抗結核薬の種類と治療方法
抗結核薬の種類と分類について
抗結核薬は、結核菌(Mycobacterium tuberculosis)を殺菌または増殖抑制する薬剤です。日本では現在、約10種類の抗結核薬が使用されており、その抗菌力や重要度から主に3つのカテゴリーに分類されています。
一次抗結核薬(First-line drugs)は、結核治療の中心となる薬剤で、以下のものがあります。
- イソニアジド(INH):イスコチン、ヒドラ、イソニコチン酸ヒドラジド
- リファンピシン(RFP):リファジン
- リファブチン(RBT):ミコブティン(RFPの代替薬)
- ピラジナミド(PZA)
- ストレプトマイシン(SM):硫酸ストレプトマイシン
- エタンブトール(EB):エサンブトール、エブトール
これらの一次抗結核薬は、有効性が高く、副作用が比較的少ないため、初回治療の標準薬として使用されます。特にINHとRFPは結核治療の中心的な薬剤となっています。
二次抗結核薬には、レボフロキサシン(LVFX)、カナマイシン(KM)などがあり、一次抗結核薬が使用できない場合や薬剤耐性結核の治療に使用されます。
抗結核薬の作用機序と特徴
各抗結核薬は、結核菌に対して異なる作用機序を持っており、これが併用療法の基盤となっています。
イソニアジド(INH):細胞壁のミコール酸合成を阻害することで抗菌活性を示します。経口摂取後1〜2時間で最高血中濃度に達し、組織への移行性が良好で、胸水、腹水、血液脳関門を通過します。
リファンピシン(RFP):RNAポリメラーゼを阻害することで殺菌効果を示します。肺、喀痰、炎症のある髄膜などへの組織移行性も良好です。
ピラジナミド(PZA):酸性環境下で特に活性が高く、マクロファージ内の結核菌に対して効果的です。潜伏期の結核菌にも作用するため、治療期間の短縮に貢献します。
エタンブトール(EB):アラビノガラクタン合成を阻害し、細胞壁形成を妨げます。視神経障害の副作用に注意が必要です。
ストレプトマイシン(SM):リボソームの30Sサブユニットに結合してタンパク質合成を阻害します。注射剤のため、現在は使用頻度が減少しています。
これらの薬剤は、それぞれ異なる作用点を持つため、併用することで相乗効果を発揮し、耐性菌の出現を防ぐことができます。
抗結核薬による標準治療法と投与期間
結核の標準治療法は、複数の抗結核薬を併用することが基本です。これは薬剤耐性菌の発生を防ぐためであり、通常3〜4剤の併用療法が行われます。
現在の標準的な治療方法は以下の2つです。
(A)法:RFP + INH + PZAにSM(またはEB)の4剤併用で2ヶ月間治療後、RFP + INHで4ヶ月間治療する。総治療期間は6ヶ月。
(B)法:RFP + INHにSM(またはEB)の3剤併用で2ヶ月間治療後、RFP + INHで7ヶ月間治療する。総治療期間は9ヶ月。
原則として(A)法を用いますが、PZA使用不可の場合に限り、(B)法を用います。
また、以下のような場合には治療期間を3ヶ月延長することがあります。
これらの場合、(A)法は9ヶ月、(B)法は12ヶ月まで治療期間を延長します。
標準治療では、有効血中濃度の維持と直接監視下治療(DOTS)推進の観点から、一次抗結核薬は可能な限り1日1回投与を原則としています。
抗結核薬の新薬開発と多剤耐性結核への対応
多剤耐性結核(MDR-TB)や超多剤耐性結核(XDR-TB)の増加に伴い、新しい抗結核薬の開発が進められています。近年、約40年ぶりとなる新系統の抗結核薬がいくつか承認されました。
デラマニド(DLM):ニトロイミダゾール系の新薬で、2014年に欧州と日本で承認されました。ミコール酸合成阻害による細胞壁合成阻害作用を持ちますが、実際には結核菌特異的なニトロ還元酵素による代謝を受けて一酸化窒素を産生し、細胞傷害活性を示すと考えられています。
ベダキリン(TMC207):ジアリルキノリン系の新薬で、結核菌のATP合成酵素を阻害します。2012年にFDAに承認され、多剤耐性結核の治療に使用されています。
プレトマニド(PA-824):デラマニドと同じニトロイミダゾール系の新薬で、細胞壁合成阻害と呼吸毒性の二重の作用機序を持ちます。ベダキリンとリネゾリドとの併用療法が承認されています。
これらの新薬は、従来の薬剤に耐性を持つ結核菌に対しても効果を示すことが期待されています。特に、ベダキリン、プレトマニド、リネゾリドを組み合わせたBPaL療法は、XDR-TBに対する新たな治療選択肢として注目されています。
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抗結核薬の副作用と薬剤耐性菌対策
抗結核薬は効果的な治療薬である一方、様々な副作用を引き起こす可能性があります。主な副作用と対策について理解することは、治療の継続性と患者のQOL維持に重要です。
主な副作用。
- イソニアジド(INH):肝障害、末梢神経障害、薬剤性発熱
- リファンピシン(RFP):肝障害、消化器症状、体液・分泌物の赤色化
- ピラジナミド(PZA):高尿酸血症、肝障害、関節痛
- エタンブトール(EB):視神経障害(視力低下、色覚異常)
- ストレプトマイシン(SM):聴覚障害、前庭障害、腎障害
特にエタンブトールの視神経障害は用量依存性であり、最初の2ヶ月間は25mg/kg(最大1000mg/day)を投与しても良いが、視力障害に注意が必要です。3ヶ月目以降も継続投与する場合には15mg/kg(最大750mg/day)に減量することが推奨されています。
薬剤耐性菌対策。
薬剤耐性結核菌の出現を防ぐためには、以下の対策が重要です。
- 複数薬剤の併用:単剤治療は耐性菌出現のリスクが高いため、必ず複数の薬剤を併用します。
- 適切な投与量と期間:推奨される投与量と期間を厳守し、不適切な減量や中断を避けます。
- 直接監視下治療(DOTS):服薬確認を行うことで治療の遵守率を高めます。
- 薬剤感受性試験:治療開始前および治療経過中に薬剤感受性試験を実施し、適切な薬剤選択を行います。
- 新薬の適正使用:新薬は耐性獲得を防ぐため、適応を厳密に守って使用します。
薬剤耐性結核の治療では、薬剤感受性試験の結果に基づいて、少なくとも4〜5剤の有効薬剤を組み合わせた治療レジメンを構築することが重要です。治療期間も通常より長くなり、18〜24ヶ月に及ぶことがあります。
厚生労働省による結核治療のガイドラインでは、薬剤耐性結核の治療について詳細に解説されています
結核治療においては、適切な薬剤選択と治療レジメンの遵守が治療成功の鍵となります。特に多剤耐性結核の増加が懸念される現在、新薬の開発と適正使用、そして患者教育と服薬支援の重要性がますます高まっています。医療従事者は最新の治療ガイドラインを把握し、個々の患者に最適な治療を提供することが求められています。
結核は現在でも世界的な公衆衛生上の脅威であり続けていますが、適切な抗結核薬の使用と治療管理によって、多くの患者を救うことができます。特に日本では高齢者の結核が問題となっており、副作用のリスクも考慮した慎重な薬剤選択が必要です。今後も新たな抗結核薬の開発と、既存薬の最適な使用法の研究が続けられることで、結核制圧への道が開かれることが期待されています。