自律神経系と神経伝達物質の作用機序
自律神経系における神経伝達物質の基本分類
自律神経系における神経情報の伝達は、主にアセチルコリン(ACh)とノルアドレナリン(Nor)という2つの化学伝達物質によって行われます。これらの神経伝達物質は、神経線維内の電気的伝導(伝導)とは対照的に、シナプス間隙での化学的伝達(伝達)を担当しています。
アセチルコリンを放出する神経はコリン作動性神経(cholinergic nerve)と呼ばれ、自律神経節(交感神経・副交感神経の両方)と副交感神経の神経終末で主要な伝達物質として機能します。一方、ノルアドレナリンを放出する神経はアドレナリン作動性神経(adrenergic nerve)と呼ばれ、主に交感神経の神経終末で重要な役割を果たしています。
興味深いことに、アセチルコリンは延髄脊髄の運動ニューロン、自律神経節前線維、コリン作動性節後(副交感神経)線維、および中枢神経系の多くのニューロン(基底核、運動皮質など)に分布し、極めて広範囲な生理機能に関与しています。
参考)神経伝達 – 07. 神経疾患 – MSDマニュアル プロフ…
自律神経系における神経伝達物質の合成・放出機序
神経伝達物質の合成プロセスは、各物質に特有の酵素系によって厳密に制御されています。アセチルコリンは、コリンとアセチルコエンザイムAからコリンアセチルトランスフェラーゼによって合成されます。この合成酵素の選択的分布により、神経伝達物質の局在が決定されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/17/10/17_10_616/_pdf/-char/ja
神経終末からの伝達物質放出は、活動電位が神経終末に到達することで引き起こされる高度に制御されたプロセスです。活動電位により開放されるCa²⁺チャネルからのカルシウム流入が、シナプス小胞の開口放出(exocytosis)を数百マイクロ秒以内に誘発します。この過程で、シナプトタグミン(synaptotagmin)がCa²⁺センサーとして機能し、SNARE(soluble NSF-attachment protein receptor)タンパク質複合体と協調して膜融合を媒介します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3866025/
放出された神経伝達物質は、シナプス間隙を拡散して標的細胞の受容体に到達しますが、この過程でボリューム伝達と呼ばれる現象も観察されます。これは従来のシナプス伝達とは異なり、広い空間を介して神経調節物質が作用する機序です。
参考)https://www.hokudai.ac.jp/news/160329_med_pr.pdf
自律神経系神経伝達物質の受容体システムと機能的多様性
アセチルコリン受容体は、ニコチン性受容体とムスカリン性受容体に大別されます。ニコチン性受容体はN₁(骨格筋と神経筋接合部)およびN₂(中枢および末梢神経系)に分類され、ムスカリン性受容体はM₁~M₅の5つのサブタイプが存在します。M₁受容体は自律神経系、線条体、大脳皮質、および海馬に、M₂受容体は自律神経系、心臓、腸管平滑筋、後脳、および小脳に分布しています。
ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)受容体は、α受容体とβ受容体に分類されます。β受容体にはβ₁、β₂、β₃の3つのサブタイプが存在し、それぞれ異なる臓器分布と機能を示します。β₁受容体は心機能亢進(心拍数、心拍出力増加)を、β₂受容体は平滑筋弛緩(気管支、血管、胃腸管、子宮、膀胱壁)を、β₃受容体は脂肪分解亢進を媒介します。
参考)https://www-yaku.meijo-u.ac.jp/Research/Laboratory/chem_pharm/09jugyou/4.%20serotoninmonoamin.pdf
これらの受容体はGタンパク質共役型受容体として機能し、セカンドメッセンジャーシステム(cAMP、IP₃/DAG系など)を介して細胞内シグナル伝達を調節します。
自律神経系神経伝達物質の代謝・不活性化機構
神経伝達の適切な終了は、伝達物質の迅速な不活性化によって保証されます。アセチルコリンの作用は、局所におけるアセチルコリンエステラーゼによるコリンと酢酸への加水分解によって急速に終結します。この酵素的分解は極めて効率的で、シナプス間隙におけるアセチルコリンの滞留時間を最小限に抑えます。
一方、ノルアドレナリンの不活性化は、主に再取り込み機構(reuptake)によって行われます。この過程では、神経終末膜に存在する特異的なノルアドレナリントランスポーターが放出されたノルアドレナリンを細胞内に回収し、シナプス小胞への再充填に利用します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3281572/
GABAなどの抑制性神経伝達物質も、GABAトランスポーターによってプレシナプスあるいはグリア細胞に取り込まれる同様の機構を持ちます。これらのトランスポーターは、神経伝達の終了だけでなく、次回の放出に向けた伝達物質のリサイクルという二重の機能を果たしています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/127/4/127_4_279/_pdf
自律神経系神経伝達物質の機能異常と臨床的意義
神経伝達物質システムの異常は、多様な自律神経疾患の病態基盤となります。筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の最近の研究では、ノルアドレナリンやアセチルコリンの受容体に対する自己抗体がME/CFSの病態に関与する可能性が示されています。
参考)筋痛性脳脊髄炎 (ME/CFS)の自律神経受容体抗体に関連し…
特に注目されているのは、抗β₁および抗β₂アドレナリン受容体抗体と抗ムスカリン受容体抗体(M₃、M₄など)の存在です。これらの自己抗体は、ME/CFS患者の痛みをはじめとする様々な症状を説明しうる脳内の特定部位の異常と結びついており、自律神経受容体の機能的変調を引き起こす可能性があります。
アルツハイマー病においては、アセチルコリンの濃度低下が認められており、コリンアセチルトランスフェラーゼとコリンの取込み異常が病態に関与しています。これは認知機能低下の重要な要因の一つとして認識されています。
医療従事者が知るべき重要な点として、神経伝達物質は血液脳関門を通過できないため、経口摂取による直接的な補充は効果的ではありません。脳内で作用するセロトニンやGABAは、脳内での合成が必要であり、前駆物質の投与や合成酵素の活性化を通じた治療戦略が重要となります。
参考)神経伝達物質
自律神経系における神経伝達物質の研究は、新たな治療法の開発につながる可能性を秘めており、特に神経調節(neuromodulation)の概念が注目されています。これは従来のシナプス伝達を超えた、より広範囲で持続的な神経制御機構として理解されており、将来の治療戦略の重要な基盤となると考えられています。