粉砕不可薬剤の一覧と理由や代替案及び簡易懸濁法の活用

粉砕不可薬剤の一覧と理由や代替案及び簡易懸濁法の活用
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粉砕不可の理由

薬物動態の変化や副作用リスク、薬剤師による専門的判断の重要性

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簡易懸濁法の活用

55℃のお湯で崩壊させる代替法と、配合変化への注意点

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職業性曝露の対策

粉砕による飛散リスクと医療従事者を守るための安全管理

粉砕不可薬剤の一覧

医療現場において、嚥下機能が低下した患者や経管栄養を行っている患者に対して、錠剤を粉砕して投与するケースは日常的に発生します。しかし、すべての薬剤が粉砕可能であるわけではなく、製剤学的特性や薬学的理由により「粉砕不可」とされる薬剤が多数存在します。ここでは、代表的な粉砕不可薬剤をその理由別に分類し、一覧として整理します。これらの薬剤は、安易に粉砕することで患者に重大な健康被害をもたらす可能性があるため、必ず添付文書やインタビューフォーム、あるいは薬剤師への確認が必要です。

参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjphcs2001/29/2/29_2_189/_pdf

代表的な粉砕不可薬剤とその分類

粉砕不可薬剤は、主に以下の理由により分類されます。特に徐放性製剤と腸溶性製剤は、その機能を破壊することで薬効や安全性に直結するため注意が必要です。

薬剤名(商品名例) 成分名 粉砕不可の主な理由
アダラートCR錠 ニフェジピン 徐放性製剤:粉砕により急激な血中濃度上昇(ダンピング)が起こり、低血圧や頭痛などの副作用リスクが増大する

参考)https://www.med-safe.jp/pdf/report_2018_1_T002.pdf

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テオドール錠 テオフィリン 徐放性製剤:有効血中濃度域が狭いため、粉砕による放出制御の破壊が中毒域への到達を招く恐れがある

参考)https://kure.hosp.go.jp/pdf/department/pharmacy/20220222kendaku_ichiran.pdf

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デパケンR錠 バルプロ酸Na 徐放性製剤:徐放機能が失われ、血中濃度の変動が大きくなり、てんかん発作のコントロール不良や副作用の発現につながる

参考)錠剤の粉砕・半錠、脱カプセルの可否

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タケプロンOD錠 ランソプラゾール 腸溶性製剤:酸に不安定な成分が胃酸で分解され、効果が減弱する。OD錠であっても腸溶性細粒が含まれており、これをすり潰してはいけない

参考)https://www.kogyohsp.gr.jp/img/division/pharmacy/file04.pdf

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バイアスピリン錠 アスピリン 腸溶性製剤:胃粘膜障害を防ぐためのコーティングが施されており、粉砕すると胃潰瘍などのリスクが高まる​。
ベイスン錠 ボグリボース 吸湿性:粉砕により著しく吸湿し、変色や含量低下を起こす可能性がある。
ワーファリン錠 ワルファリンK 催奇形性・曝露:微量で作用する薬剤であり、粉砕時の飛散による介助者への曝露や、調剤器具への付着による他剤へのコンタミネーション(交差汚染)が問題となる。

これらの薬剤以外にも、多数の粉砕不可薬剤が存在します。特に新薬やジェネリック医薬品においては、商品名に「CR(Controlled Release)」「R(Retard)」「SR(Slow Release)」「L(Long acting)」などの付加記号がついている場合、徐放性製剤である可能性が高いため、粉砕前には必ず確認が必要です。

粉砕不可薬剤の理由と薬物動態の危険な変化

なぜ特定の薬剤は粉砕してはいけないのでしょうか。その最大の理由は、製剤設計の破壊による薬物動態(PK:Pharmacokinetics)の劇的な変化です。

参考)https://asayaku.or.jp/apa/work/data/pb_1774.pdf

  1. 徐放性製剤の破壊とダンピング(Dose Dumping)

    徐放性製剤は、薬物が長時間にわたり一定の速度で放出されるように設計されています。これを粉砕すると、設計された放出制御機構(マトリックス構造や制御膜)が一瞬で破壊されます。その結果、本来数時間かけて放出されるはずの薬物が一気に体内に吸収される「ダンピング」現象が発生します。これにより、血中濃度が中毒域まで急上昇し、重篤な副作用を引き起こす危険性があります。逆に、薬効の持続時間が短くなり、治療効果が得られない時間帯(谷間)が生じることもあります。

  2. 腸溶性製剤の破壊と薬効消失

    腸溶性製剤は、胃酸で分解されやすい薬物を保護するため、あるいは胃粘膜への刺激を避けるために、酸性条件下では溶解しないコーティングが施されています。これを粉砕すると、薬物が胃酸に直接曝露され、分解・失活して効果がなくなったり、胃粘膜を直接刺激して胃出血を起こしたりする可能性があります。

  3. 安定性の低下

    多くの薬剤は、光、湿気、酸素に対して不安定です。錠剤のコーティングや包装はこれらから薬物を守っています。粉砕することで表面積が増大し、遮光や防湿機能が失われるため、成分の加水分解や酸化、光分解が進行し、含量低下や変色が生じます。

