加味帰脾湯と帰脾湯の違いと構成生薬による臨床的な使い分け

加味帰脾湯と帰脾湯の違い

加味帰脾湯と帰脾湯の比較
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構成生薬の違い

帰脾湯に「柴胡」と「山梔子」を加えたものが加味帰脾湯。これにより「清熱・疎肝」作用が付加されます。

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熱症状の有無

帰脾湯は熱症状がない場合に適応。加味帰脾湯は「のぼせ」「イライラ」などの熱象(虚熱)がある場合に用います。

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精神神経症状へのアプローチ

どちらも不安・不眠に使いますが、加味帰脾湯はより焦燥感が強く、自律神経の興奮を伴うケースに適しています。

日常診療において、不安や不眠、貧血傾向を訴える患者さんに対して処方される帰脾湯(きひとう)加味帰脾湯(かみきひとう)

名前が示す通り、これらは兄弟のような関係にある漢方方剤ですが、臨床現場での使い分けにおいては「熱症状の有無」と「精神症状の質」を見極めることが極めて重要です。

基本となる帰脾湯は、宋代の『済生方』に収載された処方で、胃腸機能(脾)を立て直し、血液や栄養(血)を補うことで、精神(心)を安定させる「心脾両虚(しんぴりょうきょ)」に対する基本処方です。

一方、加味帰脾湯は、明代の『内科摘要』が原典であり、帰脾湯の構成生薬に、熱を冷まし気の巡りを改善する生薬を加えたものです。

現代医学的な視点では、両者ともに自律神経系や内分泌系への調整作用が期待されていますが、その適応病態には明確な境界線が存在します。特に、更年期障害や心身症、あるいは高齢者の認知症周辺症状(BPSD)のコントロールにおいて、この「わずかな構成生薬の違い」が治療効果に大きな差を生むことがあります。

本記事では、添付文書レベルの情報から一歩踏み込み、構成生薬の薬能に基づいた詳細な鑑別点と、近年注目されているオキシトシン分泌促進作用などの基礎研究データを交え、プロフェッショナルな視点での解説を行います。

柴胡と山梔子がもたらす薬理作用と構成生薬

 

両処方の決定的な違いは、柴胡(サイコ)山梔子(サンシシ)が含まれているか否かです。

まずは、それぞれの構成生薬を比較してみましょう。

構成生薬 帰脾湯 加味帰脾湯 薬能(主な役割)
人参(ニンジン) 補気・健脾(胃腸の気を補う)
黄耆(オウギ) 補気・昇陽(気を補い肌表を守る)
白朮(ビャクジュツ) 健脾・利(胃腸を強め水を巡らす)
茯苓(ブクリョウ) 利水・安神(水を巡らせ精神安定)
大棗(タイソウ) 補気・調和(諸薬の調和と栄養補給)
甘草(カンゾウ) 補気・調和・緩和作用
生姜(ショウキョウ) 温中・散寒(胃を温める)
当帰(トウキ) 補血・行血(血を補い巡らせる)
竜眼肉(リュウガンニク) 補血・安神(心血を補い精神安定)
酸棗仁(サンソウニン) 養心・安神(不眠改善の主薬)
遠志(オンジ) 安神・去痰(精神安定と物忘れ改善)
木香(モッコウ) 理気(補気薬による停滞を防ぐ)
柴胡(サイコ) × 疎肝解鬱・清(ストレス緩和・熱冷まし)
山梔子(サンシシ) × 清熱瀉火(体のこもった熱を取り除く)

帰脾湯は12種類の生薬からなり、大きく分けて「補気健脾(気を補い胃腸を丈夫にする)」と「補血安神(血を補い精神を安定させる)」の2つのブロックで構成されています。

人参、黄耆、白朮、茯苓、甘草などの「四君子湯」変法がベースとなり、これらが消化吸収機能を高めて「気血」の産生源である「脾」を立て直します。そして、当帰、竜眼肉、酸棗仁、遠志が「心」に栄養を与え、不眠や不安を解消します。

ここに柴胡山梔子が加わると、物語が変わります。

柴胡は「疎肝解鬱(そかんかいうつ)」作用を持ち、ストレスによって滞った「気」の流れをスムーズにします。また、山梔子は「清熱(せいねつ)」作用が強く、胸苦しさやイライラといった「熱」の症状を強力に鎮めます。

