可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬の一覧と特徴
可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬の作用機序と分類
可溶性グアニル酸シクラーゼ(soluble Guanylate Cyclase: sGC)刺激薬は、NO-sGC-cGMP(一酸化窒素-可溶性グアニル酸シクラーゼ-環状グアノシン一リン酸)経路を標的とする薬剤です。この経路は血管拡張や抗炎症作用など、心血管系において重要な役割を担っています。
sGC刺激薬は大きく2つのタイプに分類されます。
- sGC刺激薬:NOの有無にかかわらずsGCを直接刺激
- sGC活性化薬:酸化したsGCを還元型に戻し、NOに対する感受性を回復
これらの薬剤はcGMPの産生を促進することで、血管平滑筋の弛緩を引き起こし、血管拡張作用を示します。また、心筋リモデリングの抑制や抗炎症作用なども報告されており、心不全や肺高血圧症などの病態改善に寄与します。
sGC刺激薬は従来のPDE5阻害薬(シルデナフィルなど)とは異なり、cGMPの産生自体を増加させるという特徴があります。これにより、PDE5阻害薬が効きにくい症例においても効果が期待できます。
可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬 一覧と薬価比較
現在、日本で承認されている可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬は以下の2種類です。
1. リオシグアト(アデムパス®)
- 製造販売:バイエル薬品
- 剤形・規格。
- アデムパス錠0.5mg:685.9円/錠
- アデムパス錠1.0mg:1,371.7円/錠
- アデムパス錠2.5mg:3,429.3円/錠
2. ベルイシグアト(ベリキューボ®)
- 製造販売:バイエル薬品
- 剤形・規格。
- ベリキューボ錠2.5mg:130.5円/錠
- ベリキューボ錠5mg:228.7円/錠
- ベリキューボ錠10mg:398.7円/錠
両剤を比較すると、同じ製薬会社から販売されていますが、薬価に大きな差があることがわかります。アデムパスは高額である一方、ベリキューボは比較的安価に設定されています。この価格差は適応疾患の違いや開発時期、市場規模などが影響していると考えられます。
薬価は2025年2月時点のものであり、今後の薬価改定により変動する可能性があります。
可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬の適応疾患と臨床エビデンス
可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬の2剤は、それぞれ異なる適応疾患を持っています。
リオシグアト(アデムパス®)の適応疾患
- 肺動脈性肺高血圧症(PAH)
- 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)
リオシグアトは、PATENT-1試験およびCHEST-1試験において、それぞれPAHおよびCTEPH患者の運動耐容能(6分間歩行距離)を有意に改善することが示されました。特にCTEPHに対しては、長らく有効な薬物療法がなかったため、その登場は画期的でした。
ベルイシグアト(ベリキューボ®)の適応疾患
- 左室駆出率45%未満の慢性心不全
ベルイシグアトは、VICTORIA試験において、標準治療を受けている慢性心不全患者に対して、心血管死または心不全による入院の複合エンドポイントを有意に減少させることが示されました(ハザード比0.90、95%信頼区間0.82-0.98、P=0.019)。ただし、リスク軽減比が小さいことから、その臨床的意義については慎重な評価が必要とされています。
日本人サブグループ解析(n=319)では、主要評価項目のハザード比は0.93(95%信頼区間0.63-1.39)であり、全体集団と同様の傾向が示されましたが、統計学的有意差は認められませんでした。
可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬の使い分けと投与時の注意点
可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬を使用する際の注意点と使い分けについて解説します。
リオシグアト(アデムパス®)の投与
- 開始用量:1回1.0mg、1日3回
- 維持用量:1回2.5mg、1日3回(最大)
- 2週間ごとに0.5mgずつ増量
- 低血圧に注意し、収縮期血圧95mmHg以上を目安に投与
ベルイシグアト(ベリキューボ®)の投与
- 開始用量:1回2.5mg、1日1回
- 維持用量:1回10mg、1日1回(目標)
- 2週間ごとに倍量に増量
- 収縮期血圧に応じた用量調節が必要
両剤とも低血圧に注意が必要であり、収縮期血圧のモニタリングが重要です。特にベルイシグアトでは、収縮期血圧が90mmHg未満で低血圧症状がある場合は投与を中断する必要があります。
また、以下の点に注意が必要です。
- PDE5阻害薬(シルデナフィル、タダラフィルなど)との併用は禁忌
- 硝酸薬との併用は低血圧リスクが高まるため注意
- 腎機能障害患者では用量調節が必要な場合がある
- 妊婦または妊娠している可能性のある女性への投与は禁忌
使い分けとしては、適応疾患に基づいて選択します。肺高血圧症にはリオシグアト、慢性心不全にはベルイシグアトを使用します。両疾患を合併している場合は、個々の患者の状態に応じて慎重に判断する必要があります。
可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬と他の心不全・肺高血圧症治療薬との併用戦略
可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬は、他の治療薬と併用することで、より効果的な治療が期待できます。ここでは、肺高血圧症と心不全それぞれの治療における併用戦略について解説します。
肺高血圧症治療における併用戦略
肺高血圧症の治療では、以下の経路を標的とした薬剤が使用されます。
