四環系抗うつ薬 一覧と特徴的な作用機序

四環系抗うつ薬の一覧と特徴

四環系抗うつ薬の基本情報
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化学構造

4つの環状構造を持つ抗うつ薬で、三環系抗うつ薬から改良された薬剤群

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主な作用

ノルアドレナリン神経系に作用し、抗ヒスタミン作用も持つ

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日本での使用

マプロチリン、ミアンセリン、セチプチリンの3種類が承認

四環系抗うつ薬は、化学構造に4つの環状構造を持つことからその名前がついています。1960年代から1970年代にかけて開発され、三環系抗うつ薬の副作用を軽減することを目的として誕生しました。特に心血管系の副作用やコリン作用による副作用が三環系抗うつ薬より少ないことが特徴です。

日本では現在、マプロチリン(ルジオミール)、ミアンセリン(テトラミド)、セチプチリン(テシプール)の3種類が臨床で使用されています。これらの薬剤はいずれも「うつ病・うつ状態」に対して保険適応が認められており、特に不眠を伴ううつ病患者に対して有用性が高いとされています。

四環系抗うつ薬 マプロチリンの特徴と作用機序

マプロチリン(商品名:ルジオミール)は、1964年にCIBA-GEIGY社(現ノバルティス社)によって開発された四環系抗うつ薬の先駆けとなる薬剤です。日本では、ルジオミール、クロンモリン、マプロミール、マプロチリン塩酸塩などの名称で処方されています。

マプロチリンの主な作用機序は、ノルアドレナリンの再取り込み阻害です。三環系抗うつ薬との大きな違いは、マプロチリンがノルアドレナリンに選択的に作用し、セロトニンやドパミンの取り込みをほとんど阻害しない点にあります。このため、セロトニン系の副作用が比較的少ないという特徴があります。

用法・用量としては、通常成人1日30〜75mgを1〜3回に分けて経口投与します。最高用量は150mgとされていますが、高齢者では少量から開始することが推奨されています。

副作用としては、抗ヒスタミン作用による眠気(5%程度)、抗コリン作用による口渇や便秘(10%程度)、めまい・頭痛(4%程度)などが報告されています。三環系抗うつ薬と比較すると抗コリン作用は軽度ですが、注意が必要です。

禁忌としては、閉塞隅角緑内障、本剤の成分に対する過敏症の既往歴、心筋梗塞の回復初期、てんかん等の痙攣性疾患またはこれらの既往歴、尿閉、MAO阻害剤の投与を受けている場合が挙げられます。特にてんかん既往がある場合や高齢者では、けいれんが誘発されやすくなることが報告されているため、慎重な使用が求められます。

四環系抗うつ薬 ミアンセリンの特性と臨床的位置づけ

ミアンセリン(商品名:テトラミド)は、1966年にオルガノン社(現MSD社)によって開発された四環系抗うつ薬です。興味深いことに、ミアンセリンは当初抗アレルギー薬として開発が進められていましたが、臨床試験中に喘息患者の抑うつ気分が改善する現象が観察され、抗うつ薬として開発方向が変更されました。

ミアンセリンの作用機序は他の抗うつ薬とは異なります。多くの抗うつ薬が持つ神経伝達物質の再取り込み阻害作用ではなく、シナプス前α2自己受容体を阻害することでノルアドレナリンの放出を促進するという独特のメカニズムを持っています。また、5-HT2A受容体や5-HT2C受容体に対する拮抗作用も持ち、これが抗不安作用や睡眠改善効果に関与していると考えられています。

用法・用量は、通常成人1日30〜60mgを1〜3回に分けて経口投与します。ただし、添付文書の用量通りに使用すると眠気が強すぎて服用継続が困難になる患者さんも少なくないため、実臨床では少量から慎重に開始されることが多いです。

副作用としては、眠気(6%、単回投与では16%)、口渇(3%、単回投与では11%)、めまい(2%、単回投与では9%)などが報告されています。この強い鎮静作用は副作用である一方、不眠症状を伴ううつ病患者には治療的に作用することもあります。

また、保険適応外ではありますが、せん妄状態の治療にも用いられることがあります。従来せん妄にはハロペリドールなどの抗精神病薬が使用されてきましたが、錐体外路症状などの副作用が問題でした。ミアンセリンはこうした副作用を起こさないため、特に高齢者のせん妄治療において有用性が注目されています。

四環系抗うつ薬 セチプチリンの開発背景と臨床応用

セチプチリン(商品名:テシプール)は、1974年にオランダで開発され、1989年以降日本でも「うつ病・うつ状態」に対して保険適応が認められています。日本では、テシプール、セチプチリンマレイン酸の名称で処方されています。

セチプチリンはミアンセリンから開発された薬剤で、化学構造や作用機序はミアンセリンに非常に類似しています。主な作用機序は、シナプス前α2アドレナリン自己受容体を阻害してノルアドレナリンの放出を増加させることです。また、抗セロトニン作用も有しており、セロトニン不耐性やセロトニン症候群後の治療における薬剤選択肢の一つとして挙げられることもあります。

用法・用量は、通常成人1日3〜6mgを1〜3回に分けて経口投与します。ミアンセリン同様、眠気などの副作用には個人差があるため、薬物療法に精通した医師による慎重な用量調整が必要です。

