ウェゲナー肉芽腫症の症状と診断
ウェゲナー肉芽腫症の概要と疫学的特徴
ウェゲナー肉芽腫症は、1939年にドイツのWegener医師によって初めて報告された全身性血管炎の一種です。現在は「多発血管炎性肉芽腫症(Granulomatosis with Polyangiitis: GPA)」と呼称が変更されています。この疾患は、小型血管(顕微鏡で観察できる太さの細小動・静脈や毛細血管)の壊死性肉芽腫性血管炎を特徴とする自己免疫疾患です。
日本における疫学データによると、本疾患は日本人には比較的少なく、平成22年度の集計では認定患者数が約1,671人とされています。白人に多い傾向があり、日本人の発症率は欧米に比べて低いことが知られています。発症年齢は男性では30~60歳代、女性では50~60歳代に多く見られます。
本疾患の病因については完全には解明されていませんが、免疫異常が関係していると考えられています。特に、血液中に抗好中球細胞質抗体(ANCA)の一種であるC-ANCA(PR3-ANCA)という自己抗体が陽性になることが特徴的で、この抗体が直接病気の発症や進行に関わっていると考えられています。また、感染症が病気の発症や増悪因子となることも指摘されています。
ウェゲナー肉芽腫症の全身症状と初期症状の特徴
ウェゲナー肉芽腫症の症状は多岐にわたり、初期症状は非特異的であるため診断が遅れることがあります。多くの患者さんに共通して見られる全身症状には以下のようなものがあります。
これらの全身症状は、特定の臓器症状が現れる前に発症することが多く、一般的な風邪や他の炎症性疾患と誤診されやすい点が特徴です。症状の出現パターンは患者さんによって異なり、ゆっくりと数ヶ月かけて症状が進行する場合もあれば、急激に症状が出現する場合もあります。
初期症状として最も多いのは上気道の症状で、鼻の炎症や刺激感が最初の兆候となることがほとんどです。鼻出血、鼻づまり、膿性鼻漏(膿のような鼻水)などが特徴的です。これらの症状が持続し、通常の治療に反応しない場合には本疾患を疑う必要があります。
ウェゲナー肉芽腫症の上気道と肺の症状
ウェゲナー肉芽腫症では、上気道から肺にかけての症状が特徴的で、ほぼすべての患者さんに上気道の症状が見られます。上気道・下気道の主な症状には以下のようなものがあります。
上気道症状:
- 鼻症状:膿性鼻漏、鼻出血、鼻づまり
- 鼻中隔穿孔による鞍鼻(サドルノーズ変形)
- 副鼻腔炎
- 耳症状:難聴、耳漏、耳痛
- 眼症状:視力低下、眼充血、眼痛、眼球突出
- 口腔・咽喉頭症状:口内炎、咽喉頭痛、嗄声(かすれ声)
- 口蓋穿孔(重症例)
肺症状:
肺病変の特徴としては、肺結節(肺の中に球状のおできが多発)、肺浸潤(しばしば肺炎と誤診される)、空洞性病変などがX線検査やCT検査で認められます。重症例では肺出血を起こし、大量の血痰や呼吸不全を引き起こすことがあります。また、気道狭窄を引き起こし、呼吸困難を生じることもあります。
上気道症状は初発症状として現れることが多く、特に耳症状から始まる限局型のウェゲナー肉芽腫症の症例も報告されています。耳症状としては、滲出性中耳炎による難聴や耳鳴りが特徴的です。
ウェゲナー肉芽腫症の腎臓症状と腎炎の進行
ウェゲナー肉芽腫症における腎臓病変は、本疾患の重要な特徴の一つであり、適切な治療が行われなければ急速に腎機能が悪化する可能性があります。腎臓の病変は壊死性半月体形成性糸球体腎炎の形をとり、以下のような症状を呈します。
腎症状:
腎病変の特徴は、初期には無症状であることが多く、定期的な尿検査で異常が発見されることがあります。しかし、病状が進行すると急速進行性糸球体腎炎(RPGN)の形をとり、数週間から数ヶ月の経過で腎不全に至ることがあります。
腎病変は全体の約75%の患者さんに認められ、腎機能障害の程度は予後に大きく影響します。早期発見と適切な治療により、腎機能の保持や回復が期待できますが、治療が遅れると慢性腎臓病に進行し、最終的には透析療法が必要となる場合もあります。
