直接的レニン阻害薬の一覧と特徴
直接的レニン阻害薬の開発歴史と現状
直接的レニン阻害薬(Direct Renin Inhibitor: DRI)の研究開発の歴史は、実はアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬やアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)よりも長いものです。1970年代後半から研究が始まり、90年代中頃まで多くの製薬企業が開発に取り組んできました。
初期に開発されたペプチド性および非ペプチド性の基質アナログは、試験管内では高い活性を示したものの、経口投与に適さなかったり、効果の持続時間が極端に短いなどの問題があり、実用化には至りませんでした。代表的な初期の化合物としては以下のものがあります。
- CGP38560(Ciba-Geigy社)
- Remikiren(Roche社)
- FK-906(Fujisawa社)
- Zankiren(Abbott社)
その後、ピペリジン誘導体を基本骨格とした直接的レニン阻害薬の研究が進み、様々なアプローチが試みられました。Roche社の化合物では、基質とレニンの相互作用では通常使用されないフラップと呼ばれる脂溶性の高いポケットを利用する方法が採用されましたが、化合物の脂溶性が高くなり水溶性に問題が生じました。一方、Novartis社、大日本住友製薬、武田薬品工業などは、ピペリジンの4位に置換基を持たない構造を採用し、強い阻害活性の付与に成功しています。
現在、臨床で使用されている唯一の直接的レニン阻害薬はアリスキレン(商品名:ラジレス)であり、2009年に日本で承認されました。新規作用機序を持つ高血圧治療薬としては10年余りぶりの承認となりました。
直接的レニン阻害薬アリスキレンの薬理作用と特性
アリスキレンは、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAA系)の起点に位置する酵素であるレニンの活性部位に特異的に結合し、その活性を直接的に阻害します。これにより、アンジオテンシノーゲンからアンジオテンシンⅠへの変換を阻害し、結果として降圧効果をもたらします。
アリスキレンの主な薬理学的特徴は以下の通りです。
- 作用機序: レニンを直接阻害することで、血漿レニン活性(PRA)を抑制し、アンジオテンシンⅠ以降のすべてのアンジオテンシンペプチドの産生を抑制します。
- 薬物動態:
- 血中半減期は約40時間と長い
- ほとんど体内で代謝を受けない
- 投与量の90%以上が糞中に排泄される
- 臨床効果:
アリスキレンは、単独療法では既存のARB治療薬と同等の良好な降圧効果を示し、プラセボと同様の安全性と良好な忍容性を有しています。特に早朝高血圧や24時間血圧の変動(心血管イベントのリスク因子)に対して有効であることが示されています。
直接的レニン阻害薬と他の降圧薬との比較
直接的レニン阻害薬(DRI)と他のレニン・アンジオテンシン系に作用する降圧薬には、作用機序や効果に重要な違いがあります。以下に主な降圧薬との比較を示します。
1. ACE阻害薬との比較
- ACE阻害薬:アンジオテンシンⅠからアンジオテンシンⅡへの変換を阻害
- DRI:レニンを直接阻害し、アンジオテンシンⅠの生成自体を抑制
- 違い:ACE阻害薬はキマーゼや非ACE経由由来のアンジオテンシンⅡの産生は阻害できない
2. ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)との比較
- ARB:アンジオテンシンⅡのAT1受容体への結合を阻害
- DRI:アンジオテンシンⅡの生成自体を抑制
- 違い:ARBはアンジオテンシンⅡの量自体は増加させる
3. 代償機構への影響
- ACE阻害薬・ARB:ネガティブフィードバックが減弱し、代償的にレニン濃度やレニン活性が上昇
- DRI:レニン活性を直接抑制するため、RAA系全体をより効果的に抑制可能
4. 臨床効果の比較
- 降圧効果:DRIは既存のARBと同等の降圧効果
- 持続性:DRIは長い半減期により24時間以上の安定した血圧コントロールが可能
