肥厚性幽門狭窄症の吐き方と看護
肥厚性幽門狭窄症の吐き方の特徴と噴水状嘔吐の見分け方
肥厚性幽門狭窄症(HPS)は、生後2週から2か月頃の乳児に好発する消化器疾患です 。男児に多いとされ、約300人から900人に1人の割合で発症します 。この疾患の最も特徴的な症状が、授乳のたびに起こる「噴水状嘔吐」です 。
初期症状としては、母乳やミルクを少し吐き戻す程度ですが、病状が進行するにつれて嘔吐の回数と量が増加していきます 。最終的には、飲んだ母乳やミルクのほぼ全量を、名前の通り噴水のように勢いよく吐き出すようになります 。この嘔吐物は、胃の内容物のみであるため、通常は胆汁を含まず、酸っぱい臭いがするのが特徴です 。吐いた後も食欲は旺盛で、すぐに次のミルクを欲しがりますが、飲んでも再び嘔吐を繰り返してしまいます 。
この特徴的な吐き方と、それに伴う体重増加不良や排便回数の減少は、肥厚性幽門狭窄症を疑う重要なサインです 。一般的な乳児の吐き戻し(溢乳)との違いは、その勢いと量にあります。溢乳が口からだらだらとこぼれる程度であるのに対し、噴水状嘔吐は明らかに異常な勢いを伴います。
また、視診や触診も重要な診断の手がかりとなります 。上腹部の視診では、胃の蠕動運動が体表から波のように見える「胃蠕動不穏」が観察されることがあります 。さらに、右上腹部を深く触診すると、肥厚した幽門筋を「オリーブ様腫瘤」として触知できる場合があります。これらの所見が認められた場合は、超音波検査で確定診断を行います。
肥厚性幽門狭窄症における嘔吐と脱水症状の看護アセスメント
肥厚性幽門狭窄症の看護において、最も重要なアセスメント項目の一つが、嘔吐に伴う脱水と電解質異常の評価です 。繰り返す嘔吐によって、水分だけでなく胃酸(塩酸)も大量に失われるため、低クロール性代謝性アルカローシスという特有の電解質異常をきたします 。
看護師は、以下の項目を注意深く観察し、脱水の重症度をアセスメントする必要があります。
- 皮膚・粘膜の状態: 皮膚のツルゴール低下、口腔粘膜や舌の乾燥、涙の減少など。
- 泉門の状態: 大泉門の陥凹は、脱水が進行しているサインです。
- 尿量・尿比重: 尿量の減少、おむつの交換回数の低下、尿比重の上昇は、循環血液量の減少を示します。
- バイタルサイン: 頻脈、血圧低下、微熱などがみられることがあります。
- 全身状態: 機嫌が悪くぐったりしている、活気がない、体重が減少しているなどの全身状態の変化。
これらの観察項目に加え、血液検査データ(電解質、血液ガス分析)をモニタリングし、医師と情報を共有しながら、適切な輸液療法が行われているかを確認します 。脱水と電解質異常の補正は、安全に手術を行うための絶対条件であり、術前の看護ケアの最優先事項です 。
また、嘔吐物による誤嚥性肺炎を予防するためのケアも重要です。嘔吐時には、児の顔を横に向け、吐瀉物が気管に入るのを防ぎます 。嘔吐後は、速やかに口腔内を清潔にし、衣類や寝具を交換して、児が快適に過ごせる環境を整えます 。
日本小児外科学会のガイドラインでは、手術前に十分な輸液を行い、脱水と電解質異常を是正することの重要性が強調されています。
一般社団法人日本小児外科学会 – 肥厚性幽門狭窄症
このリンクでは、疾患の概要から治療法までが一般の方向けに分かりやすく解説されています。
肥厚性幽門狭窄症の術前術後ドレーン管理と食事開始の注意点
肥厚性幽門狭窄症の根治治療は、外科手術(ラムステット手術)が一般的です 。この手術は、肥厚した幽門の筋肉を切開し、胃の内容物がスムーズに十二指腸へ流れるようにするものです 。手術時間は比較的短く、多くの場合は低侵襲で行われます。
術前の看護としては、前述の脱水・電解質異常の補正に加え、絶飲食の管理が重要です。胃内に残存したミルクによる誤嚥を防ぐため、術前に経鼻胃管を挿入し、胃内容を吸引・ドレナージすることがあります。この際、胃管が適切な位置に留置されているか、固定が確実か、排液の性状や量を継続的に観察します。
術後の看護ケアで中心となるのが、哺乳の再開と管理です 。手術翌日から、医師の指示のもとで少量ずつ哺乳を開始するのが一般的です 。
哺乳開始時の注意点は以下の通りです。
- 少量から開始: 初回は5ml程度の少量から開始し、嘔吐がないことを確認しながら、徐々に量と回数を増やしていきます 。
- 嘔吐の観察: 哺乳後に嘔吐がないか、嘔吐した場合はその性状(胆汁の有無)、量、噴射性かなどを詳しく観察します。術後しばらくは軽度の嘔吐が見られることもありますが、頻回であったり、噴水状であったりする場合は、すぐに医師に報告が必要です。
- 腹部症状の観察: 腹部膨満や不快感の有無を観察します。
- 水分出納の管理: 哺乳量と尿量を正確に把握し、脱水の兆候がないかを確認します。
順調に経口摂取が進めば、通常は術後1週間以内に退院が可能となります 。術後のドレーン管理については、手術創からの浸出液や出血を管理するために、ドレーンが留置されることがあります。ドレーンからの排液の性状、量、色を定期的に確認し、異常があれば速やかに報告します。また、ドレーンが屈曲したり、閉塞したりしないように注意が必要です。