つまり、加味帰脾湯は「エネルギー不足で弱っているが、ストレス過多により一部で炎症のような興奮(虚熱)が起きている状態」に対応するためにデザインされているのです。

参考:心と体の弁証論治(帰脾湯の構成解説)

心脾両虚と虚実の判定ポイント

漢方医学的診断において、帰脾湯および加味帰脾湯が適応となる病態は「心脾両虚(しんぴりょうきょ)」です。

これは、「消化器系(脾)の機能低下」と「精神活動(心)の栄養不足」が同時に存在している状態を指します。

臨床的な患者像(証)としては、以下のような特徴が挙げられます。

  • 虚実(きょじつ): 虚証(体力中等度以下)
  • 顔色: 貧血気味で顔色が悪い(土色、または蒼白)
  • 消化器症状: 食欲不振、軟便傾向、食後の眠気
  • 精神症状: 不安感、動悸、不眠、健忘

帰脾湯と加味帰脾湯の使い分けのフローチャートをイメージしてください。

  1. ベースの確認: 患者に元気がなく、胃腸が弱く、貧血傾向があるか?(心脾両虚の確認)
    • No → 他の方剤(柴胡加竜骨牡蛎湯や加味逍遙散など)を検討
    • Yes → 2へ
  2. 熱象(興奮症状)の確認: 「のぼせ」「ほてり」「強いイライラ」「寝汗」があるか?
    • No(静的な不安、くよくよ悩む、ただ眠れない) → 帰脾湯
    • Yes(焦燥感がある、カッとなりやすいがすぐ疲れる、夕方の微熱) → 加味帰脾湯

ここで重要なのは、加味帰脾湯の適応となる「熱」は、実証の人が持つような燃え盛る炎(実熱)ではなく、エネルギー不足の中でバランスが崩れて生じる「虚熱(きょねつ)」であるという点です。

例えば、更年期障害で体力は低下しているのに、顔だけカッと熱くなるホットフラッシュなどは、まさに加味帰脾湯の良い適応となります。

一方で、体力が充実しており、赤ら顔で声も大きく、便秘傾向のあるような患者のイライラ(実証の熱)に対しては、三黄瀉心湯や黄連解毒湯などの「瀉剤」を選択すべきであり、加味帰脾湯では「補う」作用が裏目に出て、かえって熱を助長する可能性があるため注意が必要です。

参考:加味帰脾湯の添付文書・基本情報

オキシトシン分泌促進と抗不安作用のメカニズム

ここからは、検索上位の記事ではあまり触れられていない、独自視点の関連内容としてオキシトシンとの関連について深掘りします。

近年の基礎研究において、加味帰脾湯には脳内のオキシトシン分泌を促進する作用があることが示唆されています。

オキシトシンは「愛情ホルモン」や「抱擁ホルモン」として知られていますが、臨床的には強力な抗不安作用抗ストレス作用社会性の向上に関与する神経ペプチドです。

北里大学や滋賀医科大学などの研究グループによるラットを用いた実験では、以下のような興味深い結果が報告されています。

  • オキシトシン神経の活性化: 加味帰脾湯を投与すると、視床下部室傍核(PVN)にあるオキシトシン産生ニューロンが活性化される(c-Fos発現の増加)。
  • 抗不安作用の経路: ストレス負荷をかけたラットに加味帰脾湯を投与すると不安行動が改善するが、オキシトシン受容体拮抗薬を同時に投与するとその効果が消失する。
  • メカニズムの示唆: つまり、加味帰脾湯の抗不安作用の一部は、脳内でのオキシトシン放出を介して発現している可能性が高い。

従来の解釈では、加味帰脾湯の効果は「酸棗仁」や「竜眼肉」による鎮静作用や、「柴胡」による抗ストレス作用として説明されてきました。しかし、このオキシトシン介在性のメカニズムは、なぜ加味帰脾湯が単なる睡眠薬とは異なり、「安心感」をもたらしたり、対人関係における緊張を緩和したりするのかを説明する生物学的な根拠となり得ます。

特に、心身症やPTSD(心的外傷後ストレス障害)の周辺症状、あるいは母子分離不安のような病態に対して、従来のSSRIベンゾジアゼピン系薬物とは異なるアプローチとして、加味帰脾湯が選択肢になり得ることを示唆しています。

