抗マイコバクテリウム・アビウム・コンプレックス症薬の治療戦略
クラリスロマイシン単剤投与は数カ月以内に耐性化します。
抗マイコバクテリウム・アビウム・コンプレックス症薬の標準治療レジメン
肺MAC症の標準治療は、クラリスロマイシン(CAM)またはアジスロマイシン(AZM)を中心とした多剤併用療法です。2023年の日本結核病学会・日本呼吸器学会合同見解では、CAM、エタンブトール(EB)、リファンピシン(RFP)の3剤併用を基本としています。
つまり単剤治療は厳禁です。
クラリスロマイシンは肺MAC症治療のキードラッグですが、単剤投与を行うと数カ月以内に耐性菌が出現することが複数の研究で明らかになっています。実際、クラリスロマイシン単剤治療を受けた患者の約半数が耐性化したというデータもあります。一旦マクロライド耐性となると、その後の治療は極めて困難となり、予後不良につながります。
投与量についても留意が必要です。クラリスロマイシンは血中濃度が2μg/ml以上にならないとMAC菌に効果を示さないため、1日あたり800mg(4錠)の服用が必要です。アジスロマイシンは2008年に肺MAC症への保険適応が認められ、1日250mg(1錠)で済むため、服薬アドヒアランスの向上が期待できます。
エタンブトールは連日療法の場合15mg/kgを超えないように投与します。リファンピシンは450mg(体重50kg未満)または600mg(体重50kg以上)を投与しますが、クラリスロマイシンとの薬物相互作用により、クラリスロマイシンの血中濃度を低下させることが知られています。
日本結核病学会・日本呼吸器学会「成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解-2023年改訂-」には、最新の治療レジメンと投与量の詳細が記載されています
抗マイコバクテリウム・アビウム・コンプレックス症薬の副作用頻度と対策
肺MAC症の薬物治療における副作用発生率は59%と報告されており、そのうち15%が薬剤中止に至り、2%が死亡に関連することが系統的レビューで明らかになっています。これは結核治療の副作用頻度(約28.7%)と比較しても高い数値です。
副作用の発生時期には特徴があります。
治療初期2カ月間は肝機能障害や発熱、皮疹などのアレルギー症状に特に注意が必要です。肝機能障害はリファンピシンやクラリスロマイシンで起こりやすく、定期的なAST、ALT、γ-GTPのモニタリングが重要です。皮疹が出現した場合、3剤すべてを中止し、1剤ずつ再導入する方法(減感作療法)が有効なケースもあります。
治療期間全般を通じて注意すべきはエタンブトールによる視神経障害です。発生頻度は投与量により異なり、標準用量(14.5〜21.4mg/kg)でも発症例の42%を占めるとの報告があります。韓国の全国調査では、エタンブトール使用者における視神経症の発症率は10万人年あたり159.16例でした。視力低下や中心暗点、色覚異常などの症状が出現した後も内服を継続すると、不可逆性の視力障害が残る可能性があるため、投与開始前の眼科受診と定期的な視力検査が推奨されています。
消化器症状も頻度が高い副作用です。下痢、便秘、胃痛、吐き気、口内炎、味覚障害などが報告されています。食後に服用する、分割して服用するなどの工夫により軽減できる場合があります。栄養状態の悪化は治療効果にも影響するため、制吐剤や整腸剤の併用、栄養指導の実施も検討します。
CareNet「非結核性抗酸菌症治療中の副作用、59%に発生し15%が薬剤中止」には、副作用の詳細な発生頻度と対処法が報告されています
抗マイコバクテリウム・アビウム・コンプレックス症薬の治療期間と菌陰性化
治療期間は、培養陰性化が達成されてから最低12ヶ月間の継続が国際的に推奨されています。ただし、国内の複数の研究では、排菌陰性化後の治療期間として15〜18ヶ月を確保すると治療終了後の再排菌率が低下することが示されています。
菌陰性化の判定は慎重に行います。
一般的には、4週以上間隔をあけた喀痰培養で3回連続して培養陰性が確認された時点で排菌陰性化が達成されたと判断します。初回の培養陰性喀痰検体が採取された日を「陰性化達成日」とし、そこから最低12ヶ月間の治療継続が必要です。
しかし、菌陰性化率は症例により大きく異なります。ある研究では、118例中69例(58.5%)が菌陰性化を達成しましたが、観察期間が長期化すると再排菌が出現し、悪化する傾向が認められました。空洞を有する線維空洞型の症例では、結節・気管支拡張型と比較して治療反応性が弱く、悪化しやすいことが知られています。