- 臓器保護効果:ACE阻害薬やARBでは大規模臨床試験で証明されているが、DRIではまだエビデンスが不十分
以下の表は各薬剤の特徴をまとめたものです。
薬剤クラス | 主な作用点 | 血漿レニン活性への影響 | 主な副作用 |
---|---|---|---|
DRI | レニン | 低下 | 高カリウム血症、低血圧 |
ACE阻害薬 | ACE | 上昇 | 空咳、血管浮腫 |
ARB | AT1受容体 | 上昇 | 高カリウム血症 |
直接的レニン阻害薬の臨床試験結果と使用上の注意点
直接的レニン阻害薬アリスキレンの臨床的位置づけを明確にするため、いくつかの重要な臨床試験が実施されています。これらの結果は、使用上の注意点にも直結しています。
ALTITUDE試験
ALTITUDE試験は、アリスキレン追加投与の有効性を検討した大規模臨床試験です。腎機能障害を伴う2型糖尿病患者を対象として、ACE阻害薬またはARBを含む標準的な治療を行ったうえで、アリスキレンを追加投与した群とプラセボ群に無作為に割り付けて検討されました。
結果として。
- 心血管死亡、心筋梗塞、脳卒中などの主要複合エンドポイントの減少は見られなかった
- 高カリウム血症、低血圧などの有害事象の発症率が増加した
- これらの理由により、試験は途中で中止された
ALOFT試験
ALOFT試験は、バイオマーカーを指標とした小規模臨床試験で、従来のRA系抑制薬によって治療中の心不全患者にアリスキレンを追加投与した結果、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)や尿中アルドステロンの低下が見られたことが報告されています。
使用上の注意点
ALTITUDE試験の結果を受けて、日本では以下のような使用制限が設けられています。
- 禁忌:ACE阻害薬またはARB投与中の糖尿病患者に対するアリスキレン投与は禁忌
(ただし、ACE阻害薬またはARB投与を含む他の降圧治療を行ってもなお血圧のコントロールが著しく不良の患者を除く)
- 併用注意:他のRAA系阻害薬との併用は、高カリウム血症や腎機能障害のリスクが高まる可能性がある
- モニタリング:使用時には血清カリウム値や腎機能の定期的なモニタリングが推奨される
- 特定の患者群への使用:高齢者、腎機能障害患者、肝機能障害患者では慎重投与が必要
直接的レニン阻害薬の将来展望とプロレニン受容体への影響
直接的レニン阻害薬(DRI)の研究は現在も続いており、アリスキレン以外の新規DRIの開発や、既存薬との併用療法の最適化、さらには新たな適応症の探索が進められています。
プロレニン受容体への影響
直接的レニン阻害薬の興味深い特性として、プロレニン受容体に関連する作用があります。アリスキレンには以下の効果が期待されています。
- プロレニン受容体に結合したプロレニン活性の阻害
- プロレニン受容体発現の抑制効果
これらの作用は、組織レベルでのRAA系の活性化を抑制する可能性があり、臓器保護効果につながる可能性があります。プロレニン受容体の活性化は、細胞増殖や線維化などの組織障害プロセスに関与していることが示唆されており、この経路を抑制することで、高血圧に伴う臓器障害の予防に寄与する可能性があります。
新規DRIの開発状況
アリスキレン以外の直接的レニン阻害薬の開発も進められています。これらの新規化合物は、以下のような特性の改善を目指しています。
- 生物学的利用率の向上
- より強力なレニン阻害活性
- 副作用プロファイルの改善
- 他の降圧薬との相互作用の最小化
今後の臨床的位置づけ
直接的レニン阻害薬の臨床的位置づけを明確にするためには、以下のような研究が必要とされています。
- アリスキレンと他のRA系抑制薬を直接比較した大規模臨床試験
- 特定の患者サブグループ(例:治療抵抗性高血圧患者)における有効性の検証
- 長期的な臓器保護効果の評価
- 最適な併用療法の確立
現時点では、アリスキレンは主に他の降圧薬で十分な効果が得られない患者や、特定の合併症を持つ高血圧患者に対する選択肢として位置づけられています。今後の研究により、直接的レニン阻害薬の適切な使用法がさらに明確になることが期待されています。