    参考)錠剤の粉砕について|薬剤部

  4. 苦味や刺激性

    コーティングによってマスキングされていた苦味や刺激性が露呈し、患者の服薬アドヒアランス(コンプライアンス)が著しく低下したり、口腔内や食道の粘膜を刺激したりすることがあります。

腸溶性製剤や徐放性製剤の識別と添付文書の確認

臨床現場で粉砕の可否を即座に判断するためには、製剤の特性を見抜く力と、正確な情報源へのアクセスが不可欠です。ここでは、製剤学的特徴の識別ポイントと、添付文書やインタビューフォームでの確認方法について解説します。

製剤名の付加記号による一次スクリーニング

医薬品の商品名には、その製剤特性を表すアルファベットが付加されていることが多く、これが重要な手がかりとなります。しかし、これらはあくまで目安であり、例外も存在するため過信は禁物です。

  • 徐放性を示唆する記号:
    • CR (Controlled Release): アダラートCRなど
    • SR (Sustained Release): デパケンR、ボルタレンSRなど
    • R (Retard/Release): テオドールなど
    • L (Long acting): アダラートLなど
    • LA (Long Acting): インデラルLAなど
  • 腸溶性を示唆する記号:
    • EN (Enteric): アスピリン腸溶錠など(明示されていないことも多い)

    これらの記号がない場合でも、徐放性や腸溶性の機能を持つ薬剤(例:タケプロンなど)は多数存在します。したがって、不明な場合は必ず添付文書を確認する必要があります。

    参考)http://hospital.tokuyamaishikai.com/wp-content/uploads/2020/05/2db8cfd2fd56f12b04c9f3633be59672.pdf

    添付文書とインタビューフォームの活用

    確実な情報は、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)のウェブサイトなどで公開されている添付文書およびインタビューフォームから入手します。

    1. 添付文書の「適用上の注意」

      添付文書の「適用上の注意」の項には、「薬剤交付時:PTP包装のまま交付すること」といった記載に加え、粉砕に関する警告が記載されている場合があります。特に「割ったり砕いたりせず、そのまま噛まずに服用させること」という記述がある場合は、徐放性や腸溶性の機能保持が必須であることを意味し、粉砕は原則禁忌です。

    2. インタビューフォームの「製剤的特徴」

      インタビューフォームは添付文書よりも詳細な情報が記載されています。「製剤の特性」や「調剤に関する情報」の項目を確認してください。「粉砕可否」について明記されている場合も多く、粉砕による安定性試験のデータ(粉砕後の含量変化や外観変化)が掲載されていることもあります。例えば、「粉砕後24時間は安定」といったデータがあれば、直前粉砕での対応が可能になる場合があります。

    3. 製剤の断面構造の理解(マトリックス型 vs 膜制御型)

      徐放性製剤には大きく分けて「膜制御型(リザーバー型)」と「マトリックス型」があります。

      • 膜制御型: 薬物の核を放出制御膜で包んだもの(テオドールなど)。粉砕すると膜が破れ、機能が完全に失われます。
      • マトリックス型: 薬物を高分子基剤の中に分散させたもの(デパケンRなど)。理論上は割っても徐放性がある程度維持されると言われることもありますが、粉砕(微粉末化)レベルでは表面積が増大しすぎて放出制御が崩れるため、やはり粉砕は避けるべきです。

        参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2002/000231/200201015A/200201015A0006.pdf

    簡易懸濁法への代替と配合変化のリスク管理

    粉砕不可薬剤を投与する必要がある場合、あるいは粉砕による手間やロスを減らしたい場合、簡易懸濁法(かんいけいだくほう)が有効な代替手段となります。

    簡易懸濁法の基本とメリット

    簡易懸濁法とは、錠剤を粉砕したりカプセルを開封したりせず、そのまま約55℃の温湯に入れて崩壊・懸濁させ、経管投与する方法です。

    参考)https://www10.showa-u.ac.jp/~biopharm/kurata/kendaku/merit.html

    • メリット:
      • 粉砕不可薬剤への対応: 徐放性製剤の中には、外側の膜や基剤が崩壊しても、顆粒自体に徐放性コーティングが施されている「マルチプルユニット型」のものがあり、これらは簡易懸濁法であれば機能を維持したまま投与できる場合があります(例:タケキャブなど一部の製剤)。ただし、個別の確認が必要です。
      • 安定性の保持: 投与直前に懸濁するため、光や湿気による劣化を最小限に抑えられます。
      • チューブ閉塞の回避: 多くの薬剤は温湯で速やかに崩壊し、微粒子となるため、経管チューブを通過しやすくなります。

        参考)https://kenyaku.sakura.ne.jp/wordpress/wp-content/uploads/2013/08/4be991062cc4165780086f38d842bc5e.pdf

