ピロリン酸カルシウム結晶沈着症と顎関節の診断と治療

ピロリン酸カルシウム結晶沈着症と顎関節

ピロリン酸カルシウム結晶沈着症と顎関節:臨床の要点
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「腫瘍みたい」に見える

顎関節CPPDは骨破壊や石灰化を伴い、腫瘍・腫瘍類似疾患と誤認されやすい。鑑別に「結晶性関節炎」の視点が必要。

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確定は「結晶の証明」

偏光顕微鏡だけでは弱い複屈折で迷うことがある。組織学的証明+必要なら化学分析で裏付ける。

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治療は保存と外科の両輪

全身のCPPD一般は対症療法中心。一方、顎関節の腫瘤形成例は外科で症状改善が得られることが多い。

ピロリン酸カルシウム結晶沈着症 顎関節の病態と偽痛風

ピロリン酸カルシウム結晶沈着症(CPPD症)は、関節内・関節周囲にピロリン酸カルシウム結晶が析出して炎症を起こす病態の総称で、急性発作は「偽痛風」として臨床的に扱われます。慶應義塾大学病院KOMPAS(CPPD症)では、血中の無機ピロリン酸が高くなくても関節局所で過剰となり結晶化・沈着しうる点、膝や手関節などが典型である点、そして診断の確実性には結晶の証明が重要である点が整理されています。
慶應義塾大学病院KOMPAS(CPPD症)

顎関節はCPPDの好発部位ではなく、臨床現場では「顎関節症(TMD)」として経過観察されやすい一方、腫瘤形成(tophaceous pseudogout、tumoral CPPD)として局所浸潤性に振る舞うと、顎関節円板・下顎頭・側頭骨基部まで破壊することがあります。実際に、顎関節部から頭蓋底方向に進展し、関節が完全に侵食された症例報告があり、症状は顎関節痛だけでなく、咀嚼困難、顔面のしびれ、難聴など多彩になり得ます。

Calcium Pyrophosphate Deposition Disease of the Temporomandibular Joint(J Neurol Surg Rep, 2012)

医療従事者向けに強調したいのは、顎関節CPPDは「急性発作=偽痛風」だけでなく、「慢性に石灰化・腫瘤化して骨破壊する病態」も同じ枠組みに入る点です。KOMPASが示すようにCPPDは病型が幅広く、無症候性の石灰化から慢性関節症様の経過まで含むため、顎関節でも“痛みが軽い=軽症”とは限らない、という認識が診断の入口になります。

慶應義塾大学病院KOMPAS(CPPD症)

ピロリン酸カルシウム結晶沈着症 顎関節の画像所見と石灰化

顎関節CPPDの画像診断は「典型像が乏しい」のが難点で、石灰化を含む腫瘍様病変として発見されることがあります。顎関節から頭蓋底に及ぶ症例では、CT/MRIで側頭骨関節窩周囲に腫瘤が見え、骨破壊や乳突蜂巣への波及、頸動脈管近傍の侵食といった“悪性を疑わせる”所見も報告されています。

Calcium Pyrophosphate Deposition Disease of the Temporomandibular Joint(J Neurol Surg Rep, 2012)

一方、歯科口腔外科領域の報告では、パノラマで下顎頭が不明瞭化し、雲状の塊(cloud-like mass)として見えることがあり、CTで下顎頭や頭蓋底の破壊と、まだらな硬組織形成(mottled-like hard tissues)が記載されています。加えてMRIで関節腔の拡大や、低信号の散在像として結晶沈着が示唆されることがあります。

Chemical Diagnosis of CPPD Disease of the TMJ(Diagnostics, 2022)

ここで実務的に役立つ小技は、「顎関節の病変が怪しいときに、他関節の軟骨石灰化も同時に探す」視点です。顎関節CPPDは診断が難しいため、他部位(膝・手関節など)に軟骨石灰化があれば、結晶性関節炎としての整合性が上がり、鑑別の優先順位付けがしやすくなります(顎関節の局所所見だけで完結させない)。顎関節CPPDのレビューでは、診断が非特異的で腫瘍(例:軟骨肉腫)を模倣するため、他関節の単純X線が最終診断に寄与し得る点が述べられています。

Massive CPDD disease as a cause of TMJ pain(AJNR, 2004 / PMC版)

ピロリン酸カルシウム結晶沈着症 顎関節の鑑別診断と病理

顎関節CPPDで最も怖い落とし穴は、「画像が腫瘍っぽい」ために、鑑別が腫瘍・腫瘍類似疾患に偏り、結晶性病変の確認が後手に回ることです。顎関節CPPDは、軟骨肉腫などの悪性腫瘍を模倣しうるとされ、診断には組織学的検討が重要とされています。

Massive CPDD disease as a cause of TMJ pain(AJNR, 2004 / PMC版)

確定診断の王道は、関節液または組織中のCPP結晶の証明です。KOMPASでも、偏光顕微鏡下で弱い正の複屈折性を示す棒状/方形のCPP結晶を確認すること、尿酸塩結晶(痛風)と鑑別できることが明記されています。

慶應義塾大学病院KOMPAS(CPPD症)