経路 分類 代表薬 PGI2経路 PGI2製剤 エポプロステノール(フローラン®)、イロプロスト(ベンテイビス®)、トレプロスチニル PGI2受容体作動薬 セレキシパグ(ウプトラビ®) NO経路 PDE5阻害薬 シルデナフィル(レバチオ®)、タダラフィル(アドシルカ®) sGC刺激薬 リオシグアト(アデムパス®) エンドセリン経路 エンドセリン受容体拮抗薬 マシテンタン(オプスミット®)、ボセンタン(トラクリア®)、アンブリセンタン(ヴォリブリス®) リオシグアトはPDE5阻害薬との併用は禁忌ですが、エンドセリン受容体拮抗薬やPGI2経路の薬剤との併用は可能です。特に重症例では、異なる経路の薬剤を併用する「combination therapy」が推奨されています。
心不全治療における併用戦略
慢性心不全の治療では、以下の薬剤との併用が考えられます。
ベルイシグアトは、VICTORIA試験において、これらの標準治療に追加して使用されました。特に、最近の心不全入院歴がある患者や、NT-proBNPが高値の患者でより効果が期待できる可能性があります。
併用における注意点として、低血圧リスクの増加があります。特に硝酸薬との併用時には注意が必要です。また、腎機能障害患者では用量調節を考慮すべきです。
臨床現場では、患者の状態(血圧、腎機能、症状の重症度など)を総合的に評価し、最適な併用療法を選択することが重要です。
ベルイシグアトの詳細な作用機序と臨床試験結果についての参考資料
可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬の今後の展望と開発中の新薬
可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬は比較的新しい薬剤クラスであり、今後さらなる発展が期待されています。現在の課題と将来の展望について考察します。
現在の課題
- 適応拡大の可能性。
- 心腎連関を考慮した腎保護効果の検証
- 心房細動や肺高血圧症を伴う心不全への適応
- 収縮性心不全(HFpEF)への効果検証
- 使用タイミングの最適化。
- 急性期からの導入の是非
- 予防的使用の可能性
- 他の心不全治療薬との使用順序
- バイオマーカーによる効果予測。
- cGMP値や一酸化窒素代謝物の測定
- 治療効果予測因子の同定
開発中の新薬
現在、複数のsGC刺激薬・活性化薬が開発段階にあります。
- オルシグアト:第II相試験が進行中の新規sGC刺激薬
- ペリシグアト:sGC活性化薬として開発中
- ネシグアト:高い選択性を持つsGC刺激薬
これらの新薬は、既存薬よりも選択性や効果の持続性が向上している可能性があり、より幅広い適応や使いやすさが期待されています。
将来の展望
sGC刺激薬は、NO-sGC-cGMP経路の活性化という独自の作用機序を持つことから、従来の治療で効果不十分な患者に対する新たな選択肢となる可能性があります。特に、心不全と肺高血圧症の合併例や、腎機能障害を伴う症例など、複合的な病態を持つ患者への効果が期待されます。
また、長期的な臓器保護効果や生命予後改善効果についても、今後の研究が待たれるところです。リアルワールドデータの蓄積により、臨床試験では明らかにならなかった効果や副作用プロファイルが明らかになることも期待されます。
医療経済的な観点からも、入院回数の減少や生活の質の向上による医療費削減効果が検証されるべきでしょう。
可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬の副作用プロファイルと安全性モニタリング
可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬を安全に使用するためには、その副作用プロファイルを理解し、適切なモニタリングを行うことが重要です。
主な副作用
- 低血圧関連
- 症候性低血圧
- 浮動性めまい
- 失神
- 消化器系
- 消化不良
- 胃食道逆流性疾患
- 悪心・嘔吐
- 血液系
- 貧血
- 神経系
- 頭痛
ベルイシグアト(ベリキューボ®)の臨床試験では、1%以上の頻度で報告された副作用として、浮動性めまい、消化不良、胃食道逆流性疾患、悪心、嘔吐などが挙げられています。また、1%未満の頻度で頭痛が報告されています。
リオシグアト(アデムパス®)では、低血圧、頭痛、消化不良、浮動性めまい、悪心などが主な副作用として報告されています。
安全性モニタリングのポイント
- 血圧モニタリング
- 投与開始時および増量時には必ず血圧測定
- 収縮期血圧90mmHg未満では注意が必要
- 低血圧症状(めまい、ふらつき、失神など)の確認
- 腎機能・肝機能のモニタリング
- 定期的な腎機能検査(eGFR、血清クレアチニン)
- 肝機能検査(AST、ALT、ビリルビンなど)
- 貧血のモニタリング
- ヘモグロビン値の定期的な確認
- 特に高齢者や腎機能障害患者では注意
- 薬物相互作用の確認
- PDE5阻害薬との併用禁忌
- 硝酸薬との併用時の注意
- CYP450を介した相互作用の確認
特別な患者集団での注意点
- 高齢者
- 低血圧リスクが高いため、慎重な用量調節
- 転倒リスクの評価と対策
- 腎機能障害患者
- 重度の腎機能障害(eGFR<30mL/min/1.73m²)では慎重投与
- 薬物動態の変化に注意
- 肝機能障害患者
- 中等度以上の肝機能障害では用量調節が必要
- Child-Pugh分類Cの患者では禁忌
- 妊婦・授乳婦
- 妊婦または妊娠している可能性のある女性への投与は禁忌
- 授乳中の投与は避けるべき
安全性モニタリングは個々の患者の状態に応じて調整する必要があります。特に、複数の合併症を持つ患者や多剤併用している患者では、より慎重な観察が求められます。
以上、可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激薬の一覧と特徴について解説しました。これらの薬剤は、心不全や肺高血圧症の治療において重要な選択肢となっており、適切な使用により患者の予後改善が期待できます。今後のさらなる研究と臨床経験の蓄積により、これらの薬剤の位置づけがより明確になることが期待されます。