外傷性眼球陥没症の病態と診療の実際
外傷性眼球陥没症の病態と眼窩吹き抜け骨折・眼窩底骨折
外傷性眼球陥没症は、多くが鈍的眼外傷に伴う眼窩吹き抜け骨折・眼窩底骨折の結果として生じ、眼球が後方へ偏位した状態を指します。骨折により眼窩内容積が増大し、眼窩内脂肪や外眼筋が副鼻腔側へ逸脱・嵌頓することで、眼球を前方へ支持していた「ボリューム」と支点が失われるのが基本的な病態です。
受傷機転としては、交通事故、スポーツ外傷、殴打などによる前額部・眼窩周囲への鈍的外力が典型で、眼窩底・内側壁など薄い骨で構成される領域に吹き抜け骨折が生じやすいとされています。骨折直後には眼窩内出血や浮腫により眼球突出〜左右差軽微に見えることもあり、数日〜数週間の経過で腫脹が引いた後に眼球陥凹が目立ってくる点は、視診だけに頼ると見逃しの一因になります。
また眼窩底骨折では、下直筋や眼窩内脂肪が上顎洞へ脱出・嵌頓し、上転障害や複視を伴うことが多く、眼球陥没症と眼球運動障害がセットで生じるケースも少なくありません。特に小児では、骨折線が蝶番のように閉じる「trap door fracture」により筋嵌頓が高度でも腫脹が軽度な場合があり、眼球陥没も初期には乏しいため、症状と画像の両面からの評価が重要となります。
外傷性眼球陥没症の臨床症状と視機能評価のポイント
臨床症状としては、眼球陥凹(眼球陥没)、複視、眼球運動障害、眼痛、眼窩部の圧痛や違和感、頬部・上口唇のしびれ(眼窩下神経麻痺)などが典型的にみられます。複視は骨折直後から訴える例もあれば、腫脹の変化や眼位の変化に伴い時間経過とともに顕在化することもあり、経時的な問診が重要です。
視機能評価では、視力、色覚、瞳孔反応(RAPDの有無)、視野、眼圧などを系統的にチェックし、外傷性視神経障害や眼球破裂などの重篤病変の合併を見逃さないことが最優先となります。外傷後に視力低下が乏しく、主訴が複視や見た目の変化だけであっても、眼底出血や黄斑障害、視神経乳頭の異常が潜んでいる可能性があり、散瞳・眼底検査や必要に応じたOCTなどの追加検査も検討されます。
あまり知られていないポイントとして、外傷性眼球陥没症では、眼窩脂肪の瘢痕性収縮が遅発性の眼球陥凹に関与することが報告されており、初期の骨折範囲が小さくても、数か月後に左右差の増悪として顕在化することがあります。そのため、急性期の診察だけでなく、審美面・視機能面の両方を念頭においたフォローアップ計画が重要です。
外傷性眼球陥没症のCT画像所見と診断プロセス
診断の中心となるのはCTであり、冠状断と軸位断を組み合わせて、骨折部位・範囲、欠損の大きさ、眼窩内脂肪や外眼筋の逸脱・嵌頓の有無を評価します。眼窩底骨折では、上顎洞内への脂肪組織の落ち込みや、下直筋の下方への偏位・絞扼が典型的な所見で、眼球陥凹のリスクや複視の機序を推測するうえで重要です。
さらに、眼球陥凹量の定量にはHertel眼球突出計などの外来計測も有用ですが、CTで眼窩ボリュームの増大や眼球の後方偏位を確認することで、客観的な評価が可能になります。骨片の転位方向や鋭利な骨縁の有無は、手術時に外眼筋損傷や眼窩内容の再嵌頓リスクを左右するため、術前に詳細な読影が求められます。
興味深い点として、近年は3D-CTを用いた眼窩容積の解析により、術前・術後の眼球陥凹の程度を定量的に評価し、個別化した治療戦略を立てる試みも報告されています。またMRIは、外眼筋や視神経の軟部組織評価に優れ、外傷性視神経障害や筋断裂が疑われる症例ではCTと補完的に用いることで診断精度が向上します。
眼窩吹き抜け骨折の診断・治療および術後管理の詳しい解説として、日本耳鼻咽喉科学会関連誌の記事が参考になります。
眼窩吹き抜け骨折の診断,治療および術後管理(J-STAGE)
外傷性眼球陥没症の治療選択:手術適応・タイミングと意外な選択肢
外傷性眼球陥没症に対する治療は、保存的治療と外科的治療に大別され、複視の程度・眼球陥凹量・骨折範囲・症状の経過などを総合して判断します。一般的に、著明な複視や眼球運動制限、2〜3mm以上の眼球陥凹が予想される広範な骨折では手術適応となり、外眼筋嵌頓や眼窩下神経麻痺が強い場合には、早期手術が推奨されることが多いです。
手術方法としては、経眼窩アプローチ(下眼瞼切開、経結膜切開など)から骨折部を展開し、嵌頓組織を整復した上で、自家骨、人工骨、メッシュプレートなどを用いて眼窩底・内側壁を再建する手法が一般的です。上顎骨骨折を併発した症例では、balloon法を併用し上顎洞内から眼窩底を挙上する工夫が報告されており、術後に眼球運動障害や複視の増悪なく良好な結果が得られた症例も示されています。
あまり知られていない選択肢として、遅発性の眼球陥凹や審美的変形が主体で視機能障害の少ない症例に対しては、脂肪移植や骨切術を組み合わせた眼形成外科的アプローチが行われることがあります。自家骨移植(腸骨や頭蓋骨など)と人工骨を組み合わせ、眼窩容積を個別に調整することで、左右差の少ない眼位を目指す高度な形成術も報告されており、単純な「骨折の整復」にとどまらない長期的視点での治療計画が求められます。
眼球陥凹とその形成外科的治療に関する詳細な説明は、眼形成外科の専門施設の解説ページが参考になります。
外傷性眼球陥没症の予後と合併症:後遺障害評価と医療訴訟・補償の視点
予後は、受傷時のエネルギー、骨折範囲、視神経障害の有無、治療開始までの時間、手術手技など多くの因子に左右されますが、重症例では複視や眼球陥凹、視力低下、眼窩下神経障害などの後遺症が残存することがあります。眼窩底破裂骨折では、複視や醜状障害が代表的な後遺障害として挙げられ、後遺障害認定や補償の対象となることも多く、医学的な説明責任が求められる領域です。
医師意見書や診断書作成に際しては、CT所見、視機能検査結果、眼球陥凹量、複視の範囲や角度などを可能な限り客観的な数値で示すことが、患者・保険会社・裁判所のいずれにとっても有用です。特に、交通事故に伴う眼窩底骨折・眼球陥没症では、初診時の記録が不十分であると後に因果関係や症状の程度を巡る争点となりやすく、外傷急性期から写真、検査結果、説明内容を系統的に残しておくことが重要となります。
意外なポイントとして、外傷性眼球陥没症に対する治療結果の評価は、患者側の審美的満足度や職業(接客業、パイロットなど視機能が重要な職種)によって大きく異なることがあり、医療者側が「機能的に許容範囲」と判断しても、社会生活上の支障が大きいケースが存在します。医療者は、単に視力と複視の有無だけでなく、生活背景や患者の価値観も踏まえたゴール設定を行い、必要に応じて形成外科・リハビリ・心療内科など多職種と連携することが望まれます。
医師意見書や後遺障害評価の具体例については、眼窩底骨折に関する医師意見書の解説が参考になります。