常位胎盤早期剥離と症状
常位胎盤早期剥離の典型的な症状
常位胎盤早期剥離は胎児娩出前に胎盤が子宮壁から剥離する病態で、母児ともに生命に関わる重大な合併症です。性器出血は70~80%の症例で認められ、鮮紅色または暗赤色で、量は少量から多量まで様々です。出血の量が外見上少なくても、胎盤の裏側に血液がたまる潜伏出血(内包型)の場合があり、実際の出血量より症状が軽く見えることがあります。
参考)常位胎盤早期剥離 – 22. 女性の健康上の問題 – MSD…
子宮の圧痛や腹痛は60~70%の症例で出現し、突然発症する持続的な痛みが特徴です。陣痛のように周期的ではなく、持続的な痛みであることが鑑別点となります。腹部を触診すると「板状硬」と表現される子宮の硬化が認められ、子宮が持続的に硬度を増した状態となっています。
参考)常位胎盤早期剥離
頻回の子宮収縮(お腹の張り)は約30%の症例で認められ、切迫早産の徴候と判別が困難なことがあります。胎動の変化も重要な徴候で、産科医療補償制度の原因分析報告書によると22.0%の症例で胎動減少・消失または胎動が激しくなるといった変化が報告されています。
参考)http://www.sanka-hp.jcqhc.or.jp/documents/prevention/proposition/pdf/abruptioplacentae_2.pdf
常位胎盤早期剥離の無症状例と診断の難しさ
常位胎盤早期剥離の診断で注意すべきは、すべての症例で典型的な症状が揃うわけではないという点です。出血がない場合や腹痛が軽度の場合など、症状が軽微で気づかないこともあり、特に発症初期は症状だけで判断できないことがあります。医療機関を受診し、超音波検査や胎児心拍モニタリングを実施してはじめて診断される症例も存在します。
参考)常位胎盤早期剥離とは?母子ともに命に関わる病気について解説
超音波診断では胎盤後血腫、胎盤内低エコー像、胎盤肥厚、胎盤辺縁の鈍化などの所見が挙げられていますが、診断精度は必ずしも高くありません。そのため自覚症状、他覚所見、画像診断を総合的に判断することが重要です。わずかな出血であっても常位胎盤早期剥離の可能性を否定するための検査が必要となります。
常位胎盤早期剥離の原因とリスク因子
常位胎盤早期剥離のリスク因子として最も重要なのが妊娠高血圧症候群で、発症リスクは3.5倍から4.45倍に上昇します。妊娠前からの高血圧も2.7倍のリスク上昇をもたらします。子宮内感染(絨毛膜羊膜炎)や切迫早産は1.7倍、喫煙は1.37倍から1.5倍のリスク増加と報告されています。
参考)常位胎盤早期剥離とは?症状や兆候・原因は?-おむつのムーニー…
その他のリスク因子には、常位胎盤早期剥離の既往、胎児奇形、子宮筋腫、急激な子宮内圧の減少、交通事故や転倒などの腹部外傷があります。母体年齢の上昇もリスクを増加させる要因です。ただし、これらのリスク因子が全くない健康な妊婦にも発症することがあり、妊娠後期まで順調な経過であっても突然発症する可能性があります。
参考)https://himeji.jrc.or.jp/data/media/himeji-jrc/page/diagnosis/sanfujinka/hakuri.pdf
常位胎盤早期剥離の治療と緊急対応
常位胎盤早期剥離の治療原則は、母体または胎児の状態が悪化している場合、可能な限り速やかに分娩を行うことです。多くの場合は緊急帝王切開が選択され、短時間のうちに経腟分娩が可能と判断される場合のみ経腟分娩を試みます。胎児が生存している場合、帝王切開開始から児娩出までの時間が予後に直結し、10~20分未満であれば比較的良好な予後が期待できますが、時間が延長するほど胎児死亡や脳性麻痺のリスクが有意に高まります。
母体に出血性ショックや播種性血管内凝固症候群(DIC)が認められる場合には、輸血や凝固障害に対する治療が必要となります。分娩後も出血がコントロールできない場合、母体救命のために子宮全摘術が必要となることもあります。速やかな患者移送、人的配置や役割のマニュアル作成、定期的なシミュレーション実施が推奨されています。
参考)Q13.常位胎盤早期剝離で緊急帝王切開を行った際の注意点は?…
常位胎盤早期剥離の予後と母児へのリスク
常位胎盤早期剥離による母体死亡率は約1~2%とされていますが、出血性ショック、播種性血管内凝固症候群などの重篤な合併症を引き起こす可能性があります。血圧低下、心拍数増加、脈の減弱、意識障害などの症状が出現し、血液凝固成分が不足して出血が止まらなくなる状態に陥ることがあります。
参考)常位胎盤早期剝離
胎児への影響はさらに深刻で、剥離の程度や治療開始までの時間によって異なりますが、胎児死亡率は20~80%と母体に比べ極めて高い数値となっています。胎盤を介した酸素供給が途絶えることで胎児機能不全が進行し、処置が間に合わない場合は胎内死亡に至ります。救命できた場合でも脳性麻痺などの後遺症が残る可能性があり、重症例での死亡率は30~50%に達するとされています。
国立成育医療研究センター:常位胎盤早期剥離の症状と対応について詳しい解説
日本産科婦人科学会:常位胎盤早期剥離の診断と管理に関する公式ガイドライン
日本産科婦人科学会:緊急帝王切開を行う際の注意点とマニュアル整備について