副作用としては、眠気(14%)、口渇(9%)、ふらつき(8%)、めまい(5%)などが報告されています。特に眠気の発現頻度が高いため、日中の投与には注意が必要です。

セチプチリンの特筆すべき特徴として、性機能障害をほとんど引き起こさないことが挙げられます。SSRIなどの他の抗うつ薬で性機能障害の副作用が問題となる場合、セチプチリンへの変更が検討されることもあります。

四環系抗うつ薬と三環系抗うつ薬の比較と選択基準

四環系抗うつ薬と三環系抗うつ薬は、化学構造や作用機序に類似点がありますが、いくつかの重要な違いがあります。

まず構造的には、四環系抗うつ薬はPEA(フェネチルアミン)骨格にベンゼン環を一つ追加して設計されており、これにより三環系抗うつ薬の持つ抗コリン作用などの副作用を軽減することに成功しています。

作用機序の面では、三環系抗うつ薬がセロトニンとノルアドレナリンの両方の再取り込みを阻害するのに対し、四環系抗うつ薬(特にマプロチリン)はノルアドレナリンに比較的選択的に作用します。また、ミアンセリンとセチプチリンは再取り込み阻害ではなく、α2受容体阻害によるノルアドレナリン放出促進という独自の作用機序を持っています。

副作用プロファイルの比較では、四環系抗うつ薬は三環系抗うつ薬と比較して以下の特徴があります。

  • 抗コリン作用(口渇、便秘、尿閉など)が比較的弱い
  • 心血管系への影響(起立性低血圧不整脈など)が少ない
  • 抗ヒスタミン作用(眠気、体重増加)は同等かやや強い
  • けいれん閾値低下作用は三環系と同様に注意が必要

これらの特性から、四環系抗うつ薬が特に有用と考えられる患者層

  1. 高齢者(心血管系副作用のリスクが低い)
  2. 不眠を伴ううつ病患者(鎮静作用が治療的に働く)
  3. 抗コリン作用による副作用に敏感な患者
  4. SSRIなどで性機能障害が問題となる患者

一方で、てんかんの既往がある患者や、日中の眠気が問題となる患者では注意が必要です。

四環系抗うつ薬の臨床的意義と現代うつ病治療における位置づけ

四環系抗うつ薬は、SSRIやSNRIなどの新世代抗うつ薬が主流となった現代のうつ病治療においても、特定の患者層に対して重要な選択肢であり続けています。

特に注目すべき臨床的意義として、以下の点が挙げられます。

  1. 不眠症状を伴ううつ病への有効性:四環系抗うつ薬の持つ抗ヒスタミン作用による鎮静効果は、不眠症状を伴ううつ病患者に対して有用です。睡眠薬の併用を減らせる可能性があり、依存性のリスクを低減できます。
  2. 抗うつ薬の併用療法としての有効性:特にミアンセリンは、他の抗うつ薬で十分な効果が得られない場合の併用療法として有効性が報告されています。作用機序の異なる薬剤を組み合わせることで、相乗効果が期待できます。
  3. 特殊な病態への対応:セロトニン不耐性やセロトニン症候群後の患者、性機能障害が問題となる患者など、SSRIやSNRIが使いにくい特殊な状況での選択肢となります。
  4. せん妄治療への応用:特にミアンセリンは、高齢者や身体合併症のあるせん妄状態に対して有効性が報告されており、抗精神病薬に比べて錐体外路症状などの副作用リスクが低いという利点があります。

一方で、四環系抗うつ薬の限界や課題

  • 強い眠気のため日中の服用が難しく、用量調整に専門的知識が必要
  • 抗うつ効果の発現までに2〜3週間を要する(他の抗うつ薬と同様)
  • マプロチリンでは高用量でけいれんリスクが増加する
  • 体重増加などの代謝系副作用のリスク

現代のうつ病治療アルゴリズムにおいては、通常SSRIやSNRIが第一選択とされることが多いですが、これらが無効または忍容性に問題がある場合、あるいは特定の症状プロファイル(不眠が顕著など)を持つ患者では、四環系抗うつ薬が重要な選択肢となります。

また、薬物相互作用の観点からも、四環系抗うつ薬(特にミアンセリンとセチプチリン)はCYP酵素に対する阻害作用が比較的弱く、多剤併用が必要な患者では有利な場合があります。

さらに、近年では薬物治療の個別化(Personalized Medicine)の観点から、患者の遺伝的背景や症状プロファイルに基づいた薬剤選択が注目されています。四環系抗うつ薬は、特定の患者サブグループに対して優れた効果を示す可能性があり、今後の研究の進展が期待されます。

マプロチリン(ルジオミール)の添付文書 – 医薬品医療機器総合機構

四環系抗うつ薬は、開発から半世紀近くが経過した現在でも、その独自の作用機序と特徴的な副作用プロファイルにより、うつ病治療の重要な選択肢として臨床現場で活用されています。特に、不眠を伴ううつ病や高齢者のうつ病、他の抗うつ薬で効果不十分な症例など、特定の状況下での有用性が評価されています。

薬物療法に精通した医師による適切な用量調整と副作用モニタリングのもとで使用することで、四環系抗うつ薬はうつ病治療の選択肢を広げ、患者QOLの向上に貢献することができるでしょう。