ただし、顎関節領域では「偏光顕微鏡だけに頼ると迷う」局面が現実にあります。口腔外科の症例報告では、CPPDは複屈折が弱いことがあり、しかも関節液・組織・骨にはCPPD以外にも複屈折を示す結晶(シュウ酸カルシウム、ステロイド結晶、EDTAなど)も存在し得るため、複屈折所見のみでは信頼性が下がる可能性があると指摘しています。

Chemical Diagnosis of CPPD Disease of the TMJ(Diagnostics, 2022)

意外性のあるポイントとして、同報告では、SEM/EDSでCaとPの分布を確認し、X線回折(XRD)で回折ピークの大半がCPPD由来であることを確認し、さらにICP-AESでCa/P比がほぼ1であることを示して診断の裏取りをしています。顎関節CPPDは「病理は見たが、確信が持てない」という場面が起きやすいため、施設の設備状況によっては工学系分析(材料分析)と連携する発想が診断の質を底上げします。

Chemical Diagnosis of CPPD Disease of the TMJ(Diagnostics, 2022)

ピロリン酸カルシウム結晶沈着症 顎関節の治療と手術

全身のCPPD症の治療は対症療法が中心で、KOMPASでは急性関節炎にNSAIDs、関節穿刺・排液、必要に応じた関節内ステロイド、全身症状が強い場合のステロイド全身投与などが挙げられています。加えて「CPPDを溶解・予防する特効薬は現時点ではない」という整理は、患者説明にも直結する重要ポイントです。

慶應義塾大学病院KOMPAS(CPPD症)

一方で顎関節のCPPDは、腫瘤形成により局所症状(疼痛、腫脹、開口障害、耳症状など)が強く、画像で骨破壊を伴う場合、外科的切除が治療の中心となりやすいのが特徴です。頭蓋底方向に進展した症例報告では、腫瘤によって顎関節が完全に侵食されており、手術による摘出後に症状が大きく改善した経過が示されています。

Calcium Pyrophosphate Deposition Disease of the Temporomandibular Joint(J Neurol Surg Rep, 2012)

臨床判断の実装としては、次のチェック項目が有用です(医科歯科連携を想定)。

  • 🦷 開口障害(例:最大開口量の低下)+画像で石灰化を伴う腫瘤:TMDだけで完結させず結晶沈着・腫瘍を同列に置く。Diagnostics, 2022
  • 🧠 下顎頭〜頭蓋底の骨破壊:悪性腫瘍の除外が必要だが、CPPDでも起こり得るため生検/病理で早期に決着をつける。J Neurol Surg Rep, 2012
  • 🔬 病理で結晶が「弱い複屈折」しか見えない:追加の分析(XRDなど)という選択肢を持つ。Diagnostics, 2022

さらに「術後に再発しないのか?」は現場でよく聞かれる論点ですが、近年の顎関節CPPDの症例報告・レビューでは再発率は極めて低いとまとめられています。したがって、腫瘤形成例では「切除=根治に近い」期待が持てる一方、術前の鑑別と進展範囲評価(特に頭蓋底・重要血管近傍)が難所になります。

Pseudogout of the temporomandibular joint: case report and review(2025 / PMC)

ピロリン酸カルシウム結晶沈着症 顎関節の見落としやすい関連と代謝性疾患

検索上位の多くは「顎関節の腫瘍様病変」「画像と病理」「手術例」に焦点が当たりがちですが、臨床で独自性を出すなら“全身評価の設計”です。KOMPASでは、55歳以下など比較的若年のCPPDでは代謝性疾患(副甲状腺機能亢進症、ヘモクロマトーシス、低マグネシウム血症、低リン血症など)が背景に隠れていることがあるため、除外目的の血液検査が必要になることがある、と明確に述べています。

慶應義塾大学病院KOMPAS(CPPD症)

顎関節CPPDは「まれ」だからこそ、診断がついた時点で“なぜ顎関節に?”を考える価値があります。口腔外科の症例報告では、過去の外傷歴が長期にわたる顎関節症状と関連していた可能性が示されており、局所の損傷や関節環境の変化が沈着の下地になり得る、という臨床推論につながります。

Chemical Diagnosis of CPPD Disease of the TMJ(Diagnostics, 2022)

また、顎関節の石灰化病変はCPPD以外(ハイドロキシアパタイト沈着、滑膜性骨軟骨腫症、PVNSなど)もあり得るため、診断が確定した後も「代謝性疾患のスクリーニング」と「他疾患の併存可能性」を分けて考えると説明が整理しやすくなります。顎関節CPPDと滑膜性骨軟骨腫症の併存例が報告されていること自体が、単一疾患モデルで決め打ちすると見誤る可能性を示唆します。

滑膜性骨軟骨腫症を伴った顎関節CPPDの1例(日本顎関節学会雑誌, 2019)

最後に、医療従事者向けの実務メモとして、顎関節CPPDを疑ったら以下の血液検査の組み合わせが「説明の筋」を作ります(若年例・再発例・多関節例で優先度が上がります)。KOMPASが列挙する鑑別・評価項目として、血清カルシウム、フェリチン、マグネシウム、リン、ALP、鉄、トランスフェリン、甲状腺ホルモン、副甲状腺ホルモンなどが挙げられています。

慶應義塾大学病院KOMPAS(CPPD症)

有用:CPPDの病型、診断(結晶証明)、検査・治療の整理(日本語)

ピロリン酸カルシウム結晶沈着症(calcium pyroph…