副腎不全の診断と治療
副腎不全の症状と臨床徴候
副腎不全は、副腎から分泌されるステロイドホルモン(主にコルチゾール)の欠乏によって引き起こされる疾患です。その症状は非特異的であるため、しばしば見逃されやすい特徴があります。
主な症状には以下のようなものがあります。
これらの症状は徐々に進行することが多く、患者さん自身も「なんとなく調子が悪い」程度に感じていることがあります。また、ストレス時や感染症に罹患した際に症状が悪化することも特徴的です。
原発性副腎不全(アジソン病)では、皮膚や粘膜の色素沈着が特徴的な所見として現れることがあります。これはACTH(副腎皮質刺激ホルモン)の上昇によるもので、特に関節部や口腔内に目立ちます。一方、二次性副腎不全ではACTHが低下するため、色素沈着は見られません。
最近の研究では、副腎不全患者の約80%が診断前に何らかの精神症状(無気力、不安、うつ症状など)を経験しているという報告もあります。これらの症状が他の疾患と誤診されることも少なくありません。
副腎不全の診断基準とアプローチ
副腎不全の診断は、臨床症状の評価と生化学的検査の組み合わせによって行われます。診断のアプローチは以下のステップで進めることが推奨されています。
1. スクリーニング検査
まず疑わしい症状がある場合、以下の検査を行います。
早朝の血中コルチゾール値が4μg/dL未満であれば副腎不全の可能性が高く、18μg/dL以上であれば副腎機能は正常と判断できます。4~18μg/dLの場合は、さらなる負荷試験が必要です。
2. 確定診断のための負荷試験
迅速ACTH負荷試験は副腎不全の確定診断に最も広く用いられています。
- 合成ACTH(コートロシン)250μgを静脈内投与
- 投与前、投与30分後、60分後の血中コルチゾール値を測定
- 頂値が18μg/dL以上であれば正常反応
原発性と二次性の鑑別には、基礎ACTH値が重要です。
- ACTH高値(>100pg/mL)+ コルチゾール低値:原発性副腎不全
- ACTH低値または正常下限 + コルチゾール低値:二次性副腎不全
二次性副腎不全の場合、さらにCRH負荷試験やインスリン低血糖試験などを行い、視床下部性か下垂体性かを鑑別することがあります。
3. 画像診断
原因検索のための画像検査も重要です。
- 原発性副腎不全:腹部CT/MRIで副腎の評価
- 二次性副腎不全:頭部MRIで下垂体・視床下部の評価
診断基準の国際的なコンセンサスとして、2016年に欧州内分泌学会から発表されたガイドラインがあります。このガイドラインでは、早朝コルチゾール値と迅速ACTH負荷試験の組み合わせによる診断アルゴリズムが提案されています。
副腎不全のステロイド補充療法
副腎不全の治療の基本は、不足しているステロイドホルモンを適切に補充することです。治療は生涯にわたって継続する必要があります。
1. グルココルチコイド補充
最も一般的に使用されるのはヒドロコルチゾン(コートリル®)です。
- 通常用量:15-25mg/日(分2-3)
- 朝に多く、夕方に少なく投与(日内変動に合わせる)
- 例:朝15mg、昼5mg、夕方5mg
長時間作用型のステロイド(プレドニゾロン、デキサメタゾンなど)も使用されることがありますが、生理的な日内変動を再現しにくいという欠点があります。
2. ミネラルコルチコイド補充
原発性副腎不全では、アルドステロンも欠乏するため、フルドロコルチゾン(フロリネフ®)の補充が必要です。
- 通常用量:0.05-0.2mg/日(分1)
- 血圧、電解質、浮腫の有無をモニタリング
二次性副腎不全ではACTH欠乏によりコルチゾールが低下しますが、レニン-アンジオテンシン系は保たれているため、通常ミネラルコルチコイドの補充は不要です。
3. ストレス時の増量(ストレス・ドーズ)
副腎不全患者は、ストレス状態(発熱、感染症、手術など)でステロイドの需要が増加するため、通常の2-3倍量への増量が必要です。
- 軽度のストレス(37.5℃以上の発熱など):通常の2倍量
- 中等度のストレス(重度の感染症など):通常の3倍量
- 重度のストレス(手術、外傷など):ヒドロコルチゾン100mg静注後、24時間で200-300mg
患者教育として、シックデイルール(体調不良時の対応)の指導と、緊急時のステロイド自己注射の訓練も重要です。
4. 治療のモニタリング
治療効果の評価には以下の指標が用いられます。
- 臨床症状の改善(倦怠感、食欲など)
- 体重の安定
- 血圧の正常化
- 電解質の正常化
血中コルチゾール値による評価は、外因性ステロイドの影響を受けるため困難です。近年では、唾液中コルチゾールの日内変動測定が治療のモニタリングに有用とされています。