      • 曝露リスクの低減: 薬剤を粉砕しないため、微粉末の飛散を防ぐことができます。

      実施手順と注意点

      1. 温度管理(55℃): 約55℃の温湯を使用します。これより低いと崩壊に時間がかかり、高いと薬剤によっては凝固したり、変質したりする恐れがあります(例:タケプロンODなどのマクロゴール含有製剤は、高温でゲル化しチューブを閉塞させることがあります)。​
      2. 放置時間(約10分): 薬剤を温湯に入れてから約10分間放置し、自然崩壊を待ちます。
      3. 確認: 崩壊・懸濁しているかを目視で確認してから投与します。

      配合変化とチューブ閉塞のリスク

      簡易懸濁法であっても、複数の薬剤を同じ容器で懸濁する場合、配合変化に注意が必要です。

      • 酸性薬と塩基性薬の混合: 沈殿が生じたり、効果が減弱したりすることがあります。
      • マグネシウム製剤(酸化マグネシウムなど): アルカリ性が強いため、多くの薬剤と配合変化を起こしやすく、効果を減弱させることがあります。可能な限り単独で懸濁・投与することが推奨されます。

        参考)https://www.hosp.tohoku.ac.jp/pc/img/tyuuou/NST_publication54.pdf

      • チューブ閉塞: 一部の薬剤(ゲル化しやすいものや、溶けにくいもの)は、チューブの内腔に付着・堆積し、閉塞の原因となります。特に細い経管チューブを使用している場合は、事前の「チューブ通過性試験」のデータを参照するか、薬剤師に相談することが重要です。

        参考)https://higashinagoya.hosp.go.jp/files/000098582.pdf

      薬剤師視点の粉砕時の職業性曝露と法的リスク

      「粉砕不可」のリストには、薬効や物理的安定性の問題だけでなく、医療従事者の安全性(Occupational Safety)の観点から粉砕が禁止されている薬剤が含まれています。これは見落とされがちですが、極めて重要な視点です。

      職業性曝露(Hazardous Drugs Exposure)のリスク

      抗がん剤、免疫抑制剤、ホルモン剤、一部の抗ウイルス薬などは、Hazardous Drugs(HD:危険性医薬品)に分類されます。これらの薬剤には、発がん性、催奇形性、生殖毒性、臓器毒性が認められている、あるいは疑われているものがあります。

      参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9900183/

      通常、これらの薬剤は錠剤コーティングやカプセルによって封じ込められていますが、粉砕や脱カプセルを行うと、微細な粉塵(エアロゾル)として空気中に飛散します。これを看護師や薬剤師が吸入したり、皮膚に付着させたりすることで、長期間にわたり低濃度の曝露を受けることになります。

      • リスクの具体例:
        • 抗がん剤: エンドキサン、メトトレキサートなどは、微量でも曝露することで、医療従事者自身の発がんリスクや、妊娠中のスタッフにおける流産・胎児奇形のリスクを高める可能性があります。

          参考)https://jspon.sakura.ne.jp/doc/guideline/Pediatric_Oncology_Nursing_Care_Guidelines_2018_chapter-9.pdf

        • ホルモン剤: デュタステリド(アボルブ)やフィナステリド(プロペシア)などの5α還元酵素阻害薬は、経皮吸収されやすく、男子胎児の生殖器発育に影響を与えるため、特に妊娠中の女性スタッフや家族が粉砕・接触することは厳禁です。

        ガイドラインと法的・倫理的責任

        「がん薬物療法における曝露対策合同ガイドライン」やNIOSH(米国労働安全衛生研究所)のリストでは、HDの粉砕や脱カプセルは原則禁止とされています。

        参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4252184/

        もし、医療機関が適切な曝露対策(閉鎖式器具の使用、粉砕の回避、適切な個人用防護具PPEの着用など)を講じずにスタッフに粉砕を指示し、健康被害が生じた場合、安全配慮義務違反として法的責任を問われる可能性があります。また、患者の家族が自宅で介護する場合にも、同様の曝露リスクがあることを説明し、簡易懸濁法や別剤形への変更を提案することは、医療従事者の倫理的責務です。

        参考)https://www.jfcr.or.jp/hospital/department/medicine/pdf/HD%E5%8F%96%E3%82%8A%E6%89%B1%E3%81%84%E6%8C%87%E9%87%9D.pdf

        現場での対策

        1. 代替薬・代替剤形の検討: 粉砕が必要ない剤形(液剤、散剤、OD錠など)への変更を医師に提案します。
        2. 簡易懸濁法の推奨: 粉塵を飛散させないため、HDであっても簡易懸濁法の方が粉砕法よりも曝露リスクは低いとされています(ただし、懸濁液の取り扱いには手袋着用などの標準予防策が必要です)。​
        3. 専用機器とPPE: やむを得ず粉砕する場合は、安全キャビネット内で行う、N95マスクや二重手袋、ガウンを着用するなどの厳重な対策が必要です。一般の調剤台やナースステーションでの粉砕は避けるべきです。

        粉砕不可薬剤の判断は、単に「薬が効かなくなるから」という患者側の視点だけでなく、「スタッフや家族を守るため」という視点も持ち合わせることが、安全な医療提供体制には不可欠です。