心膜の病気一覧と種類
心膜疾患とは、心臓を袋状に包む柔軟な2層の膜(心膜)が侵される病気の総称です。心膜は心臓を本来の位置に保ち、過度の血液流入を防ぎ、胸部の感染症から心臓を守る重要な役割を担っています。しかし、心膜は生命維持に不可欠なものではなく、除去されても心機能への影響は限定的です。
正常な状態では、2層の心膜の間には潤滑液が含まれ、互いに滑りやすくなっています。この間隔は非常に狭いのですが、疾患によってはこの空間(心膜腔)に余分な体液が貯まり、拡大することがあります。
心膜疾患の原因は多岐にわたり、感染症、外傷、薬剤、がんの転移などが挙げられます。まれに先天的に心膜がない場合や、弱い部分や穴などの異常がみられることもあります。
心膜炎の症状と原因
心膜炎は心膜の最も一般的な疾患で、心膜に炎症が生じる状態です。主な症状としては以下が挙げられます。
- 胸痛(特に深呼吸や体位変換時に悪化)
- 発熱
- 全身倦怠感
- 呼吸困難
心膜炎の原因は多様で、以下のようなものがあります。
- ウイルス感染:最も一般的な原因で、インフルエンザウイルス(オルソミクソウイルス科)などが関与します
- 細菌感染:肺炎球菌、ブドウ球菌などによる感染
- 結核:肺結核患者の約1%に合併するとされています
- 自己免疫疾患:関節リウマチ、全身性エリテマトーデスなど
- 心筋梗塞後:心筋梗塞の合併症として発症することがあります
- 腎不全:尿毒症性心膜炎として知られています
- 放射線治療:胸部への放射線治療後に発症することがあります
- 薬剤性:特定の薬剤による副作用
結核性心膜炎は特に注目すべき病態で、臨床的に4つの病期に分かれます。
- 線維性浸出液の形成期(多核球優位の細胞浸潤)
- 漿液性浸出液の形成期(リンパ球優位の細胞浸潤)- この時期に診断されることが多い
- 心嚢液の吸収および乾酪壊死の形成・心膜の肥厚期
- 収縮性心膜炎への移行期
心膜炎の診断には、症状の評価、心電図検査、胸部X線検査、心エコー検査などが用いられます。治療は原因に応じて行われ、抗炎症薬、抗生物質、ステロイド剤などが使用されます。
心嚢液貯留と心タンポナーデの危険性
心嚢液貯留とは、心膜の2層間(心膜腔)に液体が過剰に貯まった状態を指します。通常、心膜腔には少量の液体(15〜50ml程度)が存在しますが、様々な原因によってこの量が増加することがあります。
心嚢液貯留の主な原因には以下のようなものがあります。
- 心膜炎(感染性、自己免疫性など)
- 悪性腫瘍(肺がん、乳がん、白血病、リンパ腫など)
- 心筋梗塞
- 心臓手術後
- 外傷
- 甲状腺機能低下症
- 腎不全
- 薬剤性
心嚢液貯留が急速に進行すると、心タンポナーデという生命を脅かす緊急事態に発展する可能性があります。心タンポナーデは、心嚢内に大量の液体が貯まることで心嚢内圧が上昇し、心臓の拡張が妨げられ、全身への血液供給が減少する状態です。
心タンポナーデの主な症状には以下があります。
- 呼吸困難(特に横になると悪化)
- 胸痛
- 気分不快
- 食欲低下
- 頻脈
- 低血圧
- 頸静脈怒張
- 奇脈(吸気時に血圧が著しく低下する現象)
心嚢液貯留が多く貯まっている患者の7〜10%が心タンポナーデを起こす危険があるとされています。急性だけでなく、慢性の経過でも心タンポナーデが発生すると命に関わることがあるため、急に息切れがひどくなったり、顔色が悪くなったりした場合には早急に医療機関を受診する必要があります。
診断には心エコー検査が最も有用で、治療としては心膜穿刺(心嚢ドレナージ)が行われます。これは、針を用いて心嚢内の液体を排出する処置です。原因疾患の治療も並行して行われます。
収縮性心膜炎の診断と治療法
収縮性心膜炎は、心膜に炎症が起こった結果、心膜が硬くなって伸び縮みできなくなり、心臓の動きが制限されて全身に送ることのできる血液量が減少する状態です。この疾患は慢性的な経過をたどることが多く、診断が難しいケースもあります。
収縮性心膜炎の主な原因には以下があります。
- 過去の心膜炎:特に結核性心膜炎や化膿性心膜炎後
- 心臓手術:開胸手術後の合併症として
- 放射線治療:胸部への放射線照射後
- 特発性:原因不明のケース