副腎不全に対する副腎ホルモンステロイド補充療法の現状と展望(日本内科学会雑誌)
副腎不全の医療従事者による早期発見のポイント
副腎不全は非特異的な症状が多く、見逃されやすい疾患です。医療従事者が早期発見するためのポイントをいくつか紹介します。
1. 以下の患者群では副腎不全のリスクが高いため注意が必要
- ステロイド治療歴のある患者(特に長期または高用量)
- 下垂体疾患や手術歴のある患者
- 自己免疫疾患(特に多腺性自己免疫症候群)を有する患者
- 両側副腎に影響を及ぼす疾患(転移性腫瘍、出血、感染症など)のある患者
2. 見落としやすい検査所見
- 低ナトリウム血症(Na <135 mEq/L)
- 高カリウム血症(K >5.0 mEq/L、特に原発性副腎不全)
- 好酸球増多(>3%)
- 低血糖(特に空腹時や早朝)
- 低血圧(特に起立性)
3. 診療のヒント
- 原因不明の倦怠感、体重減少、消化器症状が続く場合は副腎不全を疑う
- 低ナトリウム血症の鑑別診断に副腎不全を含める
- ステロイド内服中の患者が急に中止した後に全身状態が悪化した場合は副腎不全を疑う
- 急性疾患で予想以上に全身状態が悪い場合、背景に副腎不全がないか検討する
4. 医原性副腎不全の予防
医原性副腎不全は最も頻度の高い副腎不全の原因です。予防のためには。
- ステロイド治療を終了する際は、徐々に減量する(通常2-4週間かけて)
- ステロイド含有薬(セレスタミンなど)の処方時は、患者に副腎抑制のリスクを説明する
- ステロイド治療中の患者には、急な中止の危険性を教育する
- ステロイド治療歴のある患者の手術時には、ストレス・ドーズの投与を検討する
医療従事者間での情報共有も重要です。患者がステロイド治療を受けている場合、その情報が他の医療機関でも共有されるよう、お薬手帳への記載や患者教育を徹底しましょう。
副腎不全のQT延長と心停止リスク
副腎不全の合併症として、あまり知られていないが重要なものに心電図異常、特にQT延長があります。これは生命を脅かす不整脈の原因となる可能性があり、医療従事者が認識しておくべき重要な合併症です。
QT延長のメカニズム
副腎不全におけるQT延長の主なメカニズムは以下のとおりです。
- 電解質異常:低ナトリウム血症、高カリウム血症、低カルシウム血症がイオンチャネルの機能に影響
- コルチゾール欠乏:心筋細胞の電気生理学的特性に直接影響
- 自律神経系の変化:副腎髄質からのカテコラミン分泌低下による心臓自律神経調節の変化
臨床的意義
最近の症例報告では、副腎不全に続発するQT延長から心室頻拍、心停止に至った79歳女性の例が報告されています。この患者は救急搬送時に心電図モニターでQTc 604msecと著明な延長を認め、その後Torsade de Pointes(TdP)から無脈性心室頻拍となり心停止に至りました。ACTH欠乏による副腎不全と診断され、ステロイド投与により改善しています。
このような症例は、副腎不全が単なる代謝異常ではなく、致命的な不整脈の原因となりうることを示しています。特に高齢者や基礎心疾患を有する患者では注意が必要です。
臨床的対応
副腎不全患者の管理において、以下の点に注意が必要です。
- 診断時および治療経過中の心電図モニタリング(特にQT間隔の測定)
- 電解質異常(特に低ナトリウム血症)の迅速な補正
- QT延長を引き起こす可能性のある薬剤(抗精神病薬、抗うつ薬、抗不整脈薬など)の慎重な使用
- 副腎不全の適切な治療(ステロイド補充)によるQT延長の改善確認
副腎不全患者が失神や動悸を訴えた場合は、不整脈の可能性を考慮し、心電図検査を行うことが推奨されます。また、原因不明のQT延長を認めた場合は、副腎機能の評価も検討すべきです。
副腎不全に続発するQT延長から心停止に至った1例(症例報告)
副腎不全の患者教育と緊急時対応
副腎不全患者の生命予後を改善するためには、適切な患者教育と緊急時の対応計画が不可欠です。医療従事者は以下の点について患者に教育する必要があります。
1. 疾患理解の促進
患者とその家族に以下を説明します。
- 副腎不全の基本的なメカニズム
- ステロイド補充の重要性と生涯治療の必要性
- 定期的な受診と検査の意義
- 症状悪化のサイン(倦怠感増強、食欲低下、嘔吐、低血圧など)
2. 日常生活での自己管理
- 毎日の薬の正確な服用方法(タイミングと用量)
- 食事(特に塩分摂取)と運動に関するアドバイス
- ストレス状況での対処法
- 体調変化の自己モニタリング(体重、血圧など)
3. シックデイルール(体調不良時の対応)
以下の状況では、ステロイド用量の調整が必要です。
- 発熱(37.5℃以上):通常の2倍量に増量
- 嘔吐・下痢:経口摂取できない場合は医療機関を受診
- 手術