乳癌の治療と診断における最新トピック

乳癌の治療と診断

乳癌治療の最新トレンド
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非手術アプローチ

術前化学療法で病理学的完全奏効を示した患者では、手術を回避できる可能性が示唆されています。

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個別化医療

遺伝子検査やサブタイプ分析に基づく治療選択により、患者ごとに最適な治療法を提供できます。

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ステージ別アプローチ

乳癌のステージに応じた治療戦略が確立され、早期発見・早期治療の重要性が高まっています。

乳癌の術前化学療法と術後化学療法の比較

乳癌治療において、化学療法のタイミングは治療効果に大きな影響を与えます。術前化学療法(neoadjuvant chemotherapy)と術後化学療法(adjuvant chemotherapy)はそれぞれ異なる利点を持っています。

術前化学療法の主な利点は以下の通りです。

  • 腫瘍サイズの縮小による乳房温存手術の可能性向上
  • 治療効果のリアルタイム評価が可能
  • 病理学的完全奏効(pCR)の達成による予後予測
  • 微小転移の早期制御

一方、術後化学療法の利点は。

  • 正確な病理診断に基づく治療計画の立案
  • 腫瘍負荷の外科的減量後の治療
  • 再発リスクの低減

Mauri氏らによるメタアナリシスでは、術前化学療法と術後化学療法の間で全生存率に有意差はないことが示されています。しかし、術前化学療法では乳房温存率が高まることが報告されています。

特筆すべきは、2025年の最新研究では、術前化学療法で病理学的完全奏効を示した患者において、手術を回避できる可能性が示唆されていることです。外科腫瘍学会2025年年次総会で発表された研究によると、追跡期間中央値55.4か月(約4年半)において、病理学的完全奏効を示した31人の患者全員が無病状態を維持し、全生存率は100%でした。この結果は、一部の乳癌患者では従来標準治療とされてきた乳房手術を回避できる可能性を示しています。

乳癌のステージ分類と各ステージにおける治療戦略

乳癌の治療方針は、正確なステージ分類に基づいて決定されます。ステージは腫瘍の大きさ、リンパ節転移の有無、遠隔転移の有無によって分類されます。

ステージ0(非浸潤癌)

  • がん細胞が乳管・小葉内にとどまる
  • 治療法:乳房部分切除術またはセンチネルリンパ節生検を伴う乳房部分切除術、術後放射線療法
  • 広範囲に及ぶ場合は乳房全切除術が必要
  • ホルモン受容体陽性の場合、温存乳房内再発や対側乳癌予防のためのホルモン療法も選択肢

ステージI〜IIIA(早期浸潤癌)

  • 腫瘍が比較的小さい場合。
    • 乳房部分切除術+術後放射線療法
    • 必要に応じて術後薬物療法
  • 腫瘍が比較的大きい場合。
    • 乳房全切除術+術後薬物療法
    • または術前薬物療法で腫瘍を縮小させた後に乳房部分切除術

    ステージIIIB、IIIC(局所進行乳癌)

    • 皮膚や胸壁への浸潤、炎症性乳癌、鎖骨上リンパ節転移がある場合
    • 治療法:薬物療法を先行し、腫瘍縮小後に手術や放射線療法などの局所療法を追加

    ステージIV(転移性乳癌)

    • 遠隔転移を伴う場合
    • 治療法:全身治療が主体
    • 原発巣に対しては、疼痛、出血、感染などの症状がある場合に局所療法を考慮

    このステージ分類に基づく治療アプローチは、個々の患者の状態(年齢、併存疾患、全身状態など)や患者の希望も考慮して最終決定されます。また、腫瘍の生物学的特性(ホルモン受容体やHER2の状況、悪性度など)も治療選択に重要な影響を与えます。