参考:漢方薬によるオキシトシンの分泌促進作用(KAKEN)
参考:幸せホルモン、オキシトシンの分泌を促す加味帰脾湯の可能性

認知症BPSDへの応用と抑肝散との鑑別

高齢化社会において、漢方薬が最も活躍するフィールドの一つが**認知症のBPSD(行動・心理症状)です。

BPSD治療のファーストチョイスとしては抑肝散(よくかんさん)**が有名ですが、すべての症例に抑肝散が効くわけではありません。ここで加味帰脾湯の出番があります。

抑肝散と加味帰脾湯の使い分けは、以下の臨床的特徴に基づいて行います。

  1. 攻撃性の方向:
    • 抑肝散: 攻撃性が「外」に向いている。暴言、暴力、易怒性、介護抵抗が強い。筋肉の緊張が強く、目つきが鋭い。
    • 加味帰脾湯: 攻撃性というよりは、不安が強く、うつ傾向。あるいは焦燥感が強く、落ち着きがないが、暴力までは振るわない。「内」にこもるタイプのBPSD。
  2. 患者のバイタリティー:
    • 抑肝散: 比較的体力がある、または「気」が昂っている状態。胃腸障害が起きる場合がある(特に高齢者)。
    • 加味帰脾湯: 食欲がなく、顔色が悪い、貧血がある。日中もウトウトしているが夜は眠れない(昼夜逆転)。抑肝散では胃もたれするような虚弱な高齢者に適している。
  3. アパシー(意欲低下)への効果:

    加味帰脾湯には、人参や黄耆といった「気を補う」生薬が含まれているため、抑うつ状態やアパシー(無気力)の改善も期待できます。抑肝散は「抑える」薬であるため、元気のない患者に使うと、かえって活気を失わせることがありますが、加味帰脾湯は「補いながら落ち着かせる」ことができるため、フレイル(虚弱)な高齢者のBPSDコントロールにおいて非常に有用な選択肢となります。

最近の臨床研究では、アルツハイマー型認知症患者において、加味帰脾湯がMMSE(認知機能検査)のスコア維持に寄与したという報告もあり、単なる鎮静だけでなく、脳機能の保護的な役割も期待されています。

参考:漢方薬による認知症治療(富山大学附属病院)

副作用と腸間膜静脈硬化症などの注意点

漢方薬は副作用が少ないと思われがちですが、漫然と長期投与することは避けなければなりません。特に加味帰脾湯と帰脾湯に関しては、以下の点に注意が必要です。

1. 偽アルドステロン症・ミオパチー(甘草による影響)

加味帰脾湯、帰脾湯ともに甘草(カンゾウ)が含まれています(メーカーにより含有量は異なりますが、概ね1日量で1g〜2g程度)。

他の漢方薬や、グリチルリチン製剤との併用により、甘草の総摂取量が増えると、低カリウム血症、血圧上昇、浮腫などを引き起こすリスクが高まります。高齢者は特に感受性が高いため、定期的な血液検査(カリウム値のモニタリング)が必須です。

2. 腸間膜静脈硬化症(山梔子による影響)

これが加味帰脾湯特有の、最も注意すべき重篤な副作用です。

加味帰脾湯に含まれる**山梔子(サンシシ)を5年、10年といった長期にわたり服用し続けると、大腸の色調異常(虎斑状の変色)や、腸管壁の石灰化、繊維化を引き起こす「腸間膜静脈硬化症」を発症することがあります。

初期症状は腹痛、下痢、便秘、腹部膨満感などですが、進行すると腸閉塞に至ることもあります。

帰脾湯には山梔子が含まれていないため、このリスクはありません。

したがって、症状(イライラやのぼせ)が落ち着いた段階で、加味帰脾湯から山梔子を含まない帰脾湯へステップダウン(変方)**することを検討するのが、安全な処方戦略と言えます。

3. 胃腸障害

基本的には胃腸を元気にする処方ですが、地黄や当帰などの油分を含む生薬や、山梔子の苦味が胃に障る患者もいます。食欲不振が悪化する場合は、投薬の中止や、六君子湯などへの変更を考慮します。

参考:山梔子含有漢方製剤の安全使用について(PMDA)

以上の通り、加味帰脾湯と帰脾湯は、似て非なる薬剤です。

「とりあえず不安そうだから加味帰脾湯」ではなく、熱象の有無、体力の程度、そして長期投与のリスクマネジメントまで考慮した上で、これらを使い分けることが、患者のQOL向上に直結します。特にオキシトシン関連の知見は、患者への服薬指導の際に「脳の疲れを癒やし、安心感を高めるホルモンの働きを助けるお薬ですよ」と説明する際にも役立つでしょう。


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