治療効果の評価には、喀痰培養検査を継続的に実施することが不可欠です。標準治療を6ヶ月以上行っても排菌が陰性化しない場合には難治例と判断され、アミカシンリポソーム吸入懸濁液(ALIS、商品名アリケイス)などの追加治療を検討します。ALISは2021年に承認された世界初の肺MAC症専用吸入薬で、難治性症例において培養陰性化率の改善が報告されています。
治療終了後も再燃のリスクがあるため、最低2年間は画像検査や喀痰検査での経過観察が推奨されます。
抗マイコバクテリウム・アビウム・コンプレックス症薬の薬物相互作用
肺MAC症の治療では、複数の薬剤を長期間併用するため、薬物相互作用への理解が治療成功の鍵となります。特にリファンピシンは強力なCYP3A4誘導作用を持ち、併用薬の血中濃度を著しく低下させることが知られています。
最も問題となるのは、リファンピシンによるクラリスロマイシンの不活化です。リファンピシンとクラリスロマイシンを併用すると、クラリスロマイシンのAUC(血中濃度-時間曲線下面積)が大幅に減少します。これは治療の中心となるマクロライド系薬剤の効果を減弱させる可能性があり、治療戦略上の大きな課題です。
他の薬剤でも注意が必要です。
クラリスロマイシンはCYP3A4の阻害作用を持つため、ベンゾジアゼピン系睡眠薬、Ca拮抗薬、スタチン系脂質異常症治療薬などの血中濃度を上昇させます。例えば、レンボレキサントはクラリスロマイシンとの併用で通常量の半分(2.5mg)に減量する必要がありますが、リファンピシンとの併用ではAUCが97%減少するため併用禁忌となっています。
ワルファリンを服用中の患者では、リファンピシンの追加によりワルファリンの代謝が促進され、抗凝固作用が減弱する可能性があります。逆に治療終了後にリファンピシンを中止すると、ワルファリンの血中濃度が上昇し出血リスクが高まるため、INRの頻回モニタリングが必須です。
糖尿病治療薬、免疫抑制薬、抗HIV薬など、多くの薬剤がリファンピシンとの相互作用を起こします。処方前に薬剤師と連携し、相互作用チェックを行うことで、重篤な有害事象を回避できます。添付文書の併用禁忌・併用注意を必ず確認しましょう。
日本病院薬剤師会雑誌「肺Mycobacterium avium complex症治療薬の薬物相互作用と適正使用」には、詳細な相互作用情報と代替薬の選択肢が記載されています
抗マイコバクテリウム・アビウム・コンプレックス症薬の治療開始タイミングと経過観察
肺MAC症は、診断がついてもすぐに治療を開始するとは限りません。無治療でも進行が緩徐なこともあるため、治療による副作用のリスクと治療しない場合の進行リスクを天秤にかけて、慎重に判断することが求められます。
実は約1〜2割は自然治癒します。
肺MAC症の治療を行わずに経過観察した373人のうち153人(41%)は、追跡期間48.1ヶ月(中央値)の間に、抗菌薬を投与しなくても喀痰の抗酸菌が自然に培養陰性化したという報告があります。特に空洞性病変が少ない結節・気管支拡張型で、BACESスコア(病変の広がりを評価するスコア)が低い症例では、watchful waiting(注意深い経過観察)という戦略も十分考えられます。
一方で、無治療経過観察を行った肺MAC症患者の約半数が2〜3年のうちに悪化し、治療開始を必要としたという海外の報告もあります。1〜2年で急速に悪化する場合もあるため、定期的なモニタリングは欠かせません。
経過観察中の具体的なフォローアップとして、少なくとも3ヶ月に1回の胸部X線検査、または3〜6ヶ月に1回の胸部CT検査(HRCTが望ましい)を実施します。喀痰抗酸菌培養検査も定期的に行い、菌量の変化を評価します。画像上の悪化(結節影の増加、空洞形成、気管支拡張の進行など)や症状の悪化(咳嗽・喀痰の増加、血痰、体重減少など)が認められた場合には、速やかに治療開始を検討します。
治療を開始すべき状況としては、以下が挙げられます。塗抹陽性例、空洞を有する症例、重症の結節・気管支拡張型、血痰や喀血を有する症例、病変の広がりが進行している症例、低BMI(体重減少)や低アルブミン血症を伴う症例などです。特に空洞型は結核類似の線維空洞型に進展しやすく、予後不良因子となるため、積極的な治療開始が推奨されます。
栄養状態の評価も重要です。肺MAC症患者では、BMI低値、血中プレアルブミン濃度低下、内臓脂肪面積減少、栄養摂取量の不足が報告されています。低栄養は肺NTM症患者の重要な予後不良因子であり、栄養介入により体重を増やした人は病気の予後が良いことが示されています。管理栄養士と連携し、エネルギー充足率100%以上を目指した栄養指導を行うことで、治療効果の向上が期待できます。
肺MAC症治療情報サイト「肺MAC症の治療は?」には、治療開始のタイミングや経過観察の具体的な方法が患者向けにわかりやすく解説されています