腎臓の病変は、血管炎による糸球体毛細血管の障害と、それに伴う炎症反応によって引き起こされます。病理組織学的には、糸球体の壊死性変化と半月体形成が特徴的です。
ウェゲナー肉芽腫症の皮膚・神経・関節症状
ウェゲナー肉芽腫症は全身性疾患であるため、上気道・肺・腎臓以外にも様々な臓器に症状が現れることがあります。特に皮膚、神経系、関節などにも特徴的な症状が見られます。
皮膚症状:
皮膚症状は血管炎による変化が主体で、特に下肢に好発します。皮膚生検は診断の手がかりとなることがあります。
神経症状:
- 感覚神経障害(約10%の患者に発症)
- 手足のしびれ(多発性単神経炎)
- まれに多発性単神経炎(複数の神経が障害される)
神経症状は血管炎により神経を栄養する小血管が障害されることで生じます。感覚障害が主体ですが、運動障害を伴うこともあります。
関節症状:
- 多発性関節痛(約60%の患者に発症)
- 関節の腫れ
- 朝のこわばり
関節症状は初期にはリウマチ性関節炎と誤診されることがあります。主に大関節や中関節に症状が現れますが、小関節にも症状が出ることがあります。関節破壊を伴うことは少なく、炎症が主体です。
これらの症状は、主要臓器(上気道・肺・腎臓)の症状と同時に、あるいは前後して出現することがあります。症状の組み合わせや重症度は患者さんによって異なるため、個別の症状評価が重要です。
ウェゲナー肉芽腫症の診断と血液検査の重要性
ウェゲナー肉芽腫症の診断は、臨床症状、血液検査、画像検査、病理組織検査などを総合的に評価して行われます。特に血液検査は診断において重要な役割を果たします。
診断に有用な血液検査:
- 抗好中球細胞質抗体(ANCA)検査:C-ANCA(PR3-ANCA)が陽性になることが特徴的
- 炎症マーカー:CRP、赤沈(ESR)の上昇
- 血算:貧血、白血球増多
- 腎機能検査:BUN、クレアチニンの上昇(腎障害時)
- 尿検査:血尿、蛋白尿(腎障害時)
C-ANCA(PR3-ANCA)の陽性率は活動期には80~90%とされており、診断の重要な手がかりとなります。また、ANCA値は疾患活動性のモニタリングにも有用で、治療効果の判定や再燃の予測に役立ちます。
画像検査では、胸部X線やCT検査で肺結節や浸潤影、副鼻腔CT検査で副鼻腔炎や骨破壊などが確認されます。確定診断には病変部の生検が重要で、特徴的な病理所見として、①壊死性肉芽腫性血管炎、②小型~中型血管の壊死性血管炎、③糸球体腎炎などが挙げられます。
診断基準としては、アメリカリウマチ学会(ACR)の分類基準や、ヨーロッパリウマチ学会(EULAR)と欧州腎臓学会(ERA-EDTA)の共同作成による分類基準などが用いられています。日本では厚生労働省の診断基準も参考にされています。
早期診断と適切な治療開始が予後改善のために重要であり、非特異的な症状が持続する場合には本疾患を鑑別診断に含めることが大切です。
ウェゲナー肉芽腫症の治療法と予後
ウェゲナー肉芽腫症の治療は、疾患の活動性や臓器障害の程度によって個別化されますが、基本的には免疫抑制療法が中心となります。早期に適切な治療を開始することで、寛解導入と維持が可能となります。
主な治療法:
- 寛解導入療法
- 寛解維持療法
- 補助療法
- トリメトプリム・スルファメトキサゾール(ST合剤)によるニューモシスチス肺炎予防
- 骨粗鬆症予防
- 感染症対策
治療効果のモニタリングには、臨床症状の改善とともに、C-ANCA(PR3-ANCA)値の推移が参考になります。治療により多くの患者さんで寛解が得られますが、約50%の患者さんで再燃がみられるため、長期的な経過観察が必要です。
予後については、適切な治療が行われなければ5年生存率は約20%と不良ですが、現在の標準的な治療により5年生存率は80%以上に改善しています。予後不良因子としては、高齢、腎機能障害の程度、肺出血、中枢神経系病変などが挙げられます。
治療後の後遺症として、鞍鼻(サドルノーズ変形)や視力障害、難聴などが残ることがあります。また、長期の免疫抑制療法に伴う合併症(感染症、悪性腫瘍など)にも注意が必要です。