原発性アルドステロン症と高血圧の関係と診断治療

原発性アルドステロン症の基本と診断治療

原発性アルドステロン症の基礎知識
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疾患の定義

副腎からアルドステロンが自律的に過剰分泌される内分泌疾患

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疫学データ

高血圧患者の約5-10%を占め、日本では推定100万人以上の患者が存在

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主な症状

高血圧、低カリウム血症、代謝性アルカローシスなど

原発性アルドステロン症(Primary Aldosteronism:PA)は、副腎からアルドステロンというホルモンが自律的に過剰分泌される内分泌疾患です。かつては高血圧患者の約1%程度と考えられていましたが、近年の研究では高血圧患者全体の約5-10%を占めると報告されており、二次性高血圧の中で最も頻度の高い疾患の一つとなっています。

日本国内では本態性高血圧患者が約3,500万人存在すると言われており、そのうち5-10%が原発性アルドステロン症による二次性高血圧であると考えると、少なくとも100万人以上の患者が存在すると推測されます。2024年3月に東北大学から発表された研究によると、全国で推定400万人が罹患している可能性があるとの報告もあります。

アルドステロンは副腎皮質から分泌されるミネラルコルチコイドの一種で、腎臓の遠位尿細管に作用してナトリウムの再吸収とカリウムの排泄を促進します。このホルモンバランスの乱れが、原発性アルドステロン症における様々な症状や合併症の原因となっています。

原発性アルドステロン症の病型と原因

原発性アルドステロン症には主に以下の病型があります。

  1. アルドステロン産生腺腫(APA):副腎の片側に腺腫(良性腫瘍)が発生し、アルドステロンを過剰に産生するタイプです。狭義のコーン症候群とも呼ばれます。
  2. 特発性アルドステロン症(IHA):両側の副腎皮質が過形成を起こし、アルドステロンを過剰に産生するタイプです。
  3. 片側性副腎過形成(UAH):片側の副腎全体が過形成を起こすタイプです。
  4. グルココルチコイド奏効性アルドステロン症(GRA):遺伝性の疾患で、グルココルチコイドの投与により症状が改善します。
  5. アルドステロン産生癌腫(APC):まれですが、副腎の悪性腫瘍によるタイプもあります。

アルドステロン産生腺腫の発症メカニズムについては、近年の研究で遺伝子変異の関与が明らかになってきています。特にKCNJ5などの遺伝子変異が腫瘍内に存在することが確認されており、これらの変異はKチャネルやCaチャネルなど細胞内のイオン動態に関連するものが多く、これらの細胞内の変化がホルモン異常の原因になっていると考えられています。

一方、両側性副腎過形成のタイプは現時点ではほとんど原因が解明されていません。一部の家系内発症を認める症例では、CYP11B1/B2のキメラ遺伝子やKCNJ5遺伝子の胚細胞変異など、原因が同定されているものもありますが、さらなる研究が必要とされています。

原発性アルドステロン症の症状と合併症リスク

原発性アルドステロン症の主な症状は以下の通りです。

  • 高血圧:アルドステロンの過剰分泌によりナトリウムと水分が体内に貯留するため、血圧上昇が必発です。多くの患者は健診などで高血圧を指摘されることがきっかけで発見されます。
  • 低カリウム血症:アルドステロンの作用により腎臓でのナトリウム再吸収が亢進すると、代わりにカリウム排泄が亢進するため、重症例では低カリウム血症を呈します。低カリウム血症の出現率は必ずしも高くなく、患者の約50%未満とされていますが、塩分負荷や利尿薬使用により誘発されることもあります。
  • 代謝性アルカローシス:カリウム排泄に伴い水素イオンも排泄されるため、代謝性アルカローシスを呈することがあります。
  • 筋力低下や筋肉痛低カリウム血症による症状として、筋力低下や筋肉痛、しびれ感などが現れることがあります。
  • 多尿・夜間頻尿:アルドステロンの作用により腎臓での水分再吸収が亢進するため、多尿や夜間頻尿が生じることがあります。

原発性アルドステロン症の最も重要な特徴は、本態性高血圧と比較して心血管イベントのリスクが著しく高いことです。アルドステロン過剰は単に血圧を上昇させるだけでなく、直接的に心臓や血管に悪影響を及ぼします。具体的には、脳卒中、心房細動、冠動脈疾患、腎障害などの発症率が2〜4倍高いことが報告されています。

このため、原発性アルドステロン症の早期発見と適切な治療は、これらの重篤な合併症を予防するために非常に重要です。

原発性アルドステロン症の診断方法とスクリーニング

原発性アルドステロン症の診断は、スクリーニング検査、確定診断、病型診断の3段階で行われます。

1. スクリーニング検査

スクリーニングには血中のアルドステロンとレニンの測定が用いられます。アルドステロン/レニン比(ARR)が200以上(アルドステロンの単位がpg/ml、レニン活性の単位がng/ml/hrの場合)であれば、原発性アルドステロン症を疑います。

スクリーニング検査が推奨される患者は以下の通りです。

  • 重症高血圧(160/100 mmHg以上)の患者
  • 若年発症の高血圧患者
  • 降圧薬によるコントロールが不良の高血圧患者
  • 低カリウム血症を伴う高血圧患者
  • 家族歴のある高血圧患者
  • 副腎偶発腫瘍を有する高血圧患者

2. 確定診断

スクリーニング検査で陽性の場合、確定診断のための負荷試験を行います。主な負荷試験には以下のものがあります。

  • カプトプリル負荷試験
  • 生理食塩水負荷試験
  • フロセミド立位負荷試験
  • 経口食塩負荷試験

これらの負荷試験でアルドステロンの自律性分泌が確認されれば、原発性アルドステロン症と確定診断されます。

3. 病型診断

確定診断後、治療方針を決定するために病型診断を行います。まずCTやMRIなどの画像検査で副腎の形態を評価します。典型的な症例では副腎に直径1-2cmの腫瘍が見つかります。

