剤との併用時は基本的に1〜2時間の間隔を空ける必要があります。特にニューキノロン系抗菌薬、テトラサイクリン系抗生物質とはアルミニウムによるキレート形成のため併用注意となっています。
抗コリン薬との併用
ロペラミド塩酸塩と抗コリン薬を併用する場合、腸管麻痺のリスクが高まる可能性があります。特に高齢者では便秘や腸閉塞のリスクが増大するため、慎重な経過観察が必要です。
プロトンポンプ阻害薬との相互作用
ビスマス製剤はプロトンポンプ阻害薬と併用することで、ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌効果を高める可能性がありますが、長期併用による神経毒性のリスクも考慮する必要があります。
CYP3A4阻害薬との併用
ロペラミド塩酸塩はCYP3A4で代謝されるため、CYP3A4阻害薬(キニジン、リトナビルなど)との併用により血中濃度が上昇し、中枢神経系の副作用が増強される可能性があります。
止痢薬の適切な選択と使用には、これらの相互作用を十分に理解し、患者の併用薬剤を慎重に確認することが不可欠です。薬剤師による服薬指導において、これらの情報を適切に患者に伝えることで、安全で効果的な薬物療法の実現が可能となります。