肥厚性幽門狭窄症の赤ちゃんと家族への心理的ケアと退院指導
わが子が突然、繰り返し嘔吐し、手術が必要であると告げられることは、家族にとって非常に大きな精神的負担となります 。特に、初めての子育てである場合や、疾患についての知識がない場合は、不安や恐怖、自責の念に駆られることも少なくありません。そのため、医療従事者による適切な情報提供と、共感的な態度に基づいた心理的サポートが不可欠です。
看護師は、以下の点に留意して家族へのケアを行います。
- 丁寧な説明: 疾患の病態、治療方針、手術の必要性、術後の経過などについて、専門用語を避け、分かりやすい言葉で繰り返し説明します。パンフレットや図を用いるのも効果的です。
- 不安の傾聴と共感: 家族が抱える不安や疑問を積極的に傾聴し、その気持ちに寄り添い、共感的な態度で接します。「お母さんのせいではありませんよ」と伝えることで、罪悪感を和らげることができます。
- 児との面会やケアへの参加促進: 入院中は、可能な限り家族が児と触れ合う時間を確保し、授乳やおむつ交換などのケアに参加してもらうことで、親子の愛着形成を促し、家族の不安を軽減します。
- 一貫した情報提供: 医師、看護師など、医療チーム内で情報を共有し、家族に対して一貫した説明を行うことが重要です。
退院指導では、家庭でのケアがスムーズに行えるように、具体的な内容を指導します。特に、哺乳の方法や嘔吐時の対応は、実際にやってもらいながら手技を確認(手技チェック)することが大切です 。
退院指導のポイントは以下の通りです。
- 哺乳について: 退院後の哺乳スケジュール、1回あたりの量の目安、哺乳後の体位(ゲップをさせ、少し上半身を高くして寝かせるなど)について具体的に説明します。
- 嘔吐時の対応: 少量であれば心配ないこと、しかし、嘔吐が頻回になる、噴水状になる、体重が増えないなどの場合は、すぐに病院に連絡するように伝えます。
- 傷の管理: 創部の清潔を保つ方法や、異常(発赤、腫脹、浸出液など)が見られた場合の対応について説明します。
- 定期受診の重要性: 退院後も、定期的な診察が必要であることを伝え、受診日を確認します。
- 緊急時の連絡先: 24時間対応可能な連絡先を伝え、いつでも相談できるという安心感を持ってもらいます。
これらのケアを通して、家族が自信を持って家庭での育児を再開できるよう支援することが、看護師の重要な役割です。
厚生労働省 – 小児科領域の卒前教育目標
この資料では、小児科医を目指す学生が習得すべき疾患として肥厚性幽門狭窄症が挙げられており、その重要性が示されています。
【独自視点】肥厚性幽門狭窄症の診断を早めるための親への問診のコツ
肥厚性幽門狭窄症の早期発見・早期治療のためには、外来や健診の場で、保護者からの情報をいかに正確に引き出すかが鍵となります。特に、経験の浅い医療従事者や、専門外の医師が初めに診察する場合、特徴的な「噴水状嘔吐」というキーワードに頼りがちです。しかし、保護者は必ずしもそのように表現するとは限りません。
そこで、診断を早めるための独自視点として、より具体的で、保護者がイメージしやすい言葉を使った問診のコツを提案します。
問診のポイント
- 「吐き方」の具体的な描写を促す質問
「噴水みたいに吐きますか?」という直接的な質問だけでなく、以下のような質問を試みます。- 「飲んだものが、どのくらいの勢いで出てきますか?例えば、口からだらっとこぼれる感じですか?それとも、ピューっと飛んでいく感じですか?」
- 「吐いたものは、どのくらいの距離まで飛びますか?赤ちゃんの顔のすぐそばに落ちますか?それとも、ベッドの外まで飛んでいくこともありますか?」
- 「吐くときに、お腹にぐっと力が入っているように見えますか?」
- 「量」を具体的にイメージさせる質問
「たくさん吐きますか?」ではなく、具体的な量感を尋ねます。- 「飲んだミルクの、だいたいどのくらいの量を吐いているように見えますか?半分くらい?ほとんど全部?」
- 「吐いたもので、お洋服やシーツがびっしょり濡れてしまうくらいですか?」
- 嘔吐以外の付随症状に着目する質問
嘔吐以外のサインを見逃さないための質問も重要です。- 「吐いた後、すぐにまたおっぱい(ミルク)を欲しがりますか?それとも、ぐったりしていますか?」
- 「最近、おしっこの量が減ったり、おむつが軽くなったりしていませんか?」
- 「お腹が張っている感じはありますか?お腹が波打つように動いているのを見たことはありますか?」(胃蠕動不穏の確認)
- 記録の活用
保護者がスマートフォンの動画で嘔吐の様子を撮影しているケースも増えています。問診時に「もし、吐いている時の動画などがあれば、見せていただけますか?」と尋ねることは、非常に有力な情報となります。百聞は一見に如かずであり、客観的な評価に繋がります。
これらの問診の工夫により、保護者からの情報をより的確に引き出し、肥厚性幽門狭窄症の疑いを早期に持つことができます。それは結果として、児の脱水や栄養障害の重症化を防ぎ、より早期の治療介入へと繋がるのです。