しかし、画像検査だけでは腫瘍の機能性を評価できないため、副腎静脈サンプリング(AVS)というカテーテル検査が重要です。この検査では、左右の副腎静脈から血液を採取し、アルドステロン濃度を直接測定することで、過剰分泌側を特定します。

なお、2024年3月に東北大学の研究グループから、アルドステロン測定法の最新法(CLEIA法)に基づく新診断基準が発表されました。従来の暫定的な診断基準では、原発性アルドステロン症の6人に1人が見逃されていた可能性があるとのことで、新基準の普及が期待されています。

原発性アルドステロン症の治療法と予後

原発性アルドステロン症の治療は病型によって異なります。

1. アルドステロン産生腺腫(片側性)の場合

片側の副腎腫瘍が原因の場合は、腹腔鏡下副腎摘除術による外科的治療が第一選択となります。手術により病気を根治できる可能性があります。手術後、高血圧が完全に治癒する患者は約半数と言われており、高血圧罹患歴が短い症例や若年女性では高血圧の治癒率が高いとされています。

2. 両側性副腎過形成の場合

両側性副腎過形成の場合は、手術の適応とはならず、薬物療法が選択されます。主にアルドステロン拮抗薬(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬:MRB)による治療が行われます。

現在使用可能なアルドステロン拮抗薬には以下の2種類があります。

  • スピロノラクトン:効果が強いですが、男性に高用量で使用すると女性化乳房などの副作用が出やすくなります。
  • エプレレノン:スピロノラクトンと比較して選択性が高く、副作用が少ないという特徴があります。

これらの薬物治療は受容体拮抗薬による対症療法であり、アルドステロンの分泌自体は低下しないため根治治療とはなりません。長期的な服薬継続が必要です。

3. 特殊なケース

副腎腫瘍が原因の場合でも、高齢者や周術期リスクが高い患者、手術を希望しない患者などでは薬物治療を選択することもあります。ただし、この場合の長期予後については十分なエビデンスがないため、より注意深い経過観察が必要です。

予後について

適切な治療を行わない場合、脳卒中や虚血性心疾患など高血圧関連の合併症リスクが増大します。重要なのは、アルドステロン過剰に対する特異的な治療を行わず一般的な降圧薬のみで治療した場合も、これらの合併症リスクが高いままであるという点です。

副腎腫瘍が原因で手術により治癒が得られた場合は、合併症リスクから解放されます。薬物治療の場合も、適切に管理されていれば同様に合併症リスクを低減できますが、治療の継続が必要です。

原発性アルドステロン症と最新の遺伝子研究

原発性アルドステロン症の病態解明において、近年の遺伝子研究は重要な進展をもたらしています。特にアルドステロン産生腺腫(APA)における遺伝子変異の発見は、疾患メカニズムの理解を深めました。

2011年にKCNJ5遺伝子の体細胞変異がAPAの約40%で見つかったことを皮切りに、ATP1A1、ATP2B3、CACNA1D、CACNA1Hなど複数の遺伝子変異が次々と同定されています。これらの遺伝子はいずれも細胞内のイオンチャネルや輸送体に関連しており、変異によりカルシウムイオンの細胞内流入が増加し、アルドステロン合成酵素の発現が亢進することでアルドステロンの過剰産生が起こると考えられています。

特に日本人のAPA患者では、KCNJ5遺伝子変異の頻度が約70%と非常に高いことが特徴的です。この遺伝子変異を持つ患者は、若年女性に多く、腫瘍サイズが大きい傾向があります。

また、家族性高アルドステロン症(FH)と呼ばれる遺伝性の原発性アルドステロン症も研究が進んでいます。FHはこれまでに4つのタイプ(FH-I〜FH-IV)が同定されており、それぞれ異なる遺伝子変異が原因となっています。

これらの遺伝子研究の進展は、将来的には遺伝子型に基づいた個別化医療の可能性を開くものであり、より効果的な診断法や治療法の開発につながることが期待されています。

例えば、KCNJ5遺伝子変異を持つ患者に対しては、カルシウムチャネル遮断薬が有効である可能性が示唆されており、遺伝子検査に基づく薬剤選択が将来的に実現するかもしれません。

原発性アルドステロン症の見逃しと診断率向上への取り組み

原発性アルドステロン症は高血圧患者の5-10%を占める頻度の高い疾患であるにもかかわらず、実際の診断率は非常に低いのが現状です。日本では推定100万人以上の患者がいると考えられていますが、実際に診断されている患者数はその一部に過ぎません。

この「診断ギャップ」が生じる理由としては以下のような要因が考えられます。

  1. 症状の非特異性:原発性アルドステロン症の主症状は高血圧であり、特異的な症状に乏しいため見逃されやすい。
  2. 低カリウム血症の非必発性:かつては低カリウム血症が診断の重要な手がかりとされていましたが、実際には患者の半数以下にしか認められないため、正常カリウム血症の患者が見逃されやすい。
  3. スクリーニング検査の複雑さ:アルドステロン/レニン比の測定には様々な交絡因子(降圧薬、食塩摂取量、姿勢など)があり、適切な条件での測定が難しい。
  4. 専門的検査の必要性:確定診断には負荷試験や副腎静脈サンプリングなど専門的な検査が必要であり、一般診療では実施が困難。

診断率向上のための取り組みとしては、以下のような対策が進められています。

  • ガイドラインの整備と普及:日本内分泌学会や日本高血圧学会などによる診療ガイドラインの整備と普及。
  • 測定法の標準化:2024年3月に