- 全身性疾患:関節リウマチなどの自己免疫疾患
収縮性心膜炎の主な症状には以下があります。
診断には以下の検査が用いられます。
- 心エコー検査
- 心臓CT・MRI検査
- 心臓カテーテル検査
- 心膜生検
滲出性収縮性心膜炎は、緊張性の心膜液貯留による心タンポナーデと、臓側心膜による緊縮が随伴する稀な心嚢症候群です。この状態では、心膜穿刺術後も右房圧と拡張末期の右室圧および左室圧が高値を示し、特徴的な「dip and plateau」パターンが観察されます。
収縮性心膜炎の治療は、症状の重症度や原因によって異なります。軽度の場合は利尿薬などの薬物療法が行われますが、症状が進行した場合や薬物療法で改善しない場合には外科的治療(心膜切除術)が必要となります。心膜切除術は、硬化した心膜を取り除くことで心臓の動きを改善させる手術です。
心膜の線維化と心膜血腫の特徴
心膜の線維化は、心膜が厚い異常組織に変化する病態です。この状態は様々な原因によって引き起こされ、心臓機能に影響を及ぼす可能性があります。
心膜の線維化の主な原因には以下があります。
- 感染性心膜炎:特に化膿性心膜炎(膿を含む心嚢液を伴う)後に発生することがあります
- 全身性リウマチ性疾患:関節リウマチなどに合併することがあります
- 悪性腫瘍:高齢者では悪性腫瘍が原因となることが多いです
- 心筋梗塞:心筋梗塞後に心膜の線維化が生じることがあります
- 結核:結核性心膜炎後の合併症として発生することがあります
心膜の線維化は、収縮性心膜炎とは異なり、引き起こされる構造的な損傷が少なく、心臓のポンプ機能が損なわれにくい傾向があります。しかし、進行すると心臓の動きを制限し、心不全症状を引き起こす可能性があります。
一方、心膜血腫は心膜内に血液が貯まった状態で、以下のような原因で発生します。
- 胸部の外傷
- 医療処置(心臓カテーテル検査やペースメーカーの植込みなど)による損傷
- 胸部大動脈瘤の破裂
- 抗凝固療法中の合併症
心膜血腫は、心膜炎、心膜の線維化、または心タンポナーデにつながる可能性があり、迅速な診断と治療が必要です。診断には心エコー検査やCT検査が用いられ、治療は原因や重症度に応じて保存的治療から外科的治療まで様々です。
心膜疾患と先天性心膜異常の関連性
心膜疾患には、後天的なものだけでなく、先天的な異常も含まれます。これらは稀ではありますが、重要な臨床的意義を持つことがあります。
先天性心膜異常には以下のようなものがあります。
- 先天性心膜欠損症:心膜の一部または全体が先天的に欠損している状態です。多くは左側心膜の部分欠損で、無症状のことが多いですが、心臓のヘルニアを引き起こす可能性があります。
- 心膜嚢腫:心膜から発生する良性の嚢胞性腫瘍で、多くは無症状ですが、大きくなると周囲の臓器を圧迫して症状を引き起こすことがあります。
- 心膜ヘルニア:心膜の弱い部分や穴から心臓の一部や太い血管が突出する状態です。これは非常に危険な状態で、数分以内に死に至る可能性があります。通常、外科的修復が必要となります。
先天性心膜欠損症の多くは無症状で、偶然の画像検査で発見されることが多いですが、一部の患者では以下のような症状が現れることがあります。
- 胸痛
- 動悸
- 呼吸困難
- 失神
診断には胸部X線検査、CT検査、MRI検査などが用いられます。治療は症状や欠損の程度によって異なり、無症状の小さな欠損では経過観察のみが行われることが多いですが、症状がある場合や合併症のリスクが高い場合には外科的修復が検討されます。
心膜嚢腫は通常良性で、多くは無症状ですが、大きくなると以下のような症状を引き起こすことがあります。
- 胸痛
- 咳嗽
- 呼吸困難
- 動悸
治療は症状の有無や嚢腫の大きさによって異なり、無症状の小さな嚢腫では経過観察が行われることが多いですが、症状がある場合や大きな嚢腫では外科的切除が検討されます。
先天性心膜異常は稀ではありますが、適切な診断と管理が重要です。特に心膜ヘルニアのような危険な状態では、早期の外科的介入が生命予後を改善する可能性があります。
心膜疾患は多様であり、適切な診断と治療が重要です。心膜に関連する症状がある場合は、専門医による評価を受けることをお勧めします。