    乳癌における遺伝子検査とプレシジョン・メディシン

    乳癌治療は近年、遺伝子検査に基づく「プレシジョン・メディシン(精密医療)」へと進化しています。従来のサブタイプ分類(ホルモン受容体陽性/陰性、HER2陽性/陰性)による治療選択から、より詳細な遺伝子プロファイリングに基づく個別化治療へと移行しつつあります。

    遺伝子パネル検査の種類と意義

    現在、乳癌診療で用いられる主な遺伝子検査には以下のようなものがあります。

    1. Oncotype DX:ER陽性HER2陰性乳癌の再発リスクと化学療法の上乗せ効果を予測
    2. MammaPrint:乳癌の再発リスクを評価する70遺伝子発現プロファイル
    3. PAM50(Prosigna):乳癌の分子サブタイプを同定し予後予測に役立つ
    4. EndoPredict:ホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌の長期再発リスクを予測

    これらの検査は、「過剰治療」を避け、本当に化学療法が必要な患者を特定するのに役立ちます。例えば、Oncotype DXのRecurrence Score(RS)が低値の場合、化学療法を省略してホルモン療法のみを行うことで、不必要な副作用を回避できます。

    遺伝性乳癌と遺伝子検査

    乳癌の約5〜10%は遺伝性とされ、BRCA1/BRCA2遺伝子の病的バリアントが関与する遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)が代表的です。HBOCの場合、生涯の乳癌発症リスクは41〜90%、卵巣癌発症リスクは8〜62%と報告されています。

    BRCA1/2遺伝子検査は以下のような患者に考慮されます。

    • 45歳以下で乳癌と診断された患者
    • トリプルネガティブ乳癌の患者(特に60歳以下)
    • 乳癌と卵巣癌の両方の既往がある患者
    • 男性乳癌患者
    • 家族歴が濃厚な患者

    遺伝子検査の結果は、サーベイランス計画、予防的手術の検討、治療選択(PARP阻害剤の適応など)に影響を与えます。

    プレシジョン・メディシンの未来

    次世代シーケンシング技術の発展により、より多くの遺伝子変異を一度に調べることが可能になっています。PIK3CA変異を標的とするalpelisibやESR1変異を検出する液体生検など、新たな治療標的と診断技術が登場しています。

    今後は、腫瘍の遺伝子変異プロファイルに基づいて治療法を選択する「バスケット試験」や「アンブレラ試験」のアプローチがさらに発展し、より精密な個別化医療が実現すると期待されています。

    乳癌の非手術療法の可能性と最新エビデンス

    乳癌治療において、手術は長らく標準治療の中心的役割を担ってきました。しかし、近年の研究により、特定の条件下では手術を回避できる可能性が示唆されています。これは「非手術療法」または「手術省略療法」と呼ばれ、患者のQOL向上に大きく貢献する可能性があります。

    術前化学療法後の病理学的完全奏効と手術省略

    2025年4月に報告された最新の研究結果によると、術前化学療法で病理学的完全奏効(pCR)を達成した患者では、手術を行わずに経過観察するアプローチの有効性が示されています。この研究では、術前化学療法と放射線治療を受けた後、特殊な針生検で癌細胞の残存がないことが確認された患者31名を対象に、手術を行わずに経過観察を行いました。

    追跡期間中央値55.4か月(約4年半)の時点で、全患者が無病状態を維持し、全生存率は100%という驚異的な結果が得られています。この結果は、適切に選択された患者群では、従来必須と考えられてきた乳房手術を省略できる可能性を示唆しています。

    非手術療法の適応条件

    現時点では、非手術療法が検討される条件は限定的であり、以下のような要素が考慮されます。

    • 術前化学療法による病理学的完全奏効の達成
    • 画像診断での腫瘍の完全消失
    • 生検による癌細胞残存の否定
    • 患者の強い希望と十分な理解
    • 厳密な経過観察が可能な環境

    非手術療法のメリットとリスク

    メリット。

    • 手術に伴う身体的・精神的負担の回避
    • 乳房の完全温存による美容的・心理的利点
    • 入院期間や回復期間の短縮
    • 手術合併症(感染、出血、痛み等)のリスク回避

    リスク。

    • 微小残存病変の見逃しによる再発リスク
    • 長期的な安全性に関するエビデンスの不足
    • 頻回の画像検査や生検の必要性
    • 再発時の治療難度上昇の可能性

    今後の展望

    非手術療法は現在も研究段階であり、標準治療として確立されるには更なるエビデンスの蓄積が必要です。現在進行中の複数の臨床試験(NRG-BR005、RESPONDER trialなど)の結果が、今後の治療ガイドラインに大きな影響を与えると予想されます。

    医療従事者は、これらの最新エビデンスを把握しつつも、現時点では確立された標準治療から逸脱した治療選択については、十分な説明と慎重な判断が求められることを認識する必要があります。

    乳癌の予防と早期発見のための最新アプローチ

    乳癌は早期発見・早期治療により治癒率が高まる疾患です。予防と早期発見のための最新アプローチについて解説します。

    リスク評価モデルの活用

    個人の乳癌リスクを評価するモデルが進化しています。従来のGail modelやClaus modelに加え、遺伝情報や乳腺密度を組み込んだより精密なモデルが開発されています。

    • Tyrer-Cuzick model(IBIS model):家族歴、生殖因子、BMI、乳腺密度を考慮
    • BOADICEA model:詳細な家族歴と遺伝情報を統合
    • Breast Cancer Surveillance Consortium (BCSC) Risk Calculator:乳腺密度を含む多因子モデル

    これらのモデルを用いることで、ハイリスク群を特定し、より集中的なサーベイランスや予防介入を行うことが可能になります。

    予防的介入の最適化

    乳癌リスク低減のための介入方法が多様化しています。

    1. 化学予防。
      • 選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERMs):タモキシフェン、ラロキシフェン
      • アロマターゼ阻害剤:エキセメスタン、アナストロゾール(閉経後女性向け)
    2. 生活習慣の改善。
      • 適度な運動(週150分以上の中等度運動)
      • 健康的な食事(地中海食、大豆製品の摂取)
      • 適正体重の維持
      • アルコール摂取の制限
      • 授乳の推奨
    3. 予防的手術。
      • BRCA1/2変異保持者などの超高リスク群に対する予防的乳房切除術
      • リスク低減卵巣卵管切除術(RRSO)

    早期発見のための画像診断の進化

    乳癌検診の精度向上のための新技術が導入されています。

    • デジタルブレストトモシンセシス(3Dマンモグラフィ):従来のマンモグラフィと比較して、高密度乳腺における検出率が向上
    • 造影MRI:高リスク群に対する感度の高いスクリーニング法
    • 自動乳房超音波検査(ABUS):マンモグラフィの補完として高密度乳腺の評価に有用
    • 分子イメージング:PET-CTなどを用いた機能的評価
    • 人工知能(AI)支援診断:読影精度の向上と読影医の負担軽減

    個別化スクリーニング戦略

    従来の「一律」のスクリーニングから、個人のリスクに応じた「層別化」スクリーニングへの移行が進んでいます。

    • 低リスク群:2年ごとのマンモグラフィ
    • 中リスク群:年1回のマンモグラフィ±超音波検査
    • 高リスク群:年1回のMRI+マンモグラフィ
    • 超高リスク群(BRCA変異保持者など):半年ごとの交互スクリーニング(MRIとマンモグラフィ)

    これらの個別化アプローチにより、過剰診断・過剰治療を減らしつつ、真に介入が必要な症例を効率的に発見することが期待されています。

    医療従事者は、患者の個別リスク評価を行い、適切な予防戦略とスクリーニング計画を提案することが求められています。また、新たなエビデンスや技術の登場に常に注意を払い、診療に取り入